TRPG全般においての私見
RPGに復帰したことでツイッターのRPG関連のツイートをよく見るようになりました。
経験の浅い人や様々な意見を持つ人がいることからネガティブなツイートもよく見かけます。
そんな中で私がちょっとRPGに対して思っていることをまとめたいなあということで今回の記事を書きます。
が、その前に。そもそもRPGって何だったのだろうかということにも触れたいので私が見聞きした範囲でのRPGについての説明から入ろうかと思います。
まず、RPG。現在一般的に言われるTRPGとは何なのか、です。
TRPGとは知らない人に説明する時に簡単に言う言葉としては、「コンピュータゲームのRPG、ドラクエなどをコンピュータを使わずに再現する遊び」です。
なぜこの説明の仕方から入るかと言うと、そもそもコンピュータRPGの第一作目であるドラクエ自体がTRPGをコンピュータでできないかという視点から作られた(と私は聞いている)からです。
つまりRPGとはプレイヤーが様々な経験を疑似体験する物語を追いかけてエンディングを見るというゲームなわけです。
で、それをコンピュータを使わずにアナログでやるために、コンピュータの代わりをする人が必要なわけですね。これがGM(ゲームマスター)です。GMはTRPGのタイトルによって呼び名が違うのですが、ほとんどは同じことを担当する人です。
で、プレイヤーは冒険する主人公、GMは物語を紡ぐためのコンピュータの代役。そしてGMとプレイヤーが協力してエンディングまで物語を追いかけていく、というわけです。
実際のTRPGをもう少し詳しく説明すると、プレイヤーは複数人います。この複数人がそれぞれ違う役割を担当することでひとつのチームとして動きます。この辺もゲームによって違いがあるのですが、基本は一つのチームとして協力します。ドラクエ的に言うと戦士、魔法使い、僧侶などの役割ごとにわけてプレイヤーが担当するというわけですね。
そしてGMはコンピュータ替わりなわけで、その役割はとても多くの仕事があります。
まず、物語(シナリオ)を用意する。多くの場合、TRPGはGMが自分でシナリオを用意します。そしてそこには始まりからエンディングまで書かれているわけですが、実際のプレイではそれを公開はしません。シナリオを読み進め、それに対してプレイヤーがどう動くかをその場で判断していくのがTRPGというゲームなのです。それゆえにシナリオも書いたとおりに進むかどうかはわかりませんし、エンディングも変わってしまいます。そしてその「変わった道筋」そのものがその時集まったメンバーで共有する物語というわけです。
GMはシナリオを用意する手前、そのシナリオで出てくるプレイヤー以外の様々なその他の人々や敵たちなどを担当して動かします。
その他にもシナリオに必要なプレイヤー以外のものはすべてGMが用意します。ダンジョンとか街とかそこに住む人々から潜む敵まで。これらすべてを用意し、動かすのがGMの役割なわけです。
ただ、GMの仕事としては「その時のシナリオの中で」使う分だけの情報があればいいのでそこまで広大な手間というわけでもありません。まあ多少の手間ではありますが。ただ、そのシナリオやそれに必要なものを実際のプレイを想像しながら用意するのはGMだけの楽しみなわけでもあります。
さて、TRPGというものについて私の見方として解説してきましたがなんとなくわかっていただけたでしょうか?
とりあえずわかっていただきたいのは「コンピュータRPGをコンピュータなしで再現する遊び」であることと「ゲームの目的はみんなで作り上げた物語を共有して楽しむこと」の二点です。
GMが用意したシナリオをプレイヤーがそれぞれのやり方で辿っていく。そして迎えた結末が、いかなるものになったかをみんなで楽しむ。そういうゲームなのです。
ではここから本題に入りましょう。本題、つまり私がRPGに対して思っていることですね。
ツイッター上で頻繁にRPGについてのネガティブなツイートが回ってきます。
曰く、「プレイヤーがお互いに協力してくれなくてシナリオが崩壊した」。「何も用意してないところで変に勘ぐって長時間粘られた」。「GMが許可していないところでプレイヤーが勝手に動いて(判定して)進めようとする」。「GMが演出(その場の状況説明やNPCが喋っている内容の読み上げなど)をしているのにプレイヤー同士で会話して聞いてくれない」。「プレイヤー同士で利害が対立して勝手に敵対してしまう」などなど。
いろいろと、要するにゲームしてて困った話とかそういうのが流れてくるわけですよ。
で、私個人的にそれらについて共通で思うことがあって。それは「RPGの目的を理解していない(あるいは知らないでやっている)」のではないかなと。
RPGの目的、つまり「みんなで作り上げた物語を共有して楽しむこと」です。
ここで出てくるみんなとは、GMも含めた全員です。なので、プレイヤーやGMが何をするにしてもその場の全員を楽しませられないならばしてはいけないのです。
重要なのは楽しむことであって、様々なことをしてはいけないと言っているわけではない点です。
例えばプレイヤー同士が協力してくれないとか、勝手に対立してしまうとかそういう場合。プレイヤーとして非協力的なキャラというのを演じたいとかそういうこともあると思います。その場合、非協力的なキャラを演じるのは自由です。ただし、それによって誰かを不快にさせてはいけない。逆に言えば、楽しませることができれば協力しなくてもいいのです。
非協力的なキャラを演じたいなら「協力しない態度をとるけど行動した結果が他のプレイヤーの助けになる」とか「仲が悪いというキャラを演じているけどチームとしては仕方なく協力する演出をする」とか。
やり方は様々ですが、とにかく「みんなで作り上げた物語を共有して楽しむこと」ができるのであればどんなプレイスタイルでもいいわけです。みんなが楽しめないということはこの目的を忘れているということです。
GMの話を聞かないとか、関係ないところで粘るとか、勝手に判定しちゃうプレイヤーとかもそうです。全て基本の目的に立ち返って考えれば、それらの行動は目的から外れているとわかるはずです。
RPGは自由なゲームです。正確には自由にできることが多いゲームです。だからこそ、自分がやりたいことを優先して他人を困らせてしまうことがあります。これはGMも同じです。
大事なのは基本の目的を見失わないこと。そして、そのためにプレイ前にそれを確認することだと思います。
そうすれば目的を意識してプレイすることが優先されるでしょうし、誰かが暴走したときも優しく諭せるはずです。
私も含めてRPGゲーマーはこのことをしっかり頭に入れておきたいものだと思います。
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