Ⅹ

 それ以来、町にサンタクロースが現れることはなくなった。元から町に住んでいる人たちは首を捻っていたが、外から来た人間にとっては当然のことでしかなかったせいか、ほどなくして、サンタクロースがいないっていうのは次第に周知の事実になっていった。翌年から計ったみたいに隣町の外から人が大量に入ってきたのも原因の一つだろうな。

 そんな空気が蔓延する中、俺は逆にサンタクロースはいる、という主張を始めるようになった。もう、どこの家にも訪れなくなってしまったのもあって、証拠という証拠は何処にもなかったが、そう口にするしかなかった。黒子さんは、人の願いによって働いていると言っていた。それならば、一人でも多くの人間が信じていなければ、影ですら出てこないと思ったから。昔からの知り合いにはなにを今更と訝しげに見られたし、町の外の知り合いには鼻で笑われたりもした。そんな些細な事柄が、彼女がいないという事実をより強く印象付けたけど、だからといって、うじうじしていてもなんの解決もしないと思ったから、いるって念仏みたいに唱え続けて、それで、今になっても……


「俺は、黒子さんに会えると信じていたわけだ」

 柏木さんが話しはじめてから夜は更に深くなり、私の骨を冷たさが焦がしていた。身を温めるように肩を抱く私を見つめながら、柏木さんは話し終えてすっきりしたからか、煙草をおいしそうに吸っていた。馴染みの臭いが鼻に浸透していくのを感じつつ、ゆっくりと口を開く。

「いた、っていうことは、もう会えたということですか?」

 私はおそるおそるといった風に問いかける。妙な確信が胸の中に巣食っていた。そう、柏木さんはもう、彼女に会っているのだと。

 柏木さんはニヤニヤと笑いながら、私の方を見つめた。

「会えたとも言えるし、会えてないとも言えるな」

「なんですか、そのお茶を濁すような言い方は。もっと、はっきりと言ってください」

 なにかに急かされている気がした。その間も、ある仮説が私の中で繋がりつつあるのがわかった。柏木さんは、少しだけ真剣な表情を作ったあと、煙草を一口吸ってから真顔になった。

「もっと正確にいえば、瓜二つの人間には会ったが、中身が違うから、彼女と会えたと数えていいのか、わからん、と言ったところだ」

 そこまで言ってから彼は不安げに私の方を見つめる。懐かしげに揺れる瞳にこめられた不安を読み取って、私は自分の肌や瞳に触れる。彼の目にはこの赤い瞳や白い肌がどう映っているのか。もう、手に取るようにわかっていた。

「同じ色の肌や瞳だから、勘違いしているんじゃないですか。第一、私には心当たりがありませんし」

 そう躱しつつも、強い力に引っ張られるみたいにして、柏木さんの口にした事柄から離れられずにいる自分がいた。柏木さんは落ち着いた様子で、淡々と言葉を紡いでいく。

「幼い頃のこととはいえ、あれだけ強く記憶にこびりついた人のことは忘れないよ。それと、これは傍証でしかないが、俺が黒子さんと別れたのは、約二十年前のことだった」

 年上の男性の言葉を聞いて、益々、逃れられないなにかが身体に絡み付いてくるのを感じざるを得なかった。たしかに私が生まれてからそれくらいの年月が経つ。いずれにしても巷の都市伝説よりも信憑性は薄いままだったけど、頭から否定する気にはどうしてもなれなかった。なによりも、私の中にある、柏木さんに対する懐かしさが、その仮説に現実味を帯びさせる。

「はからずもあんたの名前も黒子だしな」

「そこら辺は、冷やかしだとか遠回しに口説かれているのかと勘違いしかけましたけど」

 小さく溜め息を吐きつつ、天を仰ぐ。そうしたあと、ぼんやりと頭に浮かんでいた事柄を口に出す。

「もしも、もしもですよ。仮に、柏木さんの言ったことが本当だとするならば、私がこんな体なのは、その時の願いに寄るもの、ということなんですか」

「そういうことになるのかもしれないな」

 私の問いかけに対して柏木さんは悲しげに答える。

「いつか、会う、という言葉の曖昧さが、本来はこの世界にいないはずの黒子さんを受肉させるという形で起こったとするならば、紛れもなく俺の責任だろうさ。もちろん、その謗りは甘んじて受けるつもりだ」

 健常者のあなたに、日常生活で様々な障害を被る私の苦しみを背負えるって言うんですか? 常日頃から健常者の知り合いに抱いていた感情が噴き出しそうになったけど、直前で自らの中に押しこめた。目の前に向かい合っている柏木さんの真剣な瞳には一点の曇りもない。昔と変わらないな、って。

 果たして、この与太話がどこまで事実なのかはわからなかったが、そういうことにしておいてもいい気がしたし、かつて柏木さんの言ったようなことがあった気もしてきている。案外、今年のクリスマスイブは柏木さんの手伝いを受けてプレゼントを配りまわっているかもしれない。普段、なにかと不自由な私にとっては、それらの事柄が何よりも魅力的に思えた。

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サンタクロースの死んだ朝 ムラサキハルカ @harukamurasaki

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