散歩

ヘリはゆっくりと降下を始め、俺達の職場「EPA(絶滅危種保護機関)」の建物の屋上へと着陸する。


白い長方形の、お菓子の箱の様なコンクリートの塊である。


俺等はすっかり防護服を着込んだおっさんを促し、中に入る。


『殺風景だねぇ。』

おっさんの第一声はそれだった。

俺もスイも仕事中の他の仲間たちもシカトした。


『絶滅種のサンプルあるんだろう?』


『ありますよ。検疫室に。』

スイが答えた。



『検疫?剥製だろう?』


『…俺の腕見ます?』

俺は左腕の袖を捲った。

『この紫のぶよぶよが50年前剥製に触れた時の物です。「生身」だったら骨まで腐っては死んでたでしょうね。触ってみます?』


『…いや、遠慮しとこう。…ところでカミヲくんだったね。今日はどのエリアまで行けるのかね?』


おっさんに名前を教えたつもりはないが。

ああ、スイが作った資料か。と納得した。


『どのエリアと言うか、えーと。この建物があるのが「モラトリアム」と呼んでる地域です。この地図を見て下さい。この建物を中心に半径1.5キロメートルですね。防護服を着た上で「人」が散策可能なのはこの円の中だけです。』


俺はテーブルに広げた地図を指でなぞった。


『…これだけか?不死蝶はいるんだろうな?』


『いや、いませんよ。モラトリアムには。』

スイが答える。


『おいおい、何を言ってるんだ。今日は視察だぞ!?』


『はい、エバーグリーンの。』


『エバーグリーンにいる不死蝶の視察だ!不死蝶に会わせろ!』

おっさんの語気は強い。

スタッフたちも手を止めこちらを見やる。




『不死蝶の死骸でしたら検疫室に──』


『言語道断だ!生きてる個体を見たいんだ!』


『……』

俺はスイと目を合わせる。


めんどくせえ。


互いの意思はシンクロしている。


『そうなってくると…困りましたねえ…』

と、スイ。


『なにがだ!?』


『ここでは飲食が出来ないんですよ。防護服を外せないので。不死蝶のいる地点までは恐らく歩いて片道一時間─』


『子供じゃないんだ!!往復2時間だろう?俺はまだそこまで年寄りじゃない!さっ、行こう!』

おっさんは出入り口に一人で向かう。


『じゃあ一筆だけいいすか?』

俺は声をかけた。


『一筆でも二筆でも書く!早くしてくれ!腹が減ったら大変だ。』



『外を出たら肉食虫がいます。』


『肉食獣?』


『いえ、ちゅうです。肉食「虫(ちゅう)」。大きさは、まあ小動物サイズから人間サイズまでいます。万が一がないとも言い切れません。そこで…一筆。』


俺はペンを差し出す。


『……君たちは戦闘には慣れてるんだろう?』

おっさんはペンに伸ばす手を止め言った。



『さあ?戦ったことは何度も。時間をかけないで掃討できることもあれば手こずることもあったり、お前こないだ怪我したよなスイ?』


『はい、胸骨の部分の鉄骨がちょっと曲がりました。』


スイの言葉を聞いておっさんは顔色が悪くなった。


『やめますか?』


俺は畳み掛ける。

たのむ。やめると言え。

めんどくせえから。


『…よし!あんたらに賭けよう。俺も男だ。』


おっさんは誓約書を書いた。


『さっ!いざ不死蝶視察へ!』


散歩じゃねーんだぞ。

俺は内心毒突いた。

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