第24話 マコを探せ!

 とっぷりと夜も更けた頃合いだった。

 ようやくと三人そろって、さあこれから晩御飯(パンの耳)だ、という時に、あまり強度に自信の持てない薄っぺらい玄関のドアが激しくノックされた。


「はいはーい、なんですかー」


 と、マコは疑問を浮かべつつドアを開けると、そこには余程急いで来たのか、肩で息をするひとりのメイドが立っていた。


「あれ? 貴方はキトーリャ家の――」

「ウチのお嬢様がお邪魔していませんか!」


 ミラがセリフを言い終わる前に、そのメイドは叫ぶようにそう言った。


「どうした、ミラ、一体何の騒ぎだ?」


 と、ローランド達が玄関へと顔を出すと、そのメイドは挙動不審なほどに周囲を見渡しこう言った。


「ウチのお嬢様……マコお嬢様がお帰りならさないのです」


「なんだと?」とローランドはアシュラッドへ視線を向ける。すると彼は首を横に振りながらこう言った。


「残念ながら、わたくしは今日、別の家の家庭教師に行っていました、毎日の授業はセラ様のお体に障りますので」

「そうか……そこのメイドよ。余は校門まではマコと一緒だったが、残念ながら、その後は分からん」

「そう……で、ございますか」


 その言葉を聞き、メイドは顔を青ざめ、その場に崩れ落ちそうになるところを、何とかミラに助けられた。


「ミラよ! そのメイドが落ち着きを取り戻すまで一緒にいてやれ! 余たちはこれからマコの家に行く!」

「「了解でございます!」」


 ローランドの指示に、ふたりは同時に頷いた。

 そして、ローランドとアシュラッドは夜空へと舞い上がったのだった。


 ★


 キトーリャ家の玄関を固める衛兵たちと押し問答をはさみ、ようやく通された彼らを待っていたのは、すっかり憔悴しきったマコの両親たちだった。


「メイドから聞いたぞ。その様子ではまだ帰っておらぬようだな」

「ああ、ローランド君にアシュラッドさん。こんな遅くにわざわざありがとうございます」


 夫人は顔色を真っ白にしながらも、ぎこちない笑顔を浮かべふたりの労をねぎらった。


「なにか手がかりはないのか?」


 ローランドがそう言うと、夫人は黙って首を横に振った。


「そうか……」


 室内を重苦しい空気が支配する。と、その時だ、外がにわかに騒がしくなった。


「まさか! マコ!」


 夫人は椅子から立ち上がろうとして、よろめいたところを主人に支えられる。

 主人は、夫人を支えたまま、メイドに様子を見に行くように指示をした。


 ローランドは、刻一刻と体から力が抜け落ちていくような夫人の姿を、じっと眺めていた。


 メイドが出て行ってから暫くして、彼女は顔を青ざめながら、しわくちゃになった手紙を携え戻って来て、それを主人に手渡した。


「なんと言う……」


 肩を震わす主人の手から滑り落ちたその手紙をローランドが覗き見ると


『娘を生きて返して欲しくば、新18条の発表を引き下げろ 純血派』


 と赤黒い文字で書かれてあった。


「おい、アシュラッド」

「はい、これは血文字ですね」


 ローランドから手渡されたその手紙をアシュラッドは一目見てそう判断した。


「おい、そこなメイド、この手紙はどういう状況で渡されたのだ」

「はっはい」


 彼女はローランドの問いに、おずおずとしながらこう答えた。

 彼女が玄関のドアを開けると、そこには衛兵に捕まったひとりの男がいたという。

 衛兵の話によれば、その男は、石にくるまれたこの手紙を屋敷内へ投げ入れようとしていたとか。


「その男とは?」

「衛兵に連行されて行きました」


 と言い彼女は首を横に振る。


「どう思う? アシュラッド」

「恐らくは、金で雇われたか、洗脳されたかの一般人でしょう」

「だろうな」


 ローランドはそう言って腕組みをした。


「純血派……こう言う手できおったか」


 20年前は力にものを言わせた大雑把な作戦だった。しかし今回は、警備の隙を巧みについたピンポイントなものだった。


「ああ、マコ……」


 夫人は手紙を抱えつつ背中を丸めた。

 ローランドは、夫人にそっと近づき、穏やかだが力強い声でこう言った。


「安心するが良い、マコは余の家臣だ、必ずや余が取り返して見せる」

「ローランド君、ありがとうね」


 夫人は涙を拭きつつ、そう言って儚げな笑顔を浮かべた。

 その顔を確認したローランドはアシュラッドへ視線を向ける。

 アシュラッドはそれに頷きながらこう言った。


「既に全使い魔をこの街中に放っております」

「うむ、貴様はそのまま使い魔の指示に専念しろ。余は衛兵たちと通学路の聞き込みに回ってみよう」

「はっ!」


 そのうちに、キトーリャ家のメイドを連れて帰って来たミラも合流しての聞き込みが行われたが、時間も時間だ、芳しい成果が上がることなく夜明けを迎えてしまった。


 ★


「坊ちゃま、私お着替えを取りにいったん戻りますね」

「うむ、そうしてくれ」


 ローランドは徹夜の疲れからか欠伸を堪えつつそう言った。


「ローランド君、少し休んだ方がいいわ」


 そう声をかけて来たのは昨日よりも一回り小さく見える夫人だった。


「そうです、お坊ちゃま、こう言ったものは体力勝負になってきます。少しお休みになられた方がいいのではないでしょうか」

「ふん、臣下がこうして働いているのに、余だけが惰眠をむさぼれるか」

「いえ、わたくしはバンパイアです一週間程度の徹夜ならば全く問題はございません。

 それに我らが手足だとすれば、お坊ちゃまは頭です、心を熱くするのは良いですが、頭は常に冷静でいておいて下さった方が、使われる手足としては気が楽なのですよ」


 そう言ってアシュラッドは、めったに見せない優しい表情を浮かべた。

 その後、マコの両親の要望もあり、ローランドは客間にてしばしの休憩を取る事となった。


 ★


「坊ちゃま、起きてください、坊ちゃま」

「むっ……なんだ、ミラか……」


 やはり疲れがたまっていたのか、横になるなり熟睡していたローランドはミラにゆすり起こされた。


「……マコは! マコはどうなったのだ!」


 ローランドは意識が覚醒するなり、そう言ってとび起きた。


「その事ですが、これを。自宅のポストに投函されておりました」


 ミラはそう言って、一通の封筒を差し出した。

 封筒は封が閉じられていない簡素なもので、宛名には左手で書きなぐったような読み辛い字で『ローランド・ベルシュタイン様へ』と書かれてあった。


「火急の事と思い、中身を改めさせていただきました」


 ミラはそう言って謝罪し、中に入っていた手紙を取り出した。

 そこには宛名と同じような読み辛い字で


『港湾区、倉庫街 衛兵には伝えるな』


 とだけ書かれていた。


「ミラよ!」

「はっ、既にアシュラッドさんが使い魔を総動員させて倉庫街を調査しております」

「ふむ。この事は夫人たちには?」

「伝えております」

「よし」


 ローランドはそう言うと勢いよく自分の頬を両手で張った。


「坊ちゃま、これは罠では?」

「かもしらん、いや九分九厘そうであろう」

「最悪の場合、私たちに罪を擦り付けるとか?」

「さてな……」


 謎は多い。いや謎しかない。

 だが、折角舞い込んできた手がかりを逃がす気など毛頭なかった。


「アシュラッド! どうか!」

「はっ、お坊ちゃま。確かに港湾区の倉庫街にて怪しげな動きをするレッサーオーガの一団を見つけました」

「でかしたぞ!」


 ローランドはそう言い、アシュラッドの背をバンバンと叩く。


「それで、マコの姿は?」

「それが中々に警備が厳重でして、迂闊な動きが取れない状況です」


 アシュラッドの使い魔はコウモリが主、中には黒犬なども居るがどちらにしても夜闇の中でこそ真価を発揮するタイプだ。

 太陽が真上に上がっている今では、下手に動いては不自然に思われてしまう。


「ふむ、あまり派手な動きをして悟られる訳にはいかぬ、慎重にな」

「了解であります」


 ローランドはアシュラッドにそう指示すると、マコの両親へと向き直りこう宣言した。


「安心するが良い! 余が必ずやマコを無事取り戻して見せる!」

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