第22話 足掻き続ける者たち

 栄枯盛衰。時代の流れによって栄えるものがあれば、枯れゆくものもある。

 300年に及ぶ大戦ともなれば、それはもはや生活の一部となり、それを糧にして肥え太る者たちも大勢いた。


 その中で、上手く軌道修正できた者は幸いであった、彼らはまごうこと無き成功者だ。

 だが、出来なかった者たちはどうなるか?

 全てをあきらめ、零からはじめ直す者もいただろう。

 全てをあきらめ、枯れゆく己をただただ見続ける者もいただろう。

 全てをあきらめ、自暴自棄になった物もいただろう。


 だが中には、最後まで足掻き続け、時代に背を向ける者たちもいた。

 その名を純血派と言う。


 ★


 広い室内の中心に置かれた円卓に集まっているのは、みな仮面をつけた人物たちばかりだった。

 その上、灯りと言えば、要所要所にポツリポツリとおかれたロウソクのみであり、窓の無いその室内の見通しはとても悪い。

 見るからに後ろめたい事をしている者たちの集まりと言う空気を醸し出していた。


「やはり評議会はラプラスの箱を作り替える気だ」


 席が埋まって暫くして、上座に座るものがそう呟いた。

 だが、それに対するどよめきなどは存在しなかった。みなその程度の情報は入手しているという事だろう。


「してどうする? 新18条とやらは、上辺だけの綺麗ごとだが、それでも言葉は言葉だ。世に出てしまえばそれなりの効果はあるぞ?」

「前回のように叩き潰すが良かろう! 人族と魔族は対立している状況の方が自然なのだ!」


 机を叩きロウソクの炎が揺らめくも、それに帰ってくる言葉は無く、ただただ影法師が揺らめくのみだった。


「そうはいっても、我々にあの時のような力はない。それに、奴らとてその事は十二分に警戒しているだろう」

「ああ、俺たちの力が弱まっているのとは逆に、奴らの力は増している。衛兵の数もまたしかり、自爆覚悟の攻撃をしようったって、十重二十重と張り巡らされた結界を突破するのは難しいだろう」

「それほどにか?」

「ああ、今回の祭りに関わる予算のうち、警備に関わるそれは莫大なものだ。20年前とは文字通り桁が違うよ」


 そう言ったものは、口の端を歪めながらお手上げだとばかりに肩をすくめる。


「ふん! 情けない! やる前からそんな事でどうするというのだ! 戦う前から負けた時の言い訳を考えてどうするというのだ!」


 先ほど机を叩いた人物は、これ見よがしに腕組みしながらそう言った。

 だが、彼に賛同する者は誰も居ず、室内はしばし静寂に淀んでいた。


「正攻法では無理というのは分かりましたわ、ではこう言う方法はどうでしょう」


 静まり返った室内に、ねっとりとした妖艶な女の声が響いた。

 女は皆の注目が自分に集まった事を確認すると、薄く唇をゆがめて語り始めた。


 ★


「人質……だと?」

「ええ、とっても悪役らしくて素敵な案だと思いませんこと?」


 女はそう言って、ぺろりと自分の唇を嘗め上げた。


「ふん、人族らしい考えだな、薄汚いにもほどがある」

「あらあら、そう言われても仕方がありませんわね。我々は、魔族の皆さんと比べれば力に劣る生物ですもの」


 女は余裕の笑みを浮かべながらそう言った。


 そう、この円卓はふたつの種族に分かれているのだ。本来ならば敵同士、20年前ならば血を血で洗う間柄なれど、敵の敵は味方という事で、危うい同盟状態を結んだ組織。それが純血派なのだ。


「俺はそれで構わんよ、人さらいなどそれこそ俺らの十八番だ、20年前までは良く奴隷を仕入れに行っていたものだぜ」


 魔族サイドの席から下卑た笑い声が響いて来る。


「あらあら、それは頼もしいですわ」


 女はその言葉の意味を理解したうえで、大げさなほどに喜びの声を上げた。

 彼らの言う奴隷とは、人族で言う家畜と同意だ。

 エシュタットでは最上級の禁忌とされているが、人間を食らう魔族も存在している。

 否、300年大戦時には当たり前のように見られた光景だ。


「ふむ、人質と言うのは中々に良い案だと私は思うよ。少なくとも玉砕覚悟で無駄な特攻をするよりはよほどリスクも少なく生産的だ」

「そうだな、今思えば、何故こんな簡単な事を思いつかなかったと恥じ入るばかりだ」


 湖面に落ちた石が波紋を広げるように、女の提案はゆっくりと浸透していった。


「それでどうするのだ? そこらの子供を2~30匹ばかりさらってくればいいのか?」

「うふふふ。それはそれでインパクトがありますが、エレガントさには欠けますわ」


 女はくすくすと笑いながらそう言った。


「どうせ狙うならば、一番上を狙いませんこと? 将を射んとする者はまず馬を射よとも言いますでしょ?」

「という事は?」

「議長にはふたり娘がいますわ、そのうちの長女はあのエシュタット記念学園に通っていますの」


「あの」と騒めく声が聞こえて来た。

 かれら純血派にとって、初代議長となったベルカ公爵は度し難い裏切者なのだ。


「それはいい、それはいい。裏切者の顔を潰せた上に、祭りも台無しに出来るというものだ」


 こうして秘密の会合は拍手と共に幕を下ろしたのだった。


 ★


「どうでげした姐さん?」

「ああ、まったく純血派って奴らは単純な奴らだよ」


 馬車に戻って来た女は仮面を脱ぎ捨てるなりそう言った。

 艶やかに揺れる黒髪を腰まで垂らした妙齢の女だった。


「でげすが、ホントに大丈夫でしょうか?」

「相変わらず心配性だねぇアンタは、大丈夫なように私たちが裏から支えてやればいいのさ」


 女は呆れたようにそうため息を吐く。


「家畜商のマーキス、奴は最低最悪のド外道だ。だが、奴は商品の価値を分かってる、せっかく仕入れた商品に手荒な真似はしやしないさ」


 女は自らの意見にいの一番に賛同の声を上げた魔族の姿を思い出しつつそう言った。

 むろん、彼があそこで声を上げたのは、事前にそう言う取引をしていたからだ。


「問題はむしろ、ドルバッキーの爺さんだね、変な所で暴走しなけりゃいいんだが」


 女は手下から渡された煙管を一口吸うと、それを細長く吐き出しながらそう呟いた。

 女が言うドルバッキーとは、終始強硬論を唱えていた老齢の魔族だ。彼こそが、ローランドの父親をハメた張本人であり、古くからベルカ公爵に使える家臣でもある。

 彼は古き良き、血と力が支配する魔族の世界を何よりも愛していた、それ故に主人であるベルカ公爵に幾度となく進言を繰り返して来たのだ。


「時代の流れは私たちの方に向いている」


 女はどこか寂しげな瞳を浮かべてそう言った。


「ただしそれは、綺麗な上辺だけの話だ、私たちが住むような濁った川底まで届きゃしない」


 その言葉に、手下たちは無言で俯いた。

 女は、そして彼らは混血種であった、それも大戦の痘痕あばたとして生まれ落ちた両親が誰かも分からない孤児である。

 新18条が発表されたとて、その恩恵を受けるのはローランドのような血統書付きの混血種のみ、その事は社会の底辺で泥水をすすりながら生きて来た彼女たちが一番よく分かっていた。


「だからと言って、時代を逆行させる奴はほってはおけない、ならば精々最大限利用してやるとするさね」


 女はそう言って妖艶な笑みを浮かべ、カーテンの隙間から夜空を見上げる。

 そこには彼らを象徴するような半月が浮かんでいた。


「うふふふ。貴方に全てを与えてあげますわ、ローランドお坊ちゃま」


 その声は、馬車の振動に掻き消えていったのであった。

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