第8話 とっても安全?オリエンテーリング

 まだ、日の登りきらぬ薄暗い森の中、ひとりの少年が黙々と鍛錬を続けていた。


「よーう、大将。お早いお目覚めだな」


 そう、声をかけて来たのは、かつてローランドと拳を交えたウェアウルフの少年だった。

 ローランドは、ただ黙々と体を動かしたまま、彼に挨拶を返す。


「ふむ、誰かと思えば貴様かヴァン。どうだ? 一緒にひと汗流さんか?」


 ローランドは、自らの体よりも巨大な岩を抱えながら、黙々とスクワットを続けていた。


「ははっ、遠慮しとくよ大将。俺には文字通り荷が重い」


 ウェアウルフは体力と敏捷に優れた種族、筋力もまた平均よりも上だが、流石にあのレベルの岩を持ちあげられる筋力は今の彼には無かった。

 ヴァンは近場の石に腰掛けると、黙々と鍛錬を続けるローランドを観察しながらこう言った。


「大将は真面目だねぇ、何時もこんな事をやってんのかい?」

「ああ、もはや習慣だな。余は偉大なる父上に追いつき追い越す事を目標とし、日々刃を磨いて来た。

 父上は経済と言う見えない刃に撃たれてしまったが、それが武を磨くことをおろそかにする理由にはなるまいよ」

「ははっ、大将らしいや」


 ヴァンはそう言うと、石から腰を上げる。


「俺はまぁ、ウェアウルフって半端な種族でよ」


 彼はそう言って、腰を落とし独特の深い呼吸をし始めた。


「人族って言えば人族。魔族って言えば魔族などっちつかずの種族だ」


 彼の独白を、ローランドはただ黙って耳を傾ける。


「俺の親父は、大戦時代ちっとは名をはせた傭兵団の団長で、両族の間をフラフラしながら、小銭を貯めていた」


 準備が終わったのか、彼はゆっくりと体を動かし始める。


「そして、大戦が終わった後、貯め込んだ小銭を元に、警備会社を立ち上げた、まぁ剣を振るうしか能の無い奴らばかりを抱えてたんだ、中々良い選択だったと思うぜ、少なくとも山賊に身を落とすよりは千倍ましだ」


 彼は思い出し笑いを浮かべながら、ゆっくり、ゆっくりと型を取る。


「そんな訳で、俺はこのままいけば次期社長って事になるんだが、その前に最低限の教養位は叩き込んでおけって事で、この学園に入れられたって訳だ」

「ふむ、そうか。貴様も一族を従える当主となるのだな?」


 話がひと段落したのを見計らい、ローランドはそう尋ねた。


「一族ねぇ、当主ねぇ、俺にはそこら辺が今一ピンと来なくてな。まぁ、確かにウチの社員は俺にとっちゃ兄貴みたいな奴らばかりだ。

 いや、だからこそ、俺にそんな大役が収まるのか……」

「不安だと」

「くくく、まぁありていに言えばそう言う事になるな」


 ヴァンはそう言って含み笑いをし、ローランドへこう尋ねた。


「なぁ大将。おめぇさんは本気で貴族の座へと返り咲けると思ってんのか?」

「無論だ、余はその為に存在する」


 ローランドは、一点の曇りなくそう言った。


「くくく、それでこそ大将だ。

 あーあ、変な話を聞かせちまったな、寝言の続きだと思って忘れてくれや」


 ヴァンはそう言うと、朝もやの中に消えていった。


 ★


「さて! オリエンテーリングについての説明は先程マリードールの言った通りだ!」


 ローランドは整列したクラスメイトの前に立ち、そう声を張り上げる。


「ここは、平和な森だとは聞いている。だが! 決して油断する出ない! 森とはそのものが凶器なのだ!

 木の根に足を取られる事もあろう、方向感覚を狂わされる事もあろう、落石や地滑りなどの突発的な事故も予想される!」


 そう語るローランドの背後で、幼い子供を連れた家族連れが、談笑しながら森の中へ入っていくのに、クラスメイトたちはリアクションに困っていた。


「いいか! 諸君らの本日の任務は生きてここに戻ってくる事だ! 余はその為に最適の班決めをした! 諸君らの長所を生かし合えれば、必ずやその任務をクリアできると信じている!」

「えー、それじゃーみんなー、怪我に気を付けて頑張ってねー」


 ローランドの演説が終わると、マコはニコニコと笑いながら、各班のリーダーに地図を手渡していった。

 そして、決められた順番で、各班は次々と森の中へと入っていくのであった。


 ★


「ふぅむ。余たちはここで皆の帰りを待つだけか、退屈だのう」

「まぁまぁ、それが裏方ってものだよ」


 出発地点で、待ちぼうけをする、ローランドとマコの前にやってくる人影があった。

 それは、ローランドにとってはとても見覚えのある人物だった。


「やぁ、新入生代表君、ご機嫌は如何かな?」

「おお、貴様はベルカの」

「ベルカの、じゃないよ! このインチキ代表!」


 その金髪のドレイクは、羽を逆立てながらそう吠えたてる。


「君、あの時あんなことをしておきながら、よくもまぁのうのうと新入生代表挨拶なんてしてくれたものだね」

「むぅ、そう言われても、あれは成績最優秀者がする物なのだろう? だったら何も不思議はない筈だ」

「ふざけるな! 君の卑怯な不意打ちさえなければ、その名誉は僕のものだったんだ!」

「はっ、あれしきの事、余の家では挨拶代りだ。あんな者すら避けられぬ貴様が間抜けだという話よ」

「君のような時代遅れの野蛮なドレイクを基準にするのはよしてくれないかな!」


 ふたりは正しく不倶戴天の敵とばかりに、にらみ合う。

 その横では……。


「あーどもどもー。ボクはマコ・キトーリャ。ロラン君のサポート係でーす」

「はい、良く存じ上げております。わたくしはエルネット・ルドヴァイア、同じく副委員長を申し付かっておりますわ」


 と、ふたりの女生徒が談笑を始めていた。

 そのエルネットと名乗った少女は、金糸の如き艶やかなロングヘアに笹穂型の長耳を持つ、美しくも優雅な姿をしたエルフだった。

 彼女は簡素ながらも上品で質の高い服装の上に、申し訳程度の皮鎧を身に纏っていた。


「ふん! 行くぞエルネット! これ以上ここに居ると貧乏がうつってしまう!」

「あらあらー。それではおふたりとも、またお時間のある時にー」


 散々と文句を言って気が晴れたのか、あるいは逆にうっぷんがたまりすぎてしまったのか、ベルカ公爵の孫であるルドルフは、肩をいからせながらローランドの元から去って行ったのであった。


「まったく、一体何が言いたかったというのだあ奴は」

「あはははー。そう言えるロラン君は大物だよねー」


 と言い合うふたりを前に、何やら教師陣が急に慌ただしい動きを始めたのであった。


「……嫌な予感がするな」

「そうだね」


 ふたりは顔を見合わせると、マリードールの元へと駆け寄った。


「どうしたマリードール! 何か起こったのか!」

「ああ、ローランド君……何でもないわ」

「何でもない訳があるか!」


 ローランドはそう言うと、マリードールの肩を掴み、真っ直ぐに視線を合わせる。

 その時だった、学年主任である彼女の元へ、別の教師が報告にやって来た。

 その教師はローランドの存在に気づき、今ここで報告をしていいのか迷っていると。


「構わん! 余に報告せよ! あそこにいるのは余の家臣と無辜の市民だ!」


 ローランドは殺気のこもった視線をその教師へと向ける。

 教師はその視線に押されるがまま、反射的に口を開いた。


「それが、チェックポイントに居る筈の教師と連絡が取れないんだ」

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