第13話落とし物
「落とし物を拾ったんだが……」
旅人のその一言で、その日の予定は決まったようなものだった。
徒歩での移動中に、きれいな水をたたえる川と出くわしたので、その傍で休憩をとることとなった。
見た目がきれいでも、何かあるかもしれないため、念を入れて河原の石で簡易のかまどを作り、汲んだ水を小型のポットで煮沸消毒をしている最中だった。
周囲を散策をしていた旅人が足早に戻ってくるのを、足音で把握していた相棒は面倒くさそうに振り返り、そして目を見張った。
「……一応、聞いておくが、それは何だ——?」
「首だな」
基本的にひょうひょうしていて、冷静であると自分を評価しているはずの相棒だが、流石に返事に困り固まってしまう。
「……それは分かる。俺が聞きたいのは何でそれを拾って持ってきたかってことだ」
旅人はその腕に、人間だろうと思われる頭部を抱えている。
「正しく言うと、生首だな。見た所、腐敗はしていない。落とし主が困るだろうと思った」
「いや……。落とし主も何も、それを落とした時点で、いろいろと終っていると思うが。——お前って、基本的に現実主義で真面目なくせに、たまにすごい天然をかましてくるよな」
旅人の言う通り、その生首は相棒が視認した限りでは腐敗はしていないし、腐った匂いもしていない。
「あった場所に戻して来い」
「あった場所というか、川を流れてきたんだが。——もう一度川に流せということか?」
その台詞に、相棒はたった今まで見張りをしていたポットのお湯を一瞥するが、また汲んで沸かすのも面倒だし、汲んだ時と間が空いているから大丈夫ということにした。
「川に沿って散策をしていたんだが、これが流れてきた。最初は魔よけのために流したのかとも思ったんだが、一個だけだと不自然だしな」
「一個だけでも、首が流れてきた時点で不自然だ」
とある国では、川を荒らす荒神を沈めるために四十九個の首を捧げていた。けれどそれを見た軍師が、人命が失われることを嘆き、料理人に言って小麦粉を練った生地で肉を包み、人の頭の形に形成して代わりに川に流した。
という話を旅人は相棒に説明した。
「だが、まあ。人の頭みたいな饅頭が大量に流れてきても、普通に怖いがな」
「本当にお前って、変な所は気にするよな」
「もしくは、旅の安全の祈願ために、生首を吊るして持ち歩き、魔よけにしたそうだから、それをうっかり落としたかとも思った」
「むしろ首の持ち主に祟られそうだがな」
「ちなみにおおよそ同じ国の話だ」
「どんだけ生首が好きな修羅の国だよ……」
「森にはそれなりに生き物がいるが、みんなちゃんと頭が付いているな」
「まあ、それはそうだろ。むしろ付いていない奴がうろついている方が問題だろう。というか、それはぱっと見は明らかに人間の頭だろうが。大抵の場合は、動物の上に付いていないだろ」
結局の所、彼らは首の持ち主を探すことになった。
元の場所である川に戻すにしても、下流の人たちに迷惑だろうし、その辺りに放置するのも何か気分が悪いので、森を抜けるまでの間だけという制限を設けて、相棒はしぶしぶ了承した。
「首がどんぶらこと流れてきても困るし、年寄とかだったら心臓に悪いしな」
「川か……。そういえば流れてきた桃を割ると赤ん坊が出てくる、という話があったな」
「頭は割っても脳漿しか出てこないぞ」
「む……。もしかしたら、どこかの女神が出てくるかもしれないぞ」
そう言いながら腕に抱えている首を布越しに軽く撫でる。さすがにむき出しで持ち歩くのは見た目が悪いので、手ごろな布にくるんで隠すことにした。
「——というか、その子猫の様に抱いて撫でるのはやめろ」
いっそのこと慈しみのような優しさまで感じてしまい、相棒は顔をしかめた。
「……む。すまない。人肌の暖かさで、ついな」
「ちょっと待て。それ温かいのか?川の水は冷たかったし、あれから時間もそこそこ立っているぞ?」
聞き流すことのできない言葉に、相棒は旅人が抱えている頭に布越しに触る。すると、確かに生きている温かさと柔らかさを感じると同時に、布の中身がびくっと僅かに震える。
「……これは人間の物じゃない。——もっと早く気付くべきだった」
相棒は自身の失態と無駄な突込みの数々に、苛ついて頭を乱暴に搔いた。
「……人間の物じゃないのか?そうか。探す方法を変えるべきか?」
思わず、温かい人間の生首を平然と抱えていたことに突っ込みそうになるが、今はそれを言っても仕方がないので、相棒は言葉を飲み込む。
「拾った時、まだ温かったから、落として間もないと思っていたんだ。だが、まあ、確かに言われてみれば、おかしいな」
「本当に、お前って、たまにすごいボケを平然とするよな」
旅人の天然ぶりに半ば感心しつつ、相棒は布越しに頭部を掴んで軽く力を籠める。怯えるように身を震わせると同時に、森の奥の方で馬の鳴き声の様なものが響いてくる。
やがて、声がした方から枝葉や草をかき分ける音と、それなりの大きさの塊が空気を切るって走る音と気配が近づいてくる。
野生の獣が興奮して向かってきているのかとも思い、旅人は警戒をしていたが、相棒はため息を吐いく。そして旅人が止める間もなく、彼が抱えていた首を掴むと、乱暴に森の奥へと放り投げた。
次の瞬間には、森の陰から鎧を着た首なし騎士が焦った様子で飛び出してきた。
勢いがありすぎて止まれずに、水しぶきを上げながら川を突っ切って、反対側の森の中に突っ込んでしまった。
唖然とする旅人とあきれている相棒の前に、再び首なし騎士が姿を現した。鎧に覆われた体の背筋をしゃんと伸ばし、悠然とした姿で二人の前で止まった。
「……いや。今更取り作っても遅いからな」
相棒の一言で、首なし騎士はビクンと肩を震わせる。
「落とし物を見つけて少し慌ててしまっただけだろう。よくあることだ」
旅人が見知らぬ首なし騎士を庇うことを言うと、彼?は同意するように体を縦に振った。そうして綺麗な所作で馬から降りた。
「——、休憩をしていたらうっかり自分の頭を川に落として流してしまったらしい。気づいていた時には姿が見当たらなかった。……いや、自分の頭が水に落ちたら気づけよ」
無言の首なし騎士の言い訳を聞いていた相棒は、呆れかえっている。首なし騎士は彼に呆れられたのがショックだったのか、心なしか姿勢が前屈みになる。
「……結果としては見つかったのだから、それでいいのではないか?あなたも頭が見つかってよかったですね」
旅人の言葉に、首なし騎士は大仰に体を縦に振る。鎧同士が擦れたりぶつかったりして、少々うるさいので、旅人は隠密には向かないなと関係のないことをふと思う。
「おい。お礼だそうだ」
相棒に声をかけられて、意識を首なし騎士に戻すと、彼が旅人に向かって布袋を差し出していた。
「いや……、お礼はいい。当たり前のことをしたまでだ」
「川を流れてきた生首を拾うのも、それの持ち主を探すのも普通じゃないだろう」
基本に忠実な断る文言に対し、相棒は本日何回目か分からない突っ込みを入れる。
「受け取ってやれ。そいつにもプライドがあるんだ。礼儀を尽くさせてやれ」
相棒に促されて、旅人は無理に断るのも失礼だと思い、頷いて受け取った。
首なし騎士は彼がお礼を受け取ったことが嬉しいのか、お礼を持つ彼の手ごとつかむと、軽く縦に揺する仕草をする。
そして颯爽と再び馬にまたがると、一礼をして、森の暗闇の中に戻っていった。
後日、鞄の奥にしまい込まれていた袋を見つけて、ようやく中身を確認した旅人は、お礼が本物の宝石の数々であることに気が付いた。過分すぎる礼に、何とか首無し騎士に返せないかと頭を抱えることになった。
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