第10話 探し物は何ですか?
『と言う訳だ、マリードールよ、ンバの班は見つけそちらへ誘導した、これで我がクラスは全部そろった事となる』
『だから、事後報告じゃなく、事前に報告しなさいって言ってるでしょ!』
マリードールの注意もどこ吹く風。ローランドは続けてとんでもない事を口走った。
『後は、首謀者を冥府へ送り返してやるだけだ。余は引き続き探索に移る』
『だっから! 誰もそこまでしろと――あっ、通信切りやがったわねあのガキ!』
マリードールは怒りに地団太を踏みそうになるのを何とかこらえきった。
今彼女が居るのはDポイント、ここには生徒の目だけではなく、行楽をしに来た一般市民の姿もあるのだ。
(いつ、アンデットの軍勢に襲い掛かられるか分からない今、私と言う戦力はここから動けない)
彼女は深呼吸をして冷静さを取り戻した後、ぐるりと周囲を見渡した。
(この森に、そんなホイホイとアンデットが沸くなんて聞いたことも無い、となるとどこぞの死霊術師が何かをやっているのは確実。
それを倒せば、この問題は解決する。彼のしたことは戦術的には間違ってない)
ここに集まる大半は本格的な戦闘訓練を受けてないひよっ子ばかり。上級魔族の生徒なら生まれ持ったステータス任せで、スケルトン程度なら何とかなるが……。
(ンバ君たちが到着したら円陣を組みつつ、森の外を目指す? いや、それは無茶ね、軍としての訓練を受けてない彼なんて正に烏合の衆以下の存在。突発的な事故が起きればどうなるか分かったものじゃ無いわ。
だったら、この広場にて救助が来るまで待ちの一手が最善策)
「先生、マリードール先生」
考え込む彼女へ声をかけて来るものがあった。
彼女は素早く外向きの顔を被りなおし、そちらの方へと顔を向ける。
「なにかしら? って貴方はキャレット君?」
それはガルーダの生徒だった、彼はマリードールを真剣なまなざしで見つめた後こう言った。
「俺の目と翼を使ってください。視力と飛行能力ならば俺は誰にも負けやしない」
★
「臭い、臭いぞ、ドブ水で腐肉を煮立てた匂いがする」
ローランドは、アンデットの密度が濃い場所をあえて貫きながらそう呟く。
(しかし、これ程のアンデットを使役する死霊術師、なまなかの者ではあるまい)
ローランドはブルリと背筋を震わせる。
まだ見ぬ強敵を前に、ドレイクとしての押さえきれない戦闘への本能が、魔剣を握る手に力を込めさせた。
そして、薄暗い森の中、彼の紫の瞳には、闇夜を切りぬいたような漆黒のローブを纏っている猛烈な魔力の塊を発見した。
「貴様かぁああああ!」
ローランドは牙をむき出しにしてそう叫ぶ。
自らの家臣を、無辜の市民を危険にさらしたその存在にたいして、情状酌量の余地などは一片たりとも存在しなかった。
「……邪魔をするな、小僧」
ローブの下から覗くのは、ぽかりと開いた眼下に青黒い炎を宿した一体の白骨だった。
(くっ、やはりリッチか、やもすればハイ・リッチかもしれぬな)
リッチとは、魔道を極めた魔術師が永久の寿命と引き換えにアンデットに変異したものだ。
その思考能力、使用魔法は生前に収めたものを基本とするが、死後も研鑽を続け、さらなる高みに達しているものも居る。
いや、永久に魔道の道を歩み続けるために、全ての生者に忌み嫌われるアンデットの道に踏み込むのだ。
「儂は忙しい」
リッチは、そう言うとその白骨の手をローランドへと向ける。
たったそれだけの動作で、ローランドは地面からつき出して来た巨大な肋骨の檻に囚われた。
「くっ!」
ローランドは急停止して、その激突を回避する。
「嘗めるな! この程度余の魔剣で切り捨ててやる!」
「くくく、そう簡単にいくかな? 折れ剣ドレイクになる前にそこで大人しくしているがいい」
ドレイクとは特別な種族だ、彼らは一本の魔剣を携えて生まれ落ちる。
その魔剣とは正しく彼らの半身とも言える存在だ。彼らが成長すれば魔剣もまた成長する。
もし魔剣が折れるようなことがあれば、命を失ってしまうドレイクも多く、幸いにして命が助かったとしても、ステータスは大幅に落ち、取得した技能の大半も失われてしまうという。
「余を侮るか?」
ローランド、腰を落とし、魔剣に魔力を集中させる。
彼の持つ、暗紫色の魔剣に、紫電が宿る。
「ほう」
リッチがそう感嘆の声をもらした時だ。
裂帛の気合いと共に放たれたローランドの一撃は、肋骨の檻をガラクタの山と代えた。
「くはははは、年の割にはやるではないか、小僧」
だが、檻を破られたというのに、そのリッチの余裕は少したりとも揺らがなかった。
「では、これはどうかな?」
リッチはそう言って指を鳴らす。すると数えきれぬほどのスケルトンの群れが彼を中心に現れた。
「はっ、雑兵が幾ら現れた所で!」
ローランドはそう言い捨て、スケルトンの群れへと突っ込んだ。
鎧袖一触、魔剣が一閃するたびに、雪のように骨が舞う。
「くくく、儂はここじゃぞ?」
リッチは、その声を残し、奥へ奥へと逃げ進んでいく。
無限に湧き続けるスケルトンを切り捨てながら進むローランド。
それを盾に、奥へ奥へと逃げ続けるリッチ。
だが、その均衡は崩れさる。
「!?」
ローランドの鍛え抜かれた直感が、とっさに回避行動をとらせた。
その瞬間に、さっきまで彼がいた場所に、巨大な爪が振り下ろされていたのだ。
素早く距離を取ったローランドは、それを見て「ほう」と獰猛な笑みを浮かべた。
そこにいたのは、木々を押しつぶすほどの巨大な白骨竜だったのだ。
「やるではないか、先ほどの雑兵はこいつの材料か?」
ローランドの問いかけに、リッチはケタケタと歯を鳴らした。
「くくく、儂の目標は貴様なんぞの首では無い。今ならば見逃してやる故疾く失せよ」
「……目的とは何だ?」
ローランドは、リッチと白骨竜、双方に目をやったままそう問いかけた。
するとそのリッチは、それまでの余裕ぶった口調を控え、悲しげにつぶやいた。
「大切な、大切なものだ。儂にとって、この命に代えても取り返さねばならぬものだ」
そして、リッチは眼下に宿る炎を燃えたぎらせると、ローランドへ向けこう叫んだ。
「それを邪魔する貴様は排除する!」
その声にこたえるように、白骨竜が動き出す、いな、暴れ出す。
巨大な竜の腕が一度振られると、巨木が次々となぎ倒され、それらの破片を巻き込みながらローランドへ向けて放たれる。
「チッ!」
その圧倒的な物量攻撃に、ローランドは反撃の糸目を掴むことも出来ずに逃げ惑うより他は無かった。
「儂の! 儂のぉおおおお!」
リッチは狂ったように叫び続け、その勢いに押されるように、白骨竜の動きも激しさを増す。
「この、ガラクタがぁあああ!」
ローランドは木々の間を飛び回りながらも、魔剣に魔力を貯めていく。未だ成長途中の彼の魔力量はそう多くない、これが最後の一撃だと、最後の一滴まで振り絞るように魔力を込める。
森の最奥にぽかりと空隙が出来たころ。
ローランドの魔剣は黄昏の光を封じ込めたように輝いていた。
白骨竜は雄叫びを上げながら、ちょろちょろと動き回る獲物に向けて突進する。
だが、今回ローランドは逃げなかった。
彼は目の前に迫る小山のような巨体前に静かに目をつぶり、魔剣を大上段に振り上げた。
「地に――帰るが良い」
一閃。
ローランドが放った一撃は、白骨竜を両断し、その背後の森さえも大きく切り裂いたのだった。
「さて、次は貴様の番だ」
ローランドは、肩で息をしつつも、リッチの首を落とすべく。一歩また一歩と近づいて――
「そこまでよ、ローランド君」
だが、そんな彼に話しかける声があった。
白骨竜を確認したキャレットの急報を受け、即座に駆けつけたマリードールだった。
「何を言う。こやつは大罪人だ、今ここでその首切り落とすのに、何をためらう必要がある」
「それは、昔の話よ。今の世の中そう簡単にはいかないのよ」
マリードールはそう言うと、ローランドの肩に優しく手を置いた。
「彼には、背後関係を含め、色々と話してもらう事があるわ。それはこの場で首を落とされるよりよっぽどきつい事かもしれないけどね」
「ふむ、そう言う事ならば、今は引いておこう」
ローランドはそう言うと、亜空間に魔剣をおさめた。
「儂は……儂は……」
頼みの綱を破られたリッチは、ブツブツとそう呟きながら、地面に膝を突いた。
「指輪……」
「「指輪?」」
リッチがポツリとつぶやいたその一言に、ふたりは顔を見合わせる。
「指輪が、どうしたというのだ?」
「そう! 指輪じゃ! 儂の大事な結婚指輪をこの森で無くしてしまったんじゃ!」
「「はぁ?」」
「そんな事がばれでもしたら婆さんにどやされる! このままでは死んでも死に切れん!」
いや、そもそもお前はとっくの昔に死んでいるだろう。
そんな突っ込みすら出てこない有様だった。
「違う! 婆さん違う! 浮気じゃな無いんじゃ! 信じてくれ!」
リッチは何かに怯えるように腰を抜かして後ずさる。
「のう、マリードールよ、これはいったい何なのだ?」
「私に聞かれても……って、いつだったか聞いたことがあるわ。リッチは生前の思考能力を引き継ぐって」
「ふむ、そんな事は余も知っておる」
「それが、そう単純な事じゃないの」
マリードールは深いため息を吐いた後こう続けた。
「リッチになった時既に痴呆状態になってた人は、それも引き継いじゃうんだって」
「……つまり、こやつはぼけ老人という事か?」
「…………非常に残念ながら、その可能性は大いに高いわ」
その結論に達したふたりは、顔を手で覆い、俯いたのであった。
★
と言う訳で、件のお騒がせリッチは、連絡を聞き駆けつけた衛兵によって捕縛されて行った。
幸いなことに重傷者は出なかったものの、この騒動に巻き込まれた人は少なくない。
前後関係や余罪も含め、徹底的な調査が行われる事であろう。
「と言う訳なんじゃが」
「はー、それはまた大変でしたねー坊ちゃま」
「うーむ、あれほど力持つリッチがただのぼけ老人だったとは、なんというか世も末じゃ」
ローランドは、味もそっけもないタンポポ茶を飲みながら今日あったいきさつをミラに説明していた。
「ところで、その指輪とやらは見つかったんですか?」
「ああ、しょうもない事に、奴が首から下げていたリングチェーンにしっかりとな」
「あはははは。まぁ骸骨になった指に生前の指輪をそのままって訳にはいきませんからねー」
「まったく、酷い事件だった」
ローランドはそう言って肩を落とす。
大山鳴動して鼠一匹と言うのならばただの肩すかしですむのだが、今回は巨大な白骨竜が出てきたうえでのこの有様だ。
「しかし、流石はお坊ちゃまです」
アシュラッドは不気味な笑みを浮かべながらそう言った。
「そ奴の知能は脇に置いておくとしても、それだけの数のアンデットを使役し、尚且つ白骨竜を顕現さすとなれば、そ奴はただの死霊術師ではありますまい。
それを単独で撃破したとなれば、お坊ちゃまの名声が高まる事は確実。
また一歩お家再興へ近づいたとも言えますな」
「うははははははは。当然よ! 余を誰だと思っている!」
ローランドは上機嫌でふんぞり返る。
隙間風が寂しげな音を奏でる、貧乏長屋だが、その時ローランドの背後には確かに別の風が吹いていた。そう、栄光と言う名の風が!
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