第25話 囚われのマコ

 閉ざされた倉庫の一画、簡素なベッドの上に全身を拘束され猿ぐつわを噛まされたマコの姿があった。


「はーああ。まったくこんなご馳走を目の前にしてお預けなんて嫌んなっちまうぜ」

「こら、文句言ってないで真面目に見張ってろ、いつ親分が帰ってくるのかわかりゃしねぇんだ」

「わーかってるよ。けど指の一本ぐらいつまみ食いしても――分かった分かったから、そんな顔するんじゃねぇよ」

「けど親分も久しぶりの仕事だからって張り切りすぎだよな」


 そのレッサーオーガはぐるりと周囲を見渡した。そこには10人前後のレッサーオーガが暇を持て余していた。


「まぁ万全を期してって事なんだろうよ」


 彼の近くにいた者がそう言って肩をすくめる。

 小娘ひとりさらって来るのにこの人数は多すぎる、親分も久しぶりのまともな仕事で気分が高揚し過ぎたのかと、彼は思った。


「そんな事より衛兵は大丈夫なんだろうな?」

「あたぼうよ、俺がそんなへまをするわきゃねぇだろうが、現に一晩なにも無かったじゃねぇか」

「そうか、俺も久しぶりの本仕事で気が立っちまってるのかもしれねぇな」

「ぎゃはははは、テメェがそんな繊細なたまかよ」


 そう笑い合う彼らの姿を、天井裏の隙間から一匹のコウモリがじっと眺めていた。


 ★


「お坊ちゃま、マコ様を確認できました。魔法的なものかは判断不能ですが眠っておられるようです」

「よし、でかした。他には?」

「室内にはレッサーオーガが12、外には見張りとして人族が8。ですが、おそらくは人化したものと思われます」

「合計20か、余の家臣の価値を分かっておるではないか」


 件の倉庫からほど近いとある路地裏で、ローランドはそう不敵に呟いた。


「では、アシュラッド。貴様はそのまま警戒に当れ」

「よろしいので?」

「これが罠という事も十分に考えられる、貴様は周囲に変化があったら知らせよ」

「御意」

「ミラは余の伴をせい。場合によっては一足先にマコを連れて脱出してもらう」

「御意」

「よし、ではいくぞ。余の家臣を返してもらいにな」

「「はっ!」」


 ローランドがバサリと翼を広げるのと同時に、ふたりは片膝をつき平伏した。


 ★


「どうもー、メイプルクラウンですー、ご注文の品宅配にまいりましたー」


 正面ゲートの見張りに立っていたふたりは、倉庫街に場違いなフリフリのエプロンを身に付けたメイドに目を丸くする。


「なんだ、姉ちゃん? 場所間違ってるんじゃねぇか?」

「へ? そんな事はない筈ですが? ここ、13倉庫であってますよね?」


 メイドはそう言って倉庫の番地を確かめるように上を見上げる。

 ふたりもそれにつられるように、上を向いたその時だった。

 おかもちを持っていたメイドの片手がふっと掻き消えたと思うと、見張りのふたりは糸の切れた人形のように、かくりとその場に崩れ落ちた。


「ふっ、流石は元オリハルコン級の冒険者、その腕は落ちていないようだな」

「いえいえー、今の私はただのか弱いメイドでございますよ、お坊ちゃま」


 物陰から現れたローランドに、ミラはそう言ってウインクをする。

 彼女は、人族領域では名の知れた冒険者であったが、大戦終了と共に冒険者稼業から足を洗い、世話になっていたローランドの母親が嫁入りする時に、世話係かつ護衛役として付いて来たのだ。


「それでは、余が正面から押入る。貴様は混乱した隙を突き、マコを救出せよ」

「了解です」


 ミラはそう言うと、音もなくその場から掻き消えた。

 その様子に満足したローランドは、ゆっくりと魔剣を引き抜くと、大上段にそれを構え、一息の内に倉庫の扉をみじん切りにした。


 ローランドは、ガラガラと音をたて崩れ落ちる扉を大股で踏み越えて、堂々と中へ入ると、あっけにとられているレッサーオーガの群れを睨みつけ、大声でこう言い放った。


「余の名はローランド・ベルシュタイン! 貴様らに奪われた余の臣下を返してもらいに来た!」

「なっなんだテメェは!?」

「ローランド・ベルシュタインと言ったであろうが!」


 ローランドはそう言うなり、弾丸のような速度で一気に倉庫中央まで飛び込んだ。


「くそっ! バレた! てめぇら敵――」

「遅いッ!」


 ローランドは、飛び込んだ勢いのまま、手にした魔剣を横一文字に振りぬいた。その軌道上にいた2体のレッサーオーガたちは壁面まで吹き飛んでいく。


「殺しはせん。殺しはせんが、死ぬより辛い目に合わせてやる」


 ローランドは周囲に見せびらかすように牙を光らせ、ニヤリと頬を歪めた。


「敵だ! 敵はガキひとりだ! やっちまえ!」


 敵陣のど真ん中に飛び込んだローランドはあっという間に包囲される。

 だが――。


「ガキでは無い! ローランド様だッ!」


 振られる剣を、突かれる槍を、飛び交う魔弾を、ローランドは手にした魔剣でことごとく切り落としていく。


「遅い! 遅いぞ貴様ら!」


 ローランドは敵の攻撃の合間を縫って、魔剣の腹で敵を打ち飛ばしていく。


「くそっ! このガキつぇえぞ!」

「焦るな! こっちには人質――が?」


 劣勢と判断した敵のひとりが、人質を縛り付けておいたベッドの方へ視線を向けると、そこは既にもぬけの殻となっていた。


「どこを見ているかこの戯けが!」

「ふごっ!」


 魔剣で思い切り後頭部を殴打されたレッサーオーガは、顔面から床にたたきつけられる。


「はーーーーーはっはっは! 貴様らの武はその程度か!」


 竜巻のように暴れ狂うローランドに対し、彼らは手も足も出ずやられ続けていく。その時だ。


『お坊ちゃま、敵増援です。オーガメイジ1、レッサーオーガ3です』


 彼の傍へ飛んできた一匹のコウモリが、ローランドへそう耳打ちした。


「ふん、その程度か? 余を仕留めたければ、その30倍は持ってこい!」

『いえ、その必要はございません』

「なぬ?」


 ローランドがそう言うと。


「ぐわああああ! こっこの狗っころがぁああああ!」


 体高1m以上ある黒犬の群れに追いかけられたオーガメイジたちが、次々と海へと叩き落とされていたのだった。


『この程度の敵、お坊ちゃまの手を煩わせることはありません、わたくしが処理しておきました』

「ふん、そうか」


 ローランドはそう言うと周囲を再度見渡す。

 辺りには壁の飾りとなっている無数のレッサーオーガと、天井や壁を問わずボロボロになった倉庫のみだった。


「ふん、この程度か」


 ローランドはそう呟くと、魔剣をしまい込んだ。


「さすがでしたー、坊ちゃまー」


 その頃合いを見計らい。壁に開いた穴から、マコを背負ったミラがひょっこりと顔を出した。


「うむ。ミラもご苦労であった」


 ローランドはミラにねぎらいの言葉を授けると、彼女が背負っているマコの頭を優しく撫でる。


「えへへー。どうします? 取りあえず膝枕とかいっちゃいます?」

「ふん、なぜ余がその様な事をせねばならぬのだ」

「えー! じゃあお目覚めのキスも無しですかー! 大丈夫ですって! 私目をつぶってますから!」

「だから! 余が! なぜ! その様な事をせねばならぬのかと言っておるのだ!」

「ちぇーっ。……ですってよ、マコ様」

「ふへっ! ぼっボク全然そんなことないですよ!?」


 ミラがそう言って軽く背をゆすると、顔を真っ赤にしたマコが目を覚ました。


「こら、マコよ。貴様何時から目を覚ましていた?」

「えっ? いっ、今だよ! たった今!」


 マコは目を反らしながらそう答える。


「き・さ・ま・らーーー」

「きゃー。坊ちゃんが怒ったー、逃げますよーマコ様ー」

「こら! 待てい!」

『お坊ちゃま、お楽しみの所申し訳ございませんが、衛兵が接近中です、いかがしますか?』

「む? そうか」


(いやに早いな)


 と、思いつつも、ローランドはいぶかしげに思いつつも、衛兵の到着を待つことにした。

 そして、到着した衛兵たちは、開口一番こう言った。


「ローランド・ベルシュタインだな。マコ・キトーリャ誘拐の罪で連行させてもらう」

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