第3章 出る杭はなんとやら

第12話 明るく楽しい生徒会

「多少……目に余りますわね」


 金細工の施された高級品のティーカップをコトリと置きつつ、そう呟きの声を上げた女性がいた。

 緩くウエーブのかかった赤髪を豊かな胸前に流した、成熟した肉体を持つ美しいヒューマンの女性であった。


 彼女の目の前には窓が広がっており、その下ではマコにじゃれつかれるローランドの姿があった。


「うふふふ。貴方がそんな事を言うなんて珍しいわね」


 そう柔らかな笑みを浮かべるのは、優雅に流れる絹のような白髪、均整の取れた体つきを持つ女性だった。

 だが、そんな事よりも目につくのが、彼女の両目を覆う豪奢な刺繍のなされた眼帯だ。しかし、彼女はそんなものは有って無いかの如く優雅に振る舞っていた。


「それとも……嫉妬かしら?」


 眼帯の女性は、意地悪そうな笑みを浮かべると、くすくすと笑いながらそう言った。


「馬鹿馬鹿しい」


 赤髪の女性は肩をすくめると、その問いかけを一笑した。


「あらあらー。そんな事を言って、ホントは羨ましいのじゃないのー?」


 棘のある言葉とは裏腹にニコニコと明るい笑みを浮かべるのは、背中に純白の翼を持つ女性だった。

 きめの細かい白い肌に、赤髪の女性に勝るとも劣らない豊満な肉体を持つ彼女は、ヴァルキリーという珍しい種族だ。


「はぁ、全く貴方たちは」


 赤髪の女性はため息まじりに、ふたりを睨みつける。

 だが、そのふたりは意地悪そうな笑みを崩さないまま、いいお茶請けが見つかったとばかりに、危うい綱渡りを楽しむのだった。


「あのー、御三方はいつもあんな調子なんですか?」


 部屋の隅で居場所なさげに翼を小さく折りたたむルドルフは、何100kgあるのか分からないダンベルをひょいひょい持ち上げているダークトロールにそう声をかけた。


「うむ、俺には分からん世界だ」


 そのダークトロールは、一時も鍛錬の手を休める事無くそう答える。


 ここは、学園の生徒会室。明るく楽しいエシュ学を陰から支える場所、そんな場所にある日ルドルフは呼び出されたのである。


「そろそろ本題に入ってはいかがかしら」


 からかい尽くされて不機嫌さが最高潮に達した赤髪の女性は、ルドルフを睨みつけるようにしながらそう言った。


「ああ、そう言えばそんな用事もあったわね」

「うふふふー。忘れちゃかわいそうですよー」


 そろそろ綱が切れる頃合いかと、ふたりの女性もルドルフの方へとゆっくりと視線を向けた。


「まぁまぁ、そんなに狭苦しい所にいないで、もっと近くによりなさいな」


 眼帯の女性はそう言って蠱惑的な手つきで、ルドルフを呼び寄せた。彼は、なにか見えない糸で操られるように、緊張してガチガチになる心身とは裏腹に、彼女たちが待つ方へと近づいていく。


「ようこそ初めまして、ルドルフ・タリーズ君。私はワイト、生徒会の……書記だったかしら会計だったかしら?」


 眼帯の女性――その目で見た者を石化させるバシリスクという種族であるワイトは、そう言って小首を傾げる。


「あなたは、会計ですわー」と間延びする一言を置いた後、今度はヴァルキリーの女性が話し出す。


「わたしはゴールディ、生徒会書記をやってるわー。よろしくねー、ルドルフ君」


 ほわほわとした、優しそうな口調ながら、先ほど、薄氷を履むが如しのおしゃべりをかわしていた事が頭をよぎり、ルドルフはとてもではないが、素直に受け取る事は出来なかった。


「そしてわたくしが、生徒会長のバーミリオンよ」


 最後に豊かな胸を押し上げるように腕を組んだ赤髪の女性がそう挨拶をした。


「後は、スティール。何時までも筋トレやってないで挨拶ぐらいしてあげなさい」


 その声に、黒鉄のようなダークトロールは「スティールだ」と一言言った後また鍛錬に戻った。


「はぁまったく」と、バーミリオンは額を手で押さえた後、改めてルドルフへと向き直った。


「あの……それで僕に一体何の用事でしょうか?」


 ルドルフは、緊張した面持ちで、バーミリオンに話しかける。


「あはははー。それはもちろん、この前の林間学校の事だよー」


 それに答えたのはゴールディだ、彼女はルドルフの隣へと座り直し、彼の凝り固まった掌に、自分の手を重ねながらそう言った。


「あひゃ!?」と思わぬ柔らかみにルドルフは奇妙な声を発しながらも「そっその事ですか」と彼はしどろもどろになりながらも、一連の出来事を説明した。


 ★


「うふふふ。それはそれは、愉快な出し物だったわね」


 ワイトは薄い唇からちらりと舌を覗かせながらそう言った。


「そうだねー。わたしも行きたかったなー」


 ゴールディはルドルフに体を擦り付けながらそう言った。


「こら、ゴールディ。からかうのはそこら辺で止めてあげなさい」


 バーミリオンは彼女をキッと睨みつけるとそう言い、続けて鼻の下を伸ばしているルドルフへと視線を戻す。


「事の経過は分かりましたわ。では、その時の彼の様子について詳しく教えて下さらないかしら」

「うぐ……」


 そう言われてルドルフは言葉を詰まらせた。

 先の林間学校での彼と言えば、誰をおいて他はないだろう。自分をおとしめた仇敵ローランド・ベルシュタインだ。

 そいつの活躍ぶりをなぜわざわざ自分がしてやらなければならないのか、そう思うだけではらわたが煮えくり返る思いだった。


「うふふふ。いいでしょう、その反応だけで十分ですわ」


 バーミリオンは嗜虐的な笑みを浮かべてそう言った。


「所で貴方、こんな話をご存知かしら?」

「なんでしょうか」


 不愉快な思いをさせられたルドルフは、そう言って彼女を睨みつける。


「今年はエシュタット宣言がなされて20年、ちょうど節目の年という事もあり、今年の祭りは大規模なものになりますわ」

「そーそー、それでね、エシュタットと言えば、エシュ学、エシュ学と言えばエシュタットでしょ? だから、うちでもちょっとした出し物をやる事になってるんだよー」

「その……出し物とは?」


 ルドルフは話の矛先が変化して来た事を感じ取り、ゆっくりとそう口開いた。


「えへへー、それをどーしよっかなーって、考えてるところなのさー」

「はっはあ?」


 だったら何故自分が呼ばれたのか? ルドフルはそう困惑する。


「通常ならば、合唱団なりなんなりを出して、セレモニーに花を添えると言った所でしょうね。

 ところが、一部の教師から、林間学校の英雄にスピーチをさせようという声も上がっていますの」


 と、バーミリオンは眉間にしわを寄せながらそう言った。


「やっ奴にですか!?」

「えへへー。まぁ学年主席がスパッと大事件を解決しちゃったんだもん、そう言った声が上がってもおかしくはないよねー」


 へらへらと笑いながらそう言うゴールディにバーミリオンは恨みったらしい視線を向ける。


「あの者は半端者ハーフです。しかも聞くところによれば、膨大な借金を抱えた没落貴族と言う話。そんなものが栄えあるエシュタット記念学園の代表として相応しいと思いますか?」


 バーミリオンは、そう言ってルドルフへ見下すような視線を向けた。

 その視線には『学園理事長の孫であるお前は何やってたんだよあ゛ぁ?』という力強い意思が込められており、ルドルフはただただ翼をたたみ小さくなるより他は無かった


「ふふふ。要するに、あの坊やなんて大したことないって事を証明しなさいっていう事よ」


 マッチ棒より小さくなったルドルフへ助け舟を出したのは、ワイトだった。彼女はルドルフの頬に繊細な指をゆっくりと這わせると、耳元で囁くようにそう言った。


「証明……しろ、ですか?」

「ええ、それともあの坊やには勝てっこない?」


 ワイトは嘲るようにそう囁く。


「そっ、そんな事はございません! 入学試験の時は奴にふいを撃たれてしまいましたが、正面からの戦いであれば!」

「がははははは! 良く言った! それでこそ魔族の名門ドレイクだ!」


 部屋の隅で、機械の一部となり延々と筋トレを繰り返していたスティールは、その答えを聞き大声で笑い上げた。


「うふふふ。そう言うと思ったわ、それじゃあその機会を私たちが作ってあげる」

「えへへー。期待してるよー」


 片方は、溢れんばかりの我儘ボディを誇るヴァルキリー。片方は、スレンダーで妖艶な美を誇るバシリスク。

 ふたりの美女に挟まれたルドルフは、雪辱の機会へ向けて、様々な意味で体を熱くしたのであった。


「よし! それではさっそく今から特訓じゃ!」


 スティールはそう言うなり、ふたりの間からひょいとルドルフを持ち上げた。


「あっいや済みません今はちょっと待って」


 そう言い前かがみになるルドルフに、彼を挟んでいたふたりはくすくすと笑みを浮かべる。


(駄目かしら、この子)


 その様子を見て、バーミリオンはそっとため息を漏らした。

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