Ⅶ

 けっこうな時間をかけて自分の小学校の子供の欲しい物をリストアップしたあとは、いよいよ、校外の子供達を調べるという段階に入った。黒子さんにはこれ以上はやらなくてもいいと言われていたが、ここまで来れば乗りかかったなんとかというやつで、友人達と遊ぶ時間を削って、町内を回ったね。この町にある小学校は俺の通っているところだけだったが、隣の町にある私立に通っている人間がいくらかいたし、それより下の年齢の幼稚園児なんかからもまだまだ聞き出せていなかった。

 前者に関しては必要であればアポイントメントを取って訪ねていった。町外に通っている子供の多くはサンタクロースを信じていなくて、プレゼントを親からもらうっていう連中もけっこうな数いたので、どちらからもらうかの確認も兼ねてのことだった。やはり、外の世界の常識を共有しているせいか、サンタクロースは親だと思っている人間が多かったな。中には小学生の癖してサンタクロースがどのようにして生まれたかの歴史教育をしてくれるものもいたんだから、勉強ができるやつは違うな、と子供心に思ったもんだ。当の黒子さんにその反応を聞かせると、そんな人が多いよね、なんて自分のことなのに他人ごとみたい語っていたのが印象的だった。そういう人がいるから仕事が減っているんだけど、なんて自嘲するみたいにぼやいていたのが印象的だった。

 後者に関しては、一年生に尋ねた時と同じような問題が起こった。なかなか、こちらの話に持っていけなかったんだ。幸い保育園や幼稚園に通っている子供達に関しては、あらかじめ、その場所を管理する園長先生に許可を取っていたのもあって、小学一年生と同じ方法で、先生方に指示してもらうことで大方解決できたけど、問題はどこにも通わず自宅に常駐している子供達だった。もちろん、親にはアポイントメントを取ったりもするんだけど、親の間にも温度差があって、気持ち悪いくらい親しげに協力してくれるものもいれば、逆に子供を囮にした新手の悪徳訪問販売と思い込んだ親御さんたちもいたらしくて、睨まれた末にきつく扉を閉ざされることもあった。ここでも上級生達相手した時と同様に根気良く粘ってみたりもしたけど、全員に同じ時間を割くには日程が差し迫りはじめていたので、ある程度は優先順位を付ける必要があった。とはいえ、多くの子供達はサンタクロースの存在を疑っていなかったので、言葉が通じればこれほど聞きやすい相手もいなかったのは事実だ。もっとも、中にはいままで一回もプレゼントが届かなかったという子供もちらほらといた。親御さんたちは自分が子供の時にはしっかりとプレゼントをもらっているにもかかわらず、特に悪いこともしていない子供がもらえないのはなぜだろうと首を捻っていた。その話を聞いた時、俺だけではなかったんだなと、不謹慎ながら長年のわだかまりが解けたんだが、同時に訝しくも思った。なぜ、こういった不平等が発生するのだろう、と。


 クリスマスの数日前。ほぼ何人かの取りこぼしが発生するのが確定した際、休憩している黒子さんに、なぜプレゼントをもらえる人間ともらえない人間がいるのか、と尋ねた時、彼女は俺に、一本いる、なんて煙草を取りだして笑って見せたよ。俺が断わるのを確認した後、真剣な顔をしておもむろに話し始めた。

最初にここに来た時にも話したけど、サンタクロースっていうのは万能じゃないの。特に、この現代においてはね。

 当時の俺には少し難しい言い回しに聞こえたが、おおよそそのようなことを言っていたはずだ。何で、と僕が聞き返すと黒子さんは口元を緩めたように見えた。

私達、プレゼントを届けるという役割を持ったサンタクロースを突き動かしているのは、人の願いなの。この国で子供達にプレゼントを届けるという役割を任されているのも、そう言ったイメージを人が持っているから。そして、それを形にするのは人々の、とりわけ子供達の私達を信じる心なの。だから、サンタクロースの影響力というのは、その地域の人々が私達をどれだけ信じているかにかかっている。

黒子さんはそこで一度言葉を切ると、煙草を咥えてからライターで火をつけた。嗅ぎ慣れた臭いがより濃く漂ったあと、彼女は口から煙草を離した。

 ねぇ、直也君は知ってる。この世界で、サンタクロースが毎年、プレゼントを届けている地域がどれだけ残っているか。私も正確なところはわからないけど、かなり少なくなってしまったのはほぼ確実。知り合いのサンタクロース達もほとんどが姿を消してしまったし、私の存在自体も世界の現実に引っ張られつつある。中途半端な外見の設定に、妙な現実味が足されてしまったせいで、日中は外に出られなくなったり、昔は聞かなくても頭に入っていたプレゼントを配る相手のことも、誰かに聞かないといけなくなってしまった。

 どこか苦々しげな声に息を呑む。黒子さんの言葉がどれだけ頭に入っていたのか、かなり怪しいところではあるのだが、昔できたことが今はできなくなってしまったということと、彼女も苦しいのだということはおぼろげに理解したよ。

 だから、最初の質問に戻ると、プレゼントの取りこぼしが発生するのは、この地域におけるサンタクロースの影響力が薄くなってきているから、っていうのが答えかな。もちろん、今年もできるだけ取りこぼしが発生しないように頑張るけど、さ。

 そう言ってから黒子さんは小さく俯いた。暗闇の中でも彼女の憂い気な様子を窺えた。俺は言葉を失ったまま、そこに立ち尽くしていた。

 私も、いつまで、ここにいられるのか、わからないしね。

 小声でそう呟いたあと、彼女は煙草に再び口を付けた。俺はその台詞の意味を尋ねたい気持ちでいっぱいだったが、沈みきっている黒子さんにかける言葉を思い付くことができず、ただゆっくりと副流煙を吸いこむだけしかできなかった。

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