第13話 対抗戦は突然に

「なぬ? クラス対抗戦じゃと?」

「ええ、そうなのよ。林間学校がハチャメチャに終わっちゃったからその穴埋めにって、生徒会からの要望でね」


 ローランドが職員室にて聞かされたのはそんな話だった。


「ふむ、なんだか分からんが、勝負事なら大歓迎じゃぞ」


 ローランドは自信満々に腕組みをしながらそう言った。


「まぁ、貴方ならそう言うと思ってたわよ」


 マリードールはため息まじりにそう言って書類にチェックを入れた。

 これでまた授業時間の調整が必要なる。その雑務は彼女の仕事なのであった。


「して、マリードールよ。対抗戦とは言うものの、一体どういう事をするのじゃ?」

「えーっと、生徒会からの企画書だとね」


 もはやローランドの口調を改める事を放棄した彼女は、頭を掻きながらそれについて説明した。


 ★


「と言う訳じゃ! 皆の者応援を頼むぞ!」


 ローランドは教壇に立ちそう大声でそう言った。

 クラス対抗戦。それは、クラス委員長と副委員長のタッグで戦うリーグ戦だった。


「あっあのー、ロラン君? ボクハッキリ言って足手まとい以外の何ものでもないんだけど?」


 マコは冷や汗を流しながらそう呟く。運動に自信が無いわけではないが、彼女は戦闘技能や魔法も使えない極々普通のヒューマンだ。

 魔族や戦闘技能を持つ人族と戦うとなれば、否が応でも腰が引けてしまった。


「はっはっは! 安心するが良い、余がそなたに指一本触れさせるものか!」


 マコの心配などつゆ知らず、ローランドは翼を大きく広げながら上機嫌でそう宣言したのであった。


 ★


『皆さま、先日の林間学校は、予期せぬトラブルに巻き込まれ、大変恐ろしい思いをした方も多いと思います』


 闘技場上段にある貴賓席から、生徒会長であるバーミリオンの挨拶が聞こえて来る。

 各クラスの委員長と副委員長は、それを闘技場にて聞き入っていた。


「ねーねー、何でタッグマッチにしたのー」


 バーミリオンの後ろでは、マイクに届かない程度の小声で、ゴールディがワイトにそう尋ねた。


「うふふふ。ルドルフ君ひとりじゃ頼りないんでしょうね」


 ワイトは意地悪そうな笑みを浮かべてそう囁く。


「んー、でもルドルフ君のパートナーもただの人族なんでしょー」

「ただの、って訳じゃないわ。彼女はエルフの名門よ」

「あー、それじゃ、魔法とか使えたりー?」

「そう、結構やり手らしいわよ」

「でもでもー、それじゃー、ルドルフ君がローランド君より優れてるって証明にはならなくなーい?」

「そこはそれ、彼女にはきちんと説明してあるわ」


 ワイトはそう言ってルドルフの背後に控える、エルネットへ顔を向ける。

 その事に気付いているのか居ないのか、彼女はニコニコとした笑みを浮かべていた。


『それでは皆様。本日は怪我の無いように注意しつつ精一杯お楽しみください』


 バーミリオンの挨拶が終わると、競技場は万雷の拍手に包まれる。


「ふわー、やっぱりみりっち人気あるねー」

「そうねぇ、妬けちゃうわー」

「さっきから後ろでうるさいわね貴方たち」


 挨拶を終えたバーミリオンは、眉を尖らせながらそう言った。


「うふふふ。大丈夫よ、外に漏れない程度は心得ているわ」

わたくしが集中できないって言ってるのよ」

「あははははー。みりっちがその程度でミスする訳ないでしょー」


 苛立つバーミリオンに対して、ふたりはリラックスした様子でそう言った。


「はぁ、もういいですわ。それでスティール。彼の仕上がりはどうなの?」


 疲れを肩に滲ましたバーミリオンは、部屋の隅で筋トレしているスティールへ声をかける。


「ふむ、まぁやるだけはやったという所だな」

「やるだけやったって、今一信頼できない言葉ですわね」

「まぁ奴も公爵を祖父に持つ男だ、その辺の敵には負けんだろう」

「問題はー、ローランド君がその辺の敵に収まるかどうかだよねー」

「うふふふ。そうね、楽しみだわ、色々な意味で」


 そう言うとワイトは席を立った。彼女はこれからちょっとした役割があるのだ。


 ★


 ワイトが闘技場に現る頃には、選手紹介が終了していた。


『それでは、ここでトーナメントの抽選会を始めます! その栄えあるボックスガールは生徒会会計のワイト様におねがいしております!』


 放送部のアナウンスに、場内からは歓声が沸き起こる、それはバーミリオンに勝るとも劣らない人気ぶりだった。


 ワイトはそれに手を振りながら、しゃなりしゃなりと中央へと歩を進めた。


「ねーねー、みりっち。どういう仕掛けしてたんだっけー?」

「はぁ、全く貴方は」


 バーミリオンはそうため息を吐きながら説明する。


「仕掛けは単純よ、一年生は5クラス存在する、となるとシード権を持つクラスがひとつ出る事になるでしょ?」

「うんうん」

「それをルドルフに与えてやるだけ、これ以上ない単純さでしょ」

「あー、それでわいちゃんがあそこにいるんだー」


 ゴールディはニコニコと笑いながらそう言った。

 バシリスクであるワイトは幻覚などの精神系魔法のエキスパートだ。

 予め、ルドルフたちに当り札をわたしておいて、その上で箱の中には5枚の札があると錯覚させることなど朝飯前だった。

 そんな事も知らない参加者たちは、意気揚々と箱の中へ手を入れて行く。


「あー、ごめん、ロラン君。一番だったー」

「はっはっは! 何を言うマコよ、逆にシードなぞ引いて来ればしかりつける所だったぞ!

 それでは一回しか戦えぬからな!」


 札を引いて来た副委員長たちはそれぞれの陣営に帰り、悲喜こもごもの反応を示していた、それはこのふたりも同じことで……。


「まぁルドルフ様! わたくしたちはシードですわ! これも日ごろの行いの結果ですわね!」

「はっ、僕の活躍が見せられなくて残念だよ」


 額に指を当て、悩ましげなポーズをとるルドフルだったが、『彼に演技力を期待するのは難しい』と判断したバーミリオンが暗躍していたのは彼以外の関係者は皆知っている事だった。


『それでは一回戦を開始します! 1年A組ローランド選手・マコ選手――』


 そうこうしている内に対抗戦が開始される。

 一回戦はローランド達A組と、ヒューマンが委員長・キャットピープルが副委員長のC組だった。


『さーてはじまりました! 実況はこの私、放送と言えばこの私、放送部のアヤ・ブルーメンがお送りします!』


 放送席ではグラスランナーの少女がマイク片手に大張りきりで唾を飛ばしていた。


『そして解説には何とこの方、生徒会の武力担当、人呼んで要塞のスティールさんにお越し頂いております!』


 小人族の一種であるグラスランナーの彼女の隣に巨人族の一種であるスティールが座れば、その身長差は酷い事になるのだが、そこはなんやかんやの涙ぐるしい工夫で乗り切った。


『それでどうでしょうスティールさん! 今回はタッグマッチ&安全に配慮という事で、後衛が持っているフラッグを先取した方が勝ちとのルールになっておりますが!』

『関係ない、強い奴が勝つ、それだけだ』


 スティールは言葉少なにそう返す。


『あははー。スティールさんらしいご解説ありがとうございます!

 あーっと、闘技場の方に動きがありました!

 どうやら最終確認が終了して、いよいよ競技開始の様です!

 えー、A組の方は、委員長が前衛、副委員長が後衛のスタンダードなスタイル様ですね!

 それに対するC組は副委員長が前衛、委員長が後衛と言うスタイルの様です!

 これはどういう展開になると予想できますでしょうか!』

『勝負は見えている、強い奴が勝つ、それだけだ』

『はい! 力強いお言葉ありがとうございます!

 あーっと、たった今試合開始のゴングが鳴りひび――』


 ゴングが鳴り響いた、誰もがそれを各自の耳で確認した。

 だが、それが鼓膜をゆるし終わらないうちに、ローランドの姿は、C組の後衛が持っていた筈のフラッグを入手していた。


『え? あっあれ? えーっとこれはいったいどういう事でしょうかー?』

『ふっ、強い奴が勝った、それだけの話だ』


 スティールは満足そうにそう言った。


『けっけっ決着ーーーー!

 まさに電光石火とはこの事か!?

 流石はローランド選手! 学年主席の名に相応しい目にも留まらぬ早業で、勝利の切符をもぎ取ったーーーー!!!』


 茫然自失とするC組のふたりをよそに、ローランドは悠々と自陣へと引き上げていく。

 そして、その様子は当然ルドルフたちもしっかりと目にしていた。


「どうですか、ルドルフ様、先ほどの様子は……?」

「ふん、問題ないね。僕ならば、奴の突進チャージに対応できた」


 虚勢を張ることなく、おごることなく、彼は冷静にそう言った。

 その陰にあるのはスティールとの特訓の日々だった。たった一週間かそこらの時間だったが、それまでの彼の一生分の運動量を上回るかの如き地獄の毎日だった。


(そうですか、それならば、少しは勝ち目があるかもしれませんね)


 エルネットはルドルフの横顔を見ながら、微かに頬を歪めたのであった。

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