◆第42話 最後の最後に訪れた告白の答え

「ぐはっ」




至近距離での直撃を避けようと即座に身を引いたが、


半分以上、お腹に食らってしまった。




視点がぶれる。


車にはねられれたかのような衝撃で陸は後方に吹き飛んだ。




地面に転がっていき、身をよじると血を吐いた。


服は焼け、お腹にダメージを負いしばらく動けそうになかった。




額に汗を浮かべどうにかして腕を立て立ち上がろうとしていると、


影が陸の体を覆い視界が暗くなった。




すぐ側、香南がいつの間にか立っていた。


紅い瞳で陸を見下ろしている。




何という一瞬の油断。唇を噛み締める。


一気に形成は逆転した。




「どうして・・・途中で攻撃するのをやめたの?」


ポツリと呟くように言った。




「・・・・・」




「止めなければこの戦いは、私が死んで・・終わっていたのに」




呻きながら陸は答える。


「君のこと・・・どうしても殺せなかった」






「何故?」








躊躇いながらも素直な気持ちを口にする。


「君のことが・・・・好きだからに決まってるだろう」




見つめ合う。


紅い瞳が揺れた気がした。




「馬鹿ね、そんなことに・・惑わされるなんて」


「香南・・」






「あなたは愚かだわ。長い間守ってきたものを


そんなことで台無しにしてしまうなんて・・」




笑っている。




あざけるように笑ったつもりなんだろう。


だけど陸にはちっとも喜んでいるようには見えなくて、


心許なくて寂しそうに思えた。




「でもこれでようやく積年果たせなかった目的が達成できるのね」


一歩、香南はこちらに踏み出す。




「もう、やめてっ、香南、ターシャ!」


体の自由を奪われていた桃子が


少しはなれた場所で悲痛な叫びを上げた。




その声、姿はもう、桃子でありターシャの母のそれだった。


「こんなことしても何も生み出さないっ・・。不毛なだけよ」




アンパンも隣で叫ぶ。


「僕も、お母さんも・・こんなこと望んでなかったんだっ、


ただお姉ちゃんがっ・・・幸せになってくれることだけ、


それだけを望んでいたのに!」




二人とも泣いていた。


大粒の涙をこぼして。


必死にターシャを止めようとしてくれている。




フッと香南は笑っただけで彼らに答えようとはしなかった。


彼女は片手をあげると、呪文を唱えた。




手の平の上に水が出現し、鋭く細長い形をつくると、


あっという間に氷柱となった。




それで陸にとどめをさすつもりらしい。


「あなたを殺し、私は世界への復讐を再開する」




懸命に体を動かそうとしたが駄目だった。


ダメージは予想以上に大きい。




もはやこれまでか・・。陸は覚悟を決めた。


瞳を閉じる。ターシャに、香南に殺されるのか・・・。




結局、陸はこの時代でも、


深い闇の中に沈む彼女を心から救ってやることが出来なかった。




世界を守れなかったのも無念だけれど、


そのことが一番の心残りだった。




出来るできないは別にして世界を


手中に収めることが出来たとしても、


香南が心の安らぎを得ることはなく、


満たされることはないだろう。




孤独で寂しい道を歩んでいくその姿が想像できた。






「さようなら、陸、いえ・・リュウ。私がずっと追い求めた人」








薄まった紅い瞳が細く陸のことを見ていた。






もうこれで呪いは解ける。


生まれ変わって出会うことも。








なくなる。










氷柱を操る手が降り下ろされる。






桃子の悲鳴。


アンパンの叫び。






鋭利なその先端。


急所を刺されたら一瞬で死ぬだろう。








陸は死を受け入れた。








体が貫かれる音。


吹き上がる血しぶき。






陸に痛みは訪れずに・・。








死は訪れることなく。








氷柱は


陸ではなく


























香南の体を


貫いていた。














「か、な・・・?」




大きく目を見開いて、崩れ落ちていく彼女の姿を


コマ送りの映像のように瞳に映していた。






陸は動けなかった。


彼女の立っていた空の一点に視点がかたまったまま。




数秒してようやく、血を流し横たわる香南に、


視線をゆっくり向けていく。




「あ・・あ・・・・・」




桃子もアンパンも声を失って、


驚愕の表情をしている。




「な、んで?・・・どうし・・・て・・・?」




香南の方に震える手を伸ばす。


いうことを聞かない体を無理やり立ち上がらせて、


彼女を抱き起こした。




顔を覗き込む。


香南の瞳は霞がかかったように、


目の焦点が合ってなくておぼろげだった。




「香南っ!どうして・・!」




陸を殺すことなく、自らを傷つけたのだ。


動揺と混乱、戸惑い絶望が入り混じり


陸は正気を失いどうにかなってしまいそうだった。




氷柱はいつの間にか消え、彼女の胸に傷が開き、


そこから血がどんどん流れだしていた。




「り・・・く・・こほっ」




血を吐き咳き込みながらも、


香南は陸に微笑んでいた。




復讐は失敗したというのに、


まるで大きなことをやり遂げてみせたとでもいうような、


充実感に満ちた表情をしていた。




「呪いを終わらせるには・・もう・こうするしかなかったから」




魔法が解け自由になった桃子とアンパンが駆け寄ってきて跪いた。


香南の状態を見て悲愴な顔になった。




「香南っあなたははもう最初から・・・」


「復讐する気なんてなかったんだね」






そんな・・ではさっきまでの戦いは全て演技だったというのか。


一体いつから復讐を放棄していたんだろう。




「お母さん、アルク・・私間違ってた・・・」


紅かった髪が元の茶色に戻った。






「お母さん達の願いにも気づかないで・・・・・


最後まで、どうしようもない娘だったね・・・ごめんなさい」




桃子が涙を流して香南を抱きしめる。


アンパンも彼女の手を握りしめ泣いていた。




母親とターシャ、そして弟のアルク。


その背景に彼らが家族だった頃の姿が見えた気がした。




香南の瞳から光が消え始めている。


傷を負った部所は急所だ。




陸達がどうやってももう、手の施しようが無い。


助けたくても・・助けることはできない。




そのことに誰もが気づいている。






もう長くは無い。


認めたくはなくても、現実は残酷に容赦なく突きつけられる。




香南の生命はもう風前の灯のように、


この地上から消滅しようとしていた。




「い、やだ・・」




こんな別れの仕方をするなんて。


かすれ震える声で呻く。








香南のことが好きなのに。


この娘のことをこんなにも・・








愛しているのに。










「君をこんな形で失いたくない・・」


彼女の死を目前にして陸はいつの間にか泣いていた。


すがるように訴える。




「香南っ、死ぬな!こんなところで終わっていいわけないっ。


まだまだ、いっぱいいっぱい君と一緒にやりたいことがあるんだ。だからっ」




震える手が伸びてきて陸の頬に触れる。


溢れ落ちる涙を優しく拭った。




夢見るような表情で笑い、香南は言う。


「陸、こんな私のこと・・・好きになってくれて・・・ありがとう」






途切れながらも一生懸命に


言葉をつむぎだそうとする。






「あなたに好きだって言われて・・


逃げたりしてしまったけれど・・本当は嬉しかったの」




「香南・・っ」




「告白の返事・・・遅くなってしまってごめんね」






香南が顔を寄せてきた。




残った力を全て使いきるように。






この最後の動作のためだというように。










香南の唇が


陸の唇に




そっと


重ねられた。










ほんの僅かな間の


ぬくもりと




ぬくもりの触れ合い。








顔を離すと。




香南は


これまで見たどの表情よりも


穏やかな




優しい顔をして


笑っていた。






瞳に涙を浮かべて。






ゆっくりと瞼が閉じてゆく。






桃子の


アンパンの


そして陸の








彼女を呼ぶ声が届かなくなっていく。


遠のいていく。








命の灯が消えていく。








どこまでも


晴れ渡った




雲ひとつない


青空のような




安らかな素顔で












香南は


息をひきとった。








彼女の体が淡く光を放ちだす。


細やかな光の粒になって散っていく。




陸の腕の中から天に昇っていく。




これが呪いの解放の印なのだろうか。




復讐を果たすための呪いの人生だったから




呪いの終わりは香南の存在の終わり。










香南は完全にこの地上から消滅した。


陸達のいるこの場所には何も




香南が存在したという証を一つも


残すことなく。










魂が天にかえっていった。










陸は言葉にならない声で絶叫する。




桃子とアンパンはいつまでも


嗚咽を漏らし泣き続けていた。


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