九節 赤い狂犬と冷めた男

「ひっ、ボルドウ中隊、た、隊列、二列隊列、銃構えだ! 機動歩兵は俺から離れるな、絶対に離れるなよ!」

 一応の中隊長であるグレゴール・ボルドウ特務少尉が、ツクシの近くで喚き散らした。腰にある魔刀の柄へ手をかけそうになったツクシの両脇をゴロウとヤマダが身を寄せて固めた。この男はカッとなって刃を引き抜いた瞬間に死体を作るので目を離すと危険である。左側腕に突撃盾チャージ・シールドを装着したニーナも剃刀のような目つきでボルドウ特務少尉を睨んでいた。ゴロウとヤマダだってニーナと似たようなものだった。

「貴様は黙ってろ」

 唾を飛ばして喚くボルドウ特務少尉へ、丈の長い王国陸軍外套を羽織った女性兵士が、後ろから声をかけた。

「な、何だ、お前は! 俺は、今、忙しいのだあ!」

 振り返ったボルドー少尉はまた唾を飛ばした。

「この薄汚い豚には階級章が見えんのか?」

 女性兵士は首を傾けた。この女性兵士は黒いフレームの導式ゴーグルで目元を隠しているので表情がわかり辛いが声色を聞くと苛立っているようである。

「――銀星が三つ。たっ、大尉がなんでここに?」

 ボルドウ特務少尉が女性兵士の襟首についた三ツ銀星階級章――陸軍大尉の証を見て表情を固めた。もっとも贅肉で頬が垂れ下がっているこの中年行政員が顔を強張らせても、たるんだ肉が震え続けて完全には静止しない。

「おい見ろよ、あの女の装備――」

 ボルドウ特務少尉の周囲にいた若い予備役兵の一人が横の同僚に耳打ちをした。

「ああ、外套の下にフレーム型の導式鎧を装着しているな。あれって導式剣術兵ウォーロック・ソードマンの兵装だぜ。しかし、何で輸送隊列に特殊機動兵が追随してるんだ?」

 耳打ちをされた同僚が声をひそめた。女性大尉は外套の下に、超軽量に改良された導式鎧――フレーム型の黒い導式鎧を着用している。これだけでも物珍しく、ひとの目を引くのだが、さらにこの女性大尉は、左の側腕部――左の小手にあたる部分へ、三つの丸い導式機関収納容器が連結された軽導式陣砲収束器ライト・カノン・フォーカスを装備していた。この武器もやはりフレーム型の導式鎧と同じく、肉抜きされて軽量化が図られている。この女性大尉はまだ奇妙な武器を携帯していた。腰の剣帯から吊っている短めの剣だ。その握りを覆うガードの部分に導式機関を収納した円筒が三つ接続されている。それは、ただの刃物とは思えない機械的なデザインのものだった。

「――導式剣術兵で赤髪の女大尉って――オ、オリガ大尉だぞ! その女は『タラリオンの赤い狂犬』だ!」

 予備役兵の一人がぎょっと目を見開いた。女性大尉――オリガ大尉は兵員帽をかぶっていない。ウェーヴのかかった短めの髪は真っ赤で、それがすべて逆立っているので、頭が燃えているように見える。

 ボルドウ特務少尉は顔色を変えたがそれでも興奮した勢いで喚き散らした。

「きゃ、きゅ、きょ、『狂犬オリガ』! えっひい! で、でも、荷、荷物! 運搬中の荷を守らないと俺の責任問題に――たっ、大尉、あ、いや、オリガ大尉殿、荷物の警護はどうするん――」

「――ブウブウ耳障りだ。首を切り落として屎尿樽へ突っ込むか?」

 オリガ大尉が腰から抜いたサーベルの切っ先を喉元へ突きつけて、ボルドウ特務少尉の発言を止めた。

「ぶっ、ヒュウゥゥゥゥウ――」

 ボルドウ特務少尉は血色の悪くなったおちょぼ口から細い息を吐いた。その場にいた兵士たちは、オリガ大尉が大した理由もなくボルドウ特務少尉を殺そうとしているのを見つめている。オリガ大尉が唇の端をゆっくり反らせた。

 あっ、この豚はここで殺されるぞと周辺の兵士は一斉に息を呑んだが――。

「――オリガ大尉。いい加減にしてください」

 近くへ歩み寄ってきた白い導式鎧姿の男性兵士が、冷めた口調でオリガ大尉の私刑を止めた。

 いいぞ、そのままボルドウを殺っちまえ!

 そんな期待を込めて事態を見守っていたツクシたちや周辺のネスト・ポーターは落胆した表情だ。

「ギルベルト少尉、貴様、さっきからうるさいぞ?」

 オリガ大尉が導式鎧姿の男性兵士――ギルベルト少尉へ顔を向けた。

 導式ヘルメットを小脇に抱えたギルベルト少尉は、最新型の白い導式鎧の上に黒髪を後ろへ撫でつけた顔を乗せていた。目元が冷ややかな顔である。ギルベルト少尉は兵士というよりも研究者のような印象の若者だ。喉元にオリガ大尉から刃をつきつけられたままのボルドウ特務少尉が、ギルベルト少尉へ助けを求めるような視線を送った。

 その顔を流れ落ちる汗が目に入っているが瞬きすらしない。

「だいたい、何で導式剣術小隊隊長の貴方が、ネスト・ポーターの輸送隊に追随しているのですか? その上に揉め事まで起こすわけですか。本当に迷惑ですね」

 ギルベルト少尉が冷めた顔を傾けた。

「私は休暇中だ。どこにいようと私の勝手だろう?」

 オリガ大尉は眉間にシワを作ってサーベルを引くと鞘へ納めた。

 へたり込んだボルドウ特務少尉は尻を使って石床を磨きながら離れてゆく。

「オリガ大尉。導式剣術兵小隊は大階段前基地での待機命令が出ていた筈ですが――?」

 ギルベルト少尉はオリガ大尉を責め続けた。

 オリガ大尉は横を向いて唇を結びダンマリを決め込んでいる。オリガ大尉はどうも、この沈着冷静で研究者的な態度の青年尉官を苦手にしているようだ。そのオリガ大尉とギルベルト少尉の近くへ、ネスト制圧軍団に所属する兵士が集まってきた。ボルドウ輸送警備中隊の内訳は、ギルベルト少尉を含む機動歩兵が十名、通信兵一名、導式衛生兵一名、残りの九十名が銃歩兵、これらに、ネスト管理省から派遣されている予備役兵――ネスト管理庁の行政員八十三名(グレゴール・ボルドウ特務少尉含める)を加えたものが、ネスト地下七階層の中央エリアで停止中のウルズ組を守る総戦力になる。

 まだエイシェント・オークの姿は目に見える範囲にない。しかし、輸送路の奥からその咆哮が聞こえてくる。それに銃声も交じっていた。軍用犬が大通路の奥に向かって吠え続けている。

 ネスト・ポーターは集まった兵士を不安気に眺めていた。

「――父ちゃん」

 テトが横に立つ父親を見つめた。

「テト、大丈夫だ。大丈夫だべ。オラたちはカアちゃんのとこへきっと帰れる、帰れる――」

 ジョナタンがいった。父親は娘を安心させようと頑張っていたが声も表情も硬かった。ペーターがラモンへ視線を送った。ラモンはペーターの視線に気づいても石床を見つめている。「ネストの仕事へ戻ろう」そうジョナタンとペーターへ提案したのはラモンだ。

「おい、ツクシ、この先からエイシェント・オークが近づいているなら、すぐにでもここから引き返したほうが――って、ツクシがいねえ!」

 ツクシに話しかけていたつもりだったゴロウが目を丸くした。

「あっ! ツクシ」

 ネスト・ポーターの集団から抜け出たツクシをニーナが発見した。ツクシは兵士の集団に向かって独り歩いてゆく。

「あの馬鹿、また面倒事を! おい、ツクシ! そいつらはネスト管理省の小役人どもじゃねえぞォ、本物の兵隊さんなんだぞォ!」

 ゴロウが怒鳴ったが、ツクシはもちろん振り返らない。

「ツクシさん、失礼なことをいっちゃ駄目っすよ!」

 ヤマダがそう叫んでも、ツクシは万人に対して失礼千万な態度を貫く男なので無駄なのである。

「ツクシ!」

 ニーナがツクシの背を追った。

「あっ、おい、ニーナ――くっそ、あのゴボウ野郎!」

 ニーナのあとを、ゴロウが追った。

 ヤマダもすぐ続いた。

「――おい、兵隊さんたちよ?」

 ぞんざいな挨拶と一緒に、ツクシが兵士の作った輪の中心に登場した。

「うーん、何だ?」

 オリガ大尉が自分の真横に出現した不機嫌な中年男へ顔を向けた。

「邪魔だぞ。ネスト・ポーターは下がって指示を待っていろ」

 導式通信機を操作する通信兵と会話をしていたギルベルト少尉が、ツクシへ視線だけを送った。

兵隊てめえらなんざ、こちとら全然信用ならねェんだよ。特にあそこで震えてる豚野郎はな――」

 ツクシは離れたところでまとめて突っ立っている、丸帽子型の鉄カブトに上半身だけ鉄鎧姿の集団を睨んだ。そのなかにボルドウ特務少尉もいる。

「変な帽子にカタナ――ああ、貴様が例のクジョー・ツクシなのか?」

 オリガ大尉が頷いて見せた。左右に三つづつ並ぶ赤い導式レンズがついた導式ゴーグルで目元を隠しているこのオリガ大尉は表情の変化を確認するのが難しい。

「この男が噂になっていたネスト・ポーターの導式剣術使い? 貧弱な装備に見えるがな。まあ、何でもいい。邪魔だ、ツクシとやら、下がっていろ」

 ツクシは発言と態度で自分を追い払おうとするギルベルト少尉を無視して、

「俺は九条尽だ。ツクシでいいぜ、兵隊の姐さん」

「姐さん、か。いいぞ、姐さんは合格だ。ツクシ、私は、オリガ・デ・ダークブルーム。階級は大尉だ」

 オリガ大尉が真っ赤な唇の両端を反らせて見せた。

「なるほど、あんたはオリガ姐さんか。で、そっちの小僧コゾーは?」

 ツクシがギルベルト少尉へ目を向けた。

「小僧ではない。俺はギルベルトだ。ギルベルト・フォン・シュトライプ。階級は少尉。オリガ大尉も俺も貴族だ。平民は礼儀をわきまえろ」

 ギルベルト少尉が顔を傾けた。

「へえ、坊主ボーズ、お前はお偉い貴族様かよ。なら、今すぐ偉いところを見せろ。ネスト・ポーターどもを安全な場所へ護送するんだ。何をチンタラしていやがる、あ?」

 ツクシがギルベルト少尉の呼称を「小僧」から「坊主」に格下げして轟然と殺気奔った。

 喧嘩の売り買いに関してはまったく迷いがない男である。

「ほう、ネスト・ポーター風情が貴族の俺に命令か――?」

 ギルベルト少尉の眉間が凍えた。研究者風の、理知的な風貌だが、このギルベルト少尉もなかなか男自慢のようである。

「ばか! ツクシは何でそう誰に対しても喧嘩腰なの、ばか!」

「おい、ツクシ、止めろ、馬鹿なのかおめェは!」

「みなさん、すんません、この馬鹿が不愉快な思いをさせて申し訳ない!」

 睨み合うツクシとギルベルト少尉の間へ、ニーナとゴロウとヤマダが割って入った。ばかだばか、馬鹿だ、馬鹿だ、と罵られたツクシが今度はゴロウたちを全力で睨みつける。

 ゴロウたちは慣れているので、その殺気をサラッと受け流した。

「いいね、ツクシ。その好戦的な態度は高い評価に値する――ギルベルト、私もツクシと同意見だ。急いで行動する必要がある」

 オリガ大尉がギルベルト少尉へ唇だけで笑う顔を向けた。

「――はあ、大尉まで。今、連絡を取っています。通信が終わるまで動けません。おや、そちらの重装の貴婦人レディは確かアウフシュナイダー辺境伯の――」

 ツクシがニーナへ挨拶をしようとしたギルベルト少尉を遮って、

「――オリガ、奴らはどこから這い上がってきた? 大階段前基地を突破されたのか? 俺たちはこれからどの方角へ逃げるのが一番安全なんだ?」

 かなりわかりやすくムッとした表情を見せて、ギルベルト少尉がツクシの不機嫌な横顔を睨んでいる。周辺にいた兵士が「おおっ」と声を上げた。ギルベルト少尉がこれだけ顔色を変えるのは珍しいようだ。

「ツクシ、エイシェント・オークが上がってきたのはエレベーターからだ」

 オリガ大尉はギルベルト少尉の怒った顔を愉しそう眺めていた。

「この階のエレベーターだと? ああ、あのネズ公ども(※ワーラット族のこと)が設置してたやつか。オリガ、エイシェント・オークどもは下から導式エレベーターを使って上がってきたのか?」

 ツクシが眉根を寄せた。

「いや、エレベーター用の縦穴を、ぞろぞろと這い上がってきたのだ」

 オリガ大尉が応えた。

「――見たのか?」

 ツクシが首を捻った。

 このオリガ大尉はウルズ組に追随していたようだが、何故、敵の行動を詳細に把握しているのか――。

「ああ、今、見てきた。ツクシ、アレが私の『目』だよ」

 オリガ大尉が顔を上へ向けた。

「――マジかよ。無人偵察機ドローンか」

 ツクシは上空を飛んでいたものを見て目を見開いた。それは、紛れもなくドローンだった。プロペラはついていないが円盤に四つの足が生えており、その先に導式機関の収納容器が接続されている。それが「ヴウゥン」と低い機動音を響かせながら宙を飛んでいるのだ。

「珍しいだろう? あれが私の導式ゴーグルへ視覚情報を送ってくるのだ。造兵廠の開発室から拝借中。導式ゴーグルと連動させた軽級精神変換ナロウ・サイコ・コンヴァージョンで動く。名前はまだない」

 オリガ大尉が嬉しそうに教えた。

「オリガ大尉はまた開発中の兵器を黙って拝借ですか。軍法会議ものです。あとで俺が本営に報告しておきますよ。銃殺刑かな、良くても独房入りだ」

 ギルベルト少尉が男性にしてはツヤっぽい唇の端を歪めた。

 これは笑っているようである。

「ギルベルト、私は造兵廠の実地試験に協力しているのだ。むしろ、感謝をされるべきだろ?」

 オリガ大尉は顔を真横に向けた。

「オリガ、エイシェント・オークは輸送路の先に沸いてるのか?」

 ツクシが輸送路の奥――上がりエレベーター・キャンプの方角を見やった。

 銃声とエイシェント・オークの咆哮がもう近くなっている。

「それで正解だ、ツクシ」

 オリガ大尉が頷いた。

「それなら、大階段前基地へ戻るしかないな」

 ツクシが低い声でいった。

「そうだ、ツクシ。偵察機で見た限りでは、この先でエイシェント・オークどもが部隊を形成中だった。このまま先へ進むと全員死ぬ。ギルベルト、ボルドウ特務少尉あの豚と行政員連中に、ネスト・ポーターどもを大階段前基地まで護送させろ。我々はここに残って迎撃する」

 オリガ大尉がギルベルト少尉へ顔を向けた。

「だから、オリガ大尉、通信が終わるまで待ってください――どうだ、イシドロ伍長、王座本営と連絡はついたか?」

 ギルベルト少尉は通信兵のイシドロ伍長へ声をかけた。イシドロ伍長は絶え間なく導式通信機の上面排紙口から飛び出してくる伝令書を石床に座り込んで整理している。

 かなりの量だ。

「――ギルベルト隊長。管理省から来る連絡も、王座本営から来る連絡も錯綜しています。地下七階層の正確な状況はまだ掴めません」

 イシドロ伍長が顔を上げた。イシドロ伍長は幼い顔をした男性であるが、口の周りに生やした濃い髭を見ると、それなりに年齢を重ねているようだ。年齢は三十歳前後だろう。

「俺の隊への命令は?」

 ギルベルト少尉が訊いた。

「ええと、おおざっぱに――管理省うえの命令は『輸送隊の警護を続行せよ』です。王座本営したは『現場の判断に委ねる』と――指揮系統が混乱していますね、最悪ですよこれ。これだけは確かな情報ですが、地下八階層の王座本営は王座を放棄して大階段前基地まで撤退したようです。下層したにいる部隊はかなり大規模な反抗を受けているのか――?」

 イシドロ伍長が伝令書の束をめくりながら応えた。

「前を塞がれているのなら大階段前基地へ戻るしかない、が――オリガ大尉?」

 ギルベルト少尉がオリガ大尉を見やった。

「何だ、ギルベルト。お前が私に意見を求めるなんて珍しいな?」

 オリガ大尉が唇の端を反らした。

「管理省の行政員にネスト・ポーターの護衛を任せるのですか。奴らは頼りになりません」

 ギルベルト少尉はボルドウ特務少尉を見やった。それだけで、ボルドウ特務少尉は「ぶひいっ!」と豚のような悲鳴を上げた。その周辺にいる予備役兵も悲鳴こそ上げないが完全に委縮した態度だ。

「ここにいる正規兵の戦力は敵の足止めに必要だ。しんがりがいないと、ネスト・ポーターどもは一気に踏み潰される。ここは小役人どもに働いてもらうしかあるまいよ――中隊、直視するな!」

 オリガ大尉が軽導式陣砲収束器ライト・カノン・フォーカスを装備した左腕を突き出した。周辺に集まっていた兵士は、その射線の邪魔にならない位置へ慌てて下がる。直後、軽導式陣収束器の先で機動した導式陣から光球が射出された。弾は曲線を描いて脇道へ飛び込み炸裂した。網膜を焼くほど強い光が脇道の奥から漏れている。

 これは導式閃光弾だ。

「――ヴォ、ヴォオオッ!」

 脇道の奥からエイシェント・オークの咆哮が重なって聞こえた。

「想定より敵の到着が早い。いいね、戦場で迅速な行動は合格だ――」

 唇の両端を吊り上げたオリガ大尉が、今度は収束器からオレンジ色の光球焼夷弾を連続投射した。誘導ミサイルのような軌道を描いて、脇道の奥へ着弾した焼夷光球弾は、大通路まで導式の炎を延ばした。オリガ大尉が左手に装着している軽導式陣砲収束器は零式トリジェニス・エヴォーカーと命名されている。何種類かの導式陣を切り替えて機動できるこの収束器は高い性能を持っているのだが、まだ開発段階にある兵器なので実戦部隊への配備はされていない。

 ウルズ組の五十メートルほど前方だ。

 炎に巻かれたスカウトが脇道から飛び出てきた。スカウトは路面を転がって不可視化迷彩服を焼く炎を消した。ネスト・ポーターの集団から悲鳴が上がる。

「――数が多いな」

 ツクシが呟いた。スカウトが脇道からぞろぞろと姿を現して、腰にあった武器を引き抜いた。例によって武器は二刀流の大ナタだ。

「多いだろ?」

 オリガ大尉が声を上げて笑った。オリガ大尉がへらへらしているうちに、脇道から装甲鎧姿で装甲盾を持ったエイシェント・オーク・スパルタンも姿を現した。

「これは参った。スパルタンまでいるのか――」

 ギルベルト少尉は冷たい溜息を吐きながら白い兜をかぶった。これは呼吸弁と導式レンズを使った視野獲得機能がついた完全密閉型の兜である。流線形の装甲つきガスマスクといった感じの形状のこの兜は、視野獲得型防毒装甲兜と長い正式名称がついているのだが、これを王国陸軍関係者は『防毒兜』という略称で呼ぶ。ギルベルト少尉が装着している導式鎧もニーナが着用している旧式の導式機関仕様重甲冑とは違う。身体全体を装甲で覆う形状で、小型化した導式機関は数を増やし、最大出力の強化が図られている。ギルベルト少尉と他九名の機動歩兵が装備しているのは『γ型導式機動鎧』である。装備更新に伴って、呼称は導式機関仕様重甲冑から『導式機動鎧』と簡略化された。これらを標準装備とする兵種名も重装歩兵から『機動歩兵』と変更されている。

「中隊は戦闘準備だ、後ろのお嬢ちゃん連中へ獣どもを近づけるなよ!」

 オリガ大尉は導式機関剣を引き抜いて高らかに号令したが、

「オリガ大尉、これは俺の隊ですよ、勝手に命令しないでもらえますか――?」

 冷たい声で制したギルベルト少尉が、

「イスコ曹長、行政員どもと合流して、ネスト・ポーターを大階段前基地まで護衛しろ。好きなのを十人選んでつれて行け。犬と閃光弾だけは忘れるな」

「了解です、隊長」

 指示を受けたイスコ曹長が、周辺の銃歩兵に声をかけて急遽分隊を編成すると、ボルドウ中隊をひきつれて、ネスト・ポーターの集団と合流した。

「ギルベルト隊は聞け! 機動歩兵は前へ! 銃兵は機動歩兵の援護に徹しろ! ここよりネスト・ポーターどもの最後尾について、大階段前基地まで撤退戦を開始する!」

 ギルベルト中隊と対峙する敵はスパルタンが十体とスカウトが二十体以上。

 敵影は時間を追うごとに脇道から追加されている。

 ツクシはその場に佇んで顔をしかめていた。

 オリガ大尉もギルベルト少尉もネスト・ポーターの――民間人の安全を考えて動いている。ネスト制圧軍団に所属する兵士は、ネスト管理省から派遣されている行政員とはまるで態度が違う。ツクシは喧嘩腰を少しだけ後悔していた。

 しかし、まあ、この男の場合、後悔をしたところで他人へ頭を下がるようなことは死んでもしないのだが――。

 銃歩兵が発砲を始めるとネスト・ポーターの集団からまた悲鳴が上がった。

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