◆第41話 歴史は繰り返される・・戦いの始まり

今からこの場所は戦場と化す。


だがその前に一縷の望みをかけて陸は聞いた。




「どうして君は・・不登校になる前、あの時学校から逃げ出したんだ?」


香南の赤みがかった眉がピクリとひそまる。




香南は陸を前にして拒絶の態度を示しながら


意識的に距離をとっていったように思えた。




あの時点ですでに記憶がよみがえっていたはず。


ということは陸を倒す目的を持っていたはずなのに、


彼女は逃げた。




「君自身、本当は復讐なんてしたくなかったんじゃないのか、香南」




何故、香南が急に陸を避けるようになったのか。


陸の想像だけれども。




彼女は戦っていたのではないだろうか。


よみがえった記憶と呪いによって沸きあがる、


陸を殺そうとする衝動を、懸命に押さえ込もうとして。




前世の人格であるターシャの意志とは別に、


香南自身は復讐なんて望んではいないのではないかと考えたのだ。




「フフ・・何を寝言言ってるのかしら」


一笑にふすと瞳を眇めて言う。




「私の目的は永い永い時をかけて、生まれ変わってきた人々


 皆が望んできたことなの。今更放棄するわけがないでしょう。


 ターシャの願いは藤倉香南の願いでもあるのよ」




陸と香南。


二人は見つめ合う。




陸は香南の表情から真意を探ろうとした。


だがわかるはずもなく。




「さあ、無駄なお喋りはここまでよ。


 今度こそあなたのこと・・・殺してあげる」




陸は悲愴な面持ちで身構えた。また・・・ 


香南を、ターシャをこの手で倒さないといけないのか。


もう戦いは避けられないのか。






香南は空に両手を翳すと、何かの呪文を呟いた。


夜が支配しようとしている陸ら以外無人の公園を、


薄い窮状の膜がすっぽりと覆った。




「これで邪魔は入らないわ」




どうやら部外者が間違って入ってこないように


結界を張ったようだった。




香南の手の平から炎の塊が出現する。


みるみる大きくなったそれは陸めがけて放たれた。




「っ!」




ものすごい速さで眼前に迫った炎の塊を陸は間一髪、


地面を転がるようにして避けた。




服を掠めて真横を過ぎると、


地面を焼き払って大きな穴を開けた。


陸は身震いする。




「・・・・」


「体の方も感覚を取り戻したみたいね、それじゃあ遠慮なく行くわよ」




香南の体が禍々しい赤のオーラで包み込まれていく。


真紅の瞳が揺らめいた。




公園内は異様な光景に変化していった。


香南が際限などないとでもいうように


繰り出す数々の強力な魔法。




陸は機敏な動きでそれらを避けた。


地面は焼かれ滑り台、ブランコなどの遊具は


元の形を残さず無残にも破壊される。




「ほらほらっ、リュウ、どうしたの?


 逃げてばかりじゃ私は倒せないわよ!」




魔女と化した香南が自在に魔法を


操りながら愉快そうに笑う。




「やめなさいっターシャ!」


「お姉ちゃん!」




この惨状に圧倒されながらもこれまで


状況を見守っていた桃子とアンパンが駆け寄り、


香南をとめようと割って入ろうとしてきた。




ハッとして陸は鋭い声で叫ぶ。


「こっちに来るな!」




香南が視線だけ彼らの方に滑らせると、


手を翳し、スペルを呟いた。




アンパンと桃子の体が突如、


発光した緑の光に包まれる。




「体が・・・動かない?」


「ターシャ、あなた私達に魔法をっ・・・!」




彼らの動きがピタリと機械仕掛けの人形のように止まった。


どうやら彼らに戦いの邪魔をさせないよう


体の自由を奪ったらしい。




微笑を向けると香南は言った。


「お母さん、アルク待っててね。


 まずはお父さんも含めてみんなの敵の第一歩、成し遂げて見せるから」




陸に向き直り、険しい視線を投げかけてくる。


駄目だ。香南は完全に、前世の魔女の意志に


支配され呪いの呪縛にかかっている。


説得どころの話ではなくなってきた。




休む間もなく打ち出される魔法を前にして


陸は香南に接近し反撃できずにいた。




それに武器が何もないから対抗する術がない。


剣があれば・・・鉄の棒でもいい。




運がいいのか、炎の魔法が鉄棒に直撃した。


陸は素早く焼き払われた部分から棒をひねりとった。




「よしっ」


手にとって構える。


剣とまではいかないが、何もないよりはマシだ。




その様子を見ていた香南が妖しく笑みを浮かべる。


炎の塊が二つ飛んでくる。




鉄の棒に気をこめると高度を高めていった。


迫った炎を陸は棒を振りかぶって連続で打ち返した。




自らにかえって来たそれを驚きの表情で香南は避けた。


「フフフ・・そうこなちゃくちゃ面白くないわよね」




香南はこの戦いを楽しんでいるかのように笑った。


また何やらつぶやくと、地面から無数の土の塊が浮き出した。




空中で止まっている。


香南の手の動きで一斉にそれらが陸に向って飛来してきた。




今度は避けるのではなく、棒を構えて突撃していく。


気合いを込めた雄叫びと共に土の塊を破壊しながら、


香南めがけて前進する。




二人の距離が縮まっていくと、


香南は怯んだような表情を見せだした。




「くっ・・」




剣道を好んだのはやはり前世が騎士だったのが影響したのだろうか、


激しい攻防で攻め進む中、陸は思った。




一撃を浴びせられる距離まで肉薄した。


目を見開いた香南と視線が交錯する。




致命傷にならぬよう、


ふともものあたりに狙いを定め、棒を打ち込んだ。




しかし―打撃を与えた手ごたえはなく、


寸でのところでかたい何かに遮られた。




「なっ・・氷っ!?」


瞬時の内に香南の体を氷の膜が覆って、


陸の一撃を防いでいた。




その隙に香南が後ろに飛び退り、


再び距離を開けた。氷が粉々に砕け散っていく。




「やるわね・・・。さすが何度も私を倒してきた騎士だわ」


「香南・・いやターシャ。はっきり言うぞ」




棒を差し向けて言い放つ。


「結果は何度やっても同じだ。君は俺には勝てない」




これまでの戦いでリュウの生まれ変わった人物は


一度も負けなかった。そして今も陸自身負ける気がしなかった。




香南の髪が紅く燃え上がるように光り、


双眸を険しく眇める。怒りをあらわにしているのだろう。




「傲慢ぶるのは私を倒してからにしたらどうかしらっ」


鋭い風の魔法が連続して襲いかかってきたが、


陸は棒で絡め採るようにしてそれらを解きいなしていった。




「はぁ、はあはあはあはぁ・・・」


魔力の使いすぎで息が上がっている。




「次で終わらせるぞ、ターシャ」


好機とばかりに陸は接近する。




最後に放たれた風の魔法を跳躍してかわすと


香南の頭上を跳び、空中で素早く一回転し香南の背後に着地した。




とった。この一撃で終わらせる。


棒に気をこめて棒をなぎ払うようにして走らせる。




香南の生命を奪う一撃。


それを打ち込もうとした瞬間。










脳裏が真っ白なベールに包まれた。








陸の思考は高速でその回路を全開にして―


鉄棒が香南にきらめく速さで向う、この動作がスローモーションに映り。






短い時の中で、陸は思う。






本当に香南を・・・・・・
















殺すのか?










この手で。






前世から受け継いできた遺志に従って・・。






それでいいのか。








香南のことが。












好きなのに。


本当にそれで―
















いいのか?












これまで過ごした香南との思い出がよぎる。


皆で遊びに出かけた時ふて腐れていた香南。




皆からお弁当のおかずをもらって美味しいと呟いた香南。






陸に心細そうに弱音を吐いて初めて弱みを見せた香南。






服装を誉めた時顔を紅く染めて怒っていた香南。










誕生日照れながらも嬉しそうに喜んでくれた・・・・・・香南。










そのどれもが泣きたくなるくらいに愛おしくて。








大切で。








何物にも代えがきかなくて。












後数ミリ、棒は香南の体に触れず止まっていた。










そのわずかな一瞬に。






香南は振り返り様に炎を。










陸の懐に炸裂させていた。

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