◇第4話 ターシャが初めての魔法を使うととんでもないことに?!

「ターシャ、森に行って薪を集めてきてくれる?」


「うんわかった!」




料理している手を休め頼みごとをしてきた母に、ターシャは明るく頷く。


「あまり遠くまで行かないように気をつけるのよ」


「大丈夫だよ、それじゃ行ってきまーす」




母に笑顔で返事をし家を後にした。




  ターシャは山の奥深く、半分は海に囲まれた漁業と農耕の栄えた村に生まれた。


周囲を美しい自然に囲まれた大地でのびのびと育った。




心優しい父と母、可愛い弟と家族にも恵まれ特に不自由なく暮らしている。


たくさんの薪を抱えて帰って来ると父と弟もちょうど帰って来た。朝から海に漁業に出かけていてたのだ。




「お姉ちゃん、今日はたくさんお魚が採れたよ!」


「すごいね! アルクもお父さんのお手伝い頑張ったんだね」




持ち帰った魚を見て弟、アルクの小さな頭をいっぱい撫でた。


誇らしげに胸を張りとても嬉しそうな顔をする。




ターシャは自分のあとをお姉ちゃん、お姉ちゃんとついて来るアルクのことが可愛くて仕方ない。


「ターシャも母さんの手伝いをしっかりやったくれたみたいだな」




二人にご褒美だ、と父は懐から砂糖菓子を出してターシャ達に差し出してくれた。


「わぁっ、お父さんありがとう」




ターシャもアルクも顔を輝かせて飛びつく。砂糖菓子は町に売っているお菓子で人気があるからすぐに売切れてしまうので、なかなか食べれる機会のないものだ。




ターシャは多いほうをアルクにあげる。


「夕飯前なんだからあまり食べすぎては駄目だからね」




たくさん食べようとするアルクに母が注意する。父がとりなすように言う。


「滅多に食べないんだから少しぐらいいいじゃないか」




「もう。あなたは子供たちに甘いんですから」


呆れて文句を言いながらも母は笑っていた。






  父と母は井戸から組んできた、水の入った大きな樽を運んでいる。水は毎日使う、なくてはならないものだ。いつもの父と母の日課。




まだ力の足りないターシャとアルクには危ないから、と手伝わせてもらえないでいる。


苦労して父と母が運んでいる様子を見ているうちにいつも思っていた。




自分ならもっと楽に重い樽を運ぶことができるのにと。


そう、自分になら樽に触れさえもせずに。




  ターシャは物心ついた頃から不思議な力を持っていることに気がついていた。


試したことはないけれど頭の中でイメージしたことが実際にも出来るという思い、というよりも強い確信めいたものがあった。




これまで家族にはずっと黙っていた。だって誰もターシャの考えていることをしないから。


自分だけおかしいのではないかと恐れていたのだ。




ではどうして不思議な力を使う気になったのか。その日の父は海の仕事が大変だったらしくいつもより疲れていたのが一つ。それとターシャのほんの気まぐれ。




本心は純粋に父と母の御手伝いをしたい、役に立ちたいという気持ちが大きかったからだ。


「ねえお父さん、お母さん」


「なに、ターシャ」




「樽を床に置いてみて」


父と母は顔を見合わせる。




「何をするつもりだ」


「私、樽を運ぶいい方法を思いついたの」




「ターシャ、どんなやり方か知らんが、これをまだ子供のお前が運ぶなんてとてもじゃないけど不可能だぞ?」


「そうよ。無理に決まっているじゃないの」




父と母の言葉を遮って言う。


「いいから、私にやらせてみて」




樽を床に置くと、父は苦笑する。ターシャが冗談を言っていると思っているんだろう。


おどけた感じに家族が見守る中、樽に軽く手を翳す。




神経を集中させ、頭の中に望む結果のイメージを浮かべた。


樽が微かに振動を始める。中に入った水も同時に小さな波を立てた。




「何だ? 地震か」


樽の様子に父が周囲を見回して警戒している。




次の瞬間、ターシャが腕を上げると同時、樽が床から宙に浮かび上がった。


信じられない光景を目にしたというように、父と母がかたまって言葉を失っている。






「浮いてる・・・・」


アルクが瞼をぱっちりと開いて呟いていた。








  父と母が唖然とした表情をしている中、ターシャは樽を手も触れずに動かし、


調理場まで運んでみせた。




「すごい、すごいよ。お姉ちゃん! 魔法使いみたいだ」




アルクが後をついてきて興奮気味にはしゃいでいる。


子供らしい好奇心を含んだ輝く瞳で。父と母の元に戻って言った。




「ね、こうすれば樽を運ぶなんて簡単でしょう?」


得意げに胸を逸らす。きっとすごいな、ターシャと誉められることを期待したのだ。


しかし彼らの表情はかたく厳しいものだった。




「お父さん・・お母さん・・どうしたの? そんな怖い顔して」


母が両手で肩をがっしりとつかんできた。




「ターシャ・・・・あなたはいつからこんなことができるようになったの?」


ただごとではないと子供のターシャでもわかるくらいに、母は真剣そのものだった。




「やってみたのは今日が初めてだけど・・でもやろうと思えばもっと前から出来たと思うわ」


何か痛ましいものに耐えるような、悲壮感さえ漂う表情でターシャを見据えてくる。




母は父と視線を交わし頷きあった後、ターシャに向き直って言った。




「いい、ターシャ。今後一切この力を使っては駄目よ。街の中ではもちろん、誰もいないところでも使っては駄目。絶対に誰かにこのことを知られてはいけないの。もしもばれてしまったら大変なことになるわ」




「どうして、こんなに便利な力なのに、どうして使っちゃ駄目なの?」


心に浮かんだ疑問を素直に口にする。




眉根を寄せた表情をし躊躇うような様子を一度見せた後、母は意を決したかのように言った。


「ずっと昔にね、あなたと同じような力を持った女の人がいたの」




「私みたいに?」


深く頷いている。


「誰も出来ないことが出来るその女の人は、村の人達から不吉なものとして恐れられてね」


話の雲行きが怪しくなってきた。ターシャの肌に寒気が走る。




数秒間を置いた後、母は言った。




「迫害されて最後には・・・・殺されてしまったの」






ターシャの心が凍りついた。あまりのショックに言葉を失う。


この力がそんなにも重大なものだったなんて。




昔ターシャと同じ力を持った女の人は殺された。


じゃあ、もしもターシャの力が村の人達にばれてしまったら・・・・。考えただけで恐ろしくなり鳥肌がたった。




「どうして力を使っては駄目なのか、わかったわね」


母の言葉に頷く。




「アルク、あなたもこのことは誰にも言っては駄目よ。このことは家族四人だけの秘密だからね」


「どうして? こんなにもすごいことなのに、村の人はよくは思ってくれないの?」




アルクは納得がいかない、という風にその純粋な思いを問うている。


「お母さんもターシャの力は素敵なことだとは思うわ。でもね、世界中の人達はそうは思ってくれないの。残念なことだけれど。だからお姉ちゃんを守るために絶対に他の人に喋っては駄目よ」




母がしゃがみこみ、同じ目線で正面からアルクの目を見据えて言う。


「うん、わかった・・」




幼いなりにも、姉を守るため、というキーワードが効いたためか、アルクは神妙に頷いていた。


気持ちが沈んでターシャが俯いていると母が笑って頭を撫でてきた。




「心配しなくてもいいわ。皆に知られさえしなければ大丈夫なんだから。それにいつだって私達家族はターシャの味方だからね」




力強く元気づけるように励まされる。


それで胸が軽くなり温かくなった気がした。

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