失われた右腕と希望の先に
瑪瑙 鼎
序章
プロローグ(1):アースドラゴン
突然、木々をなぎ倒して現れた巨大な魔物の姿に、女は思わず息を呑んだ。
「…アースドラゴン」
体長10mを超える、蜥蜴の様な巨大な鎧竜は、ゆっくりと二人に顔を向けると、口を開く。
「ちっ!」
女は舌打ちをしながら隣にいる男を抱え上げると、そのまま横っ飛びして、アースドラゴンの射線から逃れる。二拍遅れて、二人がいた場所を中心に大量の石弾がばら撒かれ、地面が扇形に削り取られた。
女は男を横抱きにしたまま、爆音を鳴り響かせ、アースドラゴンの側面に回り込む。それは、高速道路を疾走する自動車を思わせるほどの速さであり、到底人間の出せる速度ではない。よく見ると、女の背後から空気の塊が繰り返し爆発しており、まるでロケットの様に爆走していた。
「どうする?一旦引くか?」
女は疾走しながら、横抱きにした男に問いかける。その姿は
女に問いかけられた男は、首を振る。男は中肉中背で、平均的な顔立ちをしていた。もし街の中で行き違ったとしても気にも留めないほど、平凡な姿であったであろう。いや、男は平凡とは言えない、一つ大きな特徴があった。男には右腕が存在せず、隻腕だった。
男は抱きかかえられたまま、女を見上げ、口を開く。
「いや、せっかくだから、仕留めてしまおう。あれが街で言っていた、山の主だろう?」
男の発言に、女は目を見開いた。
「本気か?アースドラゴンはA級だぞ?」
男に真意を問い質す女はA級ハンターであったが、アースドラゴンは流石に手に余る。そう思った女であったが、男は意に介さない。
「まあ、どうにかなるだろう。『カービン』では火力が足らないが、『ブローニング』なら効くだろう。それに奥の手もある。悪いが少しの間、囮になってくれ」
「君がそこまで言うのなら、私は従うだけだ。後は頼んだよ」
そう言うと、女はアースドラゴンの背後に回ると、木の陰に下ろす。男は地面に下り立つと、腰を据えて存在しない右肩を引いた。
すると、突然何もない空中から無骨な金属の塊が現れた。人間の身長に匹敵するほどの大きな重機関銃を、女は無造作に担ぎ上げると爆音を鳴り響かせ、男を置き去りにして再びアースドラゴンの目の前に躍り出る。
女を再び目にしたアースドラゴンは再び口を開き、大量の石弾を正面にばら撒く。地面を抉り、木々をなぎ倒すそのブレスは、しかし高速で移動する女を捉える事ができず、空を切る。そうしてアースドラゴンの横腹に回り込んだ女は、両手で抱えた重機関銃をアースドラゴンへと向け、銃尾の押金を親指で押し込んだ。
重機関銃が咆哮し、多数の火花をあげながら上下左右に大きく首を振って暴れる。女は獣人の膂力にものを言わせ力づくで抑え込もうとするが、完全には制御できず、反動で体ごと後ろに引っ張られる。
だが、至近距離から放たれた重機関銃の威力は凄まじかった。体長10mを超えるアースドラゴンの横っ腹に、横一列に紅い花が舞い、鮮血が撒き散らされる。アースドラゴンは身を捩り、重機関銃から身を守ろうと、何枚もの石壁を女との間に立て並べ、その間に身を隠そうとする。しかし、アースドラゴンの体が大きすぎ全てを守る事ができない上に、女が縦横無尽に動き回り、石壁の間を縫って銃弾を撃ち込んでくる。蜂の様に飛び回る女に対し、アースドラゴンは堪らずブレスを吐くが、空しく地面に扇形を描くだけに留まった。
そうして一方的な殴り合いが続くかと思われたが、終局は思わぬ方向から訪れる。突然、女の目の前で大きな爆発音が上がり、アースドラゴンの体に大きな鮮血が舞い上がる。女から見て反対側に上がった血飛沫が落ちる頃、アースドラゴンはゆっくりと女に背を向けるようにして横倒しになり、動かなくなった。
「な…」
重機関銃を抱えたまま、呆然とする女の視界の隅に、アースドラゴンを回り込んできた男の姿が映る。男は手ぶらのまま、女に声をかけた。
「お待たせ。怪我はないか?」
「あ、ああ。大丈夫だ。…今のが、奥の手かい?」
「そうだ。いくら鱗が硬くても、流石に生身では耐えられないようだな。…で、こいつの討伐部位は、何処だい?」
「ああ、舌と鱗だ」
「そうか。素材としては、役に立ちそうにないな。さっさと討伐部位を採取して街へ戻ろう」
「そうだな。少し待っていてくれ。今採取するから」
そう男に答えると、女は小刀に手をやり、身を屈める。アースドラゴンの舌に手を伸ばし、小刀で切り開きながら、女は内心で思う。A級のアースドラゴンでさえ一撃で倒すほどの力を持つ彼は、一体何処へ向かおうとしているのだろうか。
――― だが、それが何処でも構わない。自分はただ、彼に付き従い、何処までも着いて行くと誓ったのだから。
翌日、山の主が女の手によって討伐され、北部が2年ぶりに解放された事に、街中が喜びに沸く事になった。
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