第5話 共存と共栄
「いいですか、ここは名門エシュタット記念学園。その名の通り、エシュタットという街を象徴、いえ、代表する学び場です」
その眼鏡をかけたいかにも気の強そうなヒューマンの女教師は、キラリと眼鏡を光らせると、ローランドを指さした。
「そこの貴方。エシュタット憲章第一条を朗読してください」
「む? 余か? 別にかまわんが、突然だのう」
ローランドはそう言うと椅子から立ち上がった。
「エシュタット憲章第一条。
『人族と魔族は過去の遺恨を忘れ、互いに矛をおさめ合い。共存共栄を両族の目的として掲げる』
で、構わんか?」
「ええ結構です。流石は新入生代表」と、女教師はわずかに口角を歪めながらそう言った。
「共存共栄。ええ、とても大切な一言です。ですが、両族はその一言で括るにはあまりにもかけ離れた存在です」
この教師は何を言い出すのか、教室がザワリとどよめいた。
「それぞれの種族には生まれ持った特徴があります。私はヒューマンですので、肉体的には平均よりもやや下ですが、どんな環境にでもある程度適応できるという柔軟性が」
女教師はそう言って自分の手を胸に当てた。
「そして、貴方のようなドレイクは、強靭な肉体と魔力を持つ代わりに、自尊心が高く、協調性に劣るという傾向が高いです」
「何を言うか、余は――」
ローランドが反論しようとしたところで、その女教師は彼を手で制した。
「これはあくまでも、一般的な傾向です。別に貴方個人をどうこう言っているのではありません」
「むぅう」と腰を浮かしかけたローランドは渋々席に座り直す。
その様子を見て、教室のあちこちからくすくすと嘲笑が漏れ聞こえる。
「むろん、ヒューマンやドレイク以外にも様々な種族がございます。その特色を並べていたら、それだけでこの時間が終わってしまう程度には」
そう言って彼女は教室をぐるりと見渡した、人族に置いてはヒューマン、エルフ、ドワーフなど、魔族に置いては、オーガ、トロール、ラミアなど。
やはり、教育という事の重要性を分かっており、尚且つ金銭的に余裕のある人族の方が多いという印象だ。
「それ故、この共同生活には人によっては多大なる窮屈さを感じ取ってしまう事もあるでしょう。
ですが、それを克服するためにエシュタットと言う都市が、そしてこの学園が生まれました。
皆さんには、自分の長所短所を把握して、共存共栄の為にはそれをどう生かせばいいのか? その事を学んで行っていただきます」
そう言い終わると、彼女は一礼して教卓から降りて行った。
そして、それを追いかけるように拍手の音が鳴り響く。
(ふぅ、やはり人族の方が協調性には優れているわね、当然のことだけど)
彼女――学年主任のマリードールは、心の中でため息を吐きつつ自己紹介が行われている教室を見渡した。
積極的に拍手をしていたのは人族が主。それも当然だ、魔族の世界は力が全て、その単純なルールがたった10年や20年で変わる訳がない。
(まったく、肩のこる仕事よね)
嘗められたら終わり、特に魔族には。その思いで必死になって気を張って生きていたら自然と学年主任等と言うめんどくさい役割を押し付けられていた。
(私も好き好んで、こんな街にやって来た訳じゃないんだけどなぁ)
彼女は元々人族領域で暮らしていた元冒険者――それも名うてのマジックキャスターだった。
魔法を極めるうちに寿命と言うものが縁遠いモノとなってしまったが、寄る年波という不可視の魔物に抗い続けるのには年々しんどさを感じるようになり、冒険者を引退して後進の育成のために魔法ギルドで教鞭をとっていた所をこの学園に引き抜かれたのだ。
(確かに、お給金はいいけど……ってそろそろ自己紹介も御終いか)
この次がめんどくさいのよねーと内心では思いつつも、それをおくびにも出さずに彼女は立ち上がった。
「それでは、自己紹介も一通り済んだところで、クラス委員長を決めてもらいます」
そう言ったが速いか、ズラリと手が立ち上る、その多くは魔族側からだったが。
「む? なんだ? そんなものは余に決まっておるであろう」
「はっ、半端者のチビドレイクの癖にデカイ口叩くんじゃねぇよ」
「そうだそうだ、没落貴族にそんなものを任せてたら、このクラスも没落しちまうよ」
(たっく、このジャリ共が、いい気になってはしゃぎやがって。纏めてぶっ飛ばしてやろうかしら)
ガヤガヤと嘲笑入り混じる生徒たちを前に、彼女がそんな不穏な事を考えている時、教室の片隅から声が上がる。
「はいはーい、先生! ボク、いや私はロラン君が良いと思います!」
その一言に、嘲笑と騒乱で満ちていた教室に、一時の静けさが訪れる。
「あなたは……マコ・キトーリャさんですか、どうしてそう思うのですか?」
「いや先生。どうしても何も、学年主席がクラス委員長にならない方がおかしいじゃないですか」
マコは、何を当然のことをと言わんばかりにそう肩をすくめる。
その一言に、我が意を得たりと頷いているのはローランドだけだ。
「あぁーん? このメスガ……メスガキでいいんだよなお前?」
「何を失礼な、ボクはれっきとした女の子だよ」
だが、それに納得できないのは我こそはと手を上げた魔族たちだ、その中で彼女の倍近い長身を誇るひとりのトロールが席を立った。
(はぁ、さっそくひとりレッドカードか)
マリードールは束縛の魔術を放とうと口の中で素早く詠唱を唱え終わる、その時だった。
「まて、そ奴は余の家臣だ、そ奴の文句は余にしてもらおう」
そう言ってローランドはすっくと席から立ち上がったのだった。
「ぐふふふふ。それもそうだな、やはり力で勝負を付けるのが手っ取り早い」
トロールはそう言って机をなぎ倒しながら、ローランドの方へと向かっていく。
その様子に、マリードールは呪文を放とうとしたが、ローランドはギロリと彼女へ視線を飛ばした。
(なに!? 私が術を放とうとしたことに気付いたっていうの!?)
彼女は歴戦のマジックキャスターだ、長い詠唱を必要とする極大呪文はともかく、単純な束縛の魔法程度、誰にも気づかれる事無く行使する事など朝飯前だった。
「時にマリードールよ、この学園では私闘は禁止されているのであったな」
ローランドは背後のトロールにも良く聞こえるように大声で彼女にそう尋ねた。
「ええそうよローランド君。私闘は一発停学、例外は無いわ。あとマリードール先生ね」
「ふむ、そう言う事だそこなトロールよ。余はこの様なつまらない事で停学の憂き目にあう訳にはいかぬ」
ローランドはちらりと肩越しにトロールを見やるとそう言った。
「げっげっげ、そんな事はどうでもいい。これはプライドの問題だ」
だが、そのトロールはそんな事はお構いなしとばかりに、ローランドの頭を掴もうとした。
「控えろ下郎」
その一言と共に、視認できるほどの漆黒の殺意が、トロール目がけて放たれる。そのあまりにも濃密な死の予感に、トロールは自然と一歩後ろに下がっていた。
そして、ローランドはそんな事は何という事もないとばかりに、マリードールへ視線を戻す。
「しかしな、マリードールよ。我々魔族と言うものはそちが言う通り、プライド高い偏屈ものぞろい、実際に矛を交えてみなければ会話すらままならんと言う事も良くある話。
ここは、レクリエーションという形で試合を行い、その結果を持ってクラス委員長を決めるというのはどうであろうか?」
(へぇ、結構冷静じゃない)
マリードールは落ち着いたローランドの口調にそう評価を改めた。
「マリードール先生ね」と彼女は改めて指摘し直し、ローランドにこう言った。
「確かに、貴方の言う通りよローランド君、人族にも意見が割れた時には決闘と言う野蛮な作法があるわ。
それに、こう言ったごたつきは今回が初めてじゃない、いえ、毎回のように起こっているとも言えるわね」
彼女はそう言って肩をすくめる。
「私も毎回毎回それに巻き込まれるのは面倒なのだけど……」
と、彼女は教室を見渡した。
生徒の大半は先程ローランドが放った漆黒の殺意に震えあがっている者たちばかりだったが、中にはそれをそよ風の如く受け流し、虎視眈々と目を輝かせている者たちも居たのである。
(クラス委員長なんて面倒くさいだけだと思うんだけどなぁ)
彼女はそう思いつつ、こう言った。
「良いでしょう。理知的に、紳士的に事が運ぶと言うのならば先生も止めはしません」
そう言う事で、クラス委員長を決めるための戦いが宣言されたのである。
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