第27話 貴族の責務

「なっ、何を言い出すのですかお坊ちゃま!」

「そーですよ! ウチは借金だらけなのにどうやってこの大人数を養っていくつもりなんですか!」

「うるさい! うるさいうるさいうるさい! 余に前言を撤回せよというのか!」

「その様な大口を叩ける余力が無いと言っているのです!」

「家臣ですよ家臣! 住居と仕事はどうするっていうんですか!?

 今日からパンの耳ひとかけらどころか小麦一粒ですからね!」

「あーあー、うるさいうるさい、きーこーえーなーいー」


 アシュラッドとミラに両サイドから責め立てられるローランドは、そう言って耳を塞いでしゃがみ込む。

 その様子を見て、女は雪解けのような笑顔を浮かべた。


「ありがとうございました、ローランド様、その一言で我ら一同救われた様なものです」


 女はそう言った後、腕を横に振る。それに合わせて彼女の背後にいた混血種たちが、一斉に片膝をつき平伏した。

 女はその後、皆を代表する様に、ゆっくりと平伏しこう言った。


「我ら一同の忠誠をここに。我らはこれよりローランド様の盾となり矢玉となる所存。

 いかようにでもお使い潰し下さい」

「ふん、その様な真似はせんと言うのに」


 ローランドは、むすりと口をへの字にすると、そう鼻息を噴き出した。

 その言葉に、女はコロコロとした笑みを浮かべる。


「うふふふ。先ほどのお話ですが、自分の食い扶持ぐらい自分で何とかしますわ、ローランド様。

 そんな事よりも今後何か御用向きがあった場合、遠慮なく我らの事をお呼び下さい。

 いつ何時でも、ローランド様のお力になれるよう尽力いたしますわ」

「……犯罪行為は許さんぞ?」

「ええ、勿論ですわ。あこぎな事からは一切足を洗わせてもらいます。ですのでローランド様、少しでも早く我らを正式な臣下としてお雇い下さいね」


 そう言って女はウインクをする。


「う……ぐ……もっもちろんだとも。この程度の借金なぞ。余が本気なれば朝飯前よ」

「うふふふ。期待しておりますわローランド様」

「ふん、精々首を長く……いや違うな、首を短くして待っておれ。

 それより女、貴様の名は何というのだ? 何時までも女では呼び辛い」

「ふふ。もとより私たちに名などございません、宜しければ契約の証として下賜して頂けませんか?」

「ふむ、名か……」


 ローランドはしばし考え込むと、何かを思いついたようにポンと手を打った。


「麦……コムギでどうじゃ? よい名であろう」

「お坊ちゃま、それは……」

「あははは……」


 アシュラッドとミラが妙な汗を額から流すのをよそに、女はくすくすと笑いこう言った。


「コムギですか、ええ、非常に気に入りましたわ。それでは私の事は今後コムギとお呼び下さい」


 女がそう言って笑っていると、一団の背後が妙に騒がしくなった。

 何事かと、皆がそっちの方を見ていると、ひとりの少女が慌てた様子でコムギに何かを耳打ちした。


「コムギ、何事だ?」

「はい、ローランド様。火急の事態です。

 エシュタット記念学園が占拠されたとの知らせです」

「なんだと!?」


 ★


(はぁ、なにがどうしてこうなったのやら)


 ガタガタと震える小等部の生徒をあやしつつ、バーミリオンは心の中でそう呟いた。


 事が起きたのは少し前、祭りのセレモニーに置いて、小等部の合唱団が一曲披露する事なり、バーミリオンはその前の挨拶を行う事となっていた。


 そんな訳で、合唱団の準備が出来るまで、生徒会室で雑務を片付けていたその時だった。

 突如校内に所属不明の一団が乱入し、あっという間に合唱団を人質に取ってしまったのだ。


「所属不明もなにもー、どう考えても純血派の一団だよねー」

「そうね、これも全てはバーミリオン。貴方が見て見ぬふりをしていたからよ」

「そう言って何もかもわたくしに押し付けるの止めてくださいます!?」


 ケタケタと他人事のように笑うワイトとゴールディをよそに、バーミリオンは占拠された一室へと足を運ぶ。


「ふん、全員ぶちのめせばいいのだろう? 簡単な事だ」

「絶対およしになってスティール! あっちには人質がいるのよ!」


 彼女たちがそんな事をしゃべりつつ、階段を下りていくと、集合場所となっている教室の前に、ズラリと並んだドレイクナイトが剣を構えて立っていた。


(これだけの数のドレイクナイト……)


「(けど、どうするのみりっち? 奴ら魔法抵抗の高そうな装備つけてるよー)」

「(そうねぇ、睡眠魔法で一網打尽と言う訳にはいかなそうねぇ)」

「(ふん、そんな事は決まってますわ。人族の貴族には責務と言うものがあるのです)」


 バーミリオンはそう言うと、堂々と彼らの前に歩を進めた。


「何者だ貴様!」


 彼女はあっという間に鋭い剣先に包囲された。


「その剣を下ろしなさい下郎!」


 だが、彼女はそれに臆することなくそう言い放った。


わたくしの名はバーミリオン。このエシュタット記念学園の生徒会長ですわ!」

「せっ? 生徒会長がどうした」


 若きドレイクナイトは、彼女の勢いに押されるようにそう言った。

 バーミリオンは、その様子を鼻で笑うとこう返す。


「生徒会長という事は、全校生徒の代表。つまり、全校生徒の命の価値はわたくしひとりのそれと等価という事ですわ!」

「なっ? 何を言っているのだ? 貴様は?」

「察しの悪いお方ですのねぇ、中にいる合唱団全員を解放する代わりに、わたくしが人質になると言っているのよ」


 彼女はそう言って、教室内を指さした。


「なっなにをそんな戯けた事を……」

「ぐわはははは。面白い事を言うではないか女」


 そう言って室内から現れたのは、立派なひげを生やしたひとりの老ドレイクだった。

 彼はその太い声に似あった、頑強な肉体をしており、ギロリとバーミリオンを見下ろすとこう言った。


「貴様の提案は面白い。じゃが、それでは見せしめに貴様を殺してしまえば後がなくなってしまうじゃろう?」

「ならば、わたくしの入室を認めなさい。そして見せしめにでもなんにでもするがいいわ」


 バーミリオンは老ドレイクを真っ向から見返してそう言った。


「(あっちゃー、みりっちのりのりだよー。どーする?わいとっち?)」

「(そうねぇ、あの子戦闘技能ゼロなのに肝っ玉だけはオリハルコン級なのよねぇ)」


 そう言って曲がり角からふたりがコソコソと話あっていると、老ドレイクは視線を動かさぬまま、彼女たちの方へと声をかける。


「そこの奴らはどうするのだ? この女と行動を共にするのか?」

「あははー。やっぱりバレバレかー、けどわたしはパスでー。そこまでする義理は無いしねー」

「そうねぇ、私も遠慮しておくわ」

「ふん、俺は――」

「「あなたも遠慮で!」」

 

 ふたりはそう言うと、スティールを引きずるようにして外へ出て行った。


 ★


「確認獲れました、お坊ちゃま。現在小等部の一室にて多数の生徒を人質に立てこもっている様です」

「むぅ、昨日と言い今日と言い、最近は人質がブームなのか?」

「申し訳ございませんわ、ローランド様。少々純血派を焚き付けすぎてしまったようですわ」


 ローランド達はエシュ学へと急ぎながら、情報交換を行っていた。

 凶行を行ったドレイクが、ベルカ公爵の忠臣であるという事、さらには、ローランドの父親をハメた張本人であるという事。


「ぐふふふふ。それはそれは、またとない機会ではないか」


 ローランドは牙をむき出しにして意地悪そうにそう笑った。

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