第2話

「悠斗行こうぜー」「あいよ」


 雄介に声を掛けられ、後ろの棚に置いてた道着を肩からかけ、一緒に教室を出ていく俺達。何処に行くかと言うと空手部の部室。夏に行われる県大会の予選に出場するわけだから、日々の稽古は欠かすわけにいかないからね。


 雄介は俺より若干背が高い身長180㎝で、中々のイケメンだと俺は思ってる。茶色っぽい短髪に高い鼻。やや日本人離れした顔にも見えるな。本人曰く純血日本人らしいけど。そしてそれなりにモテる。……別に羨ましくねーぞ? ホントだぞ?


「おっとお出ましだ」「え~、今日は二回目かよ」面白そうにほくそ笑むなよ雄介! ついため息が出てしまう。だって教室出たところで、柊美久に出くわしたんだから。何てついてないんだ。


「何見てんのよ?」「いや、見てねーって」


「私に近づかないでくれる?」「……分かってるよ」


 フン、と鼻息を荒げながら、柊さんはツカツカと玄関ホールへ向かって歩いていく。その後ろをうまく距離を取ってついていく俺達。


「ていうか、なんでついてくんのよ!」


「いやだって、俺達も同じ方向だから仕方ねぇんだよ」


 明らかにイラついた表情を見せる柊さん。しかしまあ、これだけ憤怒の表情をしていても、美人は美人なんだなあ、とふと感心してしまう。肩辺りで切り揃えられた黒髪に黒い瞳。長いまつ毛にやや切れ長の二重瞼。俺の手に収まんじゃねーの? て程小さい顔、でも整った目鼻立ち。スタイルも抜群で、制服の上からでも出てるとこ引っ込んでるとこがきちんと強調されてるのが凄い。足も長くて綺麗で、膝上までの制服のスカートが、より一層柊さんの綺麗さを強調してるように見えてしまう。


「……ジロジロ見るなって言ったでしょ?」


「……あ。悪い。つい」しまった。見惚れてしまった。これだから柊さんと面と向かうの嫌なんだよな。嫌われてんのにこうなるから。


「ついって何よ?」


「まあまあ、俺ら部活に行くだけだから、柊さんも今日はこれくらいで勘弁してやってよ」


 そこで雄介の助け舟。有難う親友! マックは次回でもいいぞ!


「……三浦君に感謝する事ね。武智君」そう言いながら、柊さんは踵を返してさっさと玄関ホールに歩いて行った。


「なあ悠斗さあ。お前、ほんっとーに何もしてねーの? 前々から知ってたけど、あの嫌われ方は尋常じゃねーぞ?」


「ほんとだよなあ。俺何したんだろうなあ」


 いくら雄介に聞かれても、身に覚えがないんだよなあ。


 ※※※


「悠斗は今日もバイトだっけ?」「おうよ。じゃあまたな」


 おう、と返事しながら雄介が自転車で去っていく。空手部の稽古が終わり、俺達は帰宅の途に就いていた。お互い自転車通学。雄介はこの後直帰だが、俺はこれからバイトに向かう。


「ふんふふ~ん」って、つい鼻歌歌ってしまう。バイトは俺の楽しみの一つだからな。いや別に、働く事が好きって訳じゃないんだ。


 カランカラーン、とバイト先の喫茶店の扉を開ける際の鈴が鳴る。「マスター、お疲れ様です」


「悠斗君お疲れー。今日も宜しくね」にこやかに返事をしてくれるちょび髭のちょっとダンディなこの中年男性は、この喫茶店のマスターでオーナーだ。白いワイシャツに赤と朱色のパッチワーク柄のベスト、そして首元には蝶ネクタイ。この店オリジナルの制服だ。俺もこれからこれに着替える。


「ハハハ、疋田さんなら今トイレだよ」


「え? あ、いや……」


「それだけキョロキョロしてたら、何してるか流石に分かるよ」


「ハ、ハハ」つい頭を掻いて照れ笑いしてしまう。俺がこのバイトを楽しみにしている理由、それは疋田美里さんの存在だ。彼女は俺と同い年の高校三年生で、別の高校に通ってる。茶色ががったボブ・ショートに黒縁メガネがとてもキュートな、スタイルもいい素敵な女子高生。身長は150cmくらいと小柄だが、それもまた可愛らしくていいんだよな。


 そう。俺武智悠斗は疋田美里さんに恋してる。勿論内緒だったんだけど、隠すのが下手な俺の様子から、マスターはすぐに気付いたらしい。親友の雄介には好きな子がいるって事で話してたけど。「でもまだ疋田さんにはバレてないよ」とか、マスターは余計な一言を言ってくるのがちょっとウザい。それでも、一応は俺の恋路を応援してくれているらしいんだけどね。


 マスターの言葉を聞いて、俺はちょっとドギマギしながら更衣室に着替えに行く。そしてマスターと同じ格好に着替える。蝶ネクタイのバランスも、もう一年以上ここでバイトしてる事もあって問題なく付けられた。


「あ、来てたの」「あ、ああ。お疲れ様」


 お疲れ様、と微笑み返事してくれる疋田さん。ああ、本当可愛いなあ。彼女の周りだけ、何だかぼんやり後光が見えるよ。


「……どうしたの?」ぼーっと見つめてしまった俺を、不思議そうに見ながらコテンと首を傾げる疋田さん。ああ、その仕草もすんげぇ可愛い。でもいけないいけない。首をブンブンと振ってなんでもないよ、と平静を保とうと頑張る俺。


「アハハ、変な武智君」口を大きく開けて笑う疋田さん。つい顔に熱を帯びてしまう俺。


「ハイハイ。いつまでもいちゃついてないで、そろそろ店開けるよー」パンパンと手を打ちながら、マスターが俺達に注意する。いやいやいちゃついてないって! 疋田さんも顔真っ赤にしてないで否定してよ!


 とにかく俺と疋田さんはそそくさと開店準備をする。俺は小さな声で疋田さんにごめんね、と囁く。気にしないで、と疋田さんはニッコリ俺に微笑み返してきた。ああ、神様、至福のひとときを有難う。


 因みにこの店は、朝から夕方まで喫茶店として営業してて、夕方に一旦閉めて夜は居酒屋スタイルに変貌する。その時間帯に俺や疋田さんの様な高校生がバイトしてるってわけだ。居酒屋で高校生がバイトして良いのかって? いやだから、ここ喫茶店なの! 嘘は言ってないぞ! 今までもそれで通して来て何も言われてないからきっと大丈夫……多分。


 そうこうしているうちに夕方からの開店時間となった。早速お客さんが数人入ってくる。「「いらっしゃいませー」」と俺と疋田さんは声を揃えて出迎えた。今日も忙しくなりそうだ。


 ※※※


「今日もお客さん一杯だったね」


「ほんとほんと。ヘトヘトだよ」


「武智君、空手部終わってから来てるんでしょ?まだ続けてるんだ」


「そりゃあね。俺達今年で終わりだし。後輩にいいとこ見せたいしね」そう言って俺はふんむ、と力こぶを作る仕草をしてみせる。それを見てフフフと笑ってくれる疋田さん。つまらないだろうに気を使って笑ってくれるなんて、本当優しいなあ。そして素敵な笑顔だなあ。


 時間は既に夜十一時。流石に女子高生一人こんな遅い時間に一人で帰らせる訳にはいかないから、俺がこうやって疋田さんを家の近くまで送っていってる。……そりゃまあ、一緒にいたいって下心もある事は否定しない。でもだからといって無粋な事はしないよ! 俺は紳士なんだから。


 まあでも、疋田さんを送っていかなきゃいけない理由は他にも有るんだけど。

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