十二節 闇からいずる竜人(参)

 ツクシたちは夜間の休憩に入った。

 危険が多いネストの探索中は、できるだけ荷物を減らして身軽にしておく必要がある。特にツクシの班は最少人数で構成された集団だから余計な荷は持てない。力持ちのフィージャが積極的に重い荷物を運んでいるが、それでも、彼女だけに多くの負担をかけるわけにもいかない。贅沢はできないという話だ。ネストの野営中、ツクシたちの食べ物は謎の肉ジャーキーと保存の効く硬パン、それに氷砂糖が主で、あとは瓶詰めの保存食(ツナやらピクルスやらザワークラウトやら)と質素なものになる。この内容だと、ツナの瓶は贅沢な部類かも知れない。実際、探索の一日目でツナの瓶は空になる。この貧相な食事メニューには黄緑虫の絞り汁が必ず一杯ついた。黄緑虫という昆虫の絞り汁だ。ひどい風邪を引いたひとの鼻水を想わせる濃い黄緑の色合いの健康飲料だ。これを飲むのをシャオシンはとても嫌がる。フィージャは目から涙をこぼしながら飲む。他の連中だって嫌々飲む。ゴロウがいうに黄緑虫の絞り汁は、ひとが一日に必要な生野菜や果物類の栄養価をすべて備えた万能ドリンクだとのこと。それが嘘か本当かはわからない。ゴロウは売り子から聞いた話をそのまま吹聴しているだけだ。黄緑虫の絞り汁の味は、とにかく酸っぱくて、驚くほど苦くて、本当に不味い。その上に、ねっとりとした粘り気があって素直に喉を通過してくれない。

 これを飲料と公言するのは詐欺ではないか――。

 ツクシは黄緑虫の絞り汁を口にするたびにそう思う。他の飲料は各自で持ち込んだものを使う。ネスト内部に何箇所かある(探索済み区域にあるものなら、地図上に表示されている)水場を経由すれば、そこで飲料水の補給ができるし顔だって洗える。その気になれば身体を綺麗にもできる。火酒を混ぜると殺菌されて生水が長く持つ。ツクシは火酒を持ち歩いていた。例のじゃがいも酒である。ツクシの水筒の中身はじゃがいも酒の水割りだ。水で割っても不味いものは不味い。

 ネストは昼夜通して地上ほど寒くも暑くもならないが、それでもまったく暖を取らずに寝転ぶと冷たい石床に体温を奪われて健康を害する恐れがあるし、緊急時の対応のために照明を確保しておく必要もある。そこでツクシたちは導式機関を利用したライト・キャンプ・ストーブを持ち込んでいる。導式の力を使った照明兼ストーブといった感じのものだ。これはタラリオン王国軍でも採用されている備品で信頼性は高い。放つ光は橙色で照明としては少し貧弱だが、目に優しいし熱量は高い。上へ焼き網を乗せれば顎を鍛える硬いパンや高硬度の謎肉ジャーキーを焼き直して柔らかくできる。この火力なら、餅だって、芋だって、魚だって焼けそうだ。

 ツクシたちは言葉数も少なく食事を終えると各自仮眠に入った。もちろん、誰かしらが見張りに立つ必要がある。たいていは聴力と嗅覚に秀でたフィージャが見張りを担当するが、いくらタフな獣人でもまったく休憩なしでは肉体と精神が参ってしまう。

 深夜である。

 壁際で寝袋に包まって寝入っている面々から少し北へ離れた箇所だ。フィージャと見張りを後退したツクシが壁に背を預けて座り込み、水筒片手に闇の濃い方角へ目を光らせている。各所に設置された導式生体感応器のお陰で探索済み区域で異形種に動きがあった場合、小アトラスから警告音が鳴るように設定できる。これはゴロウの枕元に置いてあって危険が迫った場合は目覚まし代わりになっている。探索済み区画方面の警戒はこの機能が頼りだ。ツクシが警戒しているのは未探索区の方角だった。この大通路を折れた箇所なので目視では確認できないが、直線距離にして四百メートルほど先でヴァンキッシュ連合が野営中である。その動きを監視するため、ツクシたちは競争相手と近い位置で野営をしている。ネストは硬い石壁や石床を小さな音でも反響する。このていどの距離を維持しておけば、相手に何らかの動きがあった場合、音で察知することができる。

 ツクシたちはそう考えた――。


 女の匂い。

 ネスト探索は一日中歩き通しなので汗が出る。探索中に風呂へ入ることは難しい。だから、時間を経ると、どうしても肉体からだの匂いは濃くなる。だが、少なくとも男の鼻腔には悪い匂いではなかった。

 甘さの濃くなった――。

「――何か用か、リュウ」

 ツクシは暗闇の奥へ視線を送ったままいった。

「代わるか?」

 佇んだまま、リュウがいった。

「見張りをか?」

 ツクシは目に闇を映したままだ。

「フィージャが寝るときは、いつもツクシ任せだからな――」

 リュウがツクシの横に腰を下ろした。

「リュウより俺のほうが利くぜ。俺が見張りをやるのは合理的な判断だろ?」

 ツクシがリュウへ横目で視線を送った。

「利くのは鼻か?」

 リュウは少し笑った。

「暗いからな。目より頼りになるぜ」

 頷いたツクシは笑わない。

 少しの間、ツクシの不機嫌な顔を見つめたあと、

「まあ、その通りだな。ツクシ、少し飲むか?」

 リュウが瓢箪をツクシの鼻面に突き出した。

「へえ、まだ残ってたのかよ。確か華香酒かこうしゅだったな?」

 ツクシは目を見開いた。

「これが最後だ」

 リュウは赤い紐がついた瓢箪を見つめている。

「最後? リュウの故郷クニから持ち込んだ貴重な酒なんだろ? 俺にくれていいのか?」

 口では遠慮しながらも、ツクシの手はリュウの瓢箪をしっかり掴んでいた。リュウが諦めたような表情で手を放すと、ツクシは見るからにうきうきとしながら瓢箪の栓をひっこ抜いた。

「いずれ、なくなるものだ――」

 リュウが小さな声でいった。

 その横で、ツクシがごくごく喉を鳴らして瓢箪から酒を飲んでいる。

「うんうん。なあ、リュウ?」

 蛮族的な味わいのジョナタン特製じゃがいも酒とはまったく違う。上品で丸みと甘みのある華香酒の味わいに二度頷いたツクシが、それでもまだ不機嫌な顔をリュウへ向けた。

「――ん?」

 膝を抱いてうつむいていたリュウが顔を上げた。

「お前ら三人の目的な何だ?」

 尋ねるツクシの三白眼に白刃のきらめき――。

「――それを訊くのか?」

 リュウは刃のある顔から視線を逃がした。

「俺の敵じゃなさそうだがな」

 ツクシは吐き捨てるようにいった。

「――そう思ってもらえるか」

 リュウは自分の膝を強く抱えた。

「へえ、お前らは俺の敵なのか?」

 ツクシの口角が歪む。

「まさか――」

 ツクシの歪んだ笑みを見て、リュウの硬くなった表情がほぐれた。

「リュウにもフィージャにも俺たちは随分助けられてるからな。今さら、お前らが敵だとは思わねえぜ」

 ツクシが華香酒を喉へ流し込んだ。

「――シャオシンは違うのか?」

 リュウが躊躇った様子を見せてから訊いた。

「ああ、迷惑だ。子供ガキは足手まといだぜ」

 ツクシは吐き捨てるような調子でいった。

「はっきりいってくれる――」

 石床を見つめるリュウの声が沈む。

「ついでにはっきりいうとな、俺は女をネストここでもう見たくねェ」

 ツクシの低い声が周辺に淀む異形の闇へ広がった。

 リュウの返答はない。

 ツクシとリュウの間に沈黙と闇が侵入した。

「怒ったか?」

 ツクシは瓢箪から乱暴に酒を呷りながら訊いた。

「不愉快だ」

 リュウの顔も声も強張っている。

「そうだろうな。でも、お前はシャオシンが心配じゃないのか?」

 ツクシが今度は抑えた声音で訊いた。

「そっ、それは――俺とフィージャがシャオシンを必ず守らねばならんし、必ずそうするつもりだ――」

 自分へいい聞かせるようにリュウがいった。

「それなら何故、シャオシンをわざわざ危険な場所につれてくるんだ?」

 抑えても、抑えても、ツクシの声には不機嫌が滲む。

 不機嫌を浴びて視線を落としたリュウは黙っていた。

「いいたくないのか。それともいえないのか?」

 ツクシが小さな溜息と一緒に訊いた。

 リュウの返答はない。

「ま、俺とヤマさんが日本へ帰る邪魔にならなきゃ、何でもいいんだがな。お前らにも色々と都合があるんだろ」

 顔を振って諦めたような素振りを見せたツクシはまた瓢箪に口をつけた。

「ツクシとヤマは故郷へ――ニホンへ帰るのが『望み』なのだろう。俺たちにそれを邪魔するつもりはまったくない。ツクシ、勝手な話だが信じてくれるか?」

 リュウのいつも颯爽とした美貌が今は弱々しい表情を見せている。

「それなら、いい。だがな――」

 気まずくなったツクシは、リュウから視線を外した。

「ツクシ、何だ?」

 眉を寄せたリュウがツクシへ顔を近づけた。

「なあ、リュウ、死んでも泣くなよ」

 ツクシは顔を寄せてきたリュウへ視線を送らずにいった。

「俺はいつでもその覚悟ができている。フィージャだって同じだ。そう教えられて、そう鍛えられて、俺たちは育ってきた」

 リュウは鼻息を荒げた。

「リュウ、覚悟のある奴が死ぬのはいいんだ。そもそも、死人は泣かないぜ。まあ、死人は少しだけ笑うが――いや、そういう話じゃねェな。そのな、ええと、何だ――」

 ツクシが口篭って視線を落とした。

「ツクシがいいたいことはわかっている」

 リュウも視線を落としていった。

「いいのか? もし、シャオシンが――」

 口に出したら、本当にそうなってしまうような気がしたツクシは最後までいわなかった。

「ツクシ、俺たちにはもう、良いも悪いもないのだ――」

 リュウはその凛々しい美貌に煩悶を滲ませた。

 ツクシは顔を上げてリュウを見つめた。

 それが長い時間だったので、戸惑ったリュウが小首を傾げた。

「――そうくるか、クッ、ククッ!」

 ツクシが歪めた顔を伏せた。

「ツクシ、何がおかしい?」

 ムスッと表情を変えて、リュウは肩を震わせるツクシを睨んだ。

「ああ、いいんだいいんだ。リュウ、忘れてくれ、ククク――」

 ツクシは込み上げる笑いで息が途切れている。

「――失礼な奴だ。酒を返してもらおう!」

 ギャンと吠えたリュウがツクシの手から瓢箪を奪いとった。

「あっ、おいおい――リュウ、そんなに気を悪くしたのか。前にそんなことを、俺も悠里にいってだな、それで、その、何だ――」

 ツクシは目を丸くしてモゴモゴいった。こんなときだけ、この男は本気で慌てるのだ。狼狽するツクシの前でリュウが瓢箪からぐいぐいと故郷の酒を飲む。

「ツクシ、俺だって酒が要る。フィージャとシャオシンが家計にうるさくなってな。生意気に――」

 ふっと酒に焼けた息を吐き出したリュウが私生活の不満をツクシへぶつけた。

「ああ、すまん。そりゃあ、そうだよな。リュウ、俺が悪かった――」

 渋い顔になったツクシが視線を落とすと、

「ふふっ、許してやるか」

 リュウがその渋い顔の前へ瓢箪を突き出した。口角をゆるめたツクシは瓢箪へ手を伸ばしたが、しかし、その手は空を切った。ムカッと殺気立ったツクシがリュウを睨む。

「どうするかな。ツクシの謝罪には、全然誠意がないような気もするし――」

 リュウは瓢箪の飲み口に唇を寄せてツクシへ視線を流した。

「――おう、リュウ、目の毒だろ」

 ツクシがリュウの手首を掴んだ。

 これは酒が絡むと本当に我慢のない男なのだ。

「あっ、乱暴な――」

 瓢箪の飲み口から離れたリュウの唇はツクシを非難したが、その顔は笑っている。

「クソ、リュウ、ケチケチするんじゃあねェよ。もうちょっとだけだ。ちょっと、ほんのちょっとでもいいから。いいだろ、リュウ、な、な?」

 ツクシは聞き苦しい台詞を吐きながら瓢箪を奪おうとがんばった。リュウも戯れ混じりに抵抗する。それがだんだんと熱を帯びた。

 お互いの手を握った二人が、バタバタゴロゴロやっていたところへ――。

「あの、ツクシさん。そろそろ見張りを交代しようと思って来たのですが――」

 仮眠を終えたフィージャが近くに佇んでいる。

「おう、フィージャ、交代の時間か」

 リュウの上になったツクシがフィージャを見上げた。ツクシの下になったリュウはフィージャを凝視している。リュウはすごく硬い表情だが一応はまだ笑顔だ。

 リュウがツクシを拒絶しているようには見えない。

「あのう――」

 フィージャが視線を斜めに落とした。

「何だ、フィージャ、どうした?」

 ツクシは怪訝な顔だ。

「な、何だ、フィージャ!」

 リュウの顔は完全に引きつっていた。

 フィージャは戸惑ったが、ツクシさんがさっき「もうちょっとだけ」と散々いっていたから、これはもう事後ということですよね、こんな結論に達して、

「私、お邪魔でしたか?」

「――いや、邪魔ってことはないがな?」

 ツクシが首を捻りながら立ち上がった。

「フィ、フィージャ、お、お前、何かを勘違いしているな、そうだろう! 非常識だ! こんな場所で、俺とツクシが、あ、あんなこととか、そんなことをするわけが、お、お、お風呂にも入ってないのに――」

 へたり込んだまま、赤面したリュウが右拳をぶんぶん振り回して抗議を始めた。

 どこかの国の独裁者の演説みたいである。

 何をいってるんだ、こいつ、馬鹿なのか?

 こんな危ねェ場所で、そんな勘違いをする奴いないだろ――。

 呆れ顔のツクシがフィージャへ目を向けると、その獣面が「ガルル!」と唸り声を上げた。うっと絶句したツクシとリュウの表情が固まった。そのうち、ヒト族の耳にも銃声と悲鳴と咆哮が聞こえてきた。

「話が違うぜ。敵は『動いてる』じゃねェか。オリガあの女、クソ、いい加減な奴だ。本当に信用ならねェ――」

 ツクシは極端に低い声で愚痴を垂れた。

「ヴァンキッシュ連合がエイシェント・オークと戦っているのだな?」

 リュウがさっと立ち上がって訊いた。

「――はい。敵は物凄い数ですよ。すぐ、荷を纏めなければ」

 フィージャは班の荷がある場所へ走った。

「起きろ、ゴロウ、ヤマさん、シャオシン!」

 ツクシが振り返って怒鳴ると、

「ああよォ、ツクシ、起きてるぜ!」

 ゴロウが頭に白い布を巻きながら応えた。

「起きてるっす、ツクシさん!」

 怒鳴って返したヤマダは周辺に散らばっていた備品を背嚢へ突っ込んでいる。

 危険なネストにいるときは神経が昂ぶる。

 少しの物音でも眠りから覚めた。

「――何じゃ、何じゃ。うるさいのう」

 シャオシンが目を擦りながら身を起こした。

 この少女だけは身体の半分が寝袋のなかである。

「シャオシン、敵襲だ。照明を作るのを手伝え!」

 リュウは作った照明用の光球を蹴とばしている。

「敵の数がかなり多いみてェだな。後方の照明も確保しとくかァ?」

 ゴロウも照明用導式陣を機動した。リュウ、シャオシン、ゴロウが飛ばす奇跡の光球が周辺の視界を確保した。

「ツクシさん、退路を考えないと!」

 フィージャが大きな背嚢を背負って駆け寄ってきた。

 返事はない。

 ツクシは殺気を全身に貯め込み押し黙っている。

「ツクシさん、どうしますか。予想外に連合とエイシェント・オークの衝突が早いっすけど――」

 ヤマダがそういっている間に大通路を反響する喧騒は大きくなった。

「ヤマさん、考えている暇もなさそうだぜ」

 ツクシが唸った。

 ツクシたちがいる箇所からはまだ遠い。

 大通路の奥で逃げ惑うヴァンキッシュ連合の探索者へ、エイシェント・オークが大ナタが振り下ろしている。軽く振ったような一撃でも、ひとがバラバラに弾け飛んだ。これは戦闘ではない。

 ヴァンキッシ連合はエイシェント・オークに虐殺されていた。

「くうっ――」

 遠目にその光景を見ただけで、シャオシンの顔が真っ青になった。

「ネストにこれほどの力が――」

 リュウは眉間に険を見せている。

「これは、何てこと――」

 鼻に届く血の匂いの濃さと多さに、フィージャは呆然としていた。

「ツクシ、こりゃあ、すぐ撤退か?」

「ツクシさん、これはどうもこうもなさそうっすね」

 エイシェント・オークの軍勢が演出する大殺戮を、一度見ているゴロウとヤマダは比較的に落ち着いた態度であったが、しかし、それでも声が硬い。

「フィージャ、西はどんな様子だ?」

 不機嫌に、低い声で、ツクシが訊いた。

「――あっ、はい。西の方面に南へ向かって移動しているエイシェント・オークの集団がいます。動きに迷いがないので何かを追跡しているようです。追跡しているのは逃走中の探索者たちでしょうか?」

 フィージャの鼻と耳が西方面の戦況を把握した。

「――西は敵の数が多い。フィージャ、このまま俺たちが南へ直線で下がると、後ろで敵と鉢合わせそうか?」

 少し考えたあと、ツクシが訊いた。

「ええ、その可能性はかなり高いと思います」

 左右の獣耳を動かしながら、フージャ応えた。

「東はどうなんだ?」

 ツクシは東の脇道へ目を向けた。

 少しの間、獣耳と鼻先を動かしていたフィージャが、

「――北や西の方面と比較をすれば動いている音も匂いも少ないですね。ただ、ゼロではありません。敵と遭遇する危険はあります」

「――そうか。敵の配置を見ると、エイシェント・オークが北西区から進撃を始めたばかりなのは間違いなさそうだ。まず敵が手薄な東へ小路を経由して移動だ。北東の探索済み区画に出れば小アトラスの立体地図で敵の動きを把握できる。そのあと、立体地図の機能を頼りに安全を確認しつつ、南東区画にある上がり階段まで移動だ。すぐ動くぜ」

 指示を出して、ツクシが東へ歩きだした。

「撤退か。無難な選択だ」

 頷いたリュウがツクシに続いたが、

「リュウ、たっ、戦って前に進むのは――」

 リュウをシャオシンが止めた。

 シャオシンは顔色を失っているし、震えてもいるのだが――。

「シャオシン、気持ちはわかるが焦るな。命を失ったら本懐を遂げることはできん――」

 リュウが呟くように窘めて瞳を伏せた。

「ああよォ、シャオシン。下り階段を見つけたいのは俺だって同じだが、敵があちこちへ散らばると、これ以上の探索は無理だろうなァ――」

 ゴロウは髭面を曲げつつツクシの背を追った。大通路の北に出現したエイシェント・オークの集団は真東に逃亡していった探索者を追っていったようで、今のところ、ツクシたちのほうへ向かってくる気配はない。

「ゴロウ、連合の奴らは逃げ散ってる。この様子なら下り階段のデータはまだ無事だろうぜ。フィージャ、いつものように先導を頼む。シャオシン、リュウ、早く来い。できるだけ急いで移動するから照明作りが忙しくなるぜ」

 ツクシが振り返って一同を促した。

「ツクシさん、ヴァンキッシュ連合レイド、このまま全滅しちゃうかも知れないっすね?」

 ツクシの横についたヤマダは強張った笑顔だった。

「ネストに来てるんだ。奴らだってそれは覚悟の上だろ。あんな中途半端な数と戦力じゃあ肉壁おとりにすらならなかったな。それどころか逃げ回って、あちこちへ敵を撒き散らしやがって。クソッ、あの腰抜けどもは本当に使えねェ――」

 これでツクシが立てた今回のネスト探索計画はすべて失敗に終わった。

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