◆第44話 ターシャからリュウへ、香南から陸への伝わる想い

薄れていく視界の中で陸が泣いている。




どうして?




ああそうだ。


陸と戦い彼にとどめをさそうとして・・


香南は自分で胸を・・。


致命傷を負って陸の腕に抱かれていた。




霞む意識の中で、ふと占い師の言っていたことを思い出した。


あれにはまだ続きがあったのだ。








香南が占い師の元から立ち去ろうとしていた所。


あと言い忘れたけれど、と呼び止められたのだ。




「その三人とは近い将来、別れなくてはならない


 運命になっているわよ。どんな形の別離になるかまでは


 私にもわからないけれど」




陸達と別れる?




それは一体何を意味するのか。


皆がどこかに引っ越して転校するとでも?


大きな出来事によって四人がバラバラになってしまうとか?


それとも・・永遠のになるというのか・・・。




当時、香南はあらゆる可能性を思い描いた。


いくつか気になっている点をずばり指摘されたからか、


無意識の内に占い師の言葉に


信憑性を置くことを前提に考えている自分がいた。




その意味が、何もかも終わった今になってようやくわかった。


占い師の言っていたことはこういうことだったのか。




陸の腕の中で抱かれながら思った。


あの時占い師に言われて香南は初めて怖くなったのだ。




陸や桃子、アンパンとのつながりなど


いつ失っても構わないと思っていた。




でも本当はそうじゃなかった。


実際別れを迫られて初めて、その存在の大きさに気がつくなんて。




陸達の存在がそれだけ香南にとって大きなウェートを占めていた。


うっとうしく思いながらも彼らのことが好きだったんだ。




そのことを知らない、


気づかないふりをしていたのが今ならよくわかる。




どこぞのわからない占い師の言葉だと


気にとめないようにしようとする反面、


彼らとのつながりを感じていた。




本当の両親以上に言葉では到底説明のつかない、


深い親しみ。その正体はターシャだった頃からの


深いつながりを持っていたから。




本心ではずっと四人でいられればいいのに。


そう強く願っていたのだ。気がづくのに遅すぎたけれど。




陸にとどめをさそうとした。




でもできなかった。


彼を殺そうとした心の衝動は、


最後の最後の瞬間で溢れる想いに遮られていた。




この気持ちは香南とは違う、


魂の別の出所から生まれたものだとはっきりわかった。




香南は魔女のターシャの本当の気持ちに薄々気がついていた。


彼女はリュウに殺される瞬間本気で世界と、


彼への復讐を誓い呪いの魔法を使ったのかもしれない。




何度も何度も生まれ変わりを繰り返し、復讐を目指した。


だがそうやって彼と再会するうちに、


復讐心は薄れていったのではないか。




いつしか目的は彼への復讐ではなく、


彼に会うことに移り変わっていたのではないか。




いつしかターシャにとってもう世界の復讐なんてどうでもよくて、


どんな形であれ彼の側にいたかっただけなのではなかったのか。




例えそれが呪いによるものだとしても。


あるいは・・・・。


彼女は




ターシャはリュウのことが・・・




好きだったのではないのか。




それももうずっと前から、


子供時代の頃からリュウのことを想い続けていて、


呪いは好きの裏返しだったのかもしれない。




復讐心が薄れ、こんな再会の仕方をしていてはいけない、


もう呪いを解きたいと望んでいた時。




陸が香南のことを好きだと言ってくれた。




このことがきっかけになって・・・


ターシャの心に張り詰めていたものが折れたのでは―。




だから陸を殺さなかったのだ。


呪いを解こうと迷っていた心に決定打、


きっかけを与えたのだ。きっと。




香南を陸へ向わせたこの衝動は、彼を殺すためではなく


永く続いてきた悲しい負の連鎖を


もう終わらせるためだったのだろう。




生まれ変わって、ターシャの元に


出会いに来てくれたターシャの母とアルク。




孤独の運命に生まれたはずの香南に逢いに来てくれたのは・・


ターシャがもう呪いの解放を望んだから、


その呪いの代償の効力が薄まった結果なのではないだろうか。




呪いを終わらせたいターシャのために彼らがやってきてくれたのか、


あるいはターシャ自身が引き寄せたのかは定かではないけれど。








そしてリュウ。


ターシャが死の直前に使った呪いの魔法に


彼は気がついていたような気がする。




よくよく考えてみれば、彼は一流の騎士だったのだ。


万全な状態のターシャならいざ知らず、


その気になれば、弱りきっていたターシャの魔法など


容易に退けることが出来たはずだ。




なのに彼はそうはしなかった。


あえて受け入れたのは何故か。


もしかしたら、あえて呪いを受けることで、


果たすことの出来なかったこと、


ターシャを救う機会を得るためだったのでは。




どんなに時間がかかっても、


何世代に渡ろうともターシャを救おうとしてくれていたのではないか。




そんなにまでしてターシャのことを


想ってくれていたリュウの愛情に、


ターシャも気づいていたと思う。




このことも呪いを解く一因になったのだろう。




香南に残された道は三つだった。


陸を殺した後世界に復讐を遂げる道。




彼に殺されて復讐するためにまた生まれ変わる道。


陸を殺し世界に災いをもたらす、


そんなことはもうしたくなかった。


殺されて呪いを再び繰り返すことも。 




残された道は一つ・・


香南の手で呪いを終わらせること・・


自ら呪いを放棄する道だった。




復讐を果たすために生まれてきた人生だったから。


それらを放棄することは即、死を意味した。




復讐をやめて日常に戻ることはできない。


呪いによる、彼を殺そうとする衝動から逃れることはできないから。


だから香南はこの道を選んだのだ。




陸を殺そうとした時。


止めたのはターシャの心だけはない。


香南だって彼のことを殺せなかった。


殺したくなかった。




だって・・・・ターシャがリュウのことを愛していたように、


香南も陸のことが・・・。




死をかけた瞬間になってようやくわかったんだ。


この気持ち。




もうこんな殺し殺されるような、


呪いの絆による生まれ変わりの再会などしたくない。




永い時を超えてようやく二人の、


二つの魂がつながり通い合ったのだ。




呪いを解けばもう会うことはできないけれども。




もしも許されるのならば


次こそは今度こそは




呪いや復讐などではなく


何の縛りもない




晴れ渡った太陽の下で、


光に満ち溢れた空の下で




二人




出会いたい。


そう心から願った。




だからこそこの人生を


終わらせるのだ。




香南の代で終わらせるのだ。


香南自身が幕をひくのだ。




香南にしかできないから。




気の遠くなるような永い時をえてきた、


ターシャの生まれ変わりの人間達の


抱いてきた想いを


解き放つために。




この呪いの鎖を断ち切るのだ。








傍らで泣いている母、アルクに、


復讐は間違っていたと詫びた。




桃子が香南を抱擁してくれる。


とても懐かしい母の感覚だった。




アンパンも手を握ってくれて、


出来うるかぎり握り返そうとする。




いつもひっついて甘えてきた


可愛いアルクのことを思い出した。




視界と共に意識が霞む。




もうこの世界にいれる時間はそんなにながくはないらしい。


陸が苦しそうに顔を歪めて泣いている。




香南のことを失いたくない、


と強くその想いを言葉にのせて伝えてくれた。




この命が消えてなくなってしまう前に




これだけは


伝えないと




ほんとど力の入らない腕を懸命に


伸ばして陸の涙を拭った。




穏やかな心で香南は言う。




「陸、こんな私のこと・・・好きになってくれて・・・ありがとう」


最後だから、これがもう最後だから素直な本当の気持ちを伝えよう。




「あなたに好きだって言われて・・


 逃げたりしてしまったけれど・・本当は嬉しかったの」




「香南・・っ」




「告白の返事・・・遅くなってしまってごめんね」




精一杯力を振り絞って、顔を彼の方に近づける・・・




ずっと待たせてしまった




彼の想いに応えるために






溢れるようなこの気持ちをのせて






最初で最後の




ありがとうと






お別れの








キスを。








さようなら、陸。










またどこかで―




























会えたらいいね。


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