第5章 祭りの日
第23話 狙われた少女
20周年祭が近づくにつれ、街には活気と共に物々しい雰囲気に包まれて行った。
大勢の出店が準備を重ねるのと同時に、数多くの衛兵たちが不審者や不審物のチェックを重ねているのだ。
そのチェックは祭のメインステージとなる議会堂前の大広場から連なるメインストリートが中心であった。当日はその通りを見事な山車が盛大なパレードを行う事になっている。
その中心部から遥かに外れた港の倉庫街に、怪しげな動きをする一団が存在した。
「おい、おめえら、準備は出来てるか?」
そう、ドスの効いた声を上げるのは、青黒い肌を持つ巨人だった。彼はオーガの中でもオーガメイジと呼ばれる魔法と知能に長けた種族だ、彼の名は家畜商マーキス。
大戦時代は、人族領域に出かけては数多くの人族を仕入れて一財産をなした人物である。
「へぇ、勿論ですぜ親分」
そう返事するのは、少し小型のオーガの一団だった、彼らはレッサーオーガと言う亜種族だ。
彼らは様々な魔法を得意とするが、その他にも特別な能力を有している。
それは「人化」という能力だった。
彼らは一瞬で、本来のオーガの姿から、かつて喰らった人族の姿へと変化させることが出来るのだ。
もちろんその能力に制約が無いわけでは無い、変化できるのは半日と少しであり、変化中はレッサーオーガとしての本来のステータスから劣る事にもなる。
だが、それを差し引いたとしても、潜入工作員としてはごく優秀な能力だ。誰かに成りすますと言う点において彼らの右に出る者は数少ない。
「ぐふふふふ。久々の仕入れだからって腕は錆びちゃいないだろうな?」
「へぇ、もちろんですさ。このご時世、表だってやり辛くなった分、工夫は欠かしちゃいませんぜ」
レッサーオーガたちはそう言ってニヤリと牙を光らせる。
「そいつは結構。だが、こずかい稼ぎは程々にしとけよ?」
「へっへっへ、引き際は心得てますさ」
彼らはひとしきり笑い合った後、改めて机に置いてある資料に目を通した。
「いいか、狙いはこの小娘だ」
そこに置いてあるのは、マコの写真だった。マーキスはマコの写真を指さしながら手下たちに、最終確認をする。
「食っちまう訳にはいかねぇんですよね?」
ひとりのレッサーオーガが涎を拭きながらそう言った。
「ああ、あの女狐が言うには、この小娘には色々と利用価値があるそうでな、生かして連れてこいとの注文だ」
「ひひっ、そいつは勿体ねぇ」
「そうですぜ親分、そいつは拷問ってもんだ」
年端もいかぬ柔らかな少女の食感を思いだし、手下たちはそう言って下卑た笑いを浮かべる。
「馬鹿野郎!」
怒号と共に、マーキスの拳が唸り、手下のひとりが吹き飛んだ。
「こいつは俺の商売だ。テメェらの遊びじゃねぇんだよ」
マーキスはそう言って拳を鳴らす。手下たちは震えあがり「冗談ですよ」と詫びを入れた。
マーキスはその様子にギロリと睨みを聞かせてから、ニヤリと頬を歪めた。
「安心しろおめぇら。計画通りにいきゃあ、このままごとめいた世界はおしめぇだ。そうすりゃかつてのように人間なんてさらい放題だ」
マーキスはそう言って手下のひとりの肩に手を置いた。
「だから決して、しくじるんじゃねぇぞ?」
「痛い! 痛いです親分! 分かって! 分かってます!」
マーキスの爪が肩に食い込んだ手下はそう悲鳴を上げたのだった。
★
「ふー痛え、痛え。相変わらず力の加減ってものを知らねえんだからな親分は」
「けけけ、てめぇがふざけすぎるからだろうが」
マーキスが姿を消したことを確認した子分たちはそう言って笑い合った。
小娘ひとりさらってくる、彼らにとっては正に朝飯前とも言える仕事だ。
「おう、そろそろ時間だ」
「そうだな、行くか」
そう言った彼らは次々と子供の姿へと変化した。
「けけけ、テメェより弱っちく見える生き物に、警戒する奴は居ねぇからな」
子供たちはそう言って邪悪な笑みを浮かべたのであった。
★
「それじゃーねロラン君! また明日!」
「うむー、そちも気を付けるのだぞー」
「あははははは。元気だしなってロラン君!」
「分かった! 分かったから抱き付くでないマコよ!」
衝撃の事実が判明して以来、ローランドのテンションはダダ下りであった。
酔っ払いの戯言が引き金となり、お家崩壊まで突き進んでしまったのだ。
取りあえず『自分は、酒は止めとこう』、そういったトラウマが刻み込まれる程度には。
校門前でマコと別れたローランドは、家路への道を歩いて行く。
「しかしまぁ、最近は随分と騒がしいのう」
出店の準備をする大人たち、その間をはしゃぎながら通り過ぎる子供たち、そして街の死角へと目を光らせる衛兵たち。祭を明後日に控えた街は上へ下への大賑わいだった。
そんな人波溢れる大通りを、ローランドは翼を小さくたたみながらぽつねんとそう呟く。
「まぁ、余には関係の無い話よ」
祭りの余興のひとつとして、林間学校での功績をたたえスピーチをする機会を打診されたが、今の精神状態ではそんな事に興味が湧いてきやしなかった。
「お家再興か……」
あの日以来、それだけを胸に抱いて頑張って来た。
だが、その原因が酔っ払いの戯言となれば、文字通り酔いもさめるというものだった。
「じゃが、借金は消えてくれぬしのう」
小さな当主は小さな背中を丸めながらそう呟くのだった。
★
マコは子供の泣き声に気付き足を止めた。
彼女が視線を向けた路地裏には、小さな子供が座り込んで大粒の涙を流していたのだ。
「どうしたの君? 迷子になっちゃった?」
彼女は、そう言って薄暗い路地裏へと足を踏み込んで行った。
「お姉ちゃん、だれ?」
子供は涙をぬぐいながらそう彼女に問いかける。
「ボク? ボクはマコ・キトーリャ。そこを行った先にあるエシュタット記念学園の生徒だよ」
彼女は子供を安心させようと、視線を合わせ丁寧にそう挨拶をした。
「マコお姉ちゃん?」
「うんそう! 君のお名前は?」
「ぼく? ぼくはエレット」
「そう! エレット君って言うんだ! どうしたの? お母さんとはぐれちゃった?」
彼女の質問に、少年はコクリと頷く。
「そうなんだ! いいよ! ボクが一緒に探してあげる!」
彼女はそう言って少年の手を握った。
「ありがとうお姉ちゃん」
少年は涙をぬぐいながら、しっかりと、しっかりと、彼女の手を握りしめる。
「こっちだと思うの」
「えっ? そっそう?」
少年は彼女をグイグイと引っ張りながら、奥へ奥へと連れ去って行ったのだった。
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