225:「    」

「ミカ!」


 少女の腕を掴んだまま懇願を繰り返していた聖者の耳に草を掻き分ける音と第三者の声が聞こえ、聖者は顔を強張らせ、恐る恐る後ろを振り返った。


 聖者が振り返った先には、砂浜を取り囲むように生い茂る木々や藪の間から、大勢の人族の戦士達が姿を現わしていた。数は50人を下らないであろう。皆、ハヌマーンに比べ見劣りする体格を補強するかのように革や金属の鎧を身に纏い剣や槍で武装しており、1頭、大柄な獣人の姿もあった。彼らは少女と聖者の姿を認めるや否や、安堵と怒りを露わにして、藪の中から次々と飛び出してくる。


「ミカ!प्लीज भाग जाओ!」

「ミカ!खतरनाक!इधर आओ!」

「Хануман!Отойди от нее!」


 リーダーと思しき髭を生やした人族と、黒い大柄な人族、それと獣人が先頭に立ち、少女と聖者の許へ押し寄せて来た。その全員が憤怒の表情を浮かべ、殺意の籠った視線を聖者に突き刺す。大勢の人族の殺意と憎悪をまともに受けた聖者は怯え、少女に助けを求めるかのように縋りつこうとする。だが、




「…&!」


 …あ!


 少女が、聖者の腕を振り払った。




 少女に腕を振り払われ、虚弱な聖者はバランスを崩して砂浜へと倒れ込んだ。聖者は慌てて顔を上げたが、少女は彼の顔を見ようともせず彼に背を向け、駆け寄って来る人族の許へと駆け出している。


「ミカ!कृपया जल्द ही यहां आएं!!」


 聖者は、砂浜に膝をついたまま、すでに届かなくなった少女の背中にそれでも手を伸ばし、懇願の叫びを上げる。


「□×△▽% ▽&&%! サーリア〇$ *+▽○#$□ ×\&&〇 \%%□□△…!」


 娘よ、待ってくれ!サーリア様の居場所だけでも教えてくれ…この通りだ…!


 聖者は突然の破局に絶望し、押し寄せて来る殺意を前にして逃げようともせず、離れて行く少女の背中を呆然と眺めていた。




 ***


「ミカ!」

「…え?」


 夜通しの捜索で疲労が体に重く圧し掛かり、下を向いて黙ったまま歩いていたレティシアは、コルネリウスの突然の叫び声に、思わず顔を上げた。


 レティシアの少し先で、コルネリウスが一行の先頭に立ち、森の端に立ち止まっていた。これまで一行の行く手を阻んでいた森と深い藪は、コルネリウスの佇む先でぷっつりと途絶え、レティシア達の視界の先には、さほど広くない砂浜が広がっている。砂浜は霧に覆われていたが、次第に高度を上げる太陽の光が徐々に霧を追い払う。


 その砂浜の中央に大きな焚火が揺らめき、その手前で一人の少女と一頭のハヌマーンが組み合っていた。体一面純白の毛に覆われた小柄なハヌマーンは少女の腕にしがみ付き、少女の喉笛に食いつこうとしているように見える。レティシアは少女の無事への喜びと少女に迫る危険を目の当たりにして、悲喜い交ぜの悲鳴を上げた。


「ミカ!逃げて!」


 レティシアの悲鳴をかわぎりに、コルネリウスが剣を片手に森から飛び出して行く。その後を追うようにオズワルド、ゲルダ、そして騎士達が次々に砂浜へと躍り出て、少女の許へと駆け出す。


「ミカ!危ない!こっちに来るんだ!」

「ハヌマーンめ!彼女から離れな!」


 コルネリウス達の声を聞いた少女がハヌマーンの腕を振り払い、少女に振り払われたハヌマーンがバランスを崩し、砂浜に倒れ込んだ。少女は身を翻してコルネリウスの許へと駆け出し、それを見たレティシアが声を張り上げる。


「ミカ!早くこっちに!」

「□×△▽% ▽&&%! サーリア〇$ *+▽○#$□ ×\&&〇 \%%□□△…!」


 ハヌマーンが砂浜に膝をついたまま少女に手を伸ばすが、すでにその手は少女に届かない。ハヌマーンの軛から脱し自由を得た少女は、コルネリウス達の許へと躍り出る。そして、―――




「――― 駄目!ゴマちゃんを殺さないで!」




 コルネリウス達の前で両手を広げ、立ちはだかった。




 ***


「…ミカ?」


 コルネリウスは、剥き身の剣を右手に持ったまま、目の前に立ち塞がった少女の姿を呆然と眺めていた。


 いや、コルネリウスだけではない。オズワルドも、ゲルダも、レティシアも、後に続いた全ての騎士達も、そして少女の背後に居るハヌマーンでさえも、この場に居る全ての者達が、目の前の少女の取った行動が信じられず、少女の姿を呆然と眺めていた。


 やがて、ゲルダが信じられない表情を浮かべたまま、恐る恐る少女に尋ねる。


「…な…何を言っているんだい、ミカ?気でも触れたのかい?アンタの後ろに居るのは、仲間じゃないんだよ?ハヌマーンなんだよ?」

「…そ、その通りだ!ミカ、君は何かと見間違っている!何処かで頭を打たなかったか?早くこちらに来てくれ!」

「ミカ、お願い!目を覚まして!」


 ゲルダの言葉に続いてオズワルドとレティシアが狼狽に近い声で少女を正し、正気に戻らせようとする。だが、少女はオズワルド達の声に耳を傾けようとせず、一行の前で両手を広げたまま、ハヌマーンをオズワルド達の手から守ろうと必死の形相で立ちはだかる。その、何の凄みも力もない少女が、感情だけを剥き出しにして訴える姿に、コルネリウス達は困惑と不審と不安を浮かべ、振り上げた剣を下ろし、皆、力なくその場に佇んだ。




 この時、少女の中にあったものは、深い読みに裏打ちされた策略でも、確固たる信念でも、高邁な博愛の心でもなかった。


 少女を突き動かしたもの。それは、――― 一時の感情に流された、単なる衝動。




 少女は、ハヌマーンを救った後の事を、考えていなかった。身を挺してハヌマーンを庇った事で、仲間達に広がる不審と動揺を考えていなかった。少女は、目の前で蹲り震えるハヌマーンを見て憐憫を覚え、傷を癒し、暖を分け、食を与えた。それによって少女の中で「母」が起動し、ハヌマーンに襲い掛かろうとする仲間達を見て、衝動的に立ちはだかったに過ぎなかった。此処でハヌマーンを救ったところで、自力でガリエルの地に戻れるはずもなく、早晩ハヌマーンの命は潰える。少女の助命の願いは、何の意味もなさない。少女は、明らかに選択を誤った。




 だが、その「過ち」が、奇跡を呼び起こす ―――。




 ***


「Dame!Goma chan wo korosanaide!」


 聖者は砂浜に膝をついたまま、少女の後姿を呆然と眺めていた。


 聖者の目の前で少女は背中を向け、その小さな両手を広げて、屈強な人族の戦士達の前に立ちはだかった。仲間であるはずの、そして力では決してかなうはずのない人族の戦士達の前に、それでも臆する事無く立ちはだかり、その小さな手で必死に立ち向かおうとしている。




 他の誰でもない、敵であるはずの聖者を守るために。




 …嗚…嗚…嗚呼呼呼呼呼呼呼呼呼呼呼呼呼呼呼呼呼呼呼呼呼呼呼呼呼呼呼っ!


 突如、聖者の頭に雷光にも似た光が走り、雷に撃たれたような衝撃が走った。




 ――― 自由奔放で笑顔がまぶしい、艶やかな黒いの三女、サーリア。




 そうだ!「髪」だ!「毛」ではない!サーリア様は、毛に覆われていない!サーリア様は毛ではなく、「艶やかな黒い髪」を持っている!


 聖者は、神話が齎した真実に衝撃を受けながら、目の前の艶やかな黒い髪を持つ少女の後姿を眺める。




 目の前の艶やかな黒い髪を持つ少女は、寒さに震え、蹲っていたハヌマーン聖者に優しい声を掛け、暖めてくれた。


 目の前の艶やかな黒い髪を持つ少女は、傷を負ったハヌマーン聖者を癒し、自分の食べ物を分けて、一緒に食事を摂ってくれた。


 目の前の艶やかな黒い髪を持つ少女は、ハヌマーン聖者に危害を加えようとした人族の前に立ち塞がり、叱り付けて追い払おうとしてくれた。




 聖者の目にたちまち涙が溢れ、双眸から涙を滝の様に流しながら、少女の後姿を食い入るように見つめる。


「…サ、サーリア〇$…」


 サーリア様は、生まれ変わっていた。以前と同じ艶やかな黒い髪を持って、人知れず人族として生まれ変わっていた。ハヌマーンとは異なる姿で、記憶を失い、かつてのガリエル様と自分達との仲睦まじい暖かい暮らしを忘れ、生まれ変わっていた。


 だが、例え記憶を失っていても、その志は何も変わっていなかった。今や不倶戴天の敵となったハヌマーン聖者にも分け隔てなく接し、その体を気遣い、労わってくれた。ハヌマーン聖者に襲い掛かろうとする人族仲間の前に立ちはだかり、種族の垣根を超えて思い留まらせようとした。


 例え、生まれ変わってしまっても、わかる。姿かたちが変わろうとも、わかる。この眩いほどの純真な心と行動こそ、サーリア様の証。聖者は嗚咽を上げながら、黒い髪をなびかせ、光り輝く少女の後姿を見つめる。


「…&…&…&&&&&&&&&&&&&&&&&&&&&&…サーリア〇$…」


 聖者は、少女の毛のない後姿を、生まれて初めて美しいと感じていた。




「…×□%$$@!」


 …聖者様!


 膝をつき、少女の後姿を眺めながら感涙にむせぶ聖者の耳に、草を掻き分ける音と、同胞達の声が聞こえて来た。




 ***


「…×□%$$@!」


 白いハヌマーンの前で両手を広げたまま立ち塞がる少女の姿を呆然と眺めていたコルネリウスの耳に異なる種族の声が聞こえ、彼は前方へと顔を向けた。


 コルネリウスが顔を上げた視線の先には、自分達の居る砂浜を取り囲むように鬱蒼とした森と藪が広がっていたが、自分達とは反対側の森の中から多数のハヌマーンが姿を現わしていた。その数、およそ50頭。ハヌマーンは人族より高い上背と屈強な体格を持ち、原始的な棍棒や大剣を軽々と掲げ、人族に取り囲まれた矮躯な純白のハヌマーンを見つめている。


 ハヌマーン達は純白のハヌマーンを見て一瞬安堵の雰囲気を漂わせたが、その直後、一転してコルネリウス達に向かって憎悪と殺意を叩きつけてきた。その容易ならざる雰囲気に、コルネリウス達は剣を構え、二つの集団は一人の少女と一頭のハヌマーンを挟んで対峙する。


「×□%$$@ ▽△$%%〇× \& 〇×□□$ ##%◇!」

「%%〇 #$!」

「%%〇 #$!」


 ハヌマーン達の中でひと際大きな体格を持つ一頭が雄叫びを発し、ハヌマーン達が次々と砂浜へと躍り出ると、巨大な棍棒と大剣を振りかざし、憎悪を露わにして自分達に向かって押し寄せて来る。


 それを見たコルネリウスが迎撃を指示すべく息を吸い、声を発しようとしたその刹那。




「□△\\%〇 @△+▽#! サーリア〇$ ×\*□ ▽% △〇××#$!」




 コルネリウスをも凌ぐ大音声が砂浜の隅々まで響き渡り、その声の前にハヌマーンはおろか、コルネリウス達も急停止した。




 ***


「×□%$$@ ▽△$%%〇× \& 〇×□□$ ##%◇!」


 聖者様を、人族の魔の手からお救いしろ!


「%%〇 #$!」

「%%〇 #$!」


 振り返った聖者の先で、供回りの生き残りが雄叫びを発し、同胞達が次々と砂浜へと飛び出して来る。彼らの顔には、皆一様に、聖者の無事への安堵と、その聖者に襲い掛かろうとしていた人族への憎悪が入り混じっていた。


 聖者の背後から武器を構える音が聞こえ、人族の敵意の度合いが増す。だが、同胞達は人族の敵意に怯む事無く、果敢にも押し寄せて来る。それを見た聖者は弾かれるように身を起こし、あらん限りの想いと生命の炎をつぎ込み、同胞達へと向かって咆哮した。




「□△\\%〇 @△+▽#! サーリア〇$ ×\*□ ▽% △〇××#$!」


 貴様ら、控えんか!サーリア様の御前にあるぞ!




 聖者の咆哮の前に、同胞達は急停止した。彼らは、武器を振りかざしたままの体勢で信じられない表情を浮かべ、一様に聖者の顔を見つめている。彼らの視線を一身に受けた聖者は、近くに落ちていた流木を手に取って杖代わりにすると、少女と背中合わせでよろよろと立ち上がった。聖者は少女を庇うように彼らの前に立ちはだかり、この一瞬に生命の炎を燃やし尽くす勢いで、同胞達を叱責する。


「□△\\%〇 △×○○$!? \△&&× 〇# ▽%$〇□ サーリア〇$! △×@* &%+□□ 〇%&&…!」


 貴様らには、わからんのか!?神話の中のサーリア様を、思い出せ!「艶やかな黒い髪」だ!「毛」ではない!「髪」だ!サーリア様は、我々の様に毛に覆われていない!


「…Goma chan?」


 聖者の言葉を聞いたハヌマーン達は、聖者の背後に佇む少女の艶やかな黒い髪を見て驚愕の表情を浮かべ、振りかざしていた武器をゆっくりと下ろす。背後に佇む少女が振り返って聖者に声を掛けるが、聖者は構わず同胞達に向かって訴え続ける。


「□×○○$%% 〇×△\\ □◇△÷ ×〇%$$ &$$〇! %□□×〇\+〇\…!」


 彼女は、凍え震えていた私に暖を与え、暖めてくれた!彼女は苦痛に苛まれていた私を癒し、傷を治してくれた!彼女は空腹を覚えていた私のために自らの食料を分け与え、飢えを満たしてくれた!




「△%# 〇△××\ +&△ ×〇〇$□%%& □〇#$$* \\〇+ &&*△÷…!」


 そして彼女は、私の命を守るために、同胞であるはずの人族の前に立ちはだかり、思い留まらせてくれた!




 一人、また一人と、ハヌマーン達が武器を取り落とし、膝をついて涙を流し始める中、聖者は溢れ出る涙を抑えきれず、滂沱の如く流しながら、訴え続ける。


「〇□%%△ ×#$$@□\□◇ 〇%&&〇× $△&& ×$ 〇□\&$△+\ *△〇…!」


 姿かたちに惑わされるな!見目の異なる我々ハヌマーンに、これほどまでに慈しみと労りを齎してくれる方など、サーリア様をおいて他にはない!遥か昔、サーリア様は悪辣なエルフの矢によって心臓を貫かれ、お亡くなりになられた!だが、サーリア様は、生まれ変わったのだ!悠久の時を超え、かつてと同じ、艶やかな黒い髪を纏い、この世界に再び舞い下りておられたのだ!


「サーリア〇$!」

「サーリア〇$!」

「…E?Goma chan?Kore, ittai dounatte iruno?」


 同胞達が次々と膝をつき、泣きながら少女に向かって感激の声を上げる中、少女は戸惑ったような表情を浮かべ、聖者の顔を見つめている。聖者は止まらなくなった涙を拭こうともせず、背後へと振り返って膝をつくと、少女の手を恭しく押し戴き、万感の想いを籠めて奏上する。


「サーリア〇$ 〇□#$$ &$△ ##〇□÷& ×△$$#〇 △\÷%□÷ +*◇△$…」


 サーリア様、お忘れでありましょうが、かつてあなた様に命を救われ、幸せを分け与えていただいた、ハヌマーンであります。太古の彼方、我々の祖先があなた様から恩情を賜り、以来、我々はそれだけを糧に生きて参りました。あなた様にお返しすべき御恩を忘れず、しかし今日まで御恩に報いる事なく、生き恥を晒して参りました。我々は悪辣なエルフの手によって命を落とされたあなた様をこの世に呼び戻すべく、人族達との間で悠久の戦いを繰り広げていたのです。


 聖者は俯き、少女の手を眺めながら残念そうに笑う。


「□×△△\ △○@@%×$$$ 〇□* +△÷\## 〇×%%* ÷$\\◇ ガリエル〇$ 〇×#□△▽…」


 正直、あなた様が敵方である人族の下に生まれ変わっていたのは、残念でなりません。ガリエル様に何と申し上げたら良いのか…。ですが、あなた様が以前と変わりのないお人柄でお生まれになられていた事を、何よりも喜ばしく思います。以前と変わらぬ艶やかな黒い髪をなびかせ、姿かたちに囚われず分け隔てなく愛し、その御心を敵方であるはずの我々にも開いてくれている。これほど嬉しい事は、ございません。人族はおろか、我々ハヌマーンから見ても眩いほどに健やかに、美しいお姿に生まれ変わられた事、ハヌマーン一同を代表し、心よりお慶び申し上げます。


 聖者は顔を上げ、困惑の表情を浮かべる少女に向かって涙まみれで微笑む。


「サーリア〇$ 〇□\\& 〇□△÷ $+〇\〇 @*▽#$$〇□ %× △××$÷…」


 サーリア様、今生の世はどうか安らかに、幸せにお過ごし下さい。…それと最後に一言だけ、申し上げさせて下さい。




「――― □〇△\\$ #〇×* ÷@□〇%& ▽△〇$%〇\ □\ 〇$ ▽×%%&&〇#$…×□〇%$$%%%%%%%%%%%%! △×\\〇%& #□〇*▽!」


 ――― 遥か太古の彼方、我々の祖先に愛と幸せと温もりをお与えいただき…本っ当ぉぉぉぉぉにっ!有難うございましたっ!




 聖者はそう締めくくると、涙を振り払うように頭を下げ、少女の手を恭しく引き寄せ、その瑞々しい手の甲に静かに歯を立てた。




 ***


「「「…」」」


 さほど広くもない砂浜の真ん中で繰り広げられた光景を、誰もが呼吸を忘れ、眺めていた。コルネリウスも、オズワルドも、ゲルダも、レティシアも、50名に上る騎士達も、誰一人微動だにせず、目の前に広がる光景を呆然と眺めている。




 彼らの目の前には、一人の少女が佇んでいた。少女は彼らに背を向け、目の前に膝をつく純白のハヌマーンに手を差し伸べている。そして純白のハヌマーンは少女の手を取り、明らかに感動の表情を浮かべ涙を流しながら、少女の手の甲にキスをするように歯を立てていた。


 純白のハヌマーンの背後には50頭にも及ぶハヌマーン達が同じように膝をついて少女にひれ伏しており、彼らは口々にサーリアの名を呼び、溢れる涙を拭おうともせず、繰り返し首を垂れている。


「サーリア〇$!」

「サーリア〇$!」

「…おい…」


 目の前の光景を信じられない面持ちで眺めていた騎士達の耳に、コルネリウスの声が聞こえて来た。彼は、少女の後姿に釘付けになったまま、背後に連なる騎士達に向かい、戦慄くように宣言する。




「…私が全て責任を取る。全員、ハヌマーンに行動を合わせろ」


 そう宣言したコルネリウスは、剣を納めると片膝をつき、少女の後姿に向かって首を垂れた。




 コルネリウスの姿を見た騎士達は、次々とコルネリウスに倣って片膝をつき、少女の後姿に向かって首を垂れる。オズワルドとゲルダもコルネリウスに倣い、その巨体を縮め、少女の背中に向かって跪いた。


 レティシアは両膝をついて両手を胸元で組み、少女の後姿を見つめながら祈りを捧げる。だが、荒れ狂う感情に流されるままに彼女が祈りを捧げた相手は、ロザリアではなかった。


 …ミカ!ミカ!あなたはっ!あなたはっ!…一体、何て事をっ!




 日が上り、次第に消える霧の隙間から光の帯が射し込んで、砂浜に佇む少女を照らし出した。




 少女は日の光を浴びて、湖の畔にただ一人佇み、黒く艶やかな髪をなびかせ、光り輝いていた。少女の前には一頭の純白のハヌマーンが跪き、忠誠を誓うかの如く少女の手の甲に歯を立てている。そして、純白のハヌマーンの背後には大勢のハヌマーンがひれ伏して少女の姿に感激の涙を流し、その少女の背後には大勢の人族と獣人が傅いている。霧が晴れ、青空から射し込まれた光の帯が少女を祝福する。




 中原暦6626年ロザリアの第1月24日。


 ――― その日、リーデンドルフに「サーリア」が舞い下りた ―――

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