第3話
丁度半年前かな?
疋田さんがバイトでこの店に入ってきたのは、確か半年ちょっと前。疋田さんはこの喫茶店でのバイトが初だったそうで、それなら丁度人手が欲しかった、親戚だったマスターが呼んだって聞いてる。俺はここで既に半年前からバイトしてたから、一応先輩って事になる。
で、結構遅くなるのに、疋田さんは一人で帰宅してた。「もう高校生だし大丈夫だから」とか言って。勿論俺は送っていくつもりだったけど、当時は断られてた。と言うか、疋田さんって来た当時は物凄い人見知りだったんだよな。一応先輩だった俺が仕事内容を説明するんだけど、小さく頷く程度しか返事しない。その時は正直、余り良い印象持ってなかった。顔は可愛いしスタイルはいいなあ、とは思ってたけど。
そして半年前のあの日、いつも通り疋田さんは小さく「失礼します」と先に切り上げ、相変わらず愛想ないなあと呆れながら「お疲れ様~」と返事し、俺も更衣室で着替えマスターに挨拶した後、キキー! という大きなブレーキ音が聞こえて、スモーク張った黒塗りのバンが止まったのが見えた。
そこで俺は戦慄した。複数の男が、その車に疋田さんを連れ込もうとしてた。これは絶対不味い事してる、俺は口より先に体が動いた。俺がやって来たのにギョッとした顔の男を見てすかさず正拳突き。「ぎゃあ! てめぇ何しやがる!」隣の男が俺につかみかかるのを躱し、同じく鼻頭に正拳突き。「ぶふぉあ!」鼻血を吹きだし車の中に倒れこむ男。
それを見てすかさず俺は疋田さんを車から引きずり出した。アスファルトの上でぺたんとへたり込む疋田さん。「大丈夫か?」俺が声を掛けるもふるふる震えて声が出せない様子。それを見た俺は怒髪天の如く怒りが爆発してしまった。
「こんなか弱い女子高生攫おうとするって、お前ら鬼か! この変態野郎ども!」
「なんだこのガキ! 殺されてぇのか!」最初に殴った男が威圧的に声を荒げる。でも正直言って全く怖くない。だって俺、空手部だぜ? これでも県大会準優勝してんだ。しかも二年生の時に。ライバル達は当時三年生ばかりだったけど、比べて全然迫力ないんだよなこいつら。
脅すつもりで声を荒げたんだろうけど、その男の態度に全く動じない俺を見て、イラっとした様子の男はバタフライナイフをポケットから取り出し、俺に斬りかかってきた。……遅っせぇ。何そのスピード? しかもそんな振りかぶったら軌道丸わかりじゃん。
ひょいと避け今度は鳩尾に中段打ち。「ごはあ!」ピクピクとしながら前のめりにアスファルトの上にズデーンと倒れやがった。
「こんな弱っちい癖に、女の子を攫おうとしたのかよ」それに何だか無性に腹が立った俺。正当防衛が成り立つかどうかなんて考える事もせず、全員とっちめてやりたくなった。
だがそこで、ウウ~、と赤色灯の灯りと共に、パトカーがやって来た。ハッとして振り返ると、マスターが凄い形相でこっちに走ってくる。
「武智君! 疋田さん! 大丈夫か? 警察呼んだから!」成る程。異変に気付いたマスターが呼んだのか。
そこでふぅー、と深い息を吐く俺。どっと緊張感が抜けた。そして未だアスファルトに座り込んでる疋田さんの目線に合わせるよう、かがみこむ。
「どう? 立てる? もう警察来たし大丈夫だよ」出来るだけ優しく、気遣うように声を掛ける俺。怖い目に遭ったんだ。出来るだけ安心させてやりたいって思ったからね。
「ヒック、ヒック、武智、君。あり、がとう。ありがとう」肩を震わせ嗚咽し始める疋田さん。俺は黙って彼女の泣いてる様子を見ていた。まあ正直、女性の扱いになれてない俺はこれ以上どうすればいいのか分からなかったんだけどね。
結局疋田さんを攫おうとした奴らは全員警察に捕まり、翌日でかでかと新聞に載った。最近耳にしてた女子高生誘拐犯だったらしい。事情聴取を受けた警察からは俺に賞状を渡したいって連絡が来たけど断った。目立つの嫌いだからね。
でもその日から、疋田さんの俺に対する態度が180°変わった。
「あ、武智君、お疲れ様!」次の日バイトに来ると、とても素敵なスマイルで挨拶してくれたんだ。そしてその笑顔一発でやられちゃった。そしてその日からというもの、俺が疋田さんを送って帰る事になった。マスターが送るって言ってたんだけど、人が少ない店で終わってからも手間かけるのは可哀相かな? と思って俺が引き受けた。疋田さんも俺だと安心だって言ってくれたし。
そして、俺と疋田さんは今年の夏でここのバイトを辞める。受験モードに突入するから。だからそんな長い期間でもないから、と申し訳なさそうにするマスターに言って、俺が引き受けたってわけ。
どうやら疋田さんは女子校らしく、男慣れしてないんだそうで。だから俺にも最初どう接していいのか分からず、消極的な態度だったんだと。「無愛想だったよね。ごめんね」と謝られたけどそれなら仕方ないよね、と笑顔で返しといた。紳士って感じだろ?
そうやって話してるうち、俺はどんどん疋田さんに惹かれた。控えめな雰囲気ながら芯が強くてしっかり者。そして優しくてとても可愛い。スタイルもいいし。
それからバイトは疋田さんと俺同じシフトで入る事になり、帰りは家の近所まで送る事になった。時々迷惑じゃない? って聞いてくる疋田さん。迷惑なもんか。寧ろご褒美だよ。
「……どう? もうあの時の恐怖はマシになった?」
今もバイトの帰り道。自転車を押しながら二人で歩いてる。そうやって半年前の事を思い出したんで聞いてみた。あれから結構経つしどうかなって。
「あ、うん。武智君が一緒にいてくれるから大丈夫」ヘヘ、と可愛く笑う疋田さん。天使ですねこれ。
「そっか。良かった」その素敵な笑顔を見てドキっとしてしまったのを誤魔化すように視線を外す俺。
「……あ、あのね。武智君」
「うん?」
「え、えと、今度のゴールデンウイークって……」
「あ、見えてきたよ。いつものとこ。ゴールデンウイークのシフトだよね? さすがにまだ先だから考えてないよ」
「……バカ」
「え?」今バカって聞こえたような? まさかな。疋田さんに限ってそんな悪態つくなんてあり得ないし。
因みにいつものところというのは、疋田さん曰く家の近くの歩道橋。路地はこうこうと灯りがついてて相当明るくて、自動車通り沿いで人も多いから、いつもこの歩道橋の下まで送る事になってる。え? 家? 行けるわけねーじゃん。……彼氏でもないのに。だから未だに家どこか知らないんだよな。
「じゃあね」何だか不機嫌そうにプイと踵を返して走って行く疋田さん。何か怒ってた?
そして俺はいつもの通り、疋田さんが先の角を曲がるまで見送ってから、自転車に跨って帰っていった。
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