第4話 1557年5月 伏見 鴨川 怨嗟

 京より先の伏見。洛中では些か憚りのある生業も盛んに行われ、往来も活況のままに。その伏見の市は鴨川の川縁を背にただ出店が幾重にも連なる。


 玩具の出店には、水の張られた大桶に浮かぶ玩具に夢中の一見年の離れた姉妹弟連れの一行も、傍らにはさもお忍び見物につく屈強の野武士紛いかが二人で、どうしても身分を醸し出す。

 帰蝶、ただ仏頂面のままに

「彦右衛門さん、私達はいつまでこうなのでしょうね、京守役ならば、とうにお役目を上げなくてはいけないので無いのですか、」

 滝川彦右衛門一益、何度目かの溜め息もとくとく

「さあですよ、旗本京極家の直臣再招集に書状が乱発されたものの、いざ京に多く集ったのは伊賀衆が大半、何でも六角家が伊賀衆に名誉の役目だって、ろはで招集したのでそれですよ、家繋がりの甲賀衆にも同じ依頼が来たものの、和田惟政が馬鹿にするなの一蹴で全部降りましたとさ、」

 滝川筋薪能一座みやび座同輩の高安慎吾、面白くもなく

「その伊賀衆が高吉様のところに引っ切り無しに仕官に来ては、京守役筆頭の政景様がここで問題起こすなからの配慮が入って、帰蝶様と甲賀衆は暫しのお暇ですよ、ここまま閑職ならば、尾張国帰国も間近では有ります、」

 帰蝶、溜め息も虚しく

「うーん、そこはどうでしょう、伊賀衆に押し出されたとあっては、信長様がかなりお怒りになりますよ、ここ何か人事になってますけど、彦右衛門さんと慎吾さんも織田家なんですから、下手すれば放出されますよ、そういうの寂しいですよ、」

 彦右衛門、まじまじと

「人事も何も、書状を大量に送りつけてるのは藤孝ですよ、あいつ身上書しっかり読み上げた上で、相変わらずの六角家頼りの伊賀衆使って切り崩しに入ってやがる、ここで織田方から問題提起しようものなら、義輝様に有る事無い事言って分断する気ですよ、義輝様はそこまで痴呆じゃ無いけど、いざ上洛の雰囲気台無しにしたく無いな、」

 帰蝶、ただ意外な面持ちで

「彦右衛門さんと慎吾さんは意外ですね、越後勢が尾張に来て合流して上洛の途も仏頂面は相変わらずだったのに、義輝様に謁見したら、がらりと態度改めちゃって、確かに若き将軍様の雰囲気は良いですけど、でもそこは信長様も負けじも、ああでも何か比較しちゃいけないですよね、」

 慎吾、神妙にも

「気が変わった、非常に仕えがいがある、それに若いし将来有望、」

 彦右衛門、嗜めるように

「慎吾も言葉足りないな、それっぽっちなら、信長様より何もかも上って感じだろ、そう織田家には借用書免除の恩があるからって事でもなくて、義輝様は何か放っておけない賢さがある、それは帰蝶様もお分かりですよね、」

 帰蝶、ただじたばたと

「ああもう、そうなんですけどそうじゃなくて、信長様に会いたいですよ、お世継ぎの件で幾人か側室を勧めてますけど、京に上がったら何か胸がつかえて、この瞬間もいちゃいちゃしてるんじゃ無いかとむかつきます、そう、こそっと尾張国に帰りません、」

 彦右衛門慎吾共に

「駄目だってば、それ言っちゃ駄目、」

 帰蝶、つい懐刀に手を添えては

「それなら、笑顔で藤孝をぶすっと貫けば、全部問題解決しますよね、」

 彦右衛門、ただ呆れ顔で

「それも散々聞いてますよね、隠さずも細川藤孝は足利家の庶子、足利家がうっかり傾いたらのちに将軍ですよ、そんなの暗殺したら大問題ですって、それに帰蝶様は、藤孝と面合わせる程に極上の作り笑いもばれてますから、あいつ日毎に警戒してますよ、」

 帰蝶、ふくれっ面の程に

「何だばれてるか、つい調子に乗って、朝から男根元気かなんていつか言いそうなのに、無礼で成敗も出来ないですよね、つまんないな、」

 彦右衛門、ほとほとうんざり顔に

「だから、そういうのは女性の格好の時に言わないの、分かりますよね、帰蝶様の下の話は皆が想像全開にしますからね、」

 少女浜慈、ただ満面の笑みで帰蝶の袖を引き

「帰蝶ってば、このずんぐりむっくりの船凄いよ、水に全然沈まないよ、」

 少年才蔵、ただ興奮気味に

「見て見て、帰蝶、どんなに傾けても戻るし、沈めようとしてもちゃんと浮くよ、」

 帰蝶、興味深げに水の張った大桶から、その太鼓船を摘んでは右手に乗せてはぐるりと

「不思議ですよね、大船に大掛かりなお屋形が乗ってよくも沈まないものですね、ねえ愉快さん、」

 今は出店の玩具職人も雇われ技巧屋の十河愉快、ただ自嘲紛れに

「全く、食いつきが良いのは、さすが都だよ、しかも少年少女に大絶賛とあれば、おじさんは嬉しい限りだよ、全くさ、厳島に行ったら、こんなとろい船動かせるかでけちょんけちょんだし、毛利には分からんのかね、この先進性を、まあそれを言ったら、どこも似たり寄ったりか、結局売れるのはすらっとした速船で、太鼓船はいつも売れ残りだよ、気に入ったら買ってくれないかな、別嬪姉妹弟さん達はね、」

 浜慈才蔵双子ならではに息もぴたりと

「買って、」

 帰蝶、ただ真摯に

「愉快さん、陳列も在庫も太鼓船全部買います、そしてこの太鼓船はこれまでどこでどう売りましたか、」

 愉快、まじまじと

「やれ、やっと話が分かるお方か、今まで一つも売れてないよ、毛利領で多く回ったが、玩具であってもこんな物に銭を払う価値も無いとかでけちょんけちょん、終いには格好良い毛利の速船作れって矢継ぎ早の催促、俺は本当に玩具のおじさんかね、」

 帰蝶、身を乗り出しては

「尚、結構です、設計図、いえここは愉快さんもまとめて知行賄いさせて貰いますけど、登用はよろしいですよね、」

 愉快、自嘲気味に

「帰蝶さん、玩具のおじさんに何を言ってるかな、実際に作ろうと考えてるようだけど、興味本位に建造すれば、何処のお大尽さんでもすっからかんになっちゃうよ、」

 帰蝶、尚も

「いいえ、その後ろに立てかけてる鉄砲は、愉快さんが改良に重ねて作られた鉄砲ですよね、織田家に運ばれた鉄砲でここまで痩身の形は有りませんよ、その腕前でしたら実現可能な骨組みになっている筈です、行く行くの水軍強化にお手をお貸し下さい、」

 愉快、熟慮の上に膝を叩き

「北条家が本命かと思ったが、織田家か、良いでしょう、ですが条件は一つ、太鼓船全寸の建造は絶対条件です、作る以上は絶対損はさせません、」

 帰蝶、ぱしっと両手を合わせては満面の笑みで

「ふう、良かった、信長様へのお土産はどれもこれも満足しましょうけど、絶対飽きたでしょうから、これならば行けます、都最高です、」

 彦右衛門、咄嗟に遮るように

「ここで来るか、忍びならそうだろうな、帰蝶様ご準備を、慎吾、背負った赤笈を下ろせ、」

 慎吾、背負った赤笈を垂直にとんと下ろすと全面展開するからくり、真ん中には張りの強い楊弓、左右に展開する矢置きはそれぞれ五十本、そして

「以外に多い、だから彦右衛門も持って来れば良いのに、」

 彦右衛門、裏手の鴨川を渡って来る大勢の水音を聞きながら

「良い、これも考慮しての街道の終わりに配置をした、」不意に手を大手に振ると瞬時に消えゆく出店の全甲賀衆

 愉快、ただくしゃりと

「全く、出店衆に加わっても良いが、己の命は己で守れって、本当にそうなるものか、」背後の鉄砲を取っては火縄に火を点す

 帰蝶、丁寧にもの襷掛けが終わり徐に楊弓を取り上げては弓を三度弾きの儀礼も終わり

「思ったより、遅かったですね、高吉さんはお上品ですから煽りの手腕は察しもつきましょうか、」不意に右手で矢をむんずと引き上げ

 器用に出店の柱一本の先それぞれつま先一つで乗り上げ始める脚絆を重ねた伊賀衆の影が朧からやがて大勢に

 無様過ぎるほどの顔面の左斜め下までに深く抉られ引き攣った刀痕の男がほざく

「思ったより寡勢だな、奥方様、これなら身綺麗なままとっ捕まれる、なあ、分かるよな、俺、次満だよ、城戸次満だよ、この疵を思い出さない訳ないよな、ああ、この俺がせっせと奥方の為に愛玩品の為に東奔西走した末に、信長の刀でこの無様だよ、忍びの世界でしか生きていけないのに、ここ迄引き攣っていたら暗殺で生きていくしかあるまい、ふん、今後の肩書きの為に俺は考えたさ、男女備え持った奥方様を生きたままかの剥製にし、日の本いや海をも渡るべきか、見世物小屋を開いては商いの窓口をたんまり開いてやる、大体だな…」

 次満が言い終わる前に、帰蝶の楊弓の張った連鎖音で、苦無を持った忍びが心臓どころかどぎつい程の背骨を砕く音が鈍く響き渡り、一人二人三人四人五人と忽ちに柱から絶叫か何かの雄叫びで地に叩きつけられて行く。

 彦右衛門、既に抜刀も大いに憤慨しながらも

「次満、愛玩品はともかく、帰蝶様を生きたままかの剥製なんてよくも考えるな、信長様は決して許さないぞ、徹底的に追い詰めるからな、伊賀衆全員に伝えておけ、その小銭欲しさに卑しい行いを共有する限り、伊賀衆の根絶やしは永遠に続くからな、」

 帰蝶、訥に我に帰り

「はっつ、殺気と羞恥心から、咄嗟に矢を放ってしまいましたけど、生きたまま見世物小屋ではなく、生きたままかの剥製って、そんな事出来るんですか、」

 慎吾、既に抜刀も周囲に注意を払いながら

「伊賀衆は切った張ったの情報収集屋、商いは手広いからお手の物、大体生きたままだったら、帰蝶様の腕力なら鉄格子の檻でも壊しちゃうから、下衆な妥当、」

 次満、怒りも露わに

「ここ迄、人体を砕けるものなのか、あの野駆けは本来の人力三分以下なのか、ええい、もうこうなれば皆ぶっ殺せ、剥製はどうにか見繕ってやるから、全力でぶっ殺すんだよ、」

 伊賀衆の苦無が、片道の大通り全角度から直線を描いた刹那。

 才蔵の虹彩が黄金を放つと共に、堪らずの一声

「アアアーー」

 才蔵の黄金動は、直線を描く筈の苦無が宙に止まっては凄まじい亀裂音が響き、全てを砕き尽くしただ地にバラバラと落ち果てる。

 次満、我が目を疑いながらも

「まさか、これは黄金動、この悪がきがか、」

 帰蝶、咄嗟に才蔵を抱え込んでは、進んで身を守ろうかと

「決して殺させませんからね、戸隠の上忍の森羅さんのお子さんならば、黄金動も察しはつくものでしょう、次満、二度と顔を見せない事です、失せなさい、」

 浜慈、前に進んでは

「結局、才蔵がぎゅっと可愛がれるな、全く、私は帰蝶とまた後で、それも才蔵は追い詰められないと黄金動が発露しないのどうか過ぎるよ、まあ帰蝶、見てて、」虹彩に黄金が上がってきては皆を手元に招き寄せ

 察しては、浜慈にべったり寄り添う帰蝶才蔵彦右衛門慎吾に、首を傾げながらも輪に入る愉快。

 浜慈、大きく息を吸っては子供の大音声で

「キャァーーー」

 発声なるままに空間が振動しては、音が歪み、認知もただ歪む。爪先で柱の天辺に立つ伊賀衆から三半規管が吹き飛んでは地上に叩きつけられ、地上の伊賀衆ももがいては恐怖の形相に。それでも止まぬ浜慈の大音声、それは苛烈さを増し、どの伊賀衆の瞳も耳も裂けては血が止めどなく流れ大惨事に。その数や攻め手の伊賀衆百名余りが、視覚聴力を全部奪われ恐怖と痙攣のままに地べたにただ縋り付く。

 帰蝶、咄嗟に浜慈を抱き寄せてはややの羽交い締めに

「浜慈さん、これ以上は無しですから、こういうのは慣れてはいけませんから、」

 浜慈、不意に涙が伝っては

「駄目だよ、帰蝶が剥製なんて、酷すぎるよ、行くよ、」虹彩に黄金が再び戻ると、大きく息を吸っては

 その瞬間、晴天すぎる程の空から天気雨がはらりはらりと。陣太鼓三連陣が鳴り響く中、地表に落ちた天気雨が地上を霞ませるも進んでくるのは、明らかに嫁入り道中の列。

 彦右衛門、はたと

「まずい狐の嫁入りに出くわした、見たらかまいたちでずたぼろになるぞ、伏せろ、良いから見るな、」ただ皆の頭を順に抑えては下げさせ伏せさせる

 街道をさも大仰に罷り通る、狐の嫁入り。帰蝶土産話の為にちょっとだけ顔を上げると、そこは確かに白狐の面々の往来。しかし少々違うのは人型の体躯に、精巧に体毛も生えた白狐面の、鼻先と口元と顎から下が人間の表情はそのもの。そして先頭から中程に見え行くは、嫁入りの御神輿が力強くも担がれるは白無垢の堂にいった令嬢。狐の嫁は未だかって見たことのない一際大きな角隠しを被り、不意に垣間見えた表情の先には、よく見知ったる面差し。

 帰蝶、ただ動揺を隠せず

「これは、お母さん、若いのは、違います、」両頬を思っ切り絞り叩いては、天気雨が途端に止み、盆地のぎらついた日差し以上の光源に一瞬目を奪われる

 帰蝶等一同我に帰っては、周囲を見渡すも、狐の嫁入り道中の列すらなく、ただ転がるは感覚器官の裂傷に喘ぐ一方的に攻め入った伊賀衆の人波。辛うじて浜慈の黄金動から逃れた伊賀衆が凄惨な現場を見届けるかの様に一陣の影と化す。そして近づいてくる厳しい武将と長身痩躯の僧の二人。

 厳しい武将が気軽にも

「よう、俺は何度も洛中で合ってるが、顔見知ってるか、まあ三好寄りだから、俺が気を使って敢えて席を外すから知るよしもないか、」

 彦右衛門、ほとほとうんざりに

「知るも何も、喧騒好きで三好方なら松永久秀だろ、何の深謀遠慮だ、薄々知ってるだろうが、室町幕府で内紛煽る気かよ、なあ、」

 久秀、ただ満面の笑みで

「いいな、実に要所を突いている、だがそこは町衆の様子を伺っての趨勢だ、貴族と難民が一緒くただったら、たまには意見の一致で、温和な潮時もあっていいだろ、そもそも寡勢で剛力と言えど、伊賀衆の大群に勝てると思ってるのか、分かってるなら、三百両で手を打ってやるよ、その価値はあるんだろう、織田家の別嬪のお奥方様は、」不意に転がる伊賀衆を踏み痛めつけては悲鳴を聞くのみ「全く、忍びでもこれか、この有り様か、本当に聞こえなくなるものだな、危うく俺の耳のどうにかなっちまうところだったぜ、」

 帰蝶、ただ眦を上げ

「この嫁入り行列は何ですか、法力とも違い、黄金動とも違う、これは物の怪の仕業なのですか、どちらかと言うとお坊さんの方、」楊弓から矢をやっと離しては促す

 久秀、思わず手で顔を覆っては息継ぎし

「だろ、そうだろう果心居士、お前の場合、躊躇せず手綱を発揮するから、皆怒っちゃうんだよ、それとなく、これから始まりますよから出来ないものかよ、」

 帰蝶、見据えたままに

「果心居士さん、狐の嫁入り道中とは面妖ですよ、何れの白狐も衣装、中は何も人間で、これはどこの風習なのですか、」

 果心居士、ただ畏まっては

「そうですな奥方様、少々形式張っては大陸の催事にも見えましょうが、お目に掛けたるは九州の大友家領内の働き手に恵まれてかほぼ男ばかりしか生まれないとある山間部の村の神事にございます、近隣の村から大枚で招いた嫁様の大神輿は勿論、その各衣装の艶に毛並み迄もの細部が目を見張るものばかりでございます、筑後は余りにも遠く、また狐の嫁入り待ちの神事にございますから、御覧と相成りましてございます、」

 帰蝶、尚も

「果心居士さん、ご機嫌伺いもそこそこにしましょう、何より一際大きな角隠しの下の私のお母さんが若過ぎます、そうやって当事者をたぶらかすの止めて貰えますか、」

 果心居士、ふわりと

「さて、手綱とは言え、目に見えたものを疑うとは、これはアンドロギュヌス故の感性でしょうか、手綱が効かぬ格式の御方では別の難しが有りますな、」ただ深呼吸の程に「宜しいでしょう、ここから先は手綱の真理にございます、人間として生まれたからには、母親のお腹の中にいた頃より全てのものを見聞きしております、これは何れの方もです、その様な事は決して覚えていないでしょうが、私の手綱はそれ妙に引き出しては具現化しているのみです、見届けた母上小見の方は、帰蝶様が産湯から漸く目にした若き小見の方そのものにございます、」

 帰蝶、むずがる様に

「そう言われると、お母様は確かに下顎辺りの骨格が青年でありますけど、ああ何か泣けてきました、実家に中々帰れない嫁入りとは結構辛いものですね、」ただ涙を拭っては「ああでも、しっかり瞼に焼き付けましたので、これで結構です、でも一度も見ていない、何故に大友家領の神事が見えるものなのですか、」

 果心居士、凛としては

「ここもやや業の趣きが有ります、人間の魂は生きてはまたは休み、この世で爪痕を残し入滅を迎えます、それも手綱の匠の一つで前世を引き出したに過ぎません、帰蝶様、その実、五世代前は神獣であったやもしれませんな、」

 帰蝶、ただ歯がゆく

「あちゃあ、ここ聞かれた以上、信長様の耳にも届いちゃうのかな、笑い飛ばすか臥所を別にされるか、どっちなのかな、どう思います彦右衛門さん、」

 彦右衛門、はきと

「誰にも言いませんって、それより、久秀の三百両満額で払うのですか、この案件だけでは高過ぎますって、」

 久秀、さも喧嘩腰に

「言うか、本当粗野だな織田家の家臣はよ、この都で騒乱紛い起こしてみろ、朝廷で宣旨連発されたら、一溜まりもないからな、お前ら全員は本当際どいんだって、話はゆっくり進めるから、ここは頼むから一旦南近江迄下がってくれ、なあ、」

 帰蝶、久秀の周りをただ周りながらも、はっと

「久秀さん、良き考えが浮かびました、三百両そのままは私達の支度金が底を尽きますので、ここは割賦金として織田領の知行で勘弁して貰えませんか、ここ耳穴を良くかっぽじって聞いて下さいね、織田家は平姓ですから、室町幕府と連携しては仲良く天下の差配を示せます、つまりこういう事から今より多くの領地を持てるでしょう、私の進言から先々はお望みの知行を貰えるやもしれません、如何ですか、戦国武士ならば何事も奮起して機会を掴み取る事ですね、」

 久秀、果心居士からの目配せにこくりと

「全く、ちょっとは上乗せしているが、まさか知行とはな、三好家と織田家に二股に仕えたら、即揉めるだろ、ここどうするんだよ、奥方様さ、」

 帰蝶、ただ事も無げに

「そこは言わなければ良いお話です、特にこの都に詰めていれば、日々の取り締まりで、身体検査している暇も有りませんよね、そう言う事にしましょう、」

 彦右衛門、久秀の左肩をがっちり握っては

「久秀良いか、今日の伊賀衆の一悶着は何れの訴状が上がって、特に細川某だな、俺達織田家の京守役は外されるに違いない、二股の家臣と言えど分かるよな、京の事、義輝様の事、絶対頼んだからな、」


 暫し後。伺って出店に戻り始めてきた甲賀衆が、街道に無様に転がる全感覚器官を奪われ絶望の果てに死後硬直した伊賀衆の後片付けを、無造作に戸板に盛って街道外れに降ろしては目立たぬ様に藁風呂敷を被せて行く。そして興味津々に寄ってくる鴉の大群が只管嘴で突くのみ。


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