十節 鬼哭高らかに(壱)

 それは鋼鉄の高い壁が高速で突っ込んでくるようなものだった。

 装甲盾を横一列にして突撃するスパルタンを機動歩兵十機が迎え撃つ。

 ギルベルト中隊所属、ラウロ・マリアーニ一等兵。

 同中隊所属、ミケーレ・サルディネロ一等兵。

 機動歩兵の若い二名が序盤の衝突で犠牲になった。ラウロ一等兵はスパルタンの突撃をいなし損ねて宙を飛んだ。ガシャンと落下したラウロ一等兵は身動きをしない。どう見てもラウロ一等兵は即死であったが、スパルタンは大ナタをラウロ一等兵へ振り下ろしてその死を確認した。ラウロ一等兵は潰れた導式機動鎧と混ざって肉塊になった。ミケーレ一等兵はエイシェント・オーク・スパルタン一体を大斧槍で食い止めた。だが、食い止めた鉄壁の背面に隠れるようにして追随してきたスカウトに対応できなかった。

「ミケーレ、射線から外れろ!」

 援護にまわっていた銃歩兵の隊列から声が飛んだ。しかし、その声が飛んだときには、二刀の大ナタを持ったスカウトがミケーレ一等兵の上空から襲いかかっていた。この勇猛なスカウトは前にいたスパルタンの背を蹴って上空からミケーレ一等兵を襲ったのだ。身長四メートルの巨体とは思えぬ身軽さである。これが、偵察兵スカウトと識別名がつくエイシェント・オークの特徴だった。

 スカウトが上から叩きつけた大ナタを肩口に受けたミケーレ一等兵は叩き潰されるような形で路面に転がった。衛生兵が駆けつけようとしたが、銃歩兵のうちの誰かが「おい、死体を増やすつもりか!」と怒声で制止した。ミケーレ一等兵を叩き潰したスカウトは突出しすぎた所為で銃の集中砲火を浴びて倒れた。

 ギルベルト隊もやられるばかりではない。

 スパルタンを相手に両手持幅広剣バスタード・ソードを振るう指揮官――ギルベルト少尉が、

「中隊、退いても死ぬぞ! 臆するな、ここで戦え!」

 しかし、ギルベルト少尉は民間人を守るために死ぬ覚悟を決めているわけではない。ギルベルト少佐は貴族だ。人間の価値を階級で分別するタラリオン王国において貴族の命と平民の命が等価で量られることはない。決して、ギルベルト少尉は自己犠牲的な精神を発揮しているわけではないのである。

 ただ、ギルドベルト少尉は、退いても戦ってもここで死ぬのだ、そう考えていた。

 撤退戦の要である機動歩兵は最初のひと当てで残り八名になった。対するエイシェント・オークの軍勢は主力のスパルタンが十体がまだ無傷。脇道に隠れて切り込む隙を窺っている個体を含めるとスカウトが二十四体以上いる。銃歩兵の発砲は続き、残った機動歩兵八名の奮闘も続いているが、ギルベルト隊は絶望的な状況にあった。

 現時点――地下七階層の中央エリアから大階段前基地までは、道のりにして徒歩二時間ていどだ。荷物を捨てたネスト・ポーターの隊列は大階段前基地に向かって退避を始めている。イスコ軍曹が、怯えて走りそうになるネスト・ポーターへ、大声を上げて落ち着くよう指示している。むろん、急いで移動したいところではある。しかし、背面を守るギルベルト中隊から距離が離れすぎると、それはそれで危険が増してしまう。敵が回り込もうと考えているなら、ネストにはその経路はいくらでもあるのだ。

 ツクシは銃歩兵の隊列の後ろで佇んでいた。

 その横でゴロウとニーナとヤマダが機動歩兵の死闘を見つめている。

 スパルタンに命中した鉛弾が火花を散らしていた。重戦車に近い装甲を持つスパルタンが相手だと、前装式の長銃では水鉄砲ていどの効果にしかないように、ツクシは思えた。

「ツクシさん!」

「ツクシ、私たちはどうすればいいの!」

 銃声で声が聞き取り辛い。

 ニーナもヤマダも大声だ。

「ああ、ニーナとヤマさんは、ネスト・ポーターどもを大階段前基地まで引かせてくれ。あの豚と豚のツレだけじゃあ不安だろ。できるな?」

 ツクシが背中越しにニーナとヤマダへ視線を送った。

 その三白眼のなかで殺気が電撃を作っている。

 一呼吸か、二呼吸分か、ツクシの顔を見つめたあとだ。

「――わかった。ツクシ、それは私たちにまかせて!」

 ニーナが白い流線型の兜をかぶった。

「ツクシさんはどうするんすか?」

 ヤマダは顔を強張らせて訊いた。

「俺は一番後ろから、ノンビリついていく」

 ツクシが口角を歪めた。

 ヤマダは眉間に谷を作って、

「ツクシさん、自分も残って戦うっすよ。そのためにこの弓を新調して――」

「――いや、ヤマさんは、あのどん百姓どもの面倒を見てやれ。特にテトガキからは目を離してくれるな。頼んだぜ、ヤマさん」

 あっと表情を変えたヤマダは二の句を継げない。

「行くよ、ヤマさん!」

 ニーナが声をかけた。

「わかりました。ツクシさん、大階段前基地で待ってるっす、待ってるっすから!」

 ヤマダとニーナはネスト・ポーターの隊列を追った。

 黙って頷いたゴロウも回れ右をしたが、

「おい、赤髭野郎、お前はちょっと待て」

 ツクシが呼び止めた。

 ゴロウがギクシャク振り返って、

「な、何だァ、ツクシ、俺に何か用かァ?」

 ゴロウはすごく硬い笑顔だった。

「何を勘違いしていやがる。ゴロウ、手前はしんがり組だぜ」

 ツクシはニコリともしない。

「はァ、ツクシ、何で俺なんだよォ?」

 ゴロウが不機嫌なツクシの顔を見つめた。

「こういうときはな、命の安い順に死ぬのがスジだろ? ククッ!」

 ツクシは口角を歪めて見せた。

「くっそ、この野郎! 勝手な算盤で他人ひとの命を安く見積もるんじゃねえ!」

 ゴロウが髭面を真っ赤にして吼えた。

 ツクシはひとしきり邪悪に笑ったあと、

「ゴロウ、今回、俺は生きて帰れる自信がねェ」

 ツクシが不機嫌な真顔に戻った。

「ツクシ、逃げたほうがいいだろォ?」

 ゴロウが迫り来るエイシェント・オークの群れを見やった。また機動歩兵の一人が犠牲になっている。スパルタンが振るった装甲盾の一撃をまともにくらって吹っ飛び、その犠牲者は壁に打ちつけられた。その時点では、まだ立ち上がろうともがいていたが、脇道から飛び出してきたスカウトに止めを刺された。

 大ナタで虫けらのように叩き潰された――。

「――背を見せて逃げれば死ぬだけだぜ」

 ツクシが唸るようにいった。

「ああよォ――」

 ゴロウの声が重くなった。

「ゴロウ、奴らから俺がいいのをもらったら、すぐチチンプイプイを頼む」

 戦場に向かって一歩踏み出したツクシを、

「ツクシ!」

 ゴロウが呼び止めた。

「あぁん?」

 ちょっと格好をつけていたツクシがすごく不機嫌に唸りながら振り返った。

「奴らの攻撃一発分なら、俺の導式でなんとかできるかも知れねえぜ」

 ゴロウが鉄の錫杖の柄で石床をズドンと小突いた。

 石の路面がそれだけでヒビった。

「一発分? ケチな話だな」

 ツクシはゴロウの馬鹿力に呆れながらいった。

「『聖なる防壁ディバイン・ウォール』っていう導式陣がある。式を掛ける対象に防壁を張り巡らせるんだ」

 ゴロウが太い首を左右に振った。

「防壁? ああ、前に聖教会の奴らが使っていたやつか?」

 ツクシが眉根を寄せた。

「あァ、それだ。だが、ツクシ、過信はするな。エイシェント・オークの馬鹿力が相手だと、どのていどまで防壁が耐えられるか、この俺にもわからねえ。それに、導式は機動に時間がか――うおっ!」

 ゴロウが宙を駆ける戦士を見て目を丸くした。

 燃える赤髪の戦士だ。

 深緑色の王国陸軍外套の裾が膨む。

 オリガ大尉が戦場へ「降って」きた。スパルタンが作る鉄壁の背面で、前に出る隙を窺っていたスカウトが、突如として出現した敵兵に驚いて顔を上げた。宙にあるまま、オリガ大尉は右手に持った導式機関剣の切っ先をスカウトの顔面へ向けて突き入れた。その動作を見たスカウトは「ウヴォ?」と間抜けた声を上げた。上空から落下してきたオリガ大尉と、対峙するスカウトとの間にある距離は三メートル以上ある。オリガ大尉の持つ刃の渡りは六十センチ強だ。突きを入れても届かない距離だった。

 しかし、スカウトの顔面は赤い刃に貫かれた。

 オリバ大尉の刃が赤く発光しながら伸びた。オリバ大尉は導式機関剣に組み込まれた奇跡の力――導式陣・光剣の刺突クラウ・ソラスを機動させたのである。

 銃歩兵の隊列に突撃し、これを一気に突き崩そうとしていたスパルタンの一体が、新たな敵の出現に気づいて咆哮した。咆哮すると同時に落下するオリガ大尉を大ナタで薙ぎ払った。こうなると自由落下するオリガ大尉はなすすべもなくスパルタンの刃の犠牲になる筈だ。

 しかし、オリガ大尉は宙を蹴って駆け上がる。その足元で赤い導式が散っていた。オリガ大尉はフレーム型導式機関鎧の力で足場を発生させて宙を駆け上がっている。オリガ大尉は手近にいたスパルタンの上空にいた。

 敵の刃は予想を超える範囲まで伸びてくる。

 スパルタンはとっさに装甲盾を構えた。スパルタンの予想通り、オリガ大尉は宙を駆けながら導式の赤い刃を振るった。スパルタンの装甲盾を赤い閃光が焼く。スパルタンの巨躯が揺れたが装甲盾の表面をえぐったていどの損傷しか与えていない。

「スカウトはれる、が――」

 宙を駆けるオリガ大尉が抉れた装甲盾を睨んだ。スパルタンは衝撃に耐えつつ腰を落として身体を捻っていた。スパルタンの反撃である。下方向から振り上げられた大ナタがオリガ大尉を襲った。オリガ大尉は真横に発現させた足場を蹴って、スパルタンの反撃をかわした。直後、真下へ足場を出現させて真上へ跳ぶ。

「――ブリキ缶が相手だと、導式機関剣では出力が足らんか!」

 高く宙を舞いながらタラリオンの赤い狂犬が叫ぶ。

 眼下十メートル。

 オリガ大尉の軽導式陣砲収束器ライト・カノン・フォーカスが目標を捉えて光球焼夷弾を連続投射した。上空から爆撃を受けて大通路の戦場へ導式の炎が広がる。爆心地の周辺で戦っていた機動歩兵が危機を察して後ろへ下がった。

 あわや、味方も巻き込む勢いだ。

 爆撃の中心にいたスパルタンは当然、炎に包まれたが――。

 導式で作った足場を跳び、攻撃対象から距離を取って着地したオリガ大尉は、着地すると同時に吼えた。

導式陣砲カノンで焼いても怯むくらいか、いいね、大いに結構、貴様は合格だな!」

 光球焼夷弾の直撃を受けたスパルタンはその場に立っていた。

 そして、燃える髪の狂犬へ咆哮を返した。

「ヴォ、ヴォ、ヴォ、ヴォラァアアッ!」

 鼓膜をつんざき敵を心底から恐怖せしめる悪鬼の咆哮だ。

 オリガ大尉が敢行した爆撃を警戒して、下がっていたエイシェント・オークが、味方の咆哮に咆哮で応じた。

 オリガ大尉は戦場一面に揺らぐ導式の炎を踏みにじって気勢を上げるエイシェント・オークの群れへ、唇の端を反らせて笑顔を見せた。

 笑う狂犬の横についたギルベルト少尉が、

「大尉、ここは笑うところですか? このままだと、全員、死にますよ」

 絶対の死地にいても尚、ギルベルト少尉の声音は冷めている。だがこの場合、ギルベルト少尉は冷静であるというよりも諦めていたといったほうが正確だろう。ギルベルド少尉を含めて残った機動歩兵は七機になった。敵戦力はほとんど減っていない。ギルベルト中隊とエイシェント・オークの軍勢に間にある距離は十メートル。オリガ大尉の急襲で少しの距離を稼いだ。しかし、それで戦局が好転したわけでもない。

 再度突撃されれば次は耐えられない――。

「――全体は敵の再突撃に備えろ!」

 それでも、ギルベルト少尉は大声で命令した。

 それでもだ。

 背中を見せて逃げれば背後から叩き潰されるだけである。七名の機動歩兵が各々が持った大斧槍を握り直した。八十名の銃歩兵は脇道に向けてスカウトへけん制射撃を続けている。防毒兜のなかにある機動歩兵の顔、深緑色の兵員帽の下にある銃歩兵の顔、ギルベルト小隊の兵士の顔はすべて青ざめていた。

 兜に隠れて顔色がわからないのがせめてもの救いか――。

 ギルベルト少尉は防毒兜のなかで笑った。

 その横でオリガ大尉もまだ笑っている。

 だが、次の瞬間、オリガ大尉の笑みも、ギルベルト少尉の笑みも顔面から消えた。

 スパルタン一体の首が突然落ちたのである。

 戦場の時間が停止した。

 樽ほどの大きさがあるスパルタンの首が石床をゴカンゴカンと音を鳴らして転がっている。装甲鎧は頸鎧も当然厚みがあって簡単に斬り落せるようなシロモノではない。だがその男が振るった刃は、ただ一閃で頸鎧ごとスパルタンの首を切断した。

 首を失ってまだ佇むスパルタンの肩に死神が乗っている。

 死神は白刃を横一閃に振り抜いていた。

 死神が持つ刃の銘はひときり包丁。

 赤い血潮が吹き上がる。

 比喩ではない。

 血の雨が降った。

 首から上を無くしたスパルタンの巨躯が仰向けに崩れ落ちた。

 薄暗がりの翼を広げて血の雨のなかに降り立った死神を、エイシェント・オークも、ギルベルト隊も動きを止めて見つめている。

「――おう。鬼退治の時間だぜ」

 魔刀の切っ先を振り向けて。

 口角を歪めたツクシが居並ぶ悪鬼へ告げた。


「何なんだ、あの導式剣術は!」

「どうやって敵の肩の上に?」

「見えなかった、気づいたときには、あそこにいた!」

「一撃でスパルタンの首を落としたぞ!」

「あいつが噂になっていたネスト・ポーターの導式剣術使い!」

「奴は化け物なのか!」

 ギルベルト隊から上がった声は恐怖に近い感想だった。ここにいる兵士全員、生身の人間がたった一人でスパルタンを始末したのを目にしたのは初めてだ。

 驚愕して身を固めた兵士の列を最初に抜け出したのは、やはり、この超好戦的な女戦士だった。

「なるほど、これがサムライ・ナイトの戦力――やるではないか、クジョー・ツクシ!」

 笑いながらオリガ大尉が路面を蹴った。

 オリガ大尉が王国陸軍外套をなびかせてエイシェント・オークの群れへ突貫する。

「――くそっ、素人に遅れを取るな、今度はこちらから仕掛けてやれ!」

 ギルベルト少尉が普段と違う声で――熱のある声で号令した。号令と一緒にギルベルト少尉も路面を蹴った。白い胸鎧の背面に接続された十二の導式機関から青い光が駆け巡り鎧全体へ奇跡の動力を伝える。鉄靴へ過剰な圧が掛かって蹴った石床が割れて飛ぶ。その歩幅は五メートルを優に越えている。

 導式機動鎧の馬力を生かした突進である。

 多少、ギルベルト少尉本人も力んでいた。

「おうっ!」と呼応して、すぐ残り六機の機動歩兵もあとに続いた。

 機動歩兵がツクシの脇を抜けてスパルタンの鉄壁にぶち当たった。白金の兵機が振るう鉄塊の一撃が悪鬼の巨躯と大気を揺らした。

 燃える髪の狂犬は宙を駆け抜け、導式の炎を上空から撒き散らす。

「ヴォ! エイ、チリ、テ、メタカ、リコネ!」

 スパルタンの一体が吼えた。それは咆哮ではなく意味のある言葉のように聞こえた。スカウトが脇道へ次々走り込んでゆく。

 撤退を始めたスカウトの胴体を両手持幅広剣バスタード・ソードが叩き割った。

「リコネ、テリカ、テ、コング、シールダ!」

 苛立って吼えながら、スパルタンが大ナタをギルベルト中尉へ振り下ろした。応じたギルベルト中尉は両手持幅広剣を跳ね上げる。

 悪鬼の刃と兵機の刃が重なって火花が散った。

 身長六メートルの装甲した大巨人と、ギルベルト中尉は互角に打ち合っている。

「――逃すな、できる限り数を減らせ!」

 ギルベルト中尉がスパルタンと切り結びながら吼えた。

 獅子奮迅である。

 零秒必殺の魔刀を携えた死神の出現で、エイシェント・オークの軍勢は混乱していたのだが、そのツクシはといわれると、憮然とネストの戦場に突っ立っているだけだ。背後から距離を取った銃歩兵が援護射撃を続けている。ツクシとしては何体か敵の主力――スパルタンを斬り殺して退路を確保したい。しかし、下手に動くと背後から飛んでくる鉛弾にぶち当たる。全身が装甲で覆われた機動歩兵なら鉛弾の受けても死ぬことはなさそうだ。実際、流れ弾がたまにゴインと当たってもいる。しかし、ツクシは黒革鎧装備の自分が鉛弾の直撃に耐えられる気がまったくしない。

「これは傑作だぞ。ギルベルトが血相を変えた。兜の下で奴の表情が見えないのは残念だ!」

 戦況を眺めながら苛々していたツクシの横へ、ストンと降り立ったオリガ大尉が笑いかけた。

 その笑顔が返り血で濡れている。

「オリガ、さっさと退こうぜ。後ろの銃兵どもへ発砲を止めるようにいってきてくれるか?」

 ツクシは笑顔がない。

 あくまで不機嫌に伝えた。

「ツクシ、一応、私は大尉だ。伝令兵代わりに使うつもりか?」

 オリガ大尉が眉間にシワを作った。それでも、唇はその端を反らしたままだ。愉しくて仕方がないといった感じである。

「俺は頼んでるんだよ。大尉様のいうことなら兵隊さんたちも聞くんだろ。オリガ、予定通り撤退しながら戦うぞ。突出してくるエイシェント・オークは、俺が端から叩ッ斬ればいい」

 ツクシが背後を見やった。

 視線の先に並ぶ銃歩兵の後ろで、ゴロウが引きつった笑みを髭面は貼りつけていた。

 ゴロウは逃げ腰である。

「何をいうツクシ。貴様の『ワザ』なら、こいつらを皆殺しにできるだろう。敵兵殲滅に勝る戦略はないのだぞ?」

 そういいながら、オリガ大尉は軽導式陣砲収束器を使って、上空へ光球焼夷弾を連続投射した。光球焼夷弾は曲線を描いて地上へ着弾し導式の炎を大通路へ広げた。導式の炎でスパルタンが倒れることはないが、脇道に退避したスカウトへのけん制にはなる。

 ツクシがいった。

「いや、そう便利でもねェんだよ。俺が使えるワザは常に三呼吸分の『タメ』が必要だ。たくさんの数を相手にして戦うと分が悪いぜ」

「――うーん。サムライ・ナイトの剣術も万能というわけないのか?」

 オリガ大尉は眉間にシワを作って不服そうである。

「サムライ・ナイトって、あのな――オリガ、よくいわれるけどな、それたぶん、全然、違うからな。だいたい、何なんだ、そのサムライ・ナイ――もう、いねェのかよ」

 ツクシがボヤきながら視線を返すと、オリガ大尉は宙を蹴って背面の銃歩兵の列へ戻る最中だった。

 振り返ったツクシの目に退避中のネスト・ポーターの隊列、その最後尾が遠く見える。

 距離が離れすぎだ――。

 ツクシが顔を歪めた。


※異界語の翻訳※


原文A「ヴォ! エイ、チリ、テ、メタカ、リコネ!」

訳文A「おおっ、一端、散れ、軽装兵!」


原文B「リコネ、テリカ、テ、コング、シールダ!」

訳文B「軽装の兵は装甲部隊の合流を待て!」

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