◆第43話 それぞれの鎮魂歌
香南がこの地上から姿を消した後、数日が過ぎた。
家にも帰らず学校にも来なくなった香南は
世間から行方不明という事で処理された。
警察が何か事件に巻き込まれたのではないかと、
捜索を行っているようだったが真実にたどり着くことはないだろう。
陸と桃子、アンパンだけがその真相を知っている。
戦禍により大きな被害を受けた公園だが、
香南が張った結界の魔法が解けた後、
引きちぎられた鉄棒、破壊された滑り台、
穴の開いた地面などは全て元通りになっていた。
こういう結末を見越した香南の配慮だったのだろう、おそらく。
だから世間を大きく騒がすこともなかった。
彼女の両親は捜索願も出さなかった。
家族として特に仲が良かったわけでもないし、
どうせ家が嫌になって家出でもしたんだろう、
気が済んだらひょっこり帰ってくるんではないか、
と本当に血のつながった肉親なのかと疑いたくなるような態度だった。
陸は怒りが湧いたが、香南が両親に
愛されていないといっていたことを思い出していた。
これも呪いの代償の一つで仕方のないことだったのかと
やるせない気持ちになった。孤独の運命に生まれるということ・・。
陸、桃子、アンパンは香南を失った悲しみに暮れていた。
日々挨拶をかわす以外お互い話をすることもなく、
それぞれ心内に篭るようにして過ごした。
クラスでは香南がいなくなって一、二日は話題になって騒がれたけれども、
それ以降は何事もなかったようにもとの日常風景に戻っていった。
身近な同級生が一人いなくなったというのに
クラスメイト達は特に悲しみを見せることもなく、
興味本位だけで盛り上がっていたことにショックを受け、
陸はすごく悲しかった。
桃子もアンパンも同じ気持ちだったと思う。
普段どおりの空気の流れる教室で、
陸らのいる空間だけがぽつんと
穴の開いたように重く暗く沈みこんでいた。
香南がいなくなってから一月、二月と過ぎた。
落ち込み悲しみに暮れていた心も、ほんの少しだけ、
落ち着いて物事を振り返り考えられるだけの余裕が出来た。
陸、桃子、アンパンがようやく言葉に出して
香南のことを話せるようになったのだ。
土曜日、学校が終わってから陸、アンパン、桃子は
制服に身を包み、高台の公園に立っていた。
ちょうど香南が最後に消えた場所だった。
正午に近く太陽は頭上にあって、温かな日差しがさしていた。
桃子が持ってきたお供えの生花の花束を地に置き、
お線香を上げると、三人で手を合わせた。
それぞれの想いを胸に香南を追悼する。
「香南がいなくなって、もう二ヶ月になるのね・・」
「まだ昨日のことみたいでとても信じられないよな」
桃子とアンパンは線香の煙を夢見るようにぼんやり見つめていた。
「桃子とアンパンがこの時代に生まれてきたのは、
もしかしたら香南が望んだことなのかもしれないな」
「うん、そうかも。この時代で復讐を終わらせたかったから
私達の魂を呼び寄せたんじゃないかしら」
「それか、母親とアルクの魂の方から
香南の気持ちに気づいてやってきたのかもしれないぜ」
どちらもありうることだと思った。
「・・・・・・」
その後互いに言葉はなく、
穏やかな昼前の風景の中しばらく沈黙が流れた。
「香南はどうしてあの時、俺を殺さなかったんだろう。
長い年月をかけてやっと恨みを晴らすことができるチャンスだったのに」
彼女がいなくなってからずっと考え続けていたことを、
陸は口にする。
アンパンと桃子が振り返り、じっとこちらを見つめてくる。
二人とも不思議そうな顔をして。
「わからないの?」
「わかんねえのか?」
呆れたようにアンパンが言う。
「お前、人の恋路はわかっても自分のことには疎いんだな」
鈍いアンパンに言われると何だか癇に障ったが、黙っておく。
「そんな野暮なこと聞かないの。香南がかわいそうじゃない」
「・・・?」
「もう・・・男の子ってこれだから」
陸がわからない、という顔をしていると
額に手をあて桃子がため息交じりに言った。
「香南はどうしてあなたに・・・したと思ってるの」
途中、桃子の声が小さくなって聞き取りづらかったが、
しばらくしてすぐに気づいた。
ああそうか、香南が陸の告白に答えてくれたことを思い出した。
最後の瞬間に。消えてしまう前に。
陸は頭を支えて自分の鈍さ加減に呆れる。
彼女は陸の想いを受け止めて、返えしてくれた。
それが・・・陸のことを殺さなかった理由。
顔を上げ空をあおぐ。
香南とせっかく両思いになれたというのに。
結ばれることなく終わってしまったことが本当に残念で悲しかった。
香南が復讐を放棄し呪いは解放されてなくなったから、
もう生まれ変わって彼女と出会うこともないだろう。
「二人には幸せになってほしかったけど」
桃子が名残惜しそうに言う。
「けどこれが香南の望んだことなのよね」
そういえば彼女はずっと陸と香南がひっつくように世話を焼き、
恋人同士になることを望んでいた。
「・・これでよかったんだよな」
「よかったのよ」
「うん」
陸の問いに桃子とアンパンが力強く頷く。
香南は復讐をやめ、呪いに縛られることのない
新たな人生を歩むことができるように
真新しい道を歩んでいくことを選んだのだ。
彼女の意志で。
だったらその想いを
尊重してやらないと。
寂しくて
悲しくて
まだ泣いてしまいそうだけれども。
三人で青空を見上げて思う。
この真っ青に晴れた空が、
いつか香南が光の降り注ぐこの地上に新しい生命として
生まれた未来の空に続いていますように
そう願う、心から。
呪いはもう
解放されたのだから。
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