212:vs 管理者(ヴァーサス アドミニストレーター)

「〇□\÷% 〇×\\ □△$%% 〇#!」

「□△@+ $%%〇× ▽&&〇%$!」

「%%〇 #$!」

「%%〇 #$!」


 屈強な男達が担ぐ輿の上に身を横たえ、威勢のいい同胞達の雄叫びを聞き流しながら、聖者はいつもとは異なる、些か心地良い熱を覚えつつ考えに耽っていた。最初に包囲し陥落させた、山を模した建物の中を隅々まで探し回ったが、結局、サーリア様のお姿を見つけ出す事はできず、空振りに終わった。聖者は輿の上で身を起こし、建物のある丘の上から人族の集落を睥睨する。


 此処ではないとすると…あそこか?


 人族の集落は周囲を壁に覆われ、石造りの構造物が乱立していたが、その中でもひと際太く大きな塔が南東の方向にそびえ立っていた。此処が空振りに終わったとなると、後はあそこしか考えられまい。聖者はそう結論付け、南東の塔を指差しながら、輿の周囲に居並ぶ有力者達へと指令する。


「〇×□△$▽ &&〇□ ÷◇$# 〇&%□ □$〇〇& サーリア〇$ □〇&%%…!」

「%%〇 #$!」

「%%〇 #$!」


 同胞達よ。次は、あそこに見える塔だ。今度こそ、サーリア様をお救いするぞ!


 聖者の言葉に有力者は威勢よく唱和し、自分達の部族の者に次々と伝達する。


 ヴェルツブルグの北西部を侵食し壊滅させた茶色の帯は、やがて東部中央へと進路を向け、周囲を呑み込み灰燼へと変えながら、突き進んでいった。




 ***


「サラ、管理者権限をもって命ずる。古城美香のこれまでの詠唱履歴を表示してくれ」

『畏まりました、マスター。個体名コジョウ・ミカのナノシステムアクセスログを、表示します』


 柊也が空中に向かって話しかけると目の前に赤い光が灯り、やがて光は蜥蜴の姿を形作ると柊也の左腕にへばり付く。柊也は空中に出現した四角い光のパネルに左手を伸ばし、指先を上下に振って画面をスクロールさせながら、感心する。


「…すげぇな、古城。こんな詠唱の文言、よく一人で編み出したな」

「でしょ?これ全部、一瞬の閃きで編み出したんですよ。先輩、もっと褒めて下さいよ」

「mとかcmとか度量衡が入り乱れていて、優美さとか品位の欠片もないけどな」

「うっさい、黙れ」


 柊也の批評を聞いた美香が、頬を膨らませて剥れる。その恨めしそうな視線を背後に感じながら、柊也は前を向いたまま指令した。


「古城達はもっと後ろに下がってくれ。シモンとセレーネは、俺の後ろに。横槍が来たら、対処を頼む」

「わかった」

「はい、わかりました!」


 柊也の指示に従い、美香達四人は石段の上でさらに後退し、シモンとセレーネは柊也の背後でM4カービンのトリガーに指を添える。そして、柊也は広場を埋め尽くすハヌマーンとただ一人対峙し、歯を剥き出しにして嗤い出した。




「――― 汝に命ずる」




 ***


 そして、大聖堂の入口に佇む美香とレティシア、オズワルド、ゲルダの四人は、その光景を目にする。


 大聖堂の目の前、西へと一直線に貫く広場。その向こう側から押し寄せてくる雲霞の如きハヌマーンの群れの前に、ただ一人で立ち塞がる、隻腕の男。その男の背中越しに漂ってきた言葉を聞いた美香は、仰天する。


「汝に命ずる。大地より鉄を吸い上げ、灼熱を抱いて鋼の錘を成せ。錘は長さ4.5m、底の直径1.5mとし、その数は50。我の前方10m、高さ1.5m、幅200mの間に等間隔で横列を成し、各々が青炎を纏いて我に従え」

「え!?ちょ、ちょっと待って、先輩!それはヤバいって!それ撃ったら、先輩、死んじゃう!」

「シュウヤ殿!?」


 美香が悲鳴を上げ、レティシアも蒼白になる。


 隻腕の男の前、広場を横断するかのように、辺り一面黒い靄が立ち上がっていた。靄は次第に渦を巻いて橙色に輝き始め、やがて橙と黒の斑模様の巨大な槍を形成する。槍は凶悪な尖端をハヌマーンに向け、青炎と白煙を噴き上げながら、横一列にずらりと並ぶ。


 対ハヌマーン用の3m級ではない。対ロックドラゴン用の4.5m級の黒槍が50本。詠唱者が美香であれば、「形成」の時点で卒倒し、「射出」する事なく死を迎えるであろう。白い水蒸気を噴き上げ、広場一面にずらりと並んだ黒槍の姿にあっけに取られる美香達の耳元に、男の呟きが聞こえて来た。


「…隙間が大きいなぁ。もう少し埋めるか」

「え、ちょ!?」


 聞き捨てならない言葉に美香が慌てて目を向けると、詠唱を再開する男の後姿が飛び込んで来る。


「汝に命ずる。大地より鉄を吸い上げ、灼熱を抱いて鋼の錘を成せ。錘は長さ3m、底の直径75cmとし、その数は100。我の前方15m、高さ1.5m、幅200mの間に等間隔で横列を成し、各々が青炎を纏いて我に従え」

「汝に命ずる。石を纏いて大いなる巌を成し、我が前にそびえ立て」

「汝に命ずる。石を纏いて大いなる巌を成し、我が前にそびえ立て」

「汝に命ずる。石を纏いて大いなる巌を成し、我が前にそびえ立て」

「え、待って、何で多重詠唱!?」


 唖然とする美香の視界一面に新たな渦が巻き起こり、先ほどの黒槍より一回り小さい黒槍が、前方にずらりと並ぶ。巨大と特大の槍が間断なく並び、白い石畳の上に橙と黒に彩られた太い線が横切った。そして槍の詠唱とともに複数の詠唱が同時に漂い、男の前に3枚のストーンウォールがそそり立つ。


「シモン、セレーネ。ストーンウォールの陰で身を潜めろ」

「わかった!」

「はい!」

「ゲルダ!」

「あいよ!」


 目の前に広がる圧巻の光景に美香が呆然としていると、突然オズワルドの声と共に美香の視界が一変し、足元から地面の感触が消え去る。顔を上げると、橙と黒のストライプの髪と丸みを帯びた獣の耳を持つ、大柄な女の顔が見えた。


「ゲルダさん…」

「隠れるよ、ミカ。アレは、バックファイヤだけでも十分にヤバい」


 ゲルダは美香の答えを待たず、美香を横抱きに抱えたまま大聖堂に並び立つ太い柱の陰に身を潜める。ゲルダに覆い被さられ、身を縮こませる美香の視界に、向かい側の柱の陰に同じように潜む、レティシアとオズワルドの姿が見えた。そしてその柱の間を、男の言葉が通り過ぎる。




「――― 全弾音速で水平斉射。彼の者を穿ち、食い破れ」




 直後、通り過ぎた男の言葉を追い駆けるように柱の間を白い壁が駆け抜け、四人は後を追う轟音と激震から身を守るべく、地面に這いつくばった。




 ***


 聖者は、屈強な男達が担ぐ輿に身を横たえ左右に揺られながら、真っすぐに前を見据えていた。聖者の前には、同胞達が肩を並べ緩やかな坂道に沿って南へと進軍しており、その進軍はまるで人族の作った道を、世界を踏み潰すようにも見える。私が生きているうちに、此処まで進む事ができた。あともう少し、もう少しでサーリア様をお救いできる。聖者は、自分達の前を進む3頭のロックドラゴンが道に沿って左へと方向転換する様子を眺めながら、逸る心を抑えた。




 そして、聖者が率いるハヌマーン達は、その光景を目にする。


 広場と思しき幅の広い道へと躍り出て、左へと方向転換する3頭のロックドラゴン。そのロックドラゴンの左側面に突如巨大な黒槍が出現し、ロックドラゴンへと突き刺さった。ロックドラゴンの周囲を覆う分厚い岩盤は黒槍の前に為す術もなく打ち砕かれ、周囲に岩塊が散らばって雨霰の如く降り注ぎ、同胞達が悲鳴を上げ、次々に斃れる。


 3頭のロックドラゴンには容赦なく次々と黒槍が突き刺さり、あまりの勢いに、その巨体は浮き上がり、引き千切られる。手前のロックドラゴンの尾部に突き刺さった黒槍はそのまま視界の右へと突き抜け、胴体から千切れ飛んだ長い尾が宙を舞い、通路を埋め尽くす同胞達に覆い被さって何人も下敷きにした。そして、その長い尾が地面へと落ちるより早く、右へと通り過ぎた黒槍が人族の構造物へと突き刺さり、石造りの構造物が崩落して、同胞達を生き埋めにしていく。


 阿鼻叫喚の様相を見せる広場に、赤い血肉と岩塊が、左から斜めに降り注ぐ。そして、凄まじい轟音とともに、長大な黒槍が回転しながら姿を現わした。黒槍は地面を抉り、同胞を撒き上げ、血肉と岩塊を撒き散らしながら、瞬く間に視界の右へと通り過ぎて行く。


 すでに原型を留めていないロックドラゴンからは黒煙と炎が噴き上げ、辺り一面に血の臭いと肉の焼ける臭いが充満し、黒槍に切り刻まれ、千切れ飛んだ肉片が宙を舞う。聖者とハヌマーン達は、一変した目の前の光景に硬直し、呆然としたまま、立ち竦んでいた。




 ***


「…大丈夫かい、ミカ?しっかりおし」

「だ、大丈夫です、ゲルダさん。ありがとうございます…けほっ、けほっ…」


 埃の舞う大聖堂の入口で蹲っていたゲルダが身を起こし、その下から美香が咳き込みながら這い出てくる。埃が入り痛む目を擦りながら美香が顔を上げると、向かい側の柱の陰でオズワルドに手を引かれ、立ち上がるレティシアの姿が見えた。


「あ…ありがとう、オズワルド。助かったわ」

「いいえ、お気になさらず」

「…あ、そうだ!先輩、大丈夫ですか!?」


 レティシアとオズワルドの無事を知り安堵の息をついた美香は、慌てて大聖堂を飛び出す。そして、目の前に広がる惨状を目にして、硬直した。


「げげ…」


 大聖堂の入口から西へと一直線に伸びる、石畳の広場。先ほどまで両脇に石造りの建物が並び、整然としていた街並みが、一変していた。


 石畳の灰色は、柊也達の前方200mほど先で潰え、その先はどす黒い赤と鮮やかな赤、長い毛で覆われた茶色と炭化した黒が入り乱れ、斑模様を描いている。


 斑模様が描かれていた石畳のキャンパスは途中で抉られ、掘り起こされた地面が隆起し、大量の土砂が散らばっている。両脇に連なる建物の幾つかは崩落し、瓦礫の山には巨大な黒槍が突き刺さり、炎を噴き上げている。広場のあちらこちらに巨大な黒槍が転がり、土埃と炎と黒煙が舞い、西へ向かうほどその密度を増して視界が霞み、白と黒のとばりに遮られる。そして、広場の突き当りにあったはずの石造りの建物は全て崩落し、その奥にあった建物さえも軒並み潰え、遠い彼方に連なる街壁に何本かの黒槍が突き刺さって、周囲を橙色に染め上げていた。


 動いているものは、土埃と煙ぐらいだった。ハヌマーンとロックドラゴンは広場に散らばり、横たえたまま、ほとんど動きを止めている。時折、ハヌマーンのものと思しき呻き声が漂い、その声が潰えると空中を彷徨う腕が崩れ落ちる。白と黒の斑模様の霧の中で、それだけが繰り返されていた。


 美香に続いて大聖堂から飛び出したレティシア達が目の前の光景に立ち竦み、四人が呆然とする中、ストーンウォールの陰に隠れていた柊也が後ろを向き、石段の上で棒立ちする美香に声を掛けた。


「おい、古城。何だ、この出鱈目な魔法は?お前、こんな魔法をバンバンぶっ放してたのか?」

「出鱈目なのは、先輩の方ですよ!何であんなのぶっ放して、ピンピンしているんですか!?私だったら、撃つ前に死んでますよ!?」

「管理者特権だよ。魔法を撃っても消耗しないんだ」

「何それ、ずっこい!」


 十八番を奪われた美香が、頬を膨らませて怒鳴り返す。二人のやり取りを聞いていたセレーネが、シモンに囁いた。


「…さ、流石にこれは引きますね、シモンさん」

「流石は、私のパパ。あまりの鬼畜ぶりに、背筋がゾクゾクする…」

「え、ちょっと、シモンさん?」


 柊也を見ながら薄っすらと頬を染めるシモンの姿にセレーネが目を瞬かせ、美香達が石段を駆け下りてくる。柊也はもう一度目の前の惨状を確認した後、駆け寄ってきた美香の顔を見て指示する。


「ハヌマーンの動きが止まったな。流石に肝を潰したんだろう。古城、こっちは俺が何とかしておく。お前達はヴェルツブルグ南部へと向かい、残存兵力をかき集めろ。南に、ロックドラゴンが数頭流れている。お前が居ないと、対抗できない。頼んだぞ」

「あ、あの、先輩!」

「何だ?」


 西に向かって一直線に伸びる広場へと足を踏み出そうとした柊也を、美香が呼び止めた。柊也が後ろを振り返ると、美香が胸元で両手を組み、縋るような眼差しを向けている。


「…また…会えますよね?」

「…」


 美香に真っ直ぐな目を向けられ、柊也は押し黙ってしまう。携帯電話のないこの世界では、一度離れ離れになると、落ちあう事もままならない。しかも、エーデルシュタインは崩壊の瀬戸際にあり、美香はレティシア達とともにこの国の建て直しに奔走し、柊也はこの世界を救うべく地球の反対側まで向かわなければならない。柊也は目を逸らし、頭を掻いた。


「…まあ、いつか、何処かでな」

「先輩…」


 震え声を耳にした柊也が顔を上げると、必死に涙を堪える美香と目が合った。柊也は鼻で息を吐きながら笑みを浮かべ、左手を差し出す。


「古城、またな。お前の人生だ。後悔するなよ?」

「先輩…あ、ありがとう…ございました…先輩もお元気で…」

「ああ、お前も元気でな」


 美香は差し出された柊也の左手を両手でしっかりと掴むと、涙を浮かべながら頭を下げる。柊也は左手を美香に取られたまま背後に佇む三人を見渡し、後を託す。


「レティシア様、オズワルドさん、ゲルダさん。古城の事を、よろしくお願いします」

「畏まりました、シュウヤ殿。ミカの事は、私が一生を捧げ、支えて参ります」

「承った。このオズワルド・アイヒベルガー、我が身命を賭けて支えていく事を、此処に誓おう」

「任せておくれよ、シュウヤ!ミカの乳と尻は、誰にも渡さないよ!」

「ちょっと、勝手に決めないでよ!それ、どっちも私のだから!」

「それと、マン」

「それも私のだから!」


 ゲルダの宣誓に美香が顔を上げ、涙混じりで抗議する。柊也は二人のやり取りに笑みを浮かべながら、美香の手を離した。


「じゃあな、古城。シモン、セレーネ、行こうか」

「ああ。では、また」

「はい。皆さん、それではお元気で…」


 柊也の言葉に二人は頷き、シモンはカービンを持ったまま右手を上げ、セレーネは深々と頭を下げる。そして美香達に背を向け、西へと歩き出した柊也達に対し、美香は右手を上げ、大きく左右に振って泣き笑いの表情を浮かべた。


「はい!先輩、シモンさん、セレーネさん、ありがとうございました!またいつかきっと、お会いしましょう!」

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