一本道シナリオ

 最近、ツイッターでTRPGの一本道シナリオはありかなしかという話題がありました。


 ぶっちゃけ最初から私の意見を言うと「シナリオなんて楽しければ何でもいい」です。

 一本道で特に寄り道できないとか、マルチエンディングにならないとか、そんなことはどうでもいいです。楽しければ何でもありです。


 ちょっとわからない方に一本道シナリオというものについて説明をしておきましょう。

 一本道シナリオとは最初からシナリオの流れが決まっていて余計なものやシーンを考えられていないシナリオの事です(少なくとも私の中では)。

 通常GM(ゲームマスター)が考えてくるシナリオとは基本の流れのほかに、もし基本から外れたらという想定外の事態へ対処するためのいくつかのシナリオルートや元のルートに戻すための腹案を考えてあるものです。

 一本道シナリオはそういったものを考えておらず、プレイヤーの行動に対して対応できなかったりその行動を意味もなく制限してしまったりというシナリオの事です。


 で、その一本道シナリオがありかどうかという話が繰り広げられていました。

 曰く、一本道シナリオは自由に動けなくてつまらないとか、一本道シナリオの方が余計なこと考えなくていいから楽で好きとか。

 様々な意見が散見されたんですが、ぶっちゃけ私はどうでもいいなと。

 まず以前にも話しましたがRPGは全員が楽しむことを目的としたゲームです。そして全員が物語を共有してそれを楽しむゲームなわけです。

 この時点でもう、GMが用意したシナリオの流れに意味もなく反抗するとかそういうのがありえないことだったりしますし(もちろん意味があった時は逆らっていいしGMはそれをサポートして対処すべき)GMが用意したクエストをはなからやる気がないと言い出したりってのは困ったプレイヤーでしかないわけです。

 そしてGM側としてもいくつか選択肢が思い浮かぶ場面で気に入らないとかそういう理由で選択させないなどというのは意地悪でしかなく、困ったGMなわけです。

 つまりシナリオ云々以前にそこに集まったメンバーの中に問題児がいるだけです。


 その上でちょっと見る角度が変わりますが、そもそもRPGのシナリオというのは一本道として作られているはずだというのが私の意見です。

 RPGのシナリオを作るとき、GMは百の選択肢と千のエンディングを用意してプレイヤーをもてなそう! などとは思わないはずです。

 なんせまずシナリオで大事なのは中核となる一つのネタです。一つのネタに対して選択肢やエンディングを無限に用意しようとするのは人の能力的にも労力的にも無理があります。

 じゃあネタをいくつも入れればいいと言えばそうでもないです。それは結局労力的に無理があります。なんせ一回のセッションで無限の数のシナリオを用意しないといけないわけですから。

 つまるところ一本道シナリオでなければ人間にGMは務まらないのです。


 ではなぜ一本道シナリオが問題視されるのでしょうか?

 それは単純にGMの準備不足、ストーリーの押し付け、そしてプレイヤーの素行の悪さなどが挙げられます。

 一本道シナリオだとしても、プレイヤーがもし基本の流れに乗ってこなかったらという想定はします。それに対応するために元に戻す腹案や変更されたけど同じエンディングに持っていくためのルートなどが用意されてしかるべきです。

 準備不足ならまだしも、GMが特定のストーリー展開しか許さないという押し付けがあった場合は最悪です。

 さらにプレイヤーもまた悪意があって流れにさからおうとするなどあればそれは言語道断です。

 ようするにシナリオの形が問題ではなく、全ては人災でしかないということです。


 というわけで、私はこの論争そのものが不毛だなあと思うと同時に「仲良くできない人と遊ぶんじゃありません。以上」としか言えないのです。

 そもそもがコミュニケーションに主眼を置いたゲームです。気の合わない人とは無理に遊ばない。それが鉄則だと思います。

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