第9話 戦うもの、守られるもの

「おいテメェら! 邪魔だから俺様の後ろにすっこんでろ!」


 ンバはそう叫び、ズシリと腰を落とす。

 3m近い長身の彼が守りの姿勢を取れば、それは正に百年の月日を重ねた岩石のようだ。

 だが……。


 動くたびにケタケタと不気味に骨がなるスケルトンや、体を鎖で覆った悪霊犬バーゲストたちに包囲された現状では、その背中はあまりにも心細いものだった。


(ちくしょう、まともな武器があればな)


 ンバはそう思いつつ、手にした木の枝を握りしめる。

 それは敵を見つけた時に慌ててへし折って作った即席の槍だったが、スケルトンの持つ盾やバーゲストの鎖を穿つにはあまりにも頼りないものだった。


(ちくしょう、なんで俺様がアンデットに囲まれなきゃならねぇんだ。ここは平和な森じゃなかったのか?)


 ンバは敵の注意を引きつける為、大声でわめきつつ、即席の槍を振り回す。

 彼の背後にいるクラスメイトたちはその様子を振るえて眺めていた。


 雄叫びと共に振るわれたンバの槍が、スケルトンの盾に当り、そのか細い腕ごと吹き飛ばす。

 だが、敵は多勢だ、振り切ったンバの槍を、一体のバーゲストが咥えこみ隙を作ると、がら空きの胴体に、別のスケルトンが槍を振るう。


「うっとおしいんだよ! テメェら雑魚ども!」


 ンバはその剛力で、バーゲストが咥えたままの槍を振るう。バーゲストという重しの付いたその槍は、ンバの胸を刺したスケルトンを粉砕したものの、その槍も衝撃に耐えきれずへし折れた。


「ンバさん!」


 背後から、名前も知らないクラスメイトの声がかかる。

 だが、かかったのは声だけでは無かった。


「回復魔法か? へっ、この程度の傷俺たちトロールにとっちゃ屁でもねぇ!」


 実際、ンバが言った通りだった。トロールは驚異的な回復力を持つ種族である。

 おしめの取れ切れないひよっこが、恐怖に震える不安定な精神状態で回復魔法を行使したところでたかが知れていた。

 だが、その拙い回復魔法には、ンバが今まで感じたことのない温かみに満ちていた。


(けっ、俺様が人族なんぞにサポートされるとはな)


 ンバは半分になった木の枝を捨て去り、胸に刺さった槍を引き抜いた。


「ボロ槍だが、さっきのよりは、多少はましか」


 ンバはそう言うと、ギロリとアンデットたちを睨みつけながら、一歩踏み出し、自分の背後に槍の穂先で線を引いた。


「おい! テメェら! 魔法が使える奴は魔法を使え! 使えねぇ奴は石でも投げてろ!

 安心しろ! この線より後ろには敵は通さねぇ! 

 あのチビドレイクに出来て俺様に出来ねぇ筈がねぇ!」


 ンバは不敵な笑みを浮かべるとそう宣言したのであった。


 ★


「それでは行ってくる、後は頼むぞマコ」

「うん分かった、ロラン君も気を付けて」

「って! ちょっと待ちなさい! 何処に行く気なの!」


 マリードールが止めるももう遅い、報告を聞いたローランドは即断即決。背中の翼を広げて飛び立った後だった。


「あーもう!」


 彼女はガシガシと頭をかきむしると、先ほどローランドへ口を滑らした教師を自分が座っていた席に押し付けるように座らせた。


「えっちょっと! 学年主任!?」

「うるさい! 私だってホントはこんな所でじっと座ってるなんてガラじゃないのよ!」


 そう言うが速いか、彼女もまた飛行魔法を唱えふわりと大地から浮かび上がった。


「ちょっと待ちなさいローランド君!」

「む? なんだマリードール。余は急いでいるのだ」

「急いでいるのは私の同じ、これ持っていきなさい!」


 そう言って彼女は通信符を押し付けるようにローランドに渡した。


「あと、地図も!」

「ふっ、そんなものは既に余の頭の中に入っている」

「良いから黙って持ってけって言ってんのよ!」


 彼女の剣幕に、ローランドはポケットにねじ込まれる地図を黙って見ていたが、ポツリとこうつぶやいた。


「ふっ、それがそちの本性か。何時もの取り繕った様子よりは余の好みだぞ」

「はっ、貴方みたいな子供にそんな事言われても嬉しくないわよ。

 それと、今更止めはしないけど、決して無茶しちゃだめよ。何かあったらすぐに連絡する事。

 これは本来私たち教師の仕事なんだから」

「まぁ、善処しよう」

「善処しようじゃなくて大人しくはいって従ってりゃいいのよこの問題児」

「ははは、そう言う訳にはいかん」


 ローランドはそう言って笑みを浮かべると、森の西側を睨みつけた。


「では、余はあちらに行く、何やら悪い予感がするでな」

「そう、私は奥から攻めるわ。いい! 決して深追いしない事! まず第一になすことは報告よ!」

「うむ、心得た」


 そうしてふたりは森の東側と奥へと別れていったのであった。


 ★


「ぐぅう! こいつら一体どこから湧いて出てき来やがるんだ!」


 ンバを盾に抵抗を続けていたパーティだったが、その均衡は徐々に崩れつつあった。

 いや、前衛1人に、後衛5人と言う歪なパーティで、よくぞここまで持ちこたえたというのが正しい言い方であろう。


 ンバは敵からぶんどった槍を両手にふるうものの。スケルトンの持つ劣化した槍では、ンバの剛力に耐え切れず枯れ木のようにポキポキと折れていく。


「キャッ!」

「くそっ!」


 ついにラインを突破して後衛にその牙を向けたバーゲストに、ンバは咄嗟に手を差し込んだ。


「ぐっ!」


 バーゲストの鋭い牙が、ンバの丸太のような腕に深く食い込む。それだけでは無い。バーゲストが纏っていた鎖が、ンバの体を戒めるように硬く、きつく食い込んでいく。


「げっげっげ、こいつは良い」


 だが、ンバはそれに臆することなく、にたりとその大きな口を歪めた。


「おらぁああ!」


 ンバは痛みを無視して、バーゲストという小手に覆われた右腕を振り回す。

 その威力は絶大だった。今まで使っていた細い枝でも、朽ち果てた槍でもない。強固な鎖に覆われた彼の右腕は、鋼の棍棒へと成り代わったのである。


「ンバ君! 血が!」


 だが、全くのノーリスクと言う訳では無い。彼が腕を振るうたびに、バーゲストの牙はンバの右腕に食い込んでいく。

 だが、ンバは流れ落ちる血を無視しながら、腕を振るう。自らの背後にある矮小な命を守るため――


「よくやったぞ、ンバ、それでこそ余が認めた戦士だ」


 その声と共に飛来して来たのは、漆黒の翼を持つ一条の矢――ローランドの姿だった。

 彼は手にした魔剣を縦横に振るい、アンデットの群れを鎧袖一触細切れにした。


「けっ、来るのがおせぇんだよ、クラス委員長様よう」

「ははっ、そう言うでない、これでも全速力で駆けつけたのだぞ?」


 ようやく一息つけると腰を下ろしたンバに、クラスメイトのひとりが涙を浮かべながら必死に回復魔法をかけ続ける。


「ありがとう、ありがとう、ンバ君」


 ンバはむずがゆそうな顔をしたまま、その処置をされるがままに眺めていた。


「さて、余は他にも廻らなければならない」


 ローランドはそう言うと。傍にあった成人の太もも程度はある木を切断した。


「これくらいならば貴様の膂力にも耐えきるだろう」


 ンバは、鼻息一つ、その丸太を受け取った。


「今だ、この森がどういう状況にあるか完全にはつかめておらん。だが、アンデット共が好き方だにうろついているのはこの通りだ」

「へっ、んな事は分かってんよ」

「うむ、しかも悪い事に今日ここを訪れているのは、我がアシュ学の生徒だけでは無い。無辜の民も少なからず紛れ込んでおる。

 ンバよ、貴様に命ずる。ここからほど近いDポイントに行くが良い。そなたの武で皆を奴らから守るのだ」

「けっ、分かった分かった従ってやるよ」


 ンバはそう言うと立ち上がった。


「だがな、この程度の獲物じゃちと心細い、もっとゴツイ奴をよこしやがれ」

「かかかかかっ、それでこそよな!」


 ローランドは破顔一笑、近場にあった大岩を四角錐に切り裂いた。


「ふん、まぁそんなもんだろうよ」


 ンバはそれを握りしめてニヤリと笑う。


「では頼んだぞ戦士よ!」


 そう言い、ローランドは慌ただしく飛び去ったのだった。

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