Ⅴ
その日の放課後に手伝う旨を伝えると黒子さんは、こんなに早く答えてくれるのは意外だったけどとっても嬉しいよ、って答えたあとに、俺にするべき仕事の内容を伝えた。やるべきことは、周りの子供の名前とその子が欲しいプレゼントを知りたい、ということだった。聞く子供達の年齢は、上は小学六年生、下はできる限りとのことだった。
そもそも、私がどれだけの子供達にプレゼントを贈れるのかもわからないしね。
そんな謎めいた言葉を残すと、彼女は室内にある机の上でなにやらガチャガチャといじりはじめた。光がほとんど入ってこないせいもあって、なにが置いてあるのかまではよくわからないままだったけど、おそらく、おもちゃを作っているんだと思った。絵本でおもちゃを作る工場なんていうのを見たこともあったけど、こういうこつこつとした手作業を見ていて、随分と大変なんだな、って勝手に同情したよ。とはいえ、俺は俺でやらなくてはならないことがいっぱいできたから、人の心配なんかしている暇はなかったんだが。
いざ始めてみると、思った以上に大変な作業だってわかったね。まず、俺自身のサンタクロース嫌いがけっこう知れ渡っていたというのが足枷になった。おまけに狭い町だから、プレゼントをもらえない子供の一人として、不名誉なこと極まりないがそこそこ有名になっていた。そんなやつがいきなり、クリスマスプレゼントになにが欲しい、なんて聞いてきたら、誰だって訝しむわな、そりゃ。
どういう風の吹き回しだと近しい友人達は心配してくれた。一応、世間話の途中に気軽に混ぜこんで聞いてみたつもりだったんだけど、質問が質問だけに、さすがに不安になったらしい。その時は、ただ興味があって、なんていう曖昧な答えでお茶を濁したよ。別段、黒子さんにはこれといって口止めされてなかったから、話してもよかったのかもしれないけど、サンタクロースに頼まれたんだなんて喋らなかった。
信じてもらえないからか、って。阿呆、さっきも言ったみたいに、この頃はまだ俺の周りでは多くの人間がサンタクロースの存在を疑ってなかったんだよ。言ったらクラスメートは信じたんじゃないかな。だから、尚更言えなかったっていうのもあるんだろうが。たぶん、普段だったらクリスマスは自分が除け者になる日だったから、それとは逆にサンタクロースのお手伝いなんていう一世一代のイベントを一人占めできる優越感に浸っていたのかもしれないな。
とにかく、親しい友人達からはなんとかプレゼントを聞き出すことに成功したんだが、そこから先が大変でな。次に取りかかった普段あまりかかわっていないクラスメート達は、まず話すきっかけを作ること自体が難しかった。とりわけ、男子はまだなんとかなるとして、女子から聞き出すのは困難を極めた。席が近かったり親しいのであればまだしも、その他の交流がない連中はことごとく、怪訝そうにこちらを見るばかりだった。しかも、わけのわからない質問まで飛んでくるんだから、どう反応していいか困るばかりだろうさ。そういった態度を予想していなかったわけではないが、予想以上にこちらのことを煙たがっているのが見て取れたのもあって、作戦を考えることにした。
早めに冬休みの宿題をまとめようと思ってさ。
ほとんど口から出まかせだったけど、この言い訳が思いのほか効果的だったらしい。この時ばかりは、短い冬にも自由研究をやらせようとする、うちの小学校の教育方針がありがたかったね。大学生にでもなっていれば、それこそ、本格的な調査だとでも言って、楽々、相手を丸めこむこともできたしな。ただまあ、その年齢になると、サンタクロースだなんだのにはかかわりがなくなるんだろうが。
とりあえず、この作戦でクラスメート達からはプレゼントを聞き出すことができた。この辺の年齢になってくると、女子の頼むオモチャは大人のものに近い装飾品が多くなってきていて、男子はテレビゲームとかが多かったな。
報告がてらに黒子さんの小屋を訪ねると、休まずに手を動かしていた。やっぱりなにを作っているのかまではわからなかったけど、それがクリスマスに向けての作業なのは、一目瞭然だった。俺がプレゼントを書いたメモを差し出すと、彼女は受け取りながら、ありがとう、と言ったあと、少しの間、なにをするでもなく黙っていた。どうしたのかな、と疑っていると、おずおずとした態度で、煙草を一本吸ってもいい、なんて聞いてきた。そう言えば最初に出会ったのも煙草屋の前だったな、なんて思い出しながら、少し考えてから、いいよ、と答えた。
ありがとう、と黒子さんは嬉しそうに答えたあと、暗闇の中でライターをつけた。あの夜ぶりに見た彼女の顔は相変わらず色白で、この世の人ではないみたいな印象を持ったね。ただでさえクリスマスに縁がなかった俺にとっては、サンタクロースってだけでも遠い存在なのに、あの白い髪と肌に赤い目が並んでいたりもする。しかも、ごく個人的な判断ではとびきり綺麗だときているから尚のことだったな。
くどいって。ああ、悪かったよ。でも、そろそろ諦めてくれるとありがたいな。
程なくしてあの特有の臭いが漂ってきたね。ただ、普段、周りに植え付けられた煙草に対する悪い印象っていうのは、抱かなかったな。少なくとも、あの室内では、なんとも思わなかった。理由は、色々と考えられるが、おそらく、俺がいない時も彼女は密閉された室内であの煙をくゆらせていたんだろうな。だから、もう部屋に臭いがしっかりとこびりついていて、少し同じ臭いが足されたくらいでは、どうということもなくなっていたんだろうさ。有体に言ってしまえば、嗅覚が麻痺しかけていたんだろうな。とにかく理由はどうあれ、この時から、少なくとも煙草って聞いただけでは悪印象は抱かなくなった。あまり、両親に心配をかけないように早く帰らなくちゃならないって思いながら、それでもできるだけ、小屋の中でもう少しゆっくりしていたいとも考えていたんだ。
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