第6話 クラス委員長決定戦

 校内の一画にある闘技場、そこがクラス委員長決定戦の舞台となった。

 ローランド達立候補者は、闘技場内部に集められ、マリードールと試合形式の打ち合わせをすることになったのだが。


「はっ、その様なことはよい、マリードールよ。

 こやつらの狙いは余の首だろう。だったらトーナメントなどと言う時間の無駄は止めて、余対全員のバトルロワイヤル方式でやればいい」


 ローランドは自らの首を掻き切るジェスチャーをして、他の参加者を挑発する様にそう言った。


 またこの子はどうしてこう、と、彼女は頭を抱えそうになったが。他の参加者からの文句は出ず。1対10の変則バトルロワイヤルが開始される事となった。


 ★


「えー、と言う訳で、クラス委員長決定戦を始めるわ」

「ふっ、こちらの準備はとうの昔にすんでおる、マリードールよ、危険だからそちは下がっておるとよい」


 円形闘技場の東側に立つのはローランドただひとり、対して西側には先ほど彼に因縁を付けたトロールを始めとした魔族と、ごく少数の人族が、ずらりと並んでいた。


(まったく、幾ら上級魔族のドレイクだからって、この数を一度に相手にしようだなんてちょっと正気を疑っちゃうわ)


 マリードールは、愛用のスタッフを掲げると、ため息を口の中で殺しつつ宣言した。


「それでは、試合開始!」


 彼女がそう、いったと同時に行動に出たのはローランドだった。

 彼は大げさに尻尾を振り上げると、それを背後に叩き付け一本の線を引いた。


「安心せよ、余は魔剣も魔法も使いはせん。貴様らは全力でもって余をこのラインから押し出して見せるが良い」


 ローランドはふてぶてしく腕組みしながらそう宣言をした。


「なっめっ腐りやがってこのチビがぁあああああああ!」


 度重なる挑発に我慢の限界を迎えていた魔族たちは我先にとローランドへと突っ込んでゆく。

 だがそれは、ローランドにとって計算通りの出来事だった。


「やれやれ、単細胞共めが」


 ローランドはニヤリと牙を覗かせると、素早くその場で一回転する。


「がっ!?」


 彼が回転すると、当然彼の尾もくるりと地面を薙ぎ払う。

 頭に血が上り、ローランドの顔しか見えていなかった、魔族たちはまんまと足元をすくわれた。


「余に尾があることは散々とアピールしただろうにッ!」


 ローランドは足元をすくわれ宙に舞った敵たちを、渾身の力で蹴り飛ばす。

 するとどうなるか、団子状態になって押し寄せていた彼らは、次々と将棋倒しになって倒れていった。


「はーっはっはっは! その程度か貴様ら!」


 ローランドは声高々に、そう嘲笑う。

 とは言え、彼らの先頭に立っていた――すなわちローランドの砲弾となった敵たちは、トロールを始めとした、大型の魔族たち。その体当たりを思いっきり受ける事になった、後続の連中はたまったものでは無い。


 何とか、その下から抜け出したのは良いものの、体のあちこちを痛めており、その動きは精彩を欠くものだった。


(ふっ、一対多の戦闘状況など父上の訓練では定番中の定番よ)


 ローランドはそう在りし日の事を思い出す。


 ★


 小高い丘の上に、悠々と腕を組む大小一組のドレイクがいた。

 背の高い方は身長2m近くある筋肉モリモリのマッチョマンだった。

 彼はよく刈り揃えられたあごひげを撫でながら、眼下をうろつく狼の群れを見下すとこう言った。


『よいか! ローランド! 多数を相手にする時は敵を盾と、敵を弾として扱うが良い!』

『はい! 父上!』


 ガリウスはそう言うと、目をキラキラと輝かせる幼きローランドを、腹を空かせた狼の群れへと放り投げた。


『ちっ! 父上ーーーーー!』

『がははははは! その程度の状況を乗り越えられねばベルシュタインの性は名乗れぬぞ!』

『はっ! はい! 父上!』


 ★


「来ぬのか? では、余から行くぞッ!」


 走馬灯じみた思い出が巡り終わったローランドは、そう言うが速いか矢のように飛び出した。

 1対多と言うのは圧倒的に不利な状況……と言うばかりでは無かった。


「くそッ! どこ行ったあのチビ!」

「てめぇ! 邪魔なんだよ!」


 ローランドはその卓越した身体能力とバランス感覚で、敵陣を縫うように駆けまわり、同士討ちを誘発させていく。

 そして、たった一人にいいようにやられているという状況は、彼らにますますの焦りを生み、彼らの攻撃はより雑なものとなってゆく。


「ははははは! まったく烏合の衆とはこの事よな!」


 ローランドの姿は影しか見えず、その嘲笑だけが嫌なほど耳にこびりついて来る。

 そうしている間にも、一人また一人と地面に倒れ伏していった。


(やるわね、あの子。伊達に成績最優秀って訳じゃなさそうね)


 その様子を離れて眺めていたマリードールは、冷静に彼らの動きを観察していた。

 確かにローランドのスペックは優れている。

 おそらくは総合能力では、誰ひとりとしてかなうまい。しかしそれが、連携の取れた軍相手ではどうか?

 仮に同レベルとしたの場合、トロールの腕力と耐久力はドレイクを凌駕している。ガルーダの視力と素早さはドレイクを凌駕している。ケンタウロスの突破力は言わずもがなであり、ミノタウロスの剛力もまたあなどれるものでは無い。

 つまり、其々の長所を潰すために、あえて挑発を繰り返し、泥沼の乱戦状態へと持ち込んだのだ。


(にしても、やけに戦い慣れているわね。一体どんな生活を送っていたのやら)


 彼女がそう分析している間に、戦の状況は決まっていた。

 地に倒れ伏す数々の相手を前に、ローランドは堂々と腕組みをしながら立っていたのである。


 だが、立っているのはローランドだけでは無かった。


「で? 其方らはどうするのだ? 怖気づいて縮こまっていたという訳ではなさそうだが?」


 そう、試合開始の合図などどこ吹く風、最初から闘技場の壁に背中を預け、じっとこの戦いを見据えたいた者たちも少数ながら存在していたのだ。


「どら、前座はお終いだ、やる気を失っていないのならばかかってくるが良い」


 ローランドはそう言うと、試合開始の位置まで戻り、地面に引いたラインを指さした。

 その様子に、見据えていた者たち――頭部に耳を生やした狼人間ウェアウルフの少年と、その傍にいた体のあちこちに硬質素材が見え隠れしている人造人間の少女、は何かを小声で話し合った後。ゆっくりとローランドへと近づいていった。


「へっへっへ、まぁ、お見事と言わせてもらうぜ」


 ウェアウルフの少年はツンツンの銀髪をかき上げながらそう言った。

 体格はローランドより頭一つ上、170cmを超えるだろう。均整の取れた体つきに、鉄製の手甲と脚甲を装備していた。

 顔つきは人間の特徴を多く残しており、狼の特徴としては、頭に生える耳と、鋭利にとがった手足の爪、そして銀色に輝く体毛がヒューマンよりも少し濃い程度の物だろう。


「エエ、見事ナ戦場支配能力ト、判断イタシマス」


 人造人間の少女は、表情を仮面のように固定したまま片言の喋り方でそう言った。

 体格はローランドとほぼ同じ。華奢な体つきに、体の節々に硬質素材が覆われており、手には魔法銃を装備していた。

 その顔つきは、正に人造人間と言った彫刻めいたものであり、冷え冷えとした美を感じさせるものだった。


「下らん世辞は良い、それで? やるのかやらんのか、はっきりしろ」


 ローランドが片眉をしかめながらそう言うと。ウェアウルフの少年は牙を見せつけるようににやけると、こう言った。


「俺は別に、アンタが大将で文句はないぜ、ただ特等席でこの戦いを見たかっただけでな」


 彼はそう言いつつも、腰を落として体をほぐす。


「ワタシ、モ、同意見デ、ゴザイマス」


 人造人間の少女はそう言って深々と頭を下げる。


「ふむ? それではこれで終わりという事か?」


 ローランドが拍子抜けと言った感じで肩をすくめると、ウェアウルフの少年は牙を見せつけるように笑いながら、こう言った。


「いーや、折角だからちょっとした運動には付き合ってもらおう」

「はっ。良いぞ、余は来るものは拒まん、好きにかかってくるが良い」

「おうさぁッ!」


 その瞬間に、少年の姿は掻き消えたかと思うと、ローランドの顔面へ少年の拳が迫っていた。


「ふっ」


 だが、ローランドは、軽い笑みと共に、その拳を外に弾く。

 返す刀で、少年の顎に掌底――

 を、少年は、かがんでかわすと共に、抉り込むようなリバーブロー――

 に、ローランドは拳を合わせて相殺し、少年の下がった顎へと膝蹴りを叩き込む――

 が、少年はその場でくるりとバク転して、距離を取る――


 その後も、常人では目で追う事が不可能なほどの高度な接近戦が繰り広げられる。


「はははっ、中々にやるではないか貴様」

「けっ、その場から一歩も動かねぇ奴に言われたきゃねぇっなッ!」


 さらに、回転は1段階加速する。打撃音は絶え間なく連続し、どちらが受けでどちらが攻めか、どちらが優勢でどちらが不利か、もはや外からでは判断が出来なくなったころ。

 ウェアウルフの少年は、ぱっとそこから距離を取った。


「ふぅ……まっ、今日の所はこの辺でいいや、十分楽しめたぜ」

「そうか、それは結構」


 ローランドも満足そうに頷いた。

 だが、結果は明白だった。ローランドはその場から一歩たりとも動いておらず、反面少年は額に汗を浮かべ、あまりの疲労に床に腰を突いた。


「まったく大した坊ちゃんだ。俺も少しは腕に覚えがあったんだけどな」

「かかかかかっ、そう悲嘆することはない。其方の腕の冴え、中々のモノだったぞ」


 ローランドはそう言って、少年に手を差し伸べる。少年は苦笑いを浮かべながらその手を握り返した。

 その様子を見届けたマリードールは、試合終了の笛を鳴らす。

 それと同時に客席からはパチパチと拍手が響いて来た。


(ふむ、反応は半々と言った所か、少々圧勝しすぎたかのう?)


 ローランドは客席の様子を分析する。

心を込めて拍手しているものが半分、取りあえずおざなりに拍手しているものが半分、それと家臣マコが一名。

 劇的と言えば劇的だが、あまりにも一方的に決まってしまうのもそれはそれで味気ない。

 そう反省するローランドだったが、その反省は秒で終わり、前を向いて歩き出した。


(まっ、今日の所はこれで満足しておくより他は無い)


 そうしてローランドは、とびっきりの拍手でたたえる家臣の元へと帰ったのであった。

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