第7話 ロード・トゥ・林間学校
さて、クラス委員長になったからと言って、劇的な変化がある訳でもない。
ローランドは、どうしてこうなった的な雑用を押し付けられたり、まとまりのないクラスを何とか形にしようと四苦八苦する日々が続いた。
そして、煌びやかな学園生活とは裏腹に、長屋に帰れば苦しい現実が待っている。
相変わらず食事と言えば、ミラのバイト先から下賜されたパンの耳をメインとした料理が並び。食後のドリンクも、砂糖たっぷりのココアではなく、野生の息吹を感じるタンポポ茶であったりする。
寝る時はたった一つしかないシングルベッドに、ミラと共に横になり、アシュラッドは自前の棺桶を壁に立てかけて寝るしまつ。
かつては広々とした天蓋付きのベッドで寝ていたのが、今では家臣の抱き枕として眠る日々だ。
なんとかせねばと気は焦るが、一発逆転の機会などそうそう転がっている訳も無く。アシュラッドの言う通り、一歩ずつ着実に歩むほかないじれったさ。
そんな日々を重ねていくうちに、とあるイベントの日が訪れた。
★
「で、この林間学校とは一体何だというのだ? マリードールよ」
「マリードール先生ね」と、彼女はいつも通りの枕詞を付けて説明を開始した。
林間学校、それは。クラス分けして日の浅い教室を、共通の目標に向かって行動させることでまとまりを得ようとするイベントである。
所によっては怪しい人格改造セミナーの如く、とことんまで追い込むタイプの場所もあるが。エシュ学では、程よくマイルドなキャンプ生活と言った所だった。
「要するに、一緒に遊んで楽しい思い出を作ろうって事だよロラン君!」
「ふーむ、そう言う事かー……、そうかー……、狩りじゃないのかー……」
久しぶりに得物の血が見れると早合点していたローランドは、ほんの少し肩をしぼませながらも、この手のイベントになれた
「もちろん単純にキャンプして終わりって訳じゃないわ。オリエンテーリング等のイベントも考えてある。貴方たちクラス委員の役割は、一に安全、二に安全、とにかく全員を無事に返す事よ」
「ふむ? それは危険な魔獣が出没するということか?」
ローランドはそう言って目を輝かせる。
「そんな訳ないじゃない、行先はご家族連れでも楽しめる国定公園。出て来たとしてもネズミやハエが精々ね」
「なんだつまらん、それでは本当にただのピクニックではないか」
「ただのピクニックなのよ」
露骨に肩を落とすローランドに、マリードールは呆れた口調でそう言った。
★
「それでは愛すべき余の配下諸君! 今回は一年全てのクラスが参加するイベントだ! 今ここでこそ! このクラスの規律、そして精強さを他のクラスに見せつけようではないか!」
ローランドは拳を振り上げそう熱弁する。クラスメイト達も毎度の演説に慣れて来たのか、それとも、ここ数週間における彼の甲斐甲斐しい働きに何か感じるものがあったのか、素直に拍手でもってそれを迎えた。
(ふむ、7割という所か、大分形にはなって来たな)
ローランドは、演説を行う傍ら、そう冷静に分析を行っていた。力を見せつけた魔族の連中は、内心はどうあれ、外見上は素直にローランドの指示に従っている。
逆に厄介なのは人族の方だった。自分には関係ない、勝手にやってろと言う感じで取りあえず周囲に合わせて力ない拍手を行っている者たちがちらほらと見え隠れするのだ。
(まったく、この者たちは何が楽しくて、学校生活を送っているのやら)
ローランドにはお家再興という明確な目標があってこのエシュ学に入学した。だが、全員が全員、何らかの目標を持って入学した訳では無いという事は、クラス委員長をやっていて気が付いた。
(そう言う奴らに、目標を与えてやることも将の役目なのかもしれんのう)
これが戦ならば簡単だ、『生き残る』その単純にして明確な共通目標を与えてやることは出来る。
だが、人生の目標となると話は別、選べる行く先は星の数ほど存在し、適性や主義主張もまた同様。
(共存共栄とは軽く言うが、まったく面倒な世になったものよ)
ローランドはそう思いつつ、先陣切って歩き出した。
★
「おい、ンバ! 貴様はこっちだ! 余を凌駕すると言ってはばからぬその剛力! 今見せずとして何とする!」
「キャレット! その様な役目は別の者に任すが良い! 貴様の目は千里を見通す。川には貴様に狩られるのを今か今かと待っている獲物が盛りだくさんだぞ!」
「ほほーう。流石はドワーフ、やはりかまどを作らせたら右に出る者はおらんな、余の見込みは間違いなかったと見えるぞ、エド」
クラスメイト全員に声をかけて回るローランドに、マコは竹筒の水を差し出した。
「お疲れっ、ロラン君! 中々の委員長ぶりだったよ!」
ローランドはそれをゴクゴクと飲み干すと、こう口を開く。
「ふーむ。適材適所と言うものも難しいものよな、其々の長所とやりたいものが一致するとは限らん」
「あははー。それは仕方がないよー。不器用でもどうしても宝飾職人に憧れるって人はいるし、親から商人を継ぐ事を期待されていても、魔法の道を諦められない人だっている。
逆にロラン君のようにやりたいこととやるべきことが一致している人の方が少数派だよ」
マコはそう言って、眉尻を下げた。
「ふぅむ。では、マコよ。其方のやりたいこととは何なのだ?」
「んー、ボク? ボクは今の所この場所が気に入っているよ、取りあえずはそんなところ」
彼女はそう言って、少し困ったような笑みを浮かべた。ローランドはその裏に何があるのか気にかかったものの、今はその時ではないと判断しコクリと目を閉じ頷いた。
そして、彼は皆に聞こえるように、改めてこう叫んだ。
「余の名は、ローランド・ベルシュタイン!
余の家臣は即ち余の家族である!
安心するがいい! 余がお前たちを守って見せよう!」
そのいつも通りの宣言に、クラスメイト達からは「キャーロラン君かわいいー」「はっはっは! 俺がいつテメェの家臣になったんだよ!」「没落貴族が何言ってやがる! 借金返済のカンパでもしてやろうか?」などと笑い声が飛び交ったのだった。
「おのれー! いま余を馬鹿にした者たちは一歩前にでよー!」
きゃいきゃいと笑い声が耐え無い中で、キャンプの準備は速やかに進められたのであった。
★
風雨に晒され、色あせたテーブルに並べられた料理の数々を見て、ローランドはぐっと顎に力を入れた。
「あれ? ロラン君食べないの?」
「いや、何でもない」
そう言ってローランドは湯気が立ち上る焼き魚にかぶりつく。焦げ目の付いた皮は香ばしく、噛みしめると、油があふれ出す獲れたて新鮮の焼き魚だ。
「く……旨い」
ミラは良くやってくれている。だが、何時も家の食卓に並ぶのは、職場から出た廃材で作る、味の薄い料理ばかり。今日の食事のように香辛料をふんだんに使った料理とは大違いの料理だ。
出来る事ならば、この料理を持ち帰って、自らが最も信頼する家臣たちと分かち合いたい、彼の胸中はその思いで一杯だった。
「大丈夫。ロラン君ならきっとすぐだよ」
ローランドのただならぬ様子に、全てを察したのか、ミラは慈愛を込めた笑みを浮かべ、彼の皿へ焼き魚をよそうのであった。
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