十七節 犬を産む女
団員の数を減らしたヴァンキッシュ冒険者団は、スロウハンド冒険者団に吸収された。アドルフがそのままスロウハンド冒険者団の団長を務めることになった。ボゥイは副団長の役職に収まる。ボゥイが役職を望んだわけではない。それまで副団長を務めていたゾラが勝手に身を引いた。ゾラの夢はお嫁さん(!?)なので、団の役職には未練がないらしい。そのすぐあと、イーゴリと彼の配下にあったドワーフ戦士五十名余も、スロウハンド冒険者団に合流した。二重人格者のイーゴリは、普段の生活では気弱な中年ドワーフ男だから、冒険者団の長としては頼りない。その自覚が本人にもあるらしい。結果、スロウハンド冒険者団は熟練の団員三百名余を抱える大組織となった。
ツクシたちの班も構成員が三人増えた。いわずもがなだ。リュウとフィージャとシャオシンがツクシの班に再び合流した。死んだヤマダに関係する復讐劇に三人娘も協力して命を張った。出勤前、ゴルゴダ酒場宿に三人揃って訪れた彼女たちを、渋面のツクシはどうしても追い返すことができなかった。
ツクシの班が持つ戦力は強力だが、それでも、たった六人で広大なネストの下層を歩き回るのは心細い。
荷物や夜警の関係もある。
「どうしたものかな?」
ツクシが悩んでいると、
「ツクシ、アドルフに相談してみたらどうだ。スロウハンド冒険者団へ、ボゥイやイーゴリのおっさんも合流したらしいぞォ」
ゴロウが水を向けた。
こんな流れで場面は酒場宿ヤマサンへ移る。
「ツクシ、ニホンとやらに帰るのは諦めてよ、素直にウチの団へ入れや。お前だけじゃあねえ、ゴロウとゲッコと三人娘だって歓迎するぜ。ツクシ、ツクシよお! 冒険者はいいぞお! ベッドの上では死ねないだろうがよ、こんなに自由な商売は他にねえ。そうだろうが、あっあん?」
アドルフ団長はグラッパの杯を片手に勧誘を続けている。その横の席で、ツクシはエールのタンブラーを片手にむっつり沈黙中だ。この昼食会が始まったのは今から一時間ほど前だ。卓にはもう二本目のグラッパの空き瓶が転がっていた。アドルフ団長は酒癖が悪く、そして、非常にしつこかった。ここまでツクシは似たような台詞をもう十回以上、聞かされている。
「ツクシさん。俺は人相を見るのが得意なんだ。あんたのそれは大悪人の相だよ。これは今まで見たことがないほどの凶相だ。将来、取り返しのつかない悪事をやらかすのは見えている。だから、ここらで腰を落ち着けたほうがいいよ。他人に迷惑もかかるだろうしね」
同じ卓のイーゴリがいった。
イーゴリは真剣な顔だ。
冗談ではないようだ。
「ツクシ、ね、ね、ボクたちと一緒に気持ちよく仕事しよ?」
ゾラが頬を赤くしてツクシを誘った。
「――あのな、お前らな。俺が堅気に向いてねェなんてのは、自分で百も承知だぜ。こう見えてもな、年齢相応に転職を繰り返しているからな。だからこそ俺は堅気が希望だ。自分に向いていると思ったら、俺は意地でもやらねェ。そんなの、クソ面白くないだろ?」
ツクシは天邪鬼な意見で周囲の勧誘を断り続けた。
ボゥイ副団長もその卓に座っていたが、ずっとそっぽを向いている。
「ツクシ、お前も、その、何だ――ウチの団に入ってみたらどうだ?」
この昼食会が始まった直後、ボゥイ副団長は視線を逸らしながら、そのような内容のことをモゴモゴと伝えた。声がとても小さかった。
「あ? 聞こえなかったぞ。はっきりといえ、この猫耳野郎」
ツクシは不機嫌に訊き返した。へそを曲げたボゥイ副団長は横を向いた。今までその顔が正面を向いてこない。ゴロウ、ゲッコ、リュウ、フィージャ、シャオシンも同じ卓にいる。スロウハンド冒険者団が気前良く奢ってくれた、卓に並んだちょっと贅沢な料理をゴロウたちは黙々と口に運び、酒を飲むものは酒を飲み散らかしている。特別、手酌で自分の杯へ酒を注ぎ込むリュウの目の色はおかしかったし、杯を呷るペースだって異常だ。
「わかった、わかった。ツクシは俺の団に仮で籍を置け。団からいつでも出ていける形だ。
最終的にアドルフ団長は度量の広いところを見せた。
「まあ、それで頼むぜ、アドルフ」
ツクシも頷いた。
スロウハンド冒険者団にツクシの班が編入されることが決まると、また
「アドルフ、それは考えものだぜ。あいつらはたぶん王国軍関係の――」
ツクシは眉根を寄せた。
「いや、ツクシ。俺としては死んだ前団長の顔を立てておかねえとなあ――」
アドルフ団長は自分の意見を押し通した。聞くと、今は亡きロジャー団長がルシア団長やゲバルド副団長と懇意にしていたとのことだ。
その翌日から、スロウハンド冒険者団とメンヒルグリン・ガーディアンズの連合――スロウハンド連合が地下十階層の
§
スロウハンド連合の発足から一ヶ月が経過。
この日、スロウハンド連合は地下十階層の中央区の完全制圧に成功した。
円形の大広間である。
地上の王都一区画がすっぽりと入ってしまいそうなその巨大な地下空間には最初から光源が確保されていた。広場には黒金の繭が集結している。小さい繭は床に並べて設置されていた。大きい繭は壁面に立て掛けるようにして設置されている。スロウハンド連合傘下の面々はそれぞれ表情を固めて、この謎の区画を注意深く探索している。大量のコボルトやグレンデルがこの場所にいた。
だが、戦闘は発生していない――。
「――ゴロウ、これは何なんだ?」
麗人と美少女に挟まれて、ツクシが訊いた。
「ツクシ。この繭型の機械はまるで『子宮』だぜ。おっ、導熱管が繋がってるなァ。ということは、これ全部、導式機器なのか。とんでもない技術だぜ、こいつァよォ――」
ゴロウがカサカサ動き回って様々な角度から黒鉄の繭を観察している。散開して活動する他のひとも似たような行動を繰り返していた。珍しいのである。
ツクシは好奇心旺盛なゴロウを憮然と眺めながら、
「子宮だと? ここにある繭は全部、異形種の保育器になるのか?」
黒金の繭の前面ハッチは透明でなかにいるものが外から見える。
「確かにコボルトがいるのう――」
シャオシンはツクシにしがみついてガクガク震えている。
「シャオシン、そんなに怯えなくても、こいつらは動く気配がないぞ。き、気持ちは悪いがな――」
リュウはシャオシンの反対側からツクシへぴったり身を寄せていた。
「このなかのコボルトは製作中という感じの見た目ですね――」
黒金の繭をふんふん嗅ぎ回っていたフィージャである。薄緑色の内容液で満たされた繭のなかで眠っているのはコボルトだった。剥き出しになった心臓が鼓動しているのが見える。例えると生きたままホルマリン漬けにされている感じだ。
「――ツクシ、ここはコボルトとグレンデルの工場みたいだよ。壁際の大きい繭のなかには製作中のグレンデルが何体かあった」
歩み寄ってきたゾラが報告した。ゾラは何人かの団員を引きつれて壁際に並ぶ巨大な黒鉄の繭を調べていた。
「工場? きゃ、彼奴らはここで作られておったのかの?」
シャオシンが呻いた。
「ぶ、不気味な――」
リュウも呻いた。ツクシはリュウとシャオシンにぎゅうぎゅう挟まれている。ツクシは息苦しい。それでも怒鳴ったり喚いたりしないから不機嫌ではないようだ。
「もしかすると、『鬼人兵』も、このような施設で作られたものなのでしょうか?」
フィージャが呟いたところで、
「――ゲロゲロ。師匠、師匠」
ペッタラペッタラ走り寄ってきたゲッコが、後ろからツクシの外套をガッシと掴んだ。
「おい、何だよ、ゲッコ?」
ツクシは視線だけを背後へ送った。
ゲッコのトカゲ面が近い。
慣れているのでツクシは驚きもしない。
「ヒト族、繭ノ中イル。ゲッコ、発見」
ゲッコがゲコゲコ伝えた。
「人間がこの繭のなかに入っているのか?」
ツクシが目を見開いた。
「師匠、見ルノ早イ。向コウ向コウ」
ゲッコはツクシの外套を引っ張った。リザードマン族のゲッコはものすごい腕力の持ち主なのだ。外套で首が締まったツクシはガクンと後ろに仰け反った。
「ぐっえ! おい、ゲッコ、わかったから気軽に引っ張るな。ムチ打ちになるだろ――」
うなじに手をやったツクシがゲッコの後をついていった。
ゴロウたちも興味を惹かれてあとを追った。
「――これは、婆さんか?」
ツクシがボヤいた。ゲッコに導かれてしばらく歩いたツクシたちは大広間の中央で、縦に設置された黒鉄の繭の前にいる。その繭だけ周辺の繭とは趣が違った。縦に置かれた繭の下には導熱管が大量に接続されている。それは路面を這って周囲に横たわる繭へ伸びている。縦におかれた黒鉄の繭を中心に円を描くようにして他の繭は設置されているのだ。明らかに、縦に置かれた繭には何か特別なものが入っている気配であったし、実際、なかに入っているのは製作中のコボルトでもグレンデルでもない。
「婆さん、というにはまだ少し若いか、なァ?」
ゴロウが太い眉根を寄せた。縦に設置された黒鉄の繭にいるのは裸の女性だった。初老の女性だ。六十歳くらいに見えた。白髪の交じりの黒髪が薄緑色の内容液のなかで揺らいでいる。
「な、何者じゃろうな?」
シャオシンがツクシにしがみついたままいった。
「ど、どう見てもヒト族のようだが――」
リュウがツクシに身を寄せていった。
「ひとなら助けた出したほうがいいのでしょうかね?」
フィージャが繭へ歩み寄った。
「ゲロゲロ!」
ゲッコがくだんの繭を、トカゲの手でバンバンと叩いている。
「ああ、おいおい。フィージャ、ゲッコも気軽に触るなよ――」
ツクシの顔が引きつった。
「ああよォ、何か危険があるかも知れねえぞ。乱暴だなァ――」
ゴロウは呆れ顔だ。
「ゲゲッ!」
何の反応もないので苛々し始めたらしいゲッコが繭をバチーンとぶっ叩いた拍子だ。前面ハッチがパカンと開いて、そこから漏れだした内容液がザッと床面に広がった。
「あっ、蓋が!」
シャオシンが叫んだ。
「さ、下がれ、フィージャ、ゲッコ!」
リュウも叫んだ。この両人はツクシの左右からしがみついている。ツクシは息苦しそうだが何もいわなかった。シャオシンとリュウが警告するまでもない。獣人二名はハッチが開いた瞬間、後ろへ大きく跳んで、それぞれ武器を構えている。
さすがの運動能力である。
「――いや。二人とも武器を下ろせ」
ツクシはフィージャとゲッコを制して前に出た。
腰が引けていたシャオシンとリュウはその場に残った。
「――ごぼっ、ごぼっ!」
繭から内容液と一緒に出てきた繭の女は床に手をついて薄緑色の液体を吐き出していた。丸まった背中には、赤ん坊の拳ほどの大きさの穴が背骨の左右に等間隔で開いている。それは傷口のように見えた。しかし、そこから血は出ていない。ツクシは繭へ視線を送った。内側は赤と青で色をつけられた管が何本もぶら下がっている。どうやら管は繭の女の背へ連結されていたようだ。
「――お前、何者なんだ?」
ツクシが訊いた。
「へぶっ、ごぼっ――あ、あたしのワンちゃんは――?」
繭の女が呻いた。
「おい、あんた、今、喋ったな?」
ツクシは腰を屈めて訊いた。
「あたしの、ワンちゃんたち――どこ?」
床にうずくまったまま繭の女が呟いた。
「あんた、人間なのか?」
ツクシは訊いたが返事はない。
繭の女は老い始めた身体を震わせ肩で呼吸をしている。
「お、おい、ツクシよ。その、おばはん、何ていってるんだ?」
ゴロウが硬い声で訊いた。
「何だ、ゴロウにはこのおばさんの言葉がわからんのか。どういうことだ?」
ツクシは眉根を寄せた。
「そ、そのひとはツクシと同じ言葉を喋っているぞえ――」
シャオシンが震え声で伝えた。
「ツクシ、その女が喋っているのは倭国の言葉だ!」
リュウが強くいった。
この彼女たちは倭国に立ち寄った経験があるので、その国の言葉を知っていた。
「――倭国。あの日本酒のラベル――すめらみくに――日本語を喋るだと――日本語? おい、おばさん! あんたは一体、どこからこの世界に――!」
ツクシが繭の女に詰め寄った。
「ひっ、く、来るな、あたしに近寄るな!」
悲繭の女は床に尻をついたまま後ろへ下がった。
黄ばんだ目が血走っている。
その黄色い顔は引きつっていた。
繭の女は恐怖している。
「――いや、怯えなくてもいい。あんたに危害を加えるつもりはない」
ツクシが両手を広げて見せた。
「こっ、こっ、怖い。人間はいやだ怖い!」
繭の女が叫んだ。
「落ち着いて俺の話を聞いてくれ。あんたは、もしかして日本から――」
辛抱強く話しかけるツクシを無視して、
「お、お前らは私を嫌った。あたしもお前らが大嫌いだ。人間は男も女も子供も大嫌いだ。み、見たくない。近寄るな、あたしに寄、る、な、あ!」
繭の女は黒鉄の繭にしがみついて泣き喚いた。
この彼女は繭の寝床で彼女なりの幸せな夢をずっと見ていた――。
「――そ、それより、ワンちゃん、あたしのワンちゃんたちはどこなの!」
繭の女が顔を必死に振るので、濡れた白髪交じりの長髪が、びたんびたん左右に振れる。
「あたしのワンちゃんたちは、一体、どこへ行った!」
怒鳴って。
「あんなに、たくさん、おうちにいたのに――いた、たくさん――」
呻いて。
「あたしの可愛い坊やたち!」
叫んだ。
そして、
「坊やたちのマンマは、ここよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉおーッ!」
繭の女は背を仰け反らせ絶叫した。
ツクシたちは絶句して身じろぎひとつできない。
「ど、どこに、ワンちゃんたち。ゲッ
繭の女が仰向けに倒れた。内容液に浸り続け、ぶよぶよの顔が紙のように白くなって、口から血の泡をぶくぶく噴いた。繭の女は胸元をかきむしりながら足をぎこちなく突っ張らせて回転している。
「――おい、あんた!」
ツクシは急いで駆け寄ったが、繭の女の見開いた目から命の光が消えかかっていた。
「しっ、心臓発作かァ?」
ゴロウが目を丸くしていった。
「死んだのかえ――」
シャオシンは息苦しさを覚えて自分の胸元へ手をやった。
「急激な環境の変化に
リュウが呟いた。
「そのひとの呼吸はもうありません――」
フィージャはくふんとうなだれた。
「ゲロロ――」
ゲッコが手にしていた偃月刀を鞘に納めた。
「――このおばさんがマンマか」
ツクシが呟いた。
「マンマ? こいつが母親? 一体、誰の母親なんだ?」
ゴロウが口も目を限界まで開いて死んだ繭の女を見つめた。
それは苦しみ悩み抜いた挙句に死んだ表情だった。
「ワンちゃんと死んだ女はしきりにいっていたな。ワン、ワン、ワンワン――もしかして、犬の鳴き声なのか?」
リュウはツクシの横にべったりと寄り添って呟いた。
「こ、この女があの犬どもの――コボルトの
シャオシンがツクシの腰へしがみついたまま呻いた。
「この女性がコボルトやグレンデルを、ここにある機械を使って『産んで』いたのでしょうか?」
無い眉根を強く寄せたフィージャの推測だ。
「ゲ、ゲロ、ゲロロ?」
話が理解できない様子のゲッコは、表情を固めたツクシたちを代わる代わる見やっている。
「なるほど、ここにある繭は全部、この女の『子宮』だったってわけか」
ツクシが唸った。
「何だかよくわからねえが、薄気味悪いなァ――」
ゴロウが髭面を曲げた。
「ここにある保育器、全部、壊しちまうか?」
ツクシが周辺にある異形の繭へ視線を送った。破壊するといっても、ただっ広い地下空間にびっしりと設置された黒鉄の繭は数えきれないほどある。これをいっぺんに破壊するには航空爆撃機の空爆が必要だろう。だが、地下にあるネストで爆撃機は飛べないし、爆撃機そのものが今のところ、カントレイア世界に存在しない。女王様を呼べば何とかなるかも知れないが、ツクシはそれを絶対にしたくない。
「ああよォ、ツクシ。いくら凄い技術でも、この繭からは異形種が出てくるだけみたいだしなァ――」
ゴロウが頬髭に手をやった。
「持って帰れるようなものでもなさそうだしのう――」
シャオシンの意見だ。
「これはどう思う、フィージャ」
リュウがフィージャへ視線を送った。
「――この鉄の繭が龍玉だとは思いたくありませんね」
フィージャが曖昧に応えた直後、
「チュ! これが『
ツクシの背後からねずみの叫び声だ。
「――あ? ねずみ?」
ツクシが不機嫌な声と一緒に振り返った。
「ツクシ、久しいな、チュ!」
人鼠大将メルモが勲章をいっぱい並べた胸を反らして敬礼していた。
「お、久しぶりだな、メルモ大将。元気そうじゃねェか。工兵を引きつれて導式灯設置のお勤めか。随分と仕事が早いな。感心だぜ――」
ツクシはメルモへ挨拶を返している途中、異変に気づいて殺気奔った。
背後から軍隊が迫っている。その数は二個連隊近く――兵員数にして三千名前後。最新の
「ギルベルト、手前、この野郎!」
ツクシが唸った。
ギルベルトは導式刺突剣を引き抜いて、
「ここにいる全員、聞け! 現時刻からネスト制圧軍団がこの場所にあるすべての施設を管理下に置く。民間人は大早急、王座の街へ帰還しろ。質問は一切許可しない。以上だ!」
「おい、これはどういうことだ?」
ツクシはギルベルトへ超不機嫌になった顔を寄せた。ツクシは圧倒的戦力を率いる王国軍司令官に向かって超至近距離で
「ツクシ、同じことを何度いわせるつもりだ。質問は一切許可できん」
ギルベルトが冷たくいい放った。
「チュウ、そういうことだ。悪いな、ツクシ。チュチュウ――」
ねずみの顔をうつむけたメルモは気まずそうである。
「ツクシ、どうすんだァ!」
ゴロウの大声だ。
「ゲゲゲッ――」
ゲッコは明らかに殺気立っていた。リュウとフィージャとシャオシンがまとわりついて、戦闘への高い意欲を見せ続けるこの大トカゲを必死で確保している。
「――今回も稼ぎは十分出たからな。このまま大人しく帰るさ。俺たちは兵隊さんと喧嘩をしに来たわけじゃねェ――なあ、そうだろう、アドルフよ!」
ツクシが怒鳴った。
「他にどうしようもねえなあ、ツクシよお!」
両手を頭の後ろへの体勢を、突きつけられた武器に強要されたアドルフ団長が怒鳴って返した。ギルベルトが剣を収めた手で合図を送ると、スロウハンド連合の面々へ向けられていた銃口や刃の切っ先は下を向いた。
「今回の仕事はこれで終わりだあ。全体、撤収!」
アドルフ団長が首と肩をゴキゴキ回しながら号令した。
低い声がざわざわと重なったあと、スロウハンド連合の撤収が始まる。
無言で踵を返したツクシの背へ、
「おい、ツクシ」
ギルベルトが声をかけた。
「あ?」
ツクシは背後へ視線だけを送った。
「帰りは導式エレベーターを使え。本日開通した。王座の街まで直通だ。場所はこの大広間の東にある大通路を直進。ツクシ、俺に感謝しろ、本来はまだ民間人が使えんものだ」
ギルベルトがいった。
「ギルベルト。俺がお前に何を感謝しろっていうんだ」
ツクシが不機嫌な背中で応えた。
「あァ、騎士様よォ。そりゃあ助かるなァ――」
苦みばしった笑顔のゴロウが代わって謝意を伝えた。
状況から推察すると、ネスト管理省は地下十階層中央区へ前哨基地という名目の研究施設を建設するようだった。ツクシたちは、それぞれ首を捻ったり、憮然としたり、もしくは殺気立ったりしながら導式エレベーターを経由して王座の街へ帰還した。エレベーターの箱から出ると防衛大門が閉鎖されている。怪訝に思ったツクシたちはネスト管理省天幕前の立体掲示板を確認した。
『本日から民間人のネスト下層立ち入りを禁止とする。再開放日は未定。以上』
とのことである。益々苛立ったツクシたちは酒場宿ヤマサンのカウンター席で、また仕事をサボっていたオリガを発見して喧々諤々詰め寄った。うるさ型のギルベルトが出張中なので、オリガは仕事をサボりたい放題だった。
「仕事がなくなると死活問題だ。ネスト探索を早急に再開させろ」
ツクシたちはオリガへそんな要求をした。
「そう焦らないでも、二週間ていどでネストはまた開放される。地下十階層の研究施設内への立ち入りは、当然、禁止されるだろうが、新しく設置した
オリガは砂糖ダブルのダイキリのカクテル・グラスをおもむろに傾けながら、今後の予定をあっさり教えてくれた。
こうして、ツクシたちは望みもしなかった形で長期休暇を取ることになった。
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