第15話 ヤブガラシ

 ボクは数種類の罠をつくり上げると、それの実験を始めた。

 ある地点を踏んだ時、足にロープが絡まる簡易的なものだ。

 ロープが無い為、ヤブガラシに似たツル性の植物で代用した。

 ツル性の植物はその自重を支えるため、細い見た目に反して引っ張り強度に優れている。軍蟲のような体格を持つ生物相手にどこまで耐えるか予想しづらいが、簡単に切れる事はないだろう。

 それに例えすぐに破られたとしても、罠がある、という事を相手に知らせ、その機動力を削げればいい。

 昔、何度か由香とこうした罠を作った事があった。

 もちろん、ボクたちは正式な罠猟の資格を持っていない。違法なものだった。

 人間が引っかかる可能性がある為に、それほど危険な罠は作らなかったし、実際に人間が引っかかった事もなかった。

 それは火遊びのようなもので、ボクたちは野生の猪を捕まえようと何度も罠を作っては、それを改良していった。

 その当時の記憶を掘り起こしながら、試験的に罠を設置していく。

 罠の設置と動作確認には時間がかかった。

 いつの間にか昼を過ぎ、ラウネシアの点在樹が昼食を知らせた。

『カナメ。休憩を入れたらどうですか。果実を用意します』

 ボクはその提案に甘えて、殆どの動作確認を終えた罠を置いて、ラウネシアの本体の元へ向かった。

 この森は、基本的に不便だ。

 水は蒸散作用を利用してその辺りの植物から摂取する事ができるが、食料はラウネシア本体の果実しか今のところ発見できていない。食事の度にラウネシアの元へ戻る必要があり、ボクの行動範囲は自然と制限されることになる。

『今日は随分と熱心に何かをしていましたね』

 ラウネシアの元に戻った途端、彼女が探りを入れてくる。

 行動範囲が自然と制限されるだけでなく、点在樹によってボクの行動はラウネシアに筒抜けになっている。

 そのことに、少しだけ息苦しさを覚えた。

「罠を作っていたんです。ボクも何か手伝えないかと思って」

 ボクは控えめに言って、ラウネシアが落とす果実を受け取った。

『不必要です。軍蟲の迎撃は私だけで可能です。カナメの手を煩わせる事はありません』

 果実を囓りながら、ラウネシアの思考を探る。

 やはり、戦闘においてラウネシアはプライドのようなものを保持している、と考えるべきか。

 少なくとも、ボクの介入をラウネシアは望んでいないようだ。

 それを理解しながら、徐々に踏み込んでいく。

「ラウネシアは自在に周囲の樹木を変容させられるんですよね。例えば、果実を投げれば中身が四方に炸裂し、周囲の生物を殺傷するようなものは作れますか?」

『試した事はあります。しかし、砲撃時の衝撃において炸裂する可能性が高く、実用段階までは進みませんでした』

「では、砲撃ではなく人が投げる事を仮定すれば、それは実用可能ですか?」

 一瞬の間があった。

『カナメ。言ったはずです。私はあなたを積極的にこの戦いに巻き込むつもりはありません。その必要もない』

 どこか突き放すような感情を、ボクの感応能力が拾い上げる。

「はい、理解しています。でも、自衛の為にそうした武器があったらいいな、と思って。以前みたいに墜落した軍蟲と出会う可能性もあるじゃないですか」

 正面から意見が対立することを避けながら、ラウネシアが納得しやすいように、あくまで自衛の為である事を強調する。

 ラウネシアはじっとボクを見つめてから、そうですね、と短く同意の言葉を発した。

『……時間がかかりますが、一部の樹体に改良を施します』

「ありがとうございます」

 小さくを頭を下げてから、ボクはニコニコとラウネシアを見つめた。

「ラウネシアは、やさしいですね」

 一瞬、ラウネシアは何を言われたのか分からない様子で、ぱちぱちと瞬いた。

 その仕草があまりにも人間じみていて少しだけおかしかった。

 残った果実を口に放り込む。甘い果汁が口の中を満たした。

『カナメは、人としてはまだ若いですよね』

 不意に、ラウネシアが言う。

 ボクは少しだけ迷った後、ええ、と頷いた。

 その真意がよくわからなかった。

『相手が、いたのですか。つまり、つがいが』

「……いえ、いません」

 僅かな躊躇の後、正直に言った。

『そうですか』

 露骨な安堵の感情が、ラウネシアから溢れる。

 このラウネシアは、ボクを生殖対象として見ている。

 ボクの安全には、相応の注意を払うだろう。

 それを利用すれば、ある程度までのコントロールは可能と思われた。

『人は、一生のうちを一体のつがいと添い遂げる、と聞きました』

「そういう人種も、そうではない人種も存在します。個体によって大きな差があります」

『一生を一体の個体と添い遂げる習性を、私は好ましいと思います。カナメはどう思いますか』

 彼女から放たれる感情の波は、どこか粘り気のあるものだった。

「……ボクにはまだ、よくわかりません。まともな恋愛経験がないんです」

「レンアイ」

 ラウネシアはゆっくりと反芻して、それから微笑んだ。

「カナメは、まだ柔らかい新芽なのですね。私以外は誰も触れず、気づいていない。私だけが、カナメを見ている」

 歓喜の感情が彼女から立ち昇った。

 頭の奥で警鐘が鳴り響く。

「……ラウネシア。少し、辺りを見回ってきます」

 話を無理やり切り上げて、逃げるようにラウネシアから離れる。

『カナメ』

 最後にボクを呼ぶ声がした。

 聞こえなかった振りをして、そのまま足を進める。

 あれ以上、話を長引かせたくなかった。

 食料を依存してしまっているラウネシアから、これ以上の愛情表現を受け取るべきではない。

 ラウネシアの人間に対する扱いや価値観はまだ不明な点が多く、慎重に動くべきだった。

 トゲトゲ植物のバリケードを目指して進む。

 周囲に注意を払うも、鳥類の姿は一度も確認できなかった。

 ラウネシアに実っている果実以外の食料が見つからない。

 それどころか、土壌生物も見当たらない。

 通常ならありえない事だった。

 この森は植物以外のものに依存せず、独立した生存能力を保有しているのだろうか。

 ふと、足を止める。

 弱った樹木があった。

 何らかの病気でダメージを負ったのか、根本が欠け、自重によって大きく疲労している。

 支持体の取り付けなど、外科的な処置が行われていてもおかしくない状態だ。

 樹木の外科手術。

 そう聞くと多くの人は怪訝そうな顔をする。

 樹木に対する医療というものは、何故か受け入れられづらい。

 植物は動物と異なるのだと、そういう意識が根底にあるからだろう。

 栄養剤を注射で中に送り込む事だってあるし、昔は中の空洞にモルタルやウレタンを詰めるのが流行ったこともあった。

 植物病理学は父の専門ではないが、ボクも父から教えを受け、簡単な処置なら行える。

 どのような処置が適切か考えを巡らせた時、森中がどっと震えた。

 感じたのは、攻撃意思。

 反射的に身を伏せ、周囲を素早く見渡す。

 異常はない。

 そこでようやく、この攻撃意思がボクに向けられたものではないことに気づいた。

 軍蟲だ。

 森の外へ向かって、駆け出す。

 ある程度の地形は、頭の中に入っていた。

 前よりもずっと早く、バリケードを超える。

 遠くで太鼓の音がした。

 間違いない。軍蟲だ。

 ラウネシアの話と食い違っている。

 軍蟲の侵攻には十日ほどの空白があるはずだった。

 活発な動きを見せる軍蟲に、何らかの意図があるのは明白だ。

 長期間に渡って戦闘を続けたラウネシアなら、その真意を汲み取れるかもしれない。

 しかし、ラウネシアに全てを依存するつもりはなかった。

 この目で、軍蟲の行動様式を確認するため、ボクは深い森の中を駆け抜けた。

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