第2話
がやがやと騒がしい室内。
私は胸の奥に、ぽっかりと大きな穴が開いたような、なんとも言えない感覚のまま。
不可視の術式を展開し、それを横切る形でその奥に進む。
一歩一歩が、とても、苦しい…………。
ふとそれを認めたら、じわりと視界が歪み、涙が出そうになって。
私は歩くのをやめ、目を閉じました。
「ぎゃははははは!!」
突如室内に響いた下品な笑い声。
私は目を開け、なんとなくそちらに目を向けると。
そこには、麦酒を片手にテーブルを囲む複数の男性たち。
……騒がしいわ。
まだ陽は高くにありますのに……。
出来れば、少し……静かにしてほしいわ…………。
「おいおいそんなに笑うなよ、殺されるだろ。ははは!」
「お前も笑ってんじゃねぇ―かよ!」
「あ。ヤベ! 殺されるか? うはははは!!」
「おいおい。もう少し静かにできねーのか?」
「だってよ~。あのシスコン侯爵がだぜ?」
「ああ、言えてるな!」
……どうやら、この男性たちはシスコンな侯爵の方のお話をしているようですわ。
でも、おかしいわ。
シスコンな侯爵の方なんで、私。
知りませんわ……。
………………私が自己嫌悪に駆られ。
三ヶ月ほど引きこもっている間に、色々変わってしまったのでしょうか……?
まぁ、良いですわ。
情報収集ならば、直ぐにできますし。
今は、組合長に会って、作った薬を渡さなくてはいけませんもの。
私はそう考え、再び歩き始めて、組合長のいる部屋に向かいました。
――コンコンコン
両開きの茶色の濃い扉を叩くと、「どうぞ」と声が聞こえ。
片方の扉が開きました。
「失礼したしますわ」
「セイニィ。遅かったな」
そう答えたのは、テーブルの両脇においてあるソファに踏ん反り返っている。
襟足の長いグリムゾンの髪に、柔和な目元に、鋭い刃物のような銀色の瞳の男。
そして、この建物。
『魔獣討伐・薬草採取・家事手伝いなどなど、なんでもござれ。来るもの拒まず去る優秀な者は引き留めたい組合』
と、言った。
おふざけのように、無駄に長い名前のついた組合の、建物所有者。
そしてその組合に入っている者からは『ギルド長』などと呼ばれている男ですの。
まぁ。
私は、『組合長』と呼んでおりますが。
「えぇ。私にもいろいろありましたの」
「三ヶ月も、か…………?」
責めるような口調で言われ、少しカチンと来ました。
でも、私にも非があることは認めますわ。
ですが……。
「あなたのように、椅子に踏ん反り返っているだけでは、薬は出来ませんことよ?」
にっこりと。
長い時間をかけて作り上げた笑みを浮かべると。
組合長は片眉を少し、上げました。
「ほぉ……。では、お前は二日で出来ると言っておきながら、三ヶ月もかけて薬を作った事になるが……なぁ? そこのへんを、詳しく聞かせてもらおうか…………」
途端に組合長の柔和な目元が鋭く、瞳の色同様に鋭利なものへと変わり。
追及の色を帯び。
私はそれを見なかったことにして、あいまいに笑うことにしました。
「……そう、でしたわね…………。申し訳ありませんわ。私にも……いろいろとありましたの…………」
「では、何故報告をしてこなかった……?」
だから、『いろいろ』と言っているではありませんの?
どうして『言いたくない』と解らないのです。
何故そこを、汲んで下さいませんの?
まったく。
そんなだから女性に逃げられるのですよ?
「………………ですから、いろいろと言っ――」
「妹が、出て行ったせいか……?」
「っ……?!」
私はつい、顔をしかめてしまい。
組合長はそれを見ていたのか、人を見下したような笑みを浮かべました。
…………あぁ。
イラッときましたわ。
ふふふ。
死んでくださいな……?
私は右手を軽く振って、自分を中心に術式を展開し、ゆっくりと瞬きをして。
組合長を見つめ――――発動させた。
――――ドォオオオオン
地面を揺らすほどの轟音が響き。
私の足元にあった床以外、視界から消えました。
と、いいますか。
床だけではなく。
組合長と部屋の壁、天井、その上にある屋根ががれきと化し。
下の階に落ちているだけですけれど……。
……少し、揺らす程度にしようと思ったていたのですが…………。
つい、力加減を間違えてしまったようですわ……。
まぁ。
別に平気ですわよね?
うふふ。
「次は……ありませんことよ…………?」
私は、私の足元を支えている床の破片から、下を見つめ。
無様にがれきの上で、目を丸くしている組合長を見下ろして言い。
作り上げた微笑みを浮かべると。
階下からは息を飲む音が聞こえ。
組合員の顔色が悪くなったように思えました。
嫌ね。
ちょっと建物を壊しただけじゃないの。
それなのに、そんな化け物を見たような目で見ないで下さいます?
傷つきますわ。
ほんの少しですけれど。
……さてと。
渡す予定の薬は渡しましたし。
帰ろうかしら?
「では、皆様。ごきげんよう」
私は軽く礼をとり、自宅に転移しました。
え?
建物はどうするのか、ですって?
知りませんわ。
まぁ、組合長が何とかするのではありませんの……?
だって、彼。
私より劣りますが。
まぁ、あれで一流と呼ばれる魔術師ですもの。
自身の魔力で何とかするはずですわ。
……それにしても。
ちょっと術を発動しただけですのに…………。
なんだかとても、疲れましたわ……。
魔力はまだ、山ほど私の中にあると言うのに。
それなのに…………。
「っ……」
あぁ、まただわ。
……お腹が痛い。
じくじく痛むの。
手を当ててさすって、回復の術をかけるけれど、痛みはなくならないのよ……。
「はぁ……。もう、本当にどうしちゃったのかしら…………?」
少し、ベットで休もうかしら?
はぁ。
おかしいわ。
あんなに簡単な術だけで、こんなに疲労を感じるなんて……。
私は酷い疲労感とお腹の痛みを抑えるため。
寝室に向かって、部屋のカーテンを閉め。
寝間着に着替えてベットに入ったわ。
体を横たえて休もうとするのに。
すごく体が重くて、つらいのに……。
お腹の痛みが邪魔で、休めないわ。
それに、頭痛まで…………。
もう。
本当にどうしちゃったのかしら?
体調不良?
まぁ良いわ。
とりあえず、回復の術を発動させて――――。
…………………………………あぁ………ダメだわ…………。
全然痛みがなくならないの。
私はサイドテーブルの上に置いておいた、木の箱を開け、小瓶を一本とりだし。
蓋をあけて、飲みました。
ちなみに。
この薬、とても効果が強いんです。
そう私が作ったんですもの。
なのに……。
どうして……?
…………痛い……痛いわ………………。
なんで。
どうして?
どうして、効かないの……?
私の作った薬のはずなのに…………!
効果はとても強くて、瀕死の重症さえ、癒すというのに……。
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