九節 姿無き殺戮の徒(弐)

 逃げ惑うものが、一人、また一人、殺される。

 ツクシたちは悲鳴と怒号と血飛沫が飛び交う混乱のなか、お互いに背を合わせて死角を消した。

 誰がそうしろといったわけではない。

 現時点ではこの他に有効な対応方法がなかった。

「武器『だけ』が勝手に動いて、ひとを殺してやがる――」

 ゴロウが鉄の錫杖を構えて唸った。

「な、なんすか、なんなんすかこれ!」

 ヤマダは背から狩人弓ハンター・ボウを下ろして矢を番えたが撃つ的が見えない。

「いや、武器の軌道を見ると、武器そのものが動いているわけではないぞ。武器を振るっている『敵が見えない』といったほうが正しいようだ――」

 リュウは龍頭大殺刀を構えて冷静に観察している。

「『見えない敵』は周辺の武器を拾って、逐一それを使い捨てているナ。長い間武器を保持して、位置が特定されることを嫌っているのか――」

 ギュンターも槍を構えて冷静だ。

「ムゥウ、隠れたまま攻撃とは、何たる卑怯、何たる卑劣よ!」

 リカルドが顔を赤くした。

「ど、どうしよう、これどうしよう、ツクシ!」

 ニーナは決して臆病ではないのだが、叩く敵が不確定だと取り乱す傾向がある。

「――ニーナ、落ち着け。ゴロウ、これはチチンプイプイの仕業か?」

 ツクシは普段と何も変わらないような態度だ。

 しかし、その目に殺気――。

運命潮流マナ・ベクトルを制御をしている痕跡は導式の担い手――俺の目でもまったく見えねえ。ツクシ、だから、厄介だ。俺の導式じゃ対処のしようがねえぜ――」

 ゴロウの視線の先で床に放り出されていた斧槍が宙に浮いてそのあと飛んだ。飛んだ斧槍は逃げ回るネスト・ポーターの背中を貫通した。斧槍を背に受けて倒れた金髪の若い男は倒れたあと、まだ這おうともがいたが、すぐ動かなくなった。

「いや、でかしたぞ、ゴロウ。『敵は魔法使いではない』か。その答えだけで十分だ。フィージャ、お前も『臭う』だろう?」

 ツクシがフィージャへ視線を送った。

 フィージャは黒い鼻先をくんくん忙しなく動かして、

「――はい、臭います。臭いの発生元から大体の位置は掴めますよ。しかし、視認ができないと、戦ってもやはり犬死でしょうね」

「足音はどうだ?」

「意図的に小さくしているようですが、私にははっきり聞こえます。体重の違いから判別すると、三体、いや、四体――四体います。かなり大きい身体――」

 フィージャの嗅覚と聴覚が『見えない敵』の数とサイズを割り出した。

「なるほど、『質量があって体臭もある奴』が四匹。敵は少なくとも『幽霊ではない生き物』だ。助かったぜ、フィージャ。お前は最高の猟犬だな。次はリカルドさんとニーナだ。そこの四輪荷車に積んである飲み物の樽を上へ放り投げろ。ありったけだ」

 ツクシがリカルドとニーナへ顔を向けた。

「ツクシは何をいっておるのだ?」

「えっ? 樽って?」

 リカルドとニーナが目を丸くした。

「四輪荷車に積んできた樽を全部、上へ放れといったんだ。導式鎧のパワーならできる。投げるタイミングは三呼吸間隔、投げる先は『敵の臭いの発生源』上空だ。フィージャに大まかな位置を訊いて天井へぶち当てるつもりで投げろ。今は細かいことを聞くな。お前ら、『今からここに出てくる奴ら』と全力でブチ殺し合う覚悟をしておけ。俺の斬撃は三呼吸の間隔をおかないと使えない。どうしても助けが欲しくなる」

 ツクシは魔刀ひときり包丁の柄へ右手をかける。

 リカルドとニーナは視線を交わしたあと、意を決した顔で四輪荷車へ取りついた。

 樽を固定していたロープをニーナがぶちぶちと引きちぎる。

「いくよ、ツクシ!」

「フィージャ、樽をどこへ投げればよいのだ!」

「北方面――中央付近!」

 ツクシの足元で虹が散る。

 エレベーターキャンプの上空に木樽が飛ぶ。

 その上空に突如、ツクシが出現。

 飛んでくる樽を、魔刀が一刀両断。

 切断された樽の中身が宙に散る。

 上空に出現したツクシは自由落下するが、地面に着地する寸前にまた消失。

 再び上空だ。

 ツクシの振るう刃が光の軌跡を描いて宙を飛ぶ樽を二つに割る。

 樽の中身――赤ワインが上空で散布された。

 下りエレベーター・キャンプに酒精混じりの雨が降る。

「なっ、何なんだ、ツクシの剣術は。どうやって上空まで移動している――?」

 リュウは口をぽかんと開けた。

「それに、ものすごい剣さばきです。剣先がまったく見えません、獣人の私の目でも――!」

 フィージャが元々丸い獣の目をさらに丸くしてツクシのゼロ秒斬撃に見入った。

 ゴロウが口元についたワインの水滴を舐めながら、

「リュウ、フィージャ、ツクシのアレに見蕩れるのはあとにしろ。いよいよ出てきたぜ――」

「色のついた水に濡れて見えてきたっす。で、でかい、なんだ、あいつら――」

 ヤマダの眼鏡のレンズに赤いワインが流れていた。

「ヤマ、俺たちは向こうのバリケードに殺到しているネスト・ポーターの援護に回るぞ。怯えている兵隊たちを落ち着かせる必要もある。混乱した状態で銃を撃たれると、これから白兵戦をやるツクシたちに弾が当たりかねん――」

 ギュンターがいった。

 冷静な口調だった。

「あえっ――あ、はい。ギュンターさん、了解っす!」

 意を決したヤマダの表情から怯えが消えた。

「こいつらって、もしかして――?」

 落ち着きを取り戻したニーナが流線型の兜の面当てを引き下ろした。

「フム、なるほどな、こやつらが例の――」

 厳しさを増したリカルドの顔に荒鷲の兜の面当てが引き下ろされた。

 赤ワインの雨を浴びながら、ネスト・ポーターと兵士は頭上を飛び交う男と刃のきらめきをただぽかんと見上げていた。上空から撒き散らされた赤ワインで姿を暴かれたものもまた、薄暗がりの翼を広げて虚空を跳梁跋扈するその男を見上げている。

 エレベーター・キャンプを襲撃していた姿無き殺戮の徒の数は、フィージャが看破した通り、やはり四体だった。そのヒト型は植物を大量に付着させた迷彩服ギリースーツのようなもので全身を覆っている。赤ワインに濡れていない部分は背景が透過して見えた。いよいよ姿を現した殺戮の徒は半透明の巨人だ。その身長は各々が四メートルを優に超えている。その外見の異様さと威圧感でエレベーター・キャンプが静まり返った。

 エレベーター・キャンプ中央付近で、背を合わせていたゴロウたちがゆっくり円陣を解いた。対して巨人の配置は、開放された北バリケード付近に一体。エレベーターキャンプ中央付近に二体。ネスト・ポーターと兵士が逃亡しようと殺到している南バリケード付近に一体だ。エレベーターキャンプ中央に位置していた巨人が迷彩服の内側に両手を突っ込んで二つの刃を引き出した。それは青黒い刃を持った鉈のような武器だった。その武器も尋常な長さではない。巨人が持つ武器の刃渡りは二メートル半以上あった。

「ウォ、ウォ、ヴォウッ!」

 巨人は二本の大ナタを噛み合わせて咆哮した。咆哮は反響しネストのフロア全体へ響き渡る。これが合図だったのか。他の巨人も迷彩服の中から大ナタを引き出した。

 三体の巨人がゴロウたちへ目標に搾って移動を始めた。その巨躯にも関わらず、ひとの耳には足音も聞こえない動きだ。巨人のうち一体だけはその場から動かずに、南バリケード付近の兵士を警戒している様子だった。もっとも巨人に監視されている兵士の集団はすでに戦意をなくし、南バリケードを開放しようと躍起になっている。

「――どれからやればいい、ゴロウ。やはり正面からか?」

 リュウがジリジリと近づいてくる三体の巨人を睨んだ。

「リュウ、正面の一匹は終わってるぜ」

 ゴロウは目を細くしていた。

「ゴロウさん、どういう意味ですか?」

 フィージャが無い眉を寄せた。

「我らは南バリケード方面の一匹へ突撃する」

 リカルドは離れた箇所にいる巨人を睨んでいる。

「そうね、お父様、ポーターたちが心配だわ、子供やお年寄りもいるし」

 ニーナが父親の計画に同意する。

「自分たちが、他の奴らをそっちに近づけないようにするっすよ」

「俺たちじゃ、まともに殴り合うのは無理だからな」

 ヤマダとギュンターは南バリケードへ走ることを事前に決めてある。

「おっしゃ、それで決まりだ。リュウとフィージャは北にいる一匹を頼むぜ。無理はするな、時間を稼ぐだけでいいからなァ」

 笑っているのか、猛っているのか。

 ゴロウが白い歯を見せた。

「おい、どういうことだ、ゴロ――」

 リュウが言葉を切って眼前に迫っていた筈の巨人を凝視した。

「い、いつの間に、どうやって――」

 フィージャが呻くようにいった。

 ゴロウたちへ最も接近していた巨人は後ろから声をかけられた。

「なるほど、お前らがネストに出現する『異形種ヴァリアント』ってわけか。こっちは色々とお前らに訊きたいこともあったんだがな。だが、これは話し合おうって態度じゃあねェよな――」

 巨人――異形種の背後だ。

 ツクシが魔刀ひときり包丁を右手に下げて佇んでいる。異形種は振り向きざまに大ナタを振り下ろした――振り下ろそうとした。だが、身を捻ると上半身がずるりと落下した。

 その巨躯同様に巨大な内臓器の数々がネストの路面へぶちまけられる。

「――挨拶抜きで悪かった。らせてもらったぜ」

 ツクシが足元で肉塊と化した異形種へ告げた。その巨躯をすでに横一閃、ツクシの魔刀が両断していたのだ。

 残る異形種はあと三体。

 ツクシが繰り出した零の斬撃に異形種ですらも目を奪われ動きを止めたが、すぐ聞くものの肝を凍えさせる雄たけびを上げた。明らかに怒りの咆哮だ。北側にいた異形種がツクシへ寄ってくる。ツクシの背後からも異形種が距離を縮めた。

 挟み撃ちされる形になったツクシは、その場に佇んだままだ。

「援護するぞ、ツクシ!」

「グルア!」

 リュウは宙を舞い、フィージャは地を這うようにして駆けて、ツクシの背後から迫る異形種を急襲する。リュウが側腕部に添えるようにして構えた竜頭大殺刀で、異形種の頭頂部へ斬り込むと、刃と刃が激突して火花が散った。異形は大ナタでリュウの一撃を受け止めた。しかし元よりリュウの動きは一撃で終わるものではなかった。リュウはそのまま身体を回転させて蹴撃を異形種の顔面へ炸裂させた。巨体は少し揺れたがダメージを受けた様子はない。まだ宙にあるリュウへ大ナタで一撃を食らわせんと、異形種は巨躯を捻った。

 しかし、身を捻ったところで異形種の眼前に獣の爪が迫っている。

 フィージャが戦闘爪ごと突っ込んだ。異形種は顔を背けて獣人が繰り出す爪撃から逃れようとしたのだが、しかし、少しだけ遅かった。パッと血が散って異形種の目玉が一つ潰れた。異形が怒りに任せて吼えながら両手の大ナタを振り回した。振るたびに大気が揺れる異形の打撃だ。だが、それは全て空を切る音でもあった。リュウとフィージャはすでに地へ降り立ち敵から距離を取っている。異形種を中心に円を描くようにして、この二人は戦闘のリズムを整えた。西方から来た二人の戦士は次に打ち込むべき隙と間合を計っている。

 リュウとフィージャの戦いには華があった。

「へえ、なかなかやるじゃねェか、あの二人――」

 ツクシは口角歪めながら振り向いた。振り向いた先の異形種はツクシとの間にある距離を緩慢に縮めてくる。

 ツクシと異形種の間にある距離は十メートル以上。

 だが、異形種の足はそれ以上前へ進むことを嫌がった。異形種もまた一個の戦士なのだ。戦士の勘が警告を発している。あと半歩で敵の刃が自分へ届く。

 それは、異形種が生まれて初めて実感する感情――。

「ヴオォォォォォォォォォォォォォォォォァァァァッァァアッ!」

 異形種は恐怖に苛立って長く咆哮した。咆哮で戦意を奮い立たせて一歩を踏み出すと、異形種の巨躯にヒヤリと殺意が奔った。先にいた筈の敵は消失している。異形種は冷たい感覚を覚えた場所へ目を向けた。魔獣の相貌が異形の顔の近くにある。

 ツクシの振るう殺しの刃が逆袈裟で異形種の上半身を叩き割った。


 §


 南バリケード付近にいる異形種へ、白い弾丸が青い光の尾を引いて突っ走る。

「――シッ!」

 ニーナは疾走する勢いそのまま、異形種の頭部を目掛けて、突撃盾チャージ・シールドを利用した鉄塊のバックナックルを気合と共に叩き込んだ。ゴカァン、と爆音が鳴り響く。その一撃で南バリケード前にいたネスト・ポーターと兵士の集団がどよめいた。二本の大ナタをクロスさせてニーナの打撃を受けた異形種は、腕を勢い良く開いてニーナを弾き飛ばした。

 吹き飛んだニーナはガラガラと二転三転しつつ、

「うっそ、こいつ、導式鎧のパワーと互角かそれ以上!」

「ええい、力が通じぬなら技で勝負よ!」

 ニーナの脇を走り抜けたリカルドが大斧槍グレート・ハルベルトで異形種へ斬りかかった。斬る、打つ、突く、薙ぎ払う――流れるようなリカルドの槍連撃そうれんげきが異形種を襲う。異形は二刀の大ナタで対応した。武器と武器がぶつかり合って絶え間なく火花が散る。

 一撃でひとの肉体を真っ二つに両断するリカルドの槍撃を異形種はすべて受け流した。

「――信じられぬ、何たる腕前よ!」

 リカルドが荒鷲の兜のなかで呻く。

 ニーナが意地になって異形種と刃を交えるリカルドへ、

「お父様、ゴロウの準備ができたから、そこどいて!」

「――待たせたな、そーら、よおっと!」

 走り寄ってきたゴロウが鉄の錫杖を軸にして導式で生成された、蒼く輝く巨大な槌を、大上段から異形種へ叩きつけた。これは砕石用の導式で、導式・異神の破砕槌ターザ・モールという。これは発動に直接打撃が必要な古代の導式で近年ではその役割が火薬や導式陣に取って代わられ、あまり使用されなくなっている奇跡の技術だ。

 だが、ゴロウはこの古風で派手な導式を結構気に入っている。

 ゴロウが叩きつけたところで、奇跡の大槌は青い光を散らして消えた。その衝撃波を食らって異形種は五メートルほど後ろへ下がった。異形種の足元にあった石畳の道がめくれあがるほどの衝撃だった。しかし、異形種は膝すらつかない。

 粉塵が舞い上がるなかだ。

 異形種が防御のために上げていた両腕をゆっくり下ろした。

「――じょ、冗談だろ。異神の破砕槌を耐えやがったァ!」

 ゴロウが引きつった半笑いを髭面に浮かべた。

 こりゃあダメだァ。

 俺の手にはとても負えん。

 大人しく引っ込んでいようっと――。

 ゴロウがそろりそろり後ろへ下がろうとすると異形の首筋に矢が突き立った。ゴロウを血祭りに上げようとしていた異形種が、矢の飛来してきた方向へ目を向けた。

 その視線の先にいるのはヤマダである。

「くっ、首筋に命中したのに、全然、効いてないのか――」

 南バリケード前で矢を放ったヤマダが顔色を変えた。だが、ヤマダの放った矢は無駄にはならなかった。ヤマダに気を取られた異形種へニーナが殴りかかったのだ。

 言葉通り、殴りかかったのである。

「――いい加減に倒れなさい!」

 私がブン殴っても倒れないとか、そんなの絶対に許せないんだから――。

 戦闘中、頭に血がのぼっているニーナの主張はこんな感じだった。突撃盾を使ったニーナ渾身の左ストレートが異形種の顎を打ち抜くと骨が砕ける音がした。

 異形種の巨体がぐらりと揺れる。

「大人しく冥府へ帰れい、この化け物めが!」

 リカルドがよろけた異形種へ大斧槍を叩きつけた。大斧槍の刃が異形種の上半身を斜めに割った。血を噴いた巨躯がゆっくり倒れてゆく。

 異形種VS二機の兵機の戦いを、手に汗握り観戦していたネスト・ポーターと兵士の集団――二百五十名余から、

「うおぉおぉおぉおおぉおぉおぉおぉおぉおぉおぉおおおおおおおお!」

 と、歓声が上がった。


 §


 リュウ渾身の斬撃が異形種の肩口を切り裂いた。その一撃で異形種は片方の大ナタを取り落とした。だが、その切り口から飛んだのは血よりも火花のほうが多かった。

「しまった、こいつ、迷彩服の下に防具を着込んで――!」

 リュウの背筋に冷たいものが走った。致命傷を与える予定で斬り込んだリュウは踏み込み過ぎている。

「ゴォルァ!」

 リュウの危険を察してフィージャが死角――異形種の潰れた片目の方向から戦闘爪を身体ごと突き入れた。その途端、異形種は胸を反らして後ろへ倒れた。それは自発的な動作だった。フィージャの行動を予測して異形種は回避行動を取ったのだ。獣人の爪の一撃は、異形種の顎の前の空気を裂いた。巨躯を後ろへしならせ異形種は後方倒立回転跳び――バク転を見せたついでにリュウとフィージャを蹴り上げた。

 異形の大車輪に巻き込まれて、リュウとフィージャがぶっ飛ばされる。

「――カハッ!」

 リュウは石の路面へ背中を打ちつけた。

 フィージャは路面を転がって受身を取った。

 獣の血が濃いフィージャの肉体はヒト族より頑丈にできている。

「――リュウ!」

 フィージャが膝をついたまま吼えた。

 受身を取った分、フィージャは敵から遠い。

 半身を起こしたリュウの眼前に異形種が迫っていた。

「ヴルァ、ヴルォァ!」

 異形種は吼えながら大ナタを振り上げた。

「不覚――」

 リュウは顔を歪めた。それでも、遥か西方に太古から伝わる『武』を修めたそのひとは、迫る異形の刃から――己の死から目を背けない。それが武だとリュウは教えられてきたし、リュウもそれを信じていた。そんなことを考えて、窮地に少し酔っていたリュウへ打ち下ろされる筈の大ナタは途中で消えた。

「――あえっ?」

 リュウの顔が驚きで滑稽なものになった。

 驚いたのは異形種も同じである。

 動きを止めた異形種は振り下ろした筈の自分の腕へ目を向けた。切断された腕はあるべき場所にない。戸惑う異形種の側面で苛烈な殺意がひとの形に凝結していた。ゆっくりと首を回した異形種は自分の傍らに立っている「それ」が何であるかを確認した。

 それはワーク・キャップを頭に乗せ、黒革鎧で全身を覆い、薄暗がりの外套を羽織った、魔獣の相貌を持つ男だ。

 薄暗がりの翼が跳ね上がる。

 魔刀が異形の首を地へ落とし、その巨躯にある切断面から鮮血がほとばしった。

「案外、異形種ってのも他愛がねェな。これで終わりか?」

 返り血が舞い散るなか。

 ツクシは口角を歪める。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る