213:ロザリアの逆襲

「…ミカ、そろそろ行かないと」

「…あ、はい。そうですね」


 西へと一直線に伸びる広場に沿って柊也達が歩を進め、その後ろ姿が煙と埃に掻き消された後も、美香は暫くの間立ち昇る煙を見つめていたが、オズワルドの声に後ろを向き、やや力のない笑みを浮かべて頷く。美香は残された三人の顔を一通り眺め、口を開く。


「でも、先輩は南で態勢を整えろって言ってたけど、何処に向かえばいいのかな?」

「「…」」


 美香の質問を聞いたオズワルドとゲルダは、互いの顔を見合わせた後、揃ってレティシアへと向く。異世界へと召還された美香は勿論だが、これまでずっとハーデンブルグの防衛に専念していたオズワルドとゲルダも、ヴェルツブルグに疎い。自然、三人の視線を集める事になったレティシアは、顎にほっそりとした指を当てて動きを止めていたが、やがて自分の考えを口にした。


「…ヴィルヘルム様を頼りましょう。あの方は、家督をエミール様に譲られた後、ミカの件でクリストフ殿下を諫めるために、上京されました。恐らく、現在もヴェルツブルグの館に逗留されていらっしゃるはず。私達では、ヴェルツブルグの人々を糾合するには、箔が足りません。ヴィルヘルム様と合流し、あの方の人脈とアンスバッハ家の家名を後ろ盾に、打開を図りましょう」

「わかりました。レティシア様、アンスバッハ家の場所はわかりますか?」

「ええ、大体のところは。皆、ついて来て下さい」


 四人はオズワルドが先頭に立って南の路地へと飛び込み、レティシアの記憶を頼りに南へと駆け抜けて行った。




 ***


「〇×%% □@##& \□××$〇△& □&&」

「×〇〇 \\\〇% +□△▽&□% %□\…」


 突然、目の前に広がった阿鼻叫喚の光景に、ハヌマーン達は立ち竦み、呆然としていた。通路を抜け広場へと躍り出た同胞達と、その後を追っていた3頭のロックドラゴン。その全てが、巨大な黒槍の串刺しとなり、体を引き千切られ、焼け焦げ、討ち棄てられていた。目の前に横たわるロックドラゴンの側面には何本もの黒槍が突き刺さり、穴だらけになって燃え上がり、生前の威容は影も形も見られない。槍の突風は一瞬で治まり、辺り一帯には血の臭いと肉の焦げる臭いが充満し、白と黒の煙と異様な静寂だけが漂っていたが、ハヌマーン達はその光景に怯え、通路を埋め尽くす人だかりの中で後退しようとしていた。


 過密状態で立ち竦むハヌマーン達の中で、輿に横たわる聖者が、焦燥を露わにして呟く。


「…ロザリア…」


 聖者の呟きを耳にした有力者達は、驚きの表情を浮かべて一斉に振り返った。だが、聖者は有力者達の動きに意に介す事もなく、遥か前方に突如現れた惨劇に目を奪われたまま、悔しさと恐怖を口の端に乗せる。


「×□&&& 〇\\#□… ▽△%% 〇# ロザリア $$×□+ 〇&%□□@$$ \△△…」


 間に合わなかった…。遥か北の堰に居たはずのロザリアが、我々の進軍に気づいて戻って来てしまった…。此処まで来たのに…後一歩だったのに…。




 聖者のほぞを噛むような言葉を耳にしながら、ハヌマーン達は緩やかな上り坂の頂上に出現した惨状と撒き上がる煙を眺めていたが、やがて煙の向こうから石が飛んできた。人族の拳大程度の石は石畳の上で跳ね返ると、坂に沿ってバウンドしながら並び立つハヌマーンの下へと転がる。すると、その直後、


「×〇## □△△@\ 〇□%% ×$!」

「□〇\ &$□▽**\ ×□&&&&!」


 突然、足元の石が爆発し、周囲に居たハヌマーン達が吹き飛ばされた。彼らは屈強な戦士でありながら、小さな石の爆発の前に為す術もなく、体に無数の穴が空き、血や肉を撒き散らしながら次々と斃れていく。


 そして、その光景に唖然とする後続のハヌマーン達の下に、2個、3個と、石が飛んできた。彼らは坂道を転がって来る石に慌てふためき、後退しようとして後続の仲間にぶつかって倒れ、将棋倒しが発生した。そして、折り重なったハヌマーンの足元に転がった石が再び爆発し、彼らはひれ伏したまま宙を舞い、血肉を振り撒きながら仲間の上へと落ち、絶命する。


「〇$$□ \@&&□△△!」

「%%×◇ 〇##*□ \\+□\ 〇&&!」


 坂上に到達していた先頭部分では大混乱が起き、皆我先に後ろに下がろうと仲間を押し退け、坂の頂上付近は死体だけが残された奇妙な空白域と、そこから逃げ出そうとするハヌマーン達の過密地域に二分される。


 そして、生きたハヌマーンの居なくなった坂の頂上、その白い煙の向こうから3つの影が浮かび上がり、


「Yoo, Saru domo. Hajimemashite. Soshite, sayounara」


 ロザリアの率いる「三種族」が、姿を現わした。




「…ロ、ザリア…」


 坂の頂上に現われた三種族の姿を遠くに見て、聖者は喘ぐように声を絞り出した。坂の上に現れた三種族は、僅かに三人。人族の男と、獣人の女と、エルフの女。しかも男には右腕がなく、隻腕である。日頃のハヌマーン達であれば、目の前に立ちはだかろうとも意に介さず、勇猛な同胞達の一踏みの前に潰されるのがオチであろう。


 だが、坂の上に立った僅か三人を前にして、聖者率いる南征軍は誰一人動けなくなった。あの三人は、これまで幾度も斃し、蹂躙してきた三種族とは、明らかに雰囲気が異なっていた。聖者は、雪のように白く長い毛の下で気持ちの悪い汗が流れるのを感じ、悪寒を覚える。


「…□%&&\ □%&&\…〇□** △&$$%▽ *@□△# 〇&&×$\…?」


 …まさか、まさか…あれが、神話に登場する「三種族」なのか…?


 聖者の震える言葉に、周囲を取り囲む有力者達は騒めき、動揺が広がる。聖者は、自分の言葉によって周囲が浮足立つ様子にも気づかず、弱々しい命の炎を燃え上がらせ、坂の上を凝視する。


「ロザリア □\\× &$$▽…ロザリア □*%▽〇% \$□◇?」


 ロザリアが居ない…ロザリアは、何処だ?


 ついに神話の「三種族」が、我々の前に立ち塞がった。ロザリアもきっと此処に居る。聖者と南征軍は、目の前の光景に目を奪われ、誰一人逃げ出そうともせず、襲い掛かろうともせず、ただ次第に激しさを増す自分の鼓動だけを友に、ロザリアの登場を待つ。「三種族」の中央に立ち、坂の頂上でハヌマーン達の視線を一身に受けていた人族の男が、口を開く。


「Nanji ni meizuru. ―――」


 そして、地面から舞い上がる黒い靄と共に、ついに「ロザリア」が姿を現わした。




 ***


「…ちょっと、これは流石に、ハヌマーン達が可哀想になりますね…」


 最後尾を歩くセレーネが、後背に目を配りながら、口の端を引きつらせる。真ん中を歩く柊也が振り返り、セレーネの呟きに答えた。


「今回、あの数を3人で相手しないといけないからな。流石に手加減する余裕はないよ。スマンが、暫く我慢してくれ」

「あ、ごめんなさい、トウヤさん。そんなつもりで言ったわけじゃないですから、気にしないで下さい」


 柊也の答えに、セレーネは慌てて笑みを浮かべ、手を左右に振った。


 三人は西へと一直線に伸びる広場の南の端を、一列に並んで西進していた。三人はシモンを先頭にして、カービンを手に周囲に気を配り、ゆっくりと進む。右手に見える広場には死体や建物の残骸が至る所に転がり、黒槍によって掘り起こされた土砂から撒き上がる土埃と、燃え上がる死体や黒槍から立ち昇る煙が濛々と立ち込め、南西から吹く風に乗って北東へと流されていた。


 三人の警戒を余所に、周囲は不気味なほどの静けさを保っていた。音が絶えたわけではない。周囲ではそこかしこで炎が踊り、死体の破裂する音が聞こえるし、積み上がった瓦礫が崩れる音も聞こえる。遠くからは、悲鳴や建物が崩壊する音も聞こえて来る。しかし、この東西を真っすぐに貫く広場一帯では、いわゆる生の息吹の混じった躍動感溢れる音が一切感じられず、ただただ死に絶えた世界特有の、物理法則に従っただけの冷たい音だけが漂っていた。


 やがて三人は広場の突き当りへと到達し、穴だらけになった3頭のロックドラゴンの向こう、緩い下り坂になっている北に伸びる道へと目を向ける。左手、広場の突き当り「だった」場所は、建ち並んでいた石造りの建物が全て崩壊し、黒槍によってつけられた鋭い爪痕が、遠く街壁まで伸びていた。


「シモン、セレーネ、ロックドラゴンの陰に隠れていろ」


 柊也は二人にそう伝えると、見えない右腕を動かし、拳大の丸いずんぐりとした物を取り出す。


 M67破片手榴弾。


 柊也は、アメリカ軍で使用される手榴弾を手に持つと安全ピンを抜き、北へと伸びる道に向けて投擲すると、自分もロックドラゴンの陰に隠れた。手榴弾は堅い石畳の上でバウンドし、下り坂に沿って転がり、視界から消える。


 そして5秒後。


「×〇## □△△@\ 〇□%% ×$!」

「□〇\ &$□▽**\ ×□&&&&!」


 下り坂の向こうで爆発音が聞こえ、複数のハヌマーン達の悲鳴が上がる。柊也は続けて手榴弾を投げ込み、その都度下り坂の向こうで悲鳴が聞こえて来る。だが、ハヌマーン達は坂を上り、押し寄せてくる様子がない。


「…怖気づいたのか?または、逃げ出そうとしているのか?」

「トウヤ、どうする?」


 ロックドラゴン越しに坂の様子を窺う柊也に対し、シモンが尋ねる。柊也はシモンの顔を向いて、一つ頷く。


「シモン、セレーネ、最大限警戒してくれ。行くぞ」

「わかった」

「はい」


 シモンとセレーネは厳しい表情を浮かべて頷き、カービンを構えながら、北へと歩を踏み出した柊也の後を追う。柊也は二人に囲まれ、右手にカービンを持ったまま悠然と広場を横断し、北へ伸びる道へと向かう。周囲を覆う煙が晴れ、坂下の様子が浮かび上がる。その、坂下に広がる光景を見た柊也は、歯を剥き出しにして、高らかに嗤った。




「――― よぉ、猿共。初めまして。そして、さようなら」

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