第11話 愛ってなんだ?

 当初の予定とは若干? のずれが生じたが、林間学校の目的である、クラスの団結を図るという目的は十分に叶えることが出来た。


 人族と魔族の間にあった壁は、アンデットという明確な恐怖を前に、共に戦うという事で局所的ではあるが氷解したのであった。


 そして、事件が起きたことによる臨時休校の翌日の教室では……。


「ねぇンバ君。私お昼ご飯作って来たんだけど一緒にどう……ですか?」

「ぐははははは! ようやく俺様の偉大さが分かったか!」

「ヴァン君! ヴァン君! 私にもあの格闘術教えてよ!」

「あー……そいつはなぁ……」


 種族は違っても強いものに惹かれるのは生き物のさがか、教室のあちこちで見受けられるヒーローインタビューめいた光景を見て、マコはこうつぶやいた。


「いやー、一機に春めいてきましたねぇ」

「ん? 何を言っておるのだマコよ、もう春は終いだぞ?」

「あはははは。そう言う事じゃなくてね」


 マコはそう言ってポリポリと頭を掻いた。


「だけど、ロラン君が無事でよかったよ。ボク後から話を聞いて倒れちゃうかと思ったよ」

「ぬははははは。余があの程度の死霊術師に後れを取る筈があるまい」


 ローランドはふんぞり返りながら、そう大笑いする。


「ううん、やっぱりロラン君は凄いよ。ねぇどうして君はそんなに強いのかな?」

「はっ、そちも話には聞いたことはあろう。余たちドレイクは魔剣と共に生まれ落ちる。それはすなわち強者になる事が運命付けられた種族なのだ」


 ローランドはキラリと牙を輝かせそう語る。

 マコはその自信あふれる姿を見て、眩しそうに目を細めたのだった。


「はいはーい、静かに静かにー、今日の授業始めるわよー」


 昨日は一日中現場検証に付き合わされて、もういい加減猫を被るのが面倒くさくなったマリードールが教室に入って来た事により、室内のざわめきは一機に収まった。

 生徒たちの大半はDポイントでのマリードールの鬼神の如き活躍を目にしているのだ、それもやむない事だった。


 ★


「で、マリードールよ、あ奴は結局何だったのかのう?」


 クラス委員長の用事で職員室に行ったローランドは、物のついでにその事をたずねた。


「さぁね。衛兵にいる知り合いの話だと、前後関係なしの単なるボケリッチの可能性が高いかもしれないって話だけどね」


 マリードールはそう言って肩をすくめる。


「それが、あんな場所に指輪を探しに来たのか?」

「そこのところはまだまだ取調べ中。詳しい事は分かってないわ」

「だが、そちはおかしいとは思わんのか? 探し物をするならば先ずは室内からだろう」

「だーかーらー、取り調べ中だって言ってるでしょ。下らない事に頭使ってないで、しっかりと勉強する」

「はっ、余は学年主席だぞ、配られた教科書程度、既に頭の中よ」

「まったく、口の減らないガキよねアンタ」


 マリードールは苦笑いを浮かべながらローランドの頭をわしゃわしゃと撫でる。


「なっ、何をするか無礼者!」

「いーい、お坊ちゃん。学校ってのはただ教科書を丸暗記する場所じゃないの、人間関係の勉強の場でもあるのよ」

「人間関係の?」

「そっ、アンタの魔将として一画は見せてもらったけれど、人間関係ってのはただの上下関係だけじゃない、他にも勉強するべきことは山盛りよー」

「ふーむ」


 突如投げかけられたほわっとした問いに、ローランドは腕組みしながら頭をひねる。


「さっきは勉強しろといったけど、勉強ってのは何も机にしがみ付くことだけじゃない。友達を作って一緒に遊んだり喧嘩したり悩んだり、はたまた恋人を作って惚れた腫れたの押し引きしたり。

 学校生活は長いようで短いわ、精々青春を謳歌しなさい」

「ふーーーーーー……む?」


「けど、先生に迷惑かけるようなことしちゃ駄目よー」という声に見送られ、ローランドは職員室を後にしたのだった。


 ★


「なぁミラ。恋人とは一体何なのだ?」

「どっどどどどどどういう事ですかお坊ちゃま!?」

「ええい、お前に聞いているのではない、余はミラに聞いておるのだ」


 ローランドは、机に乗り出すようにしてきたアシュラッドを押しのけて、ミラへと視線をよこす。


「キャーキャー! って何々なんです!? 坊ちゃんもついに気になる方が出来たのですか!? それとも告白されちゃったり!? ってか例の子ですよね! 例の子!」


 ミラは目を輝かせてそう尋ねる。

 それに対してローランドは、マリードールに言われた事を彼女達へ説明した。


「ふぅ、そう言う事ですか」


 その言葉を聞いて、アシュラッドは胸をなでおろす。


「あははははー。まぁそうですねぇ」


 ミラは少し残念そうな顔をして、タンポポ茶をローランドの前へ差し出した。


「その方が仰ったことは多分正しい事だと思いますよー。だってただ知識を詰め込みたいだけならば、家庭教師を付ければ済むだけの話ですからねー」


 ミラはそう言ってアシュラッドへちらりと視線をよこす。


「まぁ、お家がこうならなければ、社交界でその事も代用出来たのかもしれませんが、今更そんな事を言ってもせん無きこと。

 でしたら今ある環境を有用に使おうって事ですよねー」

「うむ、それは余も分かっておる。現に余の家臣は着々と増えつつある」

「それ! そこです! 坊ちゃん!」


 ミラはどたぷんとした胸を机に乗せながら、ローランドを指さしそう言った。


「家臣を作るのも大切です、ですが、そうじゃない、そうじゃないんです!」

「なっ、なんだと?」


 ローランドはその勢いに押されるがままもごもごと口を動かす。


「必要なのは対等な関係です。それは力の強弱じゃなく、ましてや損得でもない、そんな間柄なのです!」

「うーーーむ?」

「ええ、利害関係が絡みに絡んだ関係なんぞ、大人になったらあちこちから呼んでも無いのに飛んできます。

 ですが、学生の内ならばそんな綺麗な夢を見れるってもんです!」


「まぁ、私は行ったことないので勝手な妄想なんですけどね」とミラはワンクッション置きながらも話を続ける。


「友情、努力、勝利、そして愛! 学校生活にはそんなロマンが詰まっているのですよ!」


 ミラは胸前で手を組みながらキラキラとした目で虚空を見つめる。


「なっ、なんだか知らんが、そちが多大なる幻想を学校生活に抱いておるのはよく分かったぞ?」

「いーえ、幻想なんかじゃありません! 先ずは! 愛です! 取りあえず恋人――」

「そこまでだミラよ」


 くねくねと奇妙な踊りを踊る彼女にアシュラッドが鋭い目つきを飛ばした。


「お坊ちゃまは偉大なるガリウス侯爵の血をお継ぎになっておられるお方だ。何処の馬の骨とも分からぬ女とつり合いは取れん。

 お坊ちゃまには強く気高い魔族の嫁が相応しい」

「あーあーあー、それいっちゃうんですかー、それいっちゃうんですかー?」

「そうだ、こればかりは譲る事は出来ん」

「ふっるーい! 古いですよアシュラッドさん。第一ガリウス様も、人族の奥様とご結婚されたじゃないですか!」

「あの方は特別だ、それにあの方もれっきとした人族の貴族であったはずだ」

「いーや違います! 奥様と旦那様の間にはれっきとした愛があったんですー」


 ふたりはローランドを他所に議論を始める。

 それについていけなくなったローランドは、ひとりベッドに潜りとあることを思い出していた。


 ★


『父上! 父上はどうして母上とご結婚されたのですか!?』

『ふぶるっふぁっふぁ!?』


 それは幼きローランドが父と共に魔貴族の夜会へ出た帰りの馬車でのことだった。

 半魔族であることを馬鹿にされたローランド(もちろん、そいつらはボコボコにした)は常日頃に抱えていた疑問を父にぶつけたのだ。


『ふっふっふ、ローランドもその様な年になったのか』


 ガリウスはそう言って幼きローランドの頭を優しく撫でた。


『そうさな……』


 ガリウスはそう言って、遠い、遥か遠い所へ視線を向ける。

 魔族の中でもエリート中のエリートであるドレイクの貴族が、貴族とは言え人間の娘を嫁に取るという事は、随分と色々な事が騒がれたものだ。


 そして、その事はある意味では正鵠を得ていた。

 共存共栄の時代を象徴する、政略結婚的な意味がその裏になかったとは決して言い切れないであろう。


 不安げな瞳を向ける我が子に何と言おうか、口の中でごにょごごにょと何事かを呟いたのち、こう言った。


『あるいは、人族共の言う愛とやらなのかもしれぬ……』


 深い、深い感情のこもったその一言に、幼きローランドはそれ以上の言葉は挟めなかった。

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