Ⅳ
かなり遅くなったせいもあって、母親はもちろん帰ってきた父親にも相当怒られた。もうすぐ、警察に探してもらおうとしていた、なんて言われて、さすがにこっちも悪いなって思って平謝りだよ。特に冬場に早く帰ってくるのは、半ばお決まりごとみたいになっていたからな。ただ、心配してくれた両親に悪いって思いながらも、黒子さんについてはなにも語らなかった。前も言ったけど、当時はうちの親もサンタクロースがいるって主張していたから、真面目に説明すれば信じてくれた可能性はあったと思うし、あの時の俺もそれは重々承知していたよ。だけど、結局、語ろうとしなかったのは、なんでだろうな。単純に黒子さんのことに関して頭の中で整理が付いていなかったからか、言い訳をしたくないっていう子供らしい意地か、案外、ポケットの奥に押しこんだ硬貨のことを話したくないからっていう説が有力かもしれないな。とにかく、両親からそれぞれ雷みたいなありがたいお説教を食らったけど、あくまでも俺一人がふらふらと道草をしたという設定にしておいた。もっとも、当時はほとんど約束を破ったことなんてなかったから、そんな言い訳を両親がどれだけ信じてくれたかは相当怪しいところだが。
なんだかんだ俺が帰ってきたのを喜んでくれた親が温めてくれた煮魚を食べ終って、歯を磨いて、風呂に入って、布団に入ったあと、毛布の中に潜りながらそれを眺めた。帰ってくる時に灯りに照らしてわかったが、そいつは一枚の金貨だった。大きさの割には重さがぎっしりと詰まっていたよ。そいつを手の中で弄びながら、買い物に行ったあと起こった一連の出来事に思いを巡らせた。考えれば考えるほど信じられない出来事のような気がして、夢でも見ていたんじゃないかって疑ったさ。白髪で赤い目の女性は自分がサンタクロースだと名乗ったうえに、その手伝いをして欲しいなんて頼んできた。女性の外見と名詞を抜いてしまえば、与太話というのもあながちないわけではなさそうだけど、それを目の前で見ていた俺自身が否定していた。そして、幻でないなによりの証拠として、受け取った硬貨が一枚、しっかりと掌の中にある。柄もなにもない単純なものだったけど、表面が磨かれていて、とても綺麗な金色だった。
何度も表面を指の腹で撫でながら、どうするべきか考えていた。現に黒子さんが困っているんだから、助けるべきなんじゃないか。そういう思いとともに、手助けしたくない、という気持ちも抱えていた。相手がいままで俺を悩ませてきたサンタクロースなら、同じように仕事を達成できずに苦しめばいいのだと、意地悪く思ってしまった。もしかしたら常日頃からこういう考えをしてしまうから悪い子供と判断されていたのかもしれない、と心を入れ替えようとしたり、そうではなくサンタクロースが来ないからこういった気持ちが湧き上がってきたんだ、という責任転嫁を行ったりした。こういった思考を延々とぐるぐるさせていると、いつもだったらとっくにうつらうつらとしている時刻なのに、なかなか寝付くことができなかった。
眠れない間、硬貨を触りながら、ひたすらあの不思議な女性のことを思い出していた。
やがて、両隣りに布団を敷いた両親の寝息が聞こえてきたあとも、俺は静かに考えていた。要点はもうわかっているから、手伝うか手伝わないかを決めればいい。とはいえ、黒子さんにもタイムリミットがあって、いつまでもうだうだしているわけにはいかなかったから、できるだけ早めに返答をするべきだということも理解していた。生涯で一番、長いと感じた夜だったな。
結論が出たのは空が白みはじめた頃だった。
布団の中にある俺の掌で温められた金貨を触りながら、手伝おう、と考えていた。サンタクロースに対するわだかまりが残ってないわけじゃなかったが、同じくらいの大きさで黒子さんの力になりたいという気持ちがあった。
初対面なのに随分気にいっているなって。年頃の男なんてそんなもんだよ。格好良かったり綺麗なものに憧れるんだ。
今もあんまり変わってませんね、か。放っておいてくれ。いや、たしかにそうかもしれないけどさ。ともかく、黒子さんと同じように俺もピンと来ていたんだろうな。
とはいえ今考えてみると、手伝うという気持ちと手伝わないという気持ちをそれぞれ一つずつ乗せた天秤を傾かせたのは、一枚の金貨だった気がするな。言っただろう。外からやってきた人間を除けば、クリスマスにプレゼントを用意する習慣なんてないってさ。だから、日取りは違えど、初めてもらったクリスマスプレゼントだったんだよな、この硬貨が。別に特別に欲しいものってわけでもなかったし、正式な贈り物ってわけじゃなかったけど、初めてだっていうのもあってけっこう嬉しかったんだよ。こういう気持ちを他の子供は毎年味わっているのか、と思うと少しだけ恨めしい気持ちが湧き上がってきたけど、それと同じようにこんな幸福を与えられるんだったら、自分もまた温かい気持ちになれるんじゃないかって、ちょっとだけわくわくしたんだ。お手伝いとはいえ、やってみる価値はあるって思ったんだよ。
朝方近くまで考えていたせいか、眠くて学校の授業をまともに受けられなかったんだけど、考え事が終わったのもあって気分は晴れやかになっていた。
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