6月11日 とっくにお姉ちゃんと一心同体だったみたいです!

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6月11日


〇ゆうと揃って衣替えをした。おろしたての真白い制服は、ゆうの無邪気な純真さ(???)によく似合っていた。

(「純真」とは一体何だ、果たしてゆうは「純真」なのか、と思ってしまい辞書で調べたが、まあ、七割くらいは間違っていないだろうと結論。)

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「今日から夏服ですー!」


 幼い無邪気な笑顔を振りまいて私の部屋に飛び込んできたゆうは、彼女の言葉通りに涼し気な真っ白い夏服を身にまとっていた。

 

 私を視認するや、ゆうがパッと表情の光量をあげて、突進する勢いで駆け寄ってきた。


「お姉ちゃんお姉ちゃん、夏服姿もとてつもなく素敵ですね! めまいがして倒れそうです!」


 冗談なのか何なのか、幸せそうな顔をしながら、手を額にあてがって上半身をグラグラと揺らし始めた。


「はいはいありがとう。本当に倒れないでよね、面倒だから」


 ゆうの肩をつかんで素っ気なく言う。

 すると、口元をだらしなく緩ませていたゆうが、ハッとして何かに気づいた様子を見せた。

 肩をつかんでいた私の右腕を両手でとり、品定めするかのように凝視を始める。


 素肌をそんな風にじっと見つめられると、さすがに恥ずかしいのだが……。


 ゆうの視線と柔らかく滑らかな手のひらが、肌を撫でまわしてくる。

 一体何をしたいのか知らないが、やめていただけないだろうか。

 居た堪れなさに腕を引っ込めようとしたその時、今度は何故か正面から抱き着いてきた。


「うわあ、暑苦しいなあもう」


 無言で胸に顔をうずめてくるゆうの背中を軽く叩く。

 しかし、暑苦しいから退きなさい、という私の意思表示は空しくも届かないらしい。

 ゆうが私の顔を見上げる。すんすんと鼻を鳴らして、ふにゃりとした甘えた声を出した。


「お姉ちゃんからいつもと違う香りがします」

「ああ、日焼け止め塗ったからかな。去年買ったまま使ってないのが出てきて、せっかくだから使ってみたの」


 ゆうが背伸びをして、顔を近づけてきた。心なしか、目がとろんとしている気がする。


「この甘い香り……なんだかドキドキします」


 甘ったるい声でそう言って、両腕を私の首に回したかと思うと、側頭部をコテンと胸に預けた。

 うっとりと夢見心地なゆうの身体を、半ば無理やりに押しのける。


「朝っぱらからやめなさい」


 ゆうが物欲しそうに唇を尖らせる。すぐに、あっ、と言って両手を高々と挙げ、バンザイの格好をした。


「私にも同じの塗ってほしいです」


 どうせろくでもない考えからなのだろうと分かり切っていたから、その無垢な笑顔に、私は不審な目を向けないわけにはいかなかった。

 




 校門前でばったり出くわした穂村は、私たちを目にした途端に顔を引きつらせて、まるで胸やけでもしているかのように胸元をさすった。


「今日のゆうちゃんはその気分かあ……あんたらの密着、もはやお馴染みの光景だけどさ、暑くないの?」

「勘弁してって言ってるんだけどね……」


 ちらと横目でゆうを見下ろす。

 私の右腕に巻き付くゆうが、一瞬抱きしめる力を強めた。


 穂村はお馴染みの光景だ、なんて言うが、私としては通り過ぎていく生徒たちから否応なく向けられる視線にはあまり慣れそうもない。

 ただ、それは単に恥ずかしいという感情からくるものであって、“疎ましい”というものではないことは確かだ。

 その事実に少し、安心している自分がいた。


 ゆうが不敵な笑みをこぼした。

 するりと私の腕を解放して、今度は普通に手を繋いできた。

 

「ふふふ、穂村さん、今日の私はいつもよりも強いんです」


 穂村が眉間にしわを寄せて、私の方を見た。

 無言で首を横に振る。私に意見を求められたって困るというものだ。


「今朝、お姉ちゃんと肌を重ね合わせました。そして、私はお姉ちゃんと同じ香りを手に入れたのです。すなわち、強いんです」


 ゆうの声に意識を突っつかれ、思考が混乱する。

 この子は一体何を言っているんだ。いや、言いたいことはわかるが、なぜいちいちそんな言い方になるのかと問いたい。


「なに、ゆうちゃんは妖怪か何かなの?」


 穂村が可笑しそうに言うのにつられて、私も思わず笑ってしまった。

 しかし当人はその言われ方に不服なようで、ぷくっと頬を膨らませた。

 真っ白くて柔らかいその頬を指先でむにむにとつまんでやりたい衝動に駆られたが、見るだけで我慢して、代わりに口を開いた。


「私の日焼け止めを塗ってあげたのよ。そしたらこの通り浮かれてるってわけ」


 私が説明すると、穂村は「ああ、そういうことね」と納得顔で頷いた。


「それにしても、優菜のことだったら何でも嬉しいことになるのな、すごいよゆうちゃんは」

「ほんとにね、ある意味尊敬するわ」

「えへへ、お姉ちゃんと一心同体です」


 ゆうの発した言葉に、穂村が目を瞑って何か思案し始めた。

 少しして瞼を開き、「よし、立ち話なんてしてないで、早く教室に行こう」と一人で歩き始めた。

 私とゆうもその後を追いかけた。


「理解することを諦めたな」

「ゆうちゃんの思考は我々のそれを超越している」


 穂村が腕を組んで、わざとらしく難しい顔をする。

 穂村ですらそう思うのなら、私なんて尚更理解に及ぶわけもない。なんてことを思ってみるものの、なんとなくゆうの思考回路を理解してみたい気持ちもあったりなかったりする。

 そんなこと、口に出しては言えないが。


「思ったんだけど、ゆうちゃんは優菜と同じ香りになったことを喜んでたよな?」


 ゆうが、はい、と声を弾ませて返事をして、コクリと頷いた。

 穂村が首をかしげて、不思議そうに眉根を寄せる。


「でもさ、あんたらいつも同じ匂いだぞ」


 ゆうが歩みを止めて、驚愕に目を見開いた。

 

 うん、まあ、同じ家で暮らしているのだから、当然と言えば当然だ。それにシャンプーやら洗剤やら共有しているのだし、固有の香りが出るような特別な消耗品を各々が持っているというわけでもない。


「そういえば、ゆうが初めてうちに来た日、私のコンディショナー使って『同じ匂いになっちゃいましたー』ってはしゃいでたじゃない」


 なんとなく思い出したので言ってみると、ゆうはその場でぴょこぴょこと背伸びを繰り返した。


「私、とっくにお姉ちゃんと一心同体だったみたいです!」

「うん、よかったね。その理屈はわからないけど」


 心底嬉しそうな笑顔を浮かべるゆうの頭を撫でてやる。

 すると、えへへ、とはにかんで、ぴったりと身を寄せて腰に両腕を回してきた。


「私はもうお姉ちゃんの一部になりました。幸せです」

「わかったから、いちいちひっつかないの」


 無理やりに剥がそうとしても、ゆうはニコニコしながらしつこくへばりついて離れなかった。

 じゃれ合う私たちに、穂村の生温かい視線と周囲の好奇の視線が向けられる。


 ゆうが私の一部。それは、ある意味で正しいのだろう。

 などと、相変わらずスキンシップの過剰なゆうの熱を感じながら、どことない安心感とともにそう思ったのだった。

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