◇第5話 弟アルクの過ち、絶体絶命!どうしよう!
家族に不思議な力を披露してから数日間、ターシャは外にいる間、びくびくしながら生活していた。
自分は一瞬にして村の人達を敵にまわすことの出来る、
とんでもない力を持っているんだと思うと気がふれそうになった。
だがしばらくすると、母の言ったように力を使わなければ問題はないのだから、と余裕を持って考えることができるようになった。日常生活では絶対に力を使うまいと心に決めた。
ある日のこと。ターシャはアルクを連れて森に成熟した果実を採集しに出かけた。
父と母に森の奥深くには行っては駄目だと注意されていたので、森の入り口からそう離れていない場所で採集していた。森には人を襲う獣が住み着いているから危険なのだ。
特に陽が暮れて、夜になってからは獣達が活動しだすので暗い時間帯に森に入るのは自殺行為である。まだ日中なので森、しかも入り口付近は安全だと言えた。
「なかなか実のなった木がないね。お姉ちゃん」
採集した果実を入れるための籠をすえて、アルクがつまらなそうにあたりを見回して言う。
蹴った石ころがコロコロと転がっていく。
「そうね。でもまだ時間もあるんだし根気よく探せば見つかるわよ」
「僕なんだか眠くなってきちゃった。少し休もうよ」
「まだ始めたばかりでしょ。もう少し頑張ろう?」
ターシャの手を握って体をピッタリと預けてくる。もう、甘えん坊さんね、と言いかけた時、「あっ!」とアルクがバネ人形のように体を勢いよく立ち上がらせた。
「どうしたの? アルク」
「あそこ見て! あの木。いっぱい果物があるよ!」
興奮気味に目を大きく見開いてアルクが指をさす方向に、ターシャも目を凝らす。
ここから数十メートルは奥に入ったところにある木、少し高くなった場所に見るからに果汁を多く含んでいそうな瑞々しい果実が成っていた。
「あんな大きな実初めて見た! それにお父さんが大好きなやつだ、取りに行こうよ!」
俄然やる気を出した様子で、ターシャを置いて駆けていこうとする。確かに父が良く好んで食べる果実に間違いなかった。
「駄目よアルク!」
慌ててターシャが呼び止めるとアルクが足を止め振り返った。ここから見える場所にあるとはいえ、目的の木は森の奥まったところに存在している。
陽が遮られて危険な場所だ。日中とはいえ獣が出ないとも限らない。
「危ないから行っちゃ駄目」
アルクはえ~、とあからさまに不満そうな顔をした。
「すぐそこなんだから大丈夫だよ、持って帰ったらお父さんきっと喜ぶんだから」
少しぐらいなら問題はないと思っているのだろう、アルクが行ってしまう。
「待ちなさいっアルク」
気の緩んだ弟を止めなくては、とターシャが後を追う。一歩進むたび森の闇は深まり、外からの光が届かなくなっていくのが不気味だった。
不吉なことが起こりうるのを暗示しているかのよう。木々の奥に隠れるようにアルクの姿が見えなくなった。男の子なのだしわんぱくなのもしょうがないか、とため息をついた次の瞬間だった。
「うわぁあっ!」
アルクの悲鳴が、森の空気を振るわせた。何事だ、と驚き足を速めてアルクに追いつく。
彼は尻餅をついて地面に倒れていた。
あうあうと、言葉をなくしたように体をがくがくと震わせている。
アルクの凝視しているものにターシャも目を見張った。背筋から全身まで一瞬で凍りついていく。
いつからそこにいたのか。
地獄の底から響いてくるかのような低い唸り声。人間とは比べ物にならない発達した運動能力を誇示するかのような筋肉質な四肢と体躯。
その、人の二倍はあろうかという巨体を覆うのは、黒と灰色のまだら模様の荒々しい体毛。
肉食の獣がアルクからそう離れていない距離に、いた。
ターシャはアルクを後ろに庇うように獣との間に立った。
「お姉ちゃん・・」
「なんてことなの・・」
緊張で体が硬直する。獣と目が合った。鋭い牙をむき出しにしてこちらを威嚇している。
あれ程恐れ出会うまいと警戒していた獣と遭遇してしまった。
こちらにはっきりとした敵意を向けている。おそらく彼らのテリトリー、縄張りにターシャとアルクが踏み込んでしまったためだ。彼らにとってターシャらは侵入者だ。
非常に不味い事態だ。このまま無事にここから逃げ出すのは難しいだろう。
走り出したと同時、すぐに追いつかれ後ろから襲われてしまう。
更に左右の茂みが音をたてたかと思うと、新たに二匹同じ肉食の獣が現れた。
「そんな・・三匹もっ?!」
獣達はターシャ達を取り囲んでしまった。どうやらターシャ達を獲物として認識したようだ。絶対絶命。このままでは獣達に食べられてしまう。
この状況を抜け出す方法はないものか。早鐘を打つ鼓動、こめかみに汗を流しながら懸命に頭の中で考えを巡らせる。
何か、何かないか・・。
あった。一つけだけ方法が。
ターシャは己の手を見つめた。果たしてそんなことは可能だろうか。
日常生活の範囲内のことだけで、激しい闘争に使おうなどと考えたことは一度もない。
だから出来るかどうか不安が募った。だがやらねば死が待つのみだ。四の五の言わず生きて帰りたければ、アルクを助けたければやるしかない。
迫り来る三匹の獣の重圧の真っ只中ターシャは目を閉じ精神を集中させた。
水の入った樽を動かした時と同じく、鮮明なイメージを頭に描こうと試みる。
「・・・・」
・・・出来た。やれる。
獣達を圧倒する映像を浮かべることが出来た。後は実行するだけ。森の中だ。
他に村人なんて誰も見てはいない。
ターシャは魔法を使う決意をする。
目前の獣が極端に地に伏せる、低姿勢。
強靭な四肢にエネルギーを溜め込むかのように。
狙いを定めた獲物に飛び掛る直前の合図、動作だ。
来る。
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