第26話 影なる存在
「そんな! ロラン君はボクを助けてくれたんです!」
「君はマコ・キトーリャだね。さっ君はこちらへ来なさいご両親がお待ちしている」
「えっ! ちょちょっと!」
衛兵はそう言って有無を言わさず、マコを馬車に乗せていく。
「ちょっと! ロラン君! ロランくーーん!」
「マコよ! 大人しく従っておくが良い」
ローランドは動揺の色も見せずに、落ち着いた様子でマコにそう言った。
「(よろしいのですか?)」
と、ローランドにのみ聞こえるように特殊な発声法で語り掛けて来たミラに対して、ローランドはほんのわずかに首を縦に振った。
「さて、貴様らは……ん? 情報と違うぞ、あとひとりはどうした? 確かバンパイアの男がいるという話だが?」
「さて、余はそんな奴は知らんな」
「あははー。坊ちゃんがご存知ない事を一回のメイドが知る訳ないじゃないですかー」
ふたりのその答えに、衛兵たちはぼそぼそと何か小声で話し合い、取りあえずふたりを連行することに決めたようだ。
そうして、ローランドとミラの手首には、冷たい手錠がかけられる事になった。
★
ローランド達を連行した馬車は、複雑な経路をたどり、とある一軒の建物の中へ吸い込まれて行った。
「さあこっちだ! さっさと歩け!」
ローランド達は尻を突き立てられながら、それぞれ別の個室へと案内された。
(さて、取りあえず捕まって見たものの、どうしたものかのう?)
取調べ室の硬い椅子に腰かけられさせたローランドは、衛兵のいう事を右から左へと聞き流しつつ、そんな事を考えていた。
(九分九厘、偽の衛兵じゃとは思うのじゃが、万が一本物じゃった場合、従っとかんと面倒くさいからのう)
「おい! 聞いているのか貴様!」
「あーはいはい、聞いておる聞いておる、余は誘拐などしちゃおらん、これ以外にいう事はない」
ローランドのそのぞんざいな言い方に腹が立ったのか、衛兵はローランドの頭を机にたたきつけながらこう言った。
「いいか、小僧。証拠はたっぷりと挙がっているんだ。そんな態度を取れるのも今の内だぞ?」
「そちらこそ、余にこんな態度を取っていいと思っておるのか? 余はローランド・ベルシュタインなるぞ?」
「はっ、そんな名前が何だって言うんだ。この没落貴族の半端者め」
ダン、と衛兵は更にもう一回ローランドの額を机に叩き付けた。
★
「さてと、ここからどうしたものやら」
数多の拘束によって壁に張り付けになった形で独房へといれられたローランドは、かび臭い室内を見渡しながらそう呟いた。
そんな彼の足元へ、一匹のネズミが近づいて来て『ご無事ですか、お坊ちゃま』と声をかけて来た。
「うむ。マコはどうした?」
『はっ、マコ様は無事ご両親の元へと』
「そうか、ならばこやつらは本物の衛兵なのか?」
『いえ、ここは現在未使用の廃棄された施設。とても正規の衛兵とは思えません』
「そうか、ならばめちゃくちゃにしてもかまわんな……と言いたい所なのだが」
そう言ってローランドはじゃらりと鎖を鳴らす。
「廃棄された施設とは言え、この拘束具は本物の様じゃ、力が湧かんし、魔法も使えん」
『もうしば――』
「あらあら、薄汚いネズミが入り込んでしまった様ね」
その一言と共に、ローランドの足元にいたネズミが炎に包まれた。
「ふむ、閉じきった室内で火をたくとは感心できんのう」
「うふふふ。それはごめんなさい」
その言葉と共に現れたのは、黒髪を腰まで垂らした妙齢の女性だった。
「要求はなんじゃ?」
「うふふふ。そんな怖い顔しないで坊や。私は協力関係を結びたいのよ」
「はっ、それは笑わせる。余をここまで虚仮にしておいて協力を結びたいだ? 冗談も程々にしておけよ下郎」
「あらあら、そんな事を言っていいのかしら。私たちが本当に彼女を無事に返したと思っているの?」
「……なに?」
女の妖艶な微笑みに、ローランドは彼女を睨みつけたまま口を閉じる。
アシュラッドは確かにマコが家に帰ったのを確認したと言った。だが、カーテンに閉ざされた馬車の中で一体何が起きたのかまでは確認できていないはず。
ローランドの頭の中で数々の可能性が浮かんでは消えていく。
「はっ、ブラフだな。余を揺さぶる為の方便よ」
「うふふふ。貴方がそう思いたいのならば、そう思っておけばいいのじゃないかしら」
「ああ、無論そう思うとも、余は余の家臣に絶対の信頼を置いておる」
ローランドはそう言って、堂々と胸を張った。
その拍子にガシャリガシャリと鎖が揺れて、ローランドは顔をしかめる。
「うーむ。いい加減この鎖もうっとおしいな、抵抗なぞせんから外す事を許可するぞ?」
「うふふふ。おかしな坊や。けどそうねぇ、外して上げてもいい代わりに、ひとつだけ欲しいものがあるのだけど」
「ん? なんだ、申してみるがいい、聞くだけは聞いてやろう」
「それはね、貴方の魔剣よ」
「なに?」
その申し出にローランドは顔をしかめる。
(意外な……いや、意外でもないか。我らがドレイクにとって己の魔剣は、己の心臓にも等しいもの、それを手中に置くことで、余を意のままに操ろうとする魂胆か)
「……それが、そちの願いか?」
「ええ、私なら貴方を英雄にしてあげられる」
女はそう言うと、着ていた衣服を突如脱ぎ捨てた。
「なに……を?」
慌てて目を反らそうとしたローランドだったが、彼は女の裸体に釘つけになった。
それは美しくも醜い裸体だった。
豊かに張った乳房、メリハリのある非の打ちようのないプロポーション。
だが、その神が作り上げた様な完璧なるキャンバスに描かれているのは、子供の落書きのような出鱈目な色彩だった。
「その体は……」
「うふふ。醜いでしょう?」
女はそう言って己の体を見せつけるように手を広げる。
「私は、私たちは。父の種族も、母の名も知らぬ、見捨てられた混血児たち。300年の歴史が生んだ影なる存在よ」
「……そちの要望は分かった。分かったから服を着ろ」
「うふふふ。こんな汚い体なんて見たくなかったかしら?」
「戯けが! 慎みを持てと言っておるのじゃ!」
ローランドは顔を赤らめながらそう言った。
★
「それで? どうかしら、私のお願いは聞いて貰えるのかしら?」
女はしゅるしゅると衣擦れの音を響かせながらそう問いかけた。
「はっ、余を神輿とする代わりに、余の心臓を手中におさめようてか、随分と用心深いではないか」
ローランドは女から目を反らしつつ、そう言った。
「当然でしょう。それが出来ない奴は命を奪われる。私たちはそう言った世界に生きて来たのですもの」
「ふん、それはご苦労な事だ。じゃが――」
「じゃが?」
「時間切れじゃ」
「!?」
ローランドのその言葉と同時に、廊下の方で轟音が鳴り響き何かが物凄い速度で吹き飛んでいった。
「そんな馬鹿な! あれだけの警備をどうやって!?」
「あれだけの警備? 何のことだ?」
陰気な声と共に、カツカツと言う甲高い義足の音が響いて来る。
「くっ! 動かないで! 動くと坊やの――」
「坊ちゃまに何か御用ですか」
「!?」
女は発しようとした言葉を中断した、いや、中断せざるを得なかった。
女の背後にはいつの間にか影が存在しており、その影は女の喉にナイフを突き立てていたのだ。
「もうよい、あまり脅かしてやるな」
ローランドは退屈そうな口調でそう言ったのであった。
★
「で、こやつらはどうしますかお坊ちゃま? 蛇の道は蛇、幾らでも方法はございますが」
「ええい、だから脅すなと言っておるだろう」
さんさんたる有様の混血種たちの前に立ったローランドは、腕組みをしながら呆れ口調でそう言った。
「貴様ら、そんなにこの世が憎いか?」
ローランドは冷たい目で彼らを見下ろしながらそう言った。
ズラリと並ぶ彼らは、姿かたちも様々で、その誰もが歪だった。
彼らは、300年の長きにわたる戦いの結果生まれ落ちた、悪意と憎悪の結晶であり、目を背けられてきた薄汚い現実であった。
「いいえ、違うわ……」
ミラによって拘束された女は、疲れた口調でそう言った。
「私たちはただ、安住の地が欲しかっただけです。
ローランド様、貴方のようなまばゆく輝く存在には大きく暗い影が出来るでしょう。
私たちはその影で、ひっそりと暮らしていきたかっただけなのです」
「その為に余を傀儡の英雄と仕立て上げ、その影から自在に操ろうと企んでおったのか」
ローランドの問いに、女は黙って首を縦に振った。
女たちは疲れ切っていた。色々な事に、生きる事に。
「はっ、戯けが」
ローランドはそう言って、魔剣を女の首筋に当てる。
「余の主人は、余だけよ。貴様らの傀儡になぞなろうはずがない」
ローランドはそう言って魔剣を一閃させる。すると女の拘束ははらりと音をたて地面へと落ちて行った。
「……見逃して、下さるのですか?」
「否、見逃さん。見逃せばまたどこぞで悪さを企むだろうて」
ローランドはそう言うと、魔剣を地面に突き立てながらこう宣言した。
「余の名はローランド・ベルシュタイン! 余の名の元に貴様ら一党を余の臣下として召し抱える!
陰に潜むだ? 余と言う輝きを前に影も日向もあるものか! 精々瞼が焼こがれぬよう注意しておけ!」
ローランドはそう言うと、牙を見せびらかすように頬を歪めたのであった。
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