◇第6話 危機一髪!剣士リュウの登場☆

 一秒にも満たない間に獣のその鋭い牙がターシャとアルクを襲う。


ターシャは左右の瞳から眉間へ、濃厚な魔力をのせた眼力を、襲い来る獣に叩きつけようとする。




両者が衝突しようとする瞬間だった。


斜め横から何かが光る。地を蹴り宙に浮いた獣が視界から消えた。




「え?!」




いや消えたのではない。獣はけたたましい悲鳴を森にこだませ、地面に横たわっていた。


一体何が起きたのか。




見ると獣の後ろ足、発達した筋肉の表面に柄の長い槍が突き刺さっていた。


傷口から赤い血を流し地面を濡らしている。さっき光ったものの正体はこの槍。




ターシャはそれが飛んできた方向に目を向けた。




少し離れた木の上、高い枝の所に人影があった。ターシャは目を凝らすが、光の遮られている森の中でよく見えず不鮮明だ。




その人物は木の枝から枝へ軽い身のこなしで移動し、あっという間にターシャ達の側まで降りてきた。近くまで来てその正体がはっきりした。




獣に向けて槍を投げたのは端正な顔をした少年だった。見た感じ、ターシャと同じくらいの歳格好、腰に鞘に入った剣を携えている。




「あ、あなたは」


「下がっていて」




ターシャの言葉を遮り、少年は獣達に厳しい表情を向けたまま言う。


ハッとすると残った二匹の獣達が、やられた仲間の報復に躍り出ようと殺気をむき出しに、にじり寄ってきてることに気がついた。




でも、と声をかけるが「心配ない、僕に任せて」と少年は自信に満ちた強い声で頷く。


少年は剣を抜くと獣達に向け構える。




凶暴な獣を前にして彼は堂々としたたたずまい、背筋をピンと伸ばしている。その様からは動揺はなく余裕すら感じられた。獣を退ける絶対的な自信があるのだろう。




ターシャは言われた通り、倒れているアルクに駆け寄り、立たせて後ろに下がる。




 獣二匹対少年の図式が出来上がる。にらみ合いによって空気が緊張感を孕み重くなっていく。


あっと声をあげる間もなく一匹の獣が少年に飛び掛った。




少年は迎え撃つように前に踏み込む。流れるような素早い身のこなしで、身をかわし、獣の側に回りこむと、剣のみねで獣の腹部に強烈な一撃を叩き込んだ。




獣は胃液を吐き出しながら吹き飛び、地面に叩きつけられた。もう一匹も間髪いれず襲っていったが、体勢を即座に立て直した少年に、真正面から眉間に剣の柄の先端をお見舞いされていた。




獣は倒されながらも、数度立ち上がっては少年に向っていったが、まるで子ども扱いされているようかのようにあしらわれていた。




その様子をぽかんと、張り詰めていた気を抜かれたように、


ターシャもアルクも抱き合ったまま目にしていた。




  獣達は打撃を受け続けて、足がフラフラになっていた。弱々しい声で喉を鳴らすと、両耳をたらして少年から遠ざかっていく。




本能で少年には敵わないと悟ったのだろう、そのまま森の奥に逃げ帰っていく。


後に残ったのは先程槍を食らった獣だけだった。少年は歩いていくと獣の足から槍を引き抜き回収した。




一瞬短い悲鳴をあげると、足を引きずって森に帰っていった。少年は獣達を追ってとどめをさすことなく、だだ何も言わず見送っていた。




こちらに向き直ると、剣を腰におさめながらゆっくりとこちらにやってくる。


「危ない所だったね、大丈夫? 怪我はないかい?」


「え? あ、うん・・・・大丈夫」




少年の見事な戦いぶりにまだ意識を奪われたままだったため、話しかけられてやっと我に返る。


少年は戦っていた時とは対照的に、とても穏やかな表情をしていた。




瞳の色が深い青で澄み渡っており、見ていると何だか吸い込まれそうな気持ちになる目だった。


「助けてくれてどうもありがとう」




ほら、アルクもお礼言わなきゃ、と弟の肩を引き寄せる。ありがとう、お兄ちゃんと呟く。


まだ襲われたショックからか元気がない。少年が薄暗さの増した森を見やる。




「もうすぐ陽がくれる。女の子と子供だけで森にいては危険だよ」


「お姉ちゃんは悪くないんだ!」




突然大人しかったアルクがはじかれたように叫ぶ。ターシャも少年も思わずびっくりしてしまった。


泣きそうに顔を歪めて訴えるように言う。




「僕が、僕が悪いんだ。木の実をどうしても採りたいっていったから・・」


木の実?と周囲に目をめぐらせるとあれか、と少年は呟いた。




跳躍して木に登ると木の実を採ってきて戻ってきてくれた。はい、とたっぷり実の詰まったのが目でみてわかる果実を弟に差し出してくれる。




「これが欲しかったんだろう?」


アルク、とターシャは後ろから背中を押してあげる。




戸惑って躊躇うようなそぶりをした後、どうもありがとうとお礼を言ってアルクが受け取った。けれどその表情に笑顔はなくて。










  少年が森の入り口まで送ってくれることになった。並んで歩きながら話かける。




「あなた、強いのね。あんな大きな獣を追い返してしまうなんて」


「毎日鍛えてるからね、あれぐらいならわけはないよ」




素直な感想に対して少年はなんてことはない、という風に答える。確かに見た感じ、少年の体は特別大きくはないが、しっかりと引き締まってしなやかな筋肉を供えているように見えた。




「わざと獣達を殺さなかったのね」


「森は彼らの住処だからね。僕たちの方が部外者なんだから殺してしまうのは忍びないでしょう」




落ちついた声で静かに語る。


「無益な殺生はしない主義なんだ」




だんだん彼がどんな考えの持主か、どんな人間であるかわかってくる。


彼の話や所作から、その誠実な人柄が如実に伝わってくる気がした。




 ターシャは横を歩く少年を盗み見ながら、獣と対峙した時のことを思い返し安堵していた。




あの時魔法を使わなくて本当によかったと。




もしも使っていたら、少年に見られていたところだろう。


魔法がばれ、町の人間に知れ渡っていたかと思うとゾっとした・・。




  森の入り口でそれじゃあここで、と少年が行ってしまおうとするところを慌ててとめた。


「ちょっと待って! あなた町では見かけない顔だけれども」




「僕は旅人なんだ」


「ああ、そうなんだ。また・・・・会えるかしら」




助けてくれたお礼をしなくてはと内心考えての質問だった。


「町はずれの湖の側にテントを張っているんだ。しばらくはこの町にいるつもりだよ」




少年の言う湖はターシャ達がよく遊びに行く、


割合大きな湖でよく知っている場所だった。








  少年と別れアルクと手をつないでの帰り道。


夜のとばりが降りはじめ、空には眩く光る星が出ていた。




「お腹すいたね」


まだアルクは俯いて塞ぎこんでいるようだった。




「本当にごめんなさい。僕のせいで危険な目にあって・・・・お姉ちゃん、あの時不思議な力を使おうとしたんだよね・・」




僕を守るために・・と弟の声が尻すぼみになっていく。アルクはわかっていたんだ。


姉が何をしようとしていのかをはっきりと。




父や母に使ってはいけないといわれていた手前、


ターシャは気まずい気持ちになって何とも言えなくなる。




森深くで獣に出くわしたことだけでなく、ターシャに魔法を使わせようとしたことにもアルクは責任を感じているようだった。




それだけアルクは重大なこととして反省しているようなのでもう怒るつもりなんかない。


それにもともと父に喜んでもらおうと思ってした行為だ。




ターシャはアルクの前に回り込んでしゃがみ、顔を覗き込む。


わざと少し怒った顔をしてみせ、弟の頬を軽くぽんっと叩いた。アルクが涙ぐむ。




微笑みを浮かべてターシャはその小さな体を抱きしめた。


「もういいわ。無事だったんだし。これからは気をつけてね」




うん、弟は涙混じりに頷くと抱きついてきた。


「さあ、早く帰りましょう。お父さんお母さんが待ってるわ」




笑いかけるとアルクも幾分笑顔を取り戻してくれたみたいだった。


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