第14話 奥の手は仕込みが重要なのです

「あーはっはっはっは、なんじゃ圧勝過ぎてつまらんのう。もう少し手加減してやればよかったわ! いや! 余と言うものが大人気ない真似をしてしまった!」

「いやー、ボクには何が何やらさっぱりだったよ」


 上機嫌で帰って来たローランドたちをクラスの皆は我がことのように喜んだ。


(ふむ、多少はいい塩梅になってきたの。クラス委員長決定戦や林間学校でのあの出来事も結果として良い方向に働いていると見える)


 魔族と人族、両族がともに喜びを分かち合う様を見て、ローランドは密かに笑みを浮かべつつ、こう宣言する。


「まだまだ喜ぶのは早いというものだ皆の衆! 余は諸君らの代表としてこの場に立っておる! それはすなわち! この余こそがこの学園で最強という事だ!

 安心しろ! 余が皆の前に優勝旗を持ち帰って見せる!」


 ローランドのアジテーションにクラスの皆は笑いながら拍手をする。この小さなドレイクが大口を開くだけの能無しとは違う事を皆知っているのだ。


「がははははは! そこまで大口開いて無様な真似をしたら承知おかねぇぞ!」

「きゃーローランド君ファイトー!」

「よ! 委員長! 期待してるぜ!」

「うははははは! 安心しろ! 全て余に任せるがいい!」


 そうしてやんややんやと盛りあがる一方。

 ルドルフたちは、別室にてとある準備を始めていた。


 ★


「―――――――」


 それは静かに紡がれる歌だった。

 深い森の中を流れる風のざわめき、清涼なる小川のせせらぎ、暖かな大地の息吹、力強い野生の獣の命の煌めき。

 たったひとりの口から紡がれている筈の歌は、複雑な和音を持ってその部屋に響いていた。

 それを謳うのはひとりの少女、ハイ・エルフであるエルネットだった。


「ふぅ、これで下準備は完成ですわ。後はルドルフ様がキーワードを口にすれば、貴方の体に仕込んだ呪文は発動いたします」


 エルネットはそう言ってニコリと笑う。

 彼女の前には上半身に大小様々な魔法陣が刻まれたルドルフの姿があった。


「うふふー、エルネットちゃんたら、凄い技かくしもってるじゃなーい」


 ゴールディはにこりと微笑む笑顔の裏で、得物を見定める猛禽の目をしながらそう言った。


「うふふふ。わたくしなどとてもても」


 エルネットは、柔らかな笑顔を浮かべ、僅かに首を傾けた。


「そうですか、これが先輩たちが言っていた奥の手ですか」


 ルドルフは、少し複雑な表情を浮かべつつ、上着に袖を通す。


「あれれー? るどっちは不満なのかなー?」

「……いえ」


 そう言って、ルドルフはギュッと両手を握りしめる。


「だいじょーぶだよー。彼女は後衛の役割を果たしただけ、後衛が前衛に補助魔法をかけるなんて当たり前でしょー?」


 ゴールディはニコニコと笑いながらそう言った。

 確かにそれは当然の事であるし、ルールには抵触していない。


「あははー。るどっちは心配性だなー。大丈夫、ルールの何処にも事前に補助魔法をかけてちゃ駄目なんて書かれてないよー」


 ゴールディは、ルドルフに背後から抱き付いて耳元でそう囁く。

 彼女たちの作戦はこうだった。前衛はルドルフ、後衛はエルネットの基本スタイルでスタートする。

 ただし、後衛のエルネットも、最初から攻撃魔法を全力で放ちローランドを狙い撃つのだ。


「大抵はー、ふたつの魔法を同時に撃つ事なんて出来やしないでしょー。そしてるどっちたちドレイクはー、攻撃魔法はとくいだけれど、補助魔法なんて地味な魔法は得意じゃない。

 なのに突然るどっちがパワーアップしたら、ろらんっちは驚いちゃうよねー」


「あれあれー? こまったなー」と、ゴールディはわざとらしく笑いながらそう言った。


「先輩たちは……いえ、何でもありません」


 ルドルフは、何かを振り切るようにそう言った。


「そうそうー、なんでもないんだよー、君は全力で戦ってー、全力で勝利すればいいのだー」


 ヴァルキリー天使が囁く悪魔の言葉が、ルドルフの精神に優しく染み込んでいく。


「そう、僕の役割は勝利する事」


 ルドルフは、焦点の合わない目でそう呟いた。


 ★


『さあ! それではとうとう決勝戦と相成りました! スティールさん! この戦いの見どころはどうなっているでしょう!』

『ふん、強い奴が勝つ、それだけだ』

『はい! 毎度の台詞ありがとうございます!

 それでは両者出そろいました! 驚異的! 否! 圧倒的な快進撃を繰り広げるA組のふたりは何時もの陣形! 前衛にローランド選手、後衛にマコ選手となっております!

 それに対するB組はこれが初戦闘! 前衛にルドルフ選手、後衛にエルネット選手となっております!』


 歓声鳴りやまぬ闘技場中央にて、ローランドはこれにて三度目の注意事項をレフリーより受ける。

 だが、そんな事よりも気になるのは、ルドルフの様子だった。彼は何かに取りつかれたようにブツブツと「僕は勝つ、僕は勝つ」と呟いていた。

 始めは単に緊張しているだけかと思っていたのだが、注意深く観察すると、何やら怪しげな魔力の残滓が感じ取れた。


「ふん、戯けめ」と、ローランドは口をへの字にして小さくつぶやいた。

 その様子をルドルフの影から、エルネットは微笑みを絶やさず観察していた。


 そして、レフリーの合図で、両者は左右に分かれる。

 その際ローランドは、ポツリとマコに呟いた。


「マコよ、なにやらよからぬ企みが進行していると見える」

「え? なにそれ?」


 キョトンとするマコを無視して、ローランドは語り続ける。


「余は 必ずやそちを守って見せる。だが、戦場に絶対はあり得ぬ。

 万が一の時は、その旗を投げ捨て、身の安全を最優先するのだ」

「どっ、どういうことだよ、ロラン君!?」


 そのただならぬ気配にマコは動揺して旗を握りしめる。

 だが、ローランドはそれには答えず、マコから背を向けると前衛の指定位置へと歩いて行ったのであった。


『さあ! 両者準備が整ったようです!

 二連勝して乗りに乗るA組と、これが初戦で疲れの無いB組!

 果たして勝利の女神はどちらの陣営に傾くのか!』

『ふん、強い奴が勝つ、それだけだ!』

『さあ! 見逃せない一瞬が始まります! それではゴングスタートです!』

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