第2章 千里の道も一歩から
第4話 余の名はローランド・ベルシュタイン
「それでは、おふたりのこれからを祝してーーーーーっ!」
「「「乾杯!」」」
テーブルの上には所狭しと並べられたケーキやパンが並んでいた。
「あははははー。アシュラッドさんの事を考えれば、ケーキ屋さんじゃなくて、食堂でバイトした方が良かったですねー」
「いや、俺の事はどうでもいい」
アシュラッドはそう言って、期限切れ間近のワインをちびりちびりと流し込む。もちろんこのワインもミラのバイト先からどうせ捨てるならと下賜されたものだ。
「わははははは、しかし、我ながら何故合格した上に、奨学金枠まで取れたのかさっぱり分からんな!」
「あははははー。これも、坊ちゃんの日ごろの行いのたまものですよー」
「まぁ、筆記試験の出来に不安なぞは無かったがな!」
「よっ! 流石坊ちゃま!」
上機嫌でドリンクを掲げ合うふたり、その背後の壁にはエシュタット記念学園の入学許可証が手作りの額に入れて飾られてあった。
「そう言えば、アシュラッドさんの就職先ってどこなんですか?」
「俺は、昔の伝手でとある貴族の家庭教師にありつけたよ」
疲れた口調でそう話すアシュラッドへ、ローランドは笑いながらこう言った。
「ははは、それは良い。だが、程々にな? 余にやったようなレベルの講義をしていては早々に追い出しかねんぞ?」
「ええ、それは心得ておりますよ」
アシュラッドは苦笑いを浮かべながらそう答えた。彼が本気で仕えるのはローランドだけであり、本気の教育をするのも、また同じ。
スペシャル缶詰コースは、ローランド仕様の特別品だ。
こうして狭苦しい長屋の一室で、ささやかながらも心温まる宴会が行われたのであった。
★
「余の名はローランド・ベルシュタイン!
故あって貴族の称号は失ったが、それも今しばらくこのと!
いずれ、余はその称号を取り戻す!」
「きゃー! 坊ちゃま素敵ですー!」とミラの声が広い講堂の後ろから聞こえて来る。
ローランドは、成績最優秀者として、壇上に上がり入学の挨拶を任されたのだ。
しかし、ミラ以外の反応は冷めたもの。「あれが、入学試験の」「借金を抱えて没落したって」「暴力ドレイク」「何であんなのが」「薄汚い」と、心無い噂話が真っ白なシーツにこぼしたワインのように広がっていた。
しかし、ローランドは、そんな声はどうでもいいとばかりに話を続ける。
「余の父上は、ご立派な方だった。武門の誉れとは正にこの事、日々鍛錬を怠らず、一たび戦に出れば百戦百勝、まさしく魔神の如き働きぶりだったと聞く。
だが、時代は変わった。人魔共存のこの時代、武力のみを誇るのは時代遅れ、父上はその時代の波に乗り遅れてしまったようだ」
ローランドはそこまで話すと、暫し目を閉じて俯いた。
「ならば! ならば余が父上に代わり、ベルシュタインの覇をしめそう! 変わってしまったこの世界でもベルシュタインここにありという事をこの世界に示してくれよう!
余は、ドレイクの父と、人族の母の間に生まれたハーフドレイクである!
魔族と人族の間に生まれ落ちたこの余が、どちらの特徴も中途に受け継いだ半端者という事では無く。両方の特徴を十全に備えたものだという事を証明しよう!
魔族の力と人族の知恵、その両方を備えた余が!
この人魔共存都市であるエシュタットの未来を輝かしいものとしてくれようではないか!」
ローランドは大勢の聴衆を前にそう言いきった。
だが、それに対する拍手はまばらなものだった。
ローランドは、その反応に、不敵な笑みを浮かべると、司会の言葉に従って壇上から降りたのだった。
★
「やあやあ、立派な演説だったよ、ロラン君」
「なっなに? ロランだと?」
「あははー、ローランドって長ったらしいからロランでいいよね」
生徒席に戻って来たローランドに背後から少し低めでハスキーな声がかかってくる。
その生徒は、青黒い髪をさっぱりとしたマニッシュショートヘアにカットしており、まとめ切れていない跳ね毛が二本、頭頂部からちょこんと触角のように揺れているのが特徴的だった。
顔立ちは大人しくしていれば凛々しく精悍であろうが、今の状況では人懐っこい狩猟犬を思わせるものだった。
その生徒はくりくりとした目を輝かせ、溢れる好奇心を隠しきれないようにローランドへ話しかける。
「ボクも、入学試験の時の噂は聞いてたからさー、一体どんな狂暴なドレイクが来るのかってワクワク、いや、ひやひやしてたけど、君みたいな可愛い子で安心したよ」
「かっ、可愛い子……だと?」
たしかに、ローランドはドレイクとしては小柄である。単純に背丈だけで見れば、話しかけて来た生徒と同じくらいだろう。
ローランドが、今までで初めてと言えるほど気さくに話しかけられて混乱しているのを他所に、その生徒はニコニコと笑いながら話し続ける。
「けど注意しなよー、入学試験の一件でロラン君だーいぶ敵を作っちゃったみたいだからねー。君が誰に手を出してるのか分かってる?
この学園の超一大勢力、貴族派のトップスタアだよー。
それなのに、君ってば、新入生代表の座まで勝ち取っちゃうんだから」
その生徒はけらけらと笑いながらそう語った。
「ふん、その様な些事、余にはどうでもいい」
ようやくと自分の中で折り合いを付けたローランドは、そう言ってその生徒をジロリと睨む。
「と……貴様は……女生徒……でいいのだな?」
改めて、背後を振り返ると、そこには女子用の制服を着用している生徒がいた。
「あはははー。男兄妹の中で育ったせいで、ボクっていうのが抜けなくてねー」
その女生徒はあっけらかんと笑いながらそう言った。
「ボク……私としても、女の子らしくあろうとはしてるんだけど、これがなかなか」
彼女はわざとらしくシナを作りながらそう言った。だがそれは、ラミアが奇妙な踊りを踊っているようにしか見えなかった。
「そっ……そうか、精進するのだな」
いきなり怪人物に絡まれた事で、ローランドは今までに感じたことのないプレッシャーを感じつつそう言った。
「まぁいいや。ボクはマコ・キトーリャ、種族はヒューマン。同じクラスになるみたいだからこれからもよろしくね」
マコはそう言うと、屈託のない笑顔で手を差し伸べて来る。
「ふむ。余はローランド・ベルシュタインだ。余の覇道に付き従いたいというのなら拒みはせん」
「こらそこ! 式中は静粛に!」
端に並ぶ教師陣から注意の声が飛んできて、ふたりはパッと前を向いた。
ほんの少し触ったマコの手は、硬い鱗に覆われたローランドの手とは違い、柔らかく頼りないものであった。
★
「おい、ミラ、お前の手を見せてみろ」
「なんですか坊ちゃん藪から棒に」
入学式が終わった帰り道。ローランドから言われた突然の言葉にミラは少々困惑しつつも素直にその手を差し出した。
「ふむ」とローランドはその手を握ると、「もうよい」と言って前を向いて歩き出した。
「なんなんですー坊ちゃ……ってあーあれか、坊ちゃん席に戻った後さっそく人族の女の子と仲良くされてましたからねー」
「いっ、いやに目ざといではないか貴様」
ローランドは慌てながらそう言った。
「うっふっふっふー、メイド稼業は目が命。『
ミラはキラリと目を輝かせながらそう言った。
「はっ、さっそく余の軍門に下りたいという奴が現れたのは良い事だが、少々奇妙な奴でな、少し気になっただけだ」
ローランドは、そっぽを向きながらそう言った。
「まぁ何にしろ、仲良い友達が増えるのは良い事です。私は行ったことはありませんが、学校ってそう言う社会生活の勉強の場でもあるらしいですからね」
ミラはふんわりと笑った後、ローランドを背後から優しく抱きしめた。
「ええい、よさぬか! 公衆の面前だぞ、示しがつかん!」
「あはははー。照れなくてもいいじゃないですか坊ちゃんー」
きゃいきゃいとじゃれ合うふたりを、アシュラッドはいつも通り陰気な顔で見守っていたのであった。
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