第7話 本の中身は?

 旅人は滞在している町で、変わった風貌の少年に道を尋ねられた。彼はこの街の住人ではなかったが、少年とても困っている様子で放っておけなかった。

「……えっと、ああ。この場所ならばわかる」

「本当ですか……!」

 彼はできるだけわかりやすく、説明したつもりだったのだが、少年があらぬ方向へ向かおうとした瞬間に肩をつかんで引き留める。

 結局、彼は少年を目的地へと案内することになった。

 少年は礼を言って頭を何度も下げてきて、どれだけ困っていたかが推し量れた。

「旅人なんですか。じゃあ、僕と似たようなものですね。配達であっちこっち行っているんで」

「配達?」

「はい。小説を届けているんです」

 屈託なく笑う少年はぶら下げていたカバンを軽く叩く仕草ををする。

「小説か……。私も本を読むのは好きだよ」

「僕は……、読むほうはぼちぼちです」

 少年と出会った大通りを外れ、住宅街の方へと向かうと、少しずつ道が細くなっていく。

「あの、ぶしつけな質問なんですけど……、恋って何だと思います?」

 唐突な問いかけに、彼は眼をしばたたかせた。

「えっと、今回の小説もそうですけど、よくあるんですよね。だけど、内容は人それぞれというか……」

 年相応の質問に対して、彼はできるだけ誠意ある答えを考えてみる。

「個人的な意見で申し訳ないのだが……」

 人の感情には少々――相棒からすればかなり、疎いと自覚している彼は、一応は前置きをしてから口を開く。

「私からすれば、恋とは『見て欲しい』と思うことだと思う」

「見て欲しい、ですか?好きになってほしい、じゃなくて?」

 首をかしげる少年を一瞥してから、近くにある番地の書かれたプレートを確認しながら話し続ける。

「私が思うに、特別な好意を持ってほしいというのは、それは恋愛の場合だ。恋は一方的な思いのことだと、私は思う」

 彼は自分の記憶の中にある光景を思い出しながら、少し恥ずかしげに微笑む。

「それに、好きや愛情といった類は、それこそ人ぞれぞれだ。良いものもあれば、悪いものもある」

「……悪いものですか?」

 素直に聞き返してくる少年を見て、彼は遠い日の自分を思い出していた。

 早く一人前になって役に立ちたいと思っていた。少しでも自らの糧にするために、分からないことは分からないと、素直に認めて答えを求めていたころを懐かしく思う。

「嫉妬や独占欲は、人として成長し、努力するのに必要なものだが、度が過ぎて、向けられる者に害になってしまうこともある」

 子供は周りのみんなが自分を、無条件で好きでいてくれると思っているものだ。成長して、他人にも心があって、自分とは違う考えを持っていると理解していく。

 ……たまにそれを理解できないものもいるが。

「恋愛は一人ではできないが、恋は一人でできるんだよ。まだ、そこに他者の感情が介在しないから。だからこそ、私は恋とは相手に見て欲しいと思うことだと思う」

 気が付けば、目的地はすぐそこに迫っていた。少し話が長くなったと、彼が苦笑する。

「いいえ。すごく参考になりました。恋や好きといった感情は人それぞれだから、一人一人、話の内容が違うんですね」

「そうだな。やはり、恋に対する解釈も作者によって違う。だからこそ、恋愛小説はは難しいと、私もいまだに思う」

 目的地の建物の前に到着すると、少年を深く頭を下げた。

「いろいろとありがとうございました。おかげで、無事配達ができそうです」

 嬉しそうな少年の人懐っこい笑顔に、彼も嬉しくなる。

「ずっと気になっていたんです。配達する小説の内容って、分類すると何かなって。けど、恋愛小説でよかったんですね」

「ふむ……。差し障りがければ、どんな内容か、聞いてもいいかな?」

 なんとなく好奇心が擽られてしまい、彼は何かの縁かと思い、暇があれば読んでみようと参考に聞いてみた。

「主人公が好きになった相手には交際相手がいて、その交際相手を、完全犯罪で殺して、好きな人と恋をして、添い遂げるという話です」

「……それは、確実に恋愛小説ではない」

 彼ははっきりと断言した。

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