第3話 お家再興への第一歩
あれから更に修練を練り上げ、ついに決戦の日は訪れた。
「ふふふふ。ついにこの日が来たか」
「ええ、平常心で取り掛かれば、何一つ問題はございません」
この日のローランドの調子は正にパーフェクトと言ってよかった。
前日は十分に睡眠をとり、朝食にはミラのバイト先から下賜された砂糖たっぷりのココアも付いていたのだ。
「うむ。今の余は正に絶好調。古代龍だって素手で殴り殺せそうだ」
ブルンブルンと肩を廻しながら、ローランドはエシュタット記念学園の大通りのど真ん中を、自らがここの王であるとばかりにのし歩いていた。
そこに背後から掛けられた声があった。
「あー君? ちょっと邪魔なんだけど、脇に避けてくれないかなぁ?」
「む?」
ねちゃっとしたイヤミったらしい粘ついた声だった。
ローランドがその不快な声に振り返ると、そこには大勢の取り巻きを連れた、金髪のドレイクが立っていた。
「誰だ? 貴様は?」
「誰? ははは、誰だってよ、こいつ」
そのドレイクは大げさに肩をすくめると、彼の取り巻きにそう笑いかける。
「何処の田舎もんか知らなけど。君、僕が誰か分からないの?」
そのドレイクが来ているものは、随所に金糸と宝石が散りばめられた、一目で超最高級品と分かるものだった。
今のローランド達ならば、その服を売りとばすだけで一年は余裕で暮らせるだろう。
対するローランドの服は、実用性重視のごわついた生地を、ミラの補修で補ったもの。
比べる事すらおこがましいというものだろう。
「お坊ちゃまいけません、彼の胸元を……」
いぶかしげな顔をするローランドに、アシュラッドがぼそりと耳打ちをした。
「胸元? 胸元が……」
そこには、とある紋章がこれ見よがし刻まれていた。
5本爪の竜が剣と宝玉を持つ紋章。それは公爵のみに許された紋章であった。
「ほう……貴様が……いや、貴様、の事は見覚えがある……な?」
今は頭に、数式やら年表やらで溢れかえっているので、余計な事を思い出したくなかったのだが、そのいけすかないニヤついた顔には見覚えがあった。
「そうだ! いつか父上についていった狩りの時に、落馬してピーピー泣いておった奴ではないか!」
「なっ! 何を失礼な! 僕がそんな事するわけないだろう!」
「いーや思い出した。あれはたしか3年前、ドルバーグ侯爵が主催した狩猟会で、見物席の方に逃れて来たワイバーンに腰を抜かして、馬を御しきれずひっくり返った奴だ。
おいお前、魔剣は自前で持てるようになったのか?」
ローランドは、懐かしい顔に出会ったと、あどけない笑顔でそう言った。
「ふっふざけ……あっ! きっ貴様は!」
その少年もまた何かを思い出したのか、ローランドを指さしこう言った。
「貴様は! 暴虐者のベルシュタイン家の!」
「なに? 暴虐者だと?」
「はっ、暴虐者と言われるのが嫌ならば、時代遅れの、と言った方がいいかな?
「貴様……」
ローランドが言葉少なになった事をいい事に、その少年は立て板に水とばかりにぺらぺらと口を滑らせる。
「ただただ、腕力自慢の時代遅れ、時勢も読めずに一発逆転を夢見て無茶な投資を繰り返した挙句、財産全てを差し押さえられ、自分は逃げるようにこの世を去った。
いやー、君の苦労には頭が下がるよ。
それで何? 今日はエシュ学の見学に来たの? ここは君みたいな
「……」
「ここは、人魔両属のエリート階級が集まる場所だ、君のような借金、おっと失礼? ほこりまみれの魔族が足を踏み入れていい様な場所じゃないんだよ」
少年がそう言うと、彼の取り巻きたちからドッと笑い声が漏れて来た。
「我慢です、我慢ですお坊ちゃま」
アシュラッドは、ローランドの肩をしっかりと握りしめながらそう耳打ちをする。
ローランドは何も言わず、ただただ拳を握りしめていた。
「あはははは。そいつ、そこにいる、そいつ」
そう言って、少年はアシュラッドを指さした。
「そんな奴について行っても良い事なんて何もないよ? よかったら僕の家で雇ってあげようか?
もっとも、片足義足のバンパイアなんて半端者に任せられるような仕事はゴミ捨――」
アシュラッドの手に残ったのは、ローランドの袖だけだった。
疾風が巻き起こったと思った時には、その少年は遥か彼方まで吹き飛ばされていた。
「ふん、野良犬相手に、余の魔剣を抜くまでも無い」
ローランドはそう言って、拳についた埃を払う。
その様子にアシュラッドは顔を手で覆うのであった。
★
「え!? そんな事があったんですか!?」
「すまん、ミラ。この俺が付いていながら」
バイトから帰って来たミラを待ち受けていたのは、せいせいした表情のローランドと、いつもよりさらに背中を丸めたアシュラッドだった。
「まぁ、取りあえず試験を受ける事は出来たのだ、後はあちらの器次第と言った所よ」
ローランドはそう言って背伸びをする。
学園内での私闘厳禁。その単純にして絶対なる禁を犯したのだ、どうなるかは先が見えている話だが。あとは彼の力の及ぶことでは無い。
精一杯の実力を出し切ったローランドは、晴れ晴れした気持ちだった。
「とは言え、結果は見えたもの。急いで第二候補を探さなくては」
アシュラッドはボツリとそう呟くも、残るは奨学金制度の無い場所ばかり。万が一の為にと、騒ぎのどさくさに紛れてくすねて来た宝石を、彼はポケットの中で握りしめる。
(とは言え、この宝石は2~3級品、換金してもそれほどの額には届くまい)
アシュラッドがそう試算していた時だった。
ローランドは、ポンと膝を打ちながらこう言った。
「あれが、この都市における最高学府と言うのならば話にならん。この都市の学校とやら全体の素質も見えたものよ」
「じゃあ、どうするというのですか坊ちゃま?」
「はっ、しれた事よ。やはり学校などに学ぶことなどありはせん、冒険者とやらにでもなって一攫千金を夢見るのもまた一興よ」
「いけませんお坊ちゃま」
アシュラッドは主の出した結論をぴしゃりと止める。
「冒険者などと言えば聞こえはいいですが、ようはその日暮らしの何でも屋。
それに、冒険者で生活が成り立っていたのは300年戦争の時代まで。今では、過去の栄光にすがるものが細々とやっているだけでございます」
「むぅう。それは夢が無いのう……」
「左様でございます。ですからここは臥薪嘗胆。一歩一歩着実に歩んでいくことこそ、お家再興への近道だと具申いたします」
アシュラッドはそう言って深々と頭を下げる。
「えー、じゃあどうするんですか、アシュラッドさん。坊ちゃまには一年我慢してもらって、来年受け直してもらうって事ですかー?」
「うむ、それが一番現実的な案だと思う」
アシュラッドはそう言って深々と頷いた。
自分も昔の伝手で働き口を見つければ、多少は自由に動かせる金も出来るであろう。
今回の件でアシュ学は無理でも、少しレベルを落としさえすれば何処にだって入学できるはずだ。
さすれば、卒業後の進路も花開けるというもの。ローランドの実力そして器ならば、お家再興も夢では無い。アシュラッドはそう考えていた。
★
「そんな! 私は反対です!」
理事長と書かれた室内で、重厚な執務机に腰掛ける大柄のドレイクに、そう食って掛かる人族の女性がいた。
ぴっちりとしたスーツ姿の女性であったが、語気の強さが顔に現れているかのような人間で、愛嬌のある丸メガネをかけていても、その目の鋭さを強調するばかりだった。
「しかし、この通り筆記試験は文句なしの満点じゃ」
ドレイクは眼鏡の蔓を持ち上げながら、ぼやくようにそう言った。
「そんな事はどうでもいい事ですわ! 神聖なる校内であのような暴力騒ぎを起こす生徒など、我がエシュタット記念学園には必要ありませんわ!」
「暴力騒ぎとは大げさな、あの程度の事はドレイクにとってはただのじゃれ合いよ」
「じゃれ合いで人が10mも吹き飛んでたまるものですか! もしあの凶刃が人族に向けらると考えれば」
「ふーむ。そこら辺は何年たとうが埋まること無い基本的な肉体スペックの差と言うものよなぁ。
かつては人族であろうが、冒険者には一角の人物が居たものだが」
「その様な大昔の話をされても困りますわ。とにかく私は絶対に反対です」
女性は机に両手を叩きつけ、身を乗り出すようにそう言った。
「高々数十年、儂らにとっては大昔でも何でもないのじゃがのう」
だが、そのドレイクはそんな圧力などまるで通じていないように、そう言いながら顎髭に手を当てる。
「なぁ、マリードール学年主任よ、ここは儂に免じて考え直してくれんかのう」
「……どうして、そこまでこの生徒を気に掛けるのですか、ベルカ理事長」
ベルカ公爵――この部屋にいる時は理事長だが、の頭とは密室内の出来事とは言え、早々に下げて良いような人物では無い。
それが、ここまで下手にでる、その理由が彼女には気になった。
「いやはや、それは言う訳にはいかんのじゃ」
ベルカ理事長は、困ったような笑顔を浮かべる。
「じゃが、この小僧のしたことの責任は儂が取ろう。何があっても学年主任たる其方に累は及ばんよ」
「いえ、私はその様な事を心配しているのではなく……」
マリードールは、もごもごと口を動かした後こう言った。
「まぁ、今回被害にあわれたのはベルカ理事長のお孫さんです。その理事長が今回の事に目をつぶるというのならば、今回の件に関しては、私からはこれ以上言うのは止めておきます。
ですが、理事長のお気に入りだからと言って、私は一切忖度など致しませんから」
「うむ、それでよい。ごく普通の生徒として、ごく普通に取り扱ってくれ」
一礼して退出するマリードールを見送ったベルカ理事長は、椅子から立ち上がると、窓から見える風景に目を落としながら、こうつぶやいた。
「さて、儂にしてやれるのはこの位じゃ。後は貴様次第じゃぞ小僧」
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