私の天使はいずこ?

双葉小鳥

第1話

 「『この世界の生命は、偉大なる神より魔力を与えられました。

 そして、私たち人間はその力の使う方法――――つまり。

 魔術を生み出したのです。

 こうして、力を得た我々の先祖は、その力をより確かなものとし、迫りくる困難に立ち向かいました。

 あるときは魔獣。

 そしてまたある時は病。

 しかし、魔術は完璧なものではありません。

 ですから、現代を生きる私たちはその研究を行い、完璧なものとすることが大切なのです。』以上が初級魔術書の前文です」

 そう言って私の前。

 瞳は青で、眼鏡をかけた、銀髪の若い男性は本を閉じた。

 ついでにこの人は私の家庭教師で、クノル先生です。

「何か質問はございますか? セフィニエラお嬢様」

 クノル先生はそう言って私の方を向いた。

 なので、わたしは気になっていたことを先生に問いかける。

「……魔獣とは、魔力の蓄積が普通の動物と違って、とても早い突然変異の牛や、羊、猫。その他の動物たち、皆がそうなるのですか?」

「いいえ。そのすべてが魔獣になるとはかぎりません。魔獣になる前に、自らの魔力で命を落とす個体もおります」

「死んで、しまうのですか……?」

「はい。もしくは、私たち人間が殺してやらねばなりません」

 先生はそう、淡々とはっきりおっしゃいました。

 ……確かに魔獣はとても危険です。

 一体で街を消し、人を殺してしまう。

 でも、生きているんです。

 そして、もしそれが。

「可愛がってる動物でも、ですか……?」

 私はいつの間にか俯いていた顔を上げて、先生に答えを求めました。

 先生は、とても困った顔をなさって、一度。

 ゆっくりと。

 本当にゆっくり、瞬きをなさいました。

「…………お嬢様は、自我を無くし。体を自らの魔力に奪われた動物を……見たことがございますか?」

「いいえ。ありません」

「……そうですか」

 先生はそう言って、持ってきていた本をまとめて、お持ちになった鞄の中へ。

 その時見えた先生の顔は、少し悲しげに見えました。

「先生は、見たことがありますか……?」

「…………ございます」

「どのような……モノ、でしたか?」

 この問いに、先生は少しの間沈黙なされた後。

 こちらを向かれ。 

「……声にならない声で、泣いておりました。『殺してくれ』『もう嫌だ』。と……」

 そうおっしゃいました。

 その時の先生は、昔を思い出すような、痛みをこらえるような顔で……。

 …………どうやら私のちょっとした好奇心からの問いは、先生を困らせてしまった様です。

「そう、ですか……」

 私は先生の様子に、申し訳ない気持ちでいっぱいになり、つい、俯いてしまいました。

「お嬢様。動物を飼うということは、最後まで面倒を見ると同時に。もしものことが起こった場合、殺す覚悟と、殺される覚悟。そして、その悲しみを背負う覚悟が必要なのです」

 そういって先生は微笑んでいった。

「大切な可愛いペットが……他人に殺されるのは、嫌でしょう?」

 そう言った先生が、私にはとっても悲しそうで苦しそうに見えて、返事をせずに、小さく頷くだけにとどめました。



 三年後。

 私には、金の巻き毛にアメジストの瞳の、天使のような妹が生まれました。

 名前はミフェイア。

 私はミフィと呼んでいます。

 とっても可愛いミフィは無邪気で、眠っているとき以外。

 とても元気なのです。

 私はそんなミフィが可愛くて、胸が温かくなるのです。

 私たち一家は、無邪気で元気なミフィを中心に、父様も、母様も笑っていて、幸せでした。

 この幸せがずっと、永久に続くものと信じて……疑いませんでした。

 あの日。

 母様が、魔力を使えなくなるまでは……。

 私たち魔力を持つ者がそれを使えなくなるということは、本来消費されるであろう魔力が蓄積されるということ。

 つまりそれは、動物同様に魔獣化する恐れがある。

 と、言うことなのです。

 ……こうして。

 母様の未来は、死か、魔獣化。

 この二つだけになったのです。

 幸いにも母様は、魔力の蓄積が私や父様とは違い。

 比較的ゆっくりな方でした。

 私と父様は母様を救いたい一心で、治療法を探したんです。

 でも、どれも効果はなく。

 母様の容体は悪化するばかり。

 そのせいか、母様は自ら命を絶ちました。

 傍らに、歪んだ文字で書かれた遺書を置いて……。

 私は、母様を。

 ……救えなかったのです。



 ――――それから五年がたち。

 私は二年前に出した店で収入を得ています。

 その店は、魔法薬を扱っています。

 魔法薬とは体調不良など、体の機能を直す薬の事で、私は母様が亡くなった年に、魔術の使用と魔法薬の作成について師に付き。

 三年で独立。

 と言うより、『お前に教えることなどもうない! 出て行け!!』と、涙を浮かべた師に、すごい剣幕で追い出されてしまいました。

 なんでも、師の方が私より劣っていると周りの研究者に言われつづけ。

 とどめとばかりに、魔法薬学の権威の方にも言われたからだそうです。

 私もこれ以上師から学ぶことはないと考えていたので、素直に従い、店を出したのです。

 そして。

 目下の問題としては、父様です。

 父様は母様が亡くなり、変わりました。

 母様が存命の頃は、愛人など一人もいなかったのです。

 それなのに、今では何人もの愛人を作り。

 その間を渡り歩く。

 屋敷にも、あまり帰ってこなくなりました。

 ですが、それだけではなく。

 ミフィが自分とは血繋がっていないのでは。

 と、疑い始めたのです。

 確かにミフィは私の様に、父さま譲りの黒髪に藍の瞳ではなく。

 母様譲りの金糸の様な髪を持ってます。

 瞳は宝石のように綺麗なアメジスト。

 ……そして、このアメジストの瞳は……私たちの家系には生まれておりません。

 ですが。

 母様の家系の先祖返りとも考えられます。

 確認しようにも、母様の家系図はとうの昔に焼失し、その確認は取れないのです。

 どのようにすれば、ミフィが私の妹だと証明できるかは不明なのですが。

 私は父様がお戻りになられたときは、必ずミフィとの血のつながりがあることを、父様に教え続けることにしています。

 だって、ミフィは天使のように清らかで、美しく、優しい子なのですもの。

 あら。

 ちょうど父様が、愛人たちの元から帰ってきましたわ。

 私は口元に笑みを浮かべ。

 父様と話をするため、玄関ホールに移動しました。

 もちろん。

 父様と口論――――。

 いえ。

 父様の考えを改めさせるためにですよ?

 こうして。

 私は父様の目の前に出て来たんです。 

 でも、女物の香水のキツイ匂いが鼻につき、思わず顔をしかめてしまいました。

 父様はというと。

 突然現れた私に驚くことはせず、ため息をついたのです。

「父様。少しお話がございます。よろしいですね」

「…………手短に話せ。僕は疲れているんだ」

 ぶっきらぼうに言う父様。

 まったく。

 おふざけが過ぎましてよ?

「お仕事ではないことぐらい、私が分からないとでもお思いですか?」

 えぇ。

 だって、見てましたの。

 お父様が茶髪の巻き毛の女性といちゃついていた姿を。

 それに私。

 これでも国でトップクラスの魔術師ですのよ?

 甘く見ないでくださいませ。

「……話がないのなら、僕は行く。ただでさえ、自分の子ともわからないような子供の面倒まで見てやっているんだ」

 『自分の子ともわからない子供』?

 ふざけたことを……。

 私は中のどす黒いモノが、その言葉で大きくなり、暴れ出そうとするのを必死に押さえ。

 父様に問う。

「それは、誰のことでしょう?」

「子供は知らなくていい。大人の問題だ」

 ……大人?

 誰が?

 あなたが……?

 笑わせないで。

 とうとう頭の中まで湧いたの?

 それとも頭がおかしいの?

「では、大人の対応をとられてはいかがでしょう?」 

 愛人作って遊び歩いてないで、仕事に行けよ。

 くそ親父。

 ……………………失礼。

 愛人と遊んでいないで、お仕事に行ってくださいませ。

 変態色欲ヤリ【プピー】下衆伯爵。

 ……あら?

 肝心なとこが変な効果音で消されてしまいましたわ。

 大事なところですもの。

 もう一度。

 ヤ【ピ―――――!】。

 …………何かしら。

 この変な効果音……。

 いい加減にして下さらない?

 ――――パン。

 突然響いた乾いた音。

 それと同時に頬に衝撃を感じ、私の体は何故かよろめいた。

 一瞬何が起きたか解りませんでした。

 でも、頬が地味に痛いことから、頬をはたかれたようです。

 そして、私の頬を叩いた人は顔を真っ赤にして、息を切らせていました。

 もちろんこの状況と私の身分からも、こんなことが出来る者は目の前に居る父様だけ。

 ……図星だからって、手を上げるなんて最低ね。

 死んでくださいませんか……?

 いえ。

 もういっそ、私がミフィを連れて出て行きます。

 ミフィに手を上げないとも限りませんし。

 何よりわ・た・く・し・が!!

 こんな男が自分自身の父親であることが恥ずかしいわ!

 そして、人を見下すしか能のない雑魚貴族にもうんざりです。

「……母様を疑い。ミフィを疑った揚句、私の事を子供と言っておきながら、図星だからとその子供に手を上げるなんて、最低だと思いませんか……?」

「っ……!」

 私の言葉に対し、怒りをあらわに手を振り上げた男。

「二度もそんなものが当たるとお思いですか?」

 ピタリと振り下ろそうとしていた手が止まった。

 もちろん。

 私は何もしていませんわ。

 ただ。

 私を中心に魔術の術式を展開しただけですもの。

 いつでもあなたを殺すことは可能ですのよ?

 ――カタン。

 小さな物音。

 私は術式を展開したまま、音のした方に目を向ける。

 するとそこに居た者は、猫のぬいぐるみを抱きしめた。

 金の巻き毛に、アメジストの瞳いっぱいに涙を浮かべている、ミフィ。 

「おねぇさま……?」

 今にも泣きそうなミフィ。

 私は慌てて術式の展開を止め。

 駆け寄り、ミフィを抱きしめて、背中を撫でた。

 少しでも落ち着かせるために。

「チッ……」

 そんなときに聞こえた舌打ち。

 音の発生源はもちろんあの男。

 本当に息の根を止めてしまいましょうか……?

「お、おねぇさ、ま……」

 ミフィが私を呼び、体を離そうとしたので力を緩めた。

 すると、今にも泣きそうなミフィの、怯えた顔が見えたのです。

 きっとあの男の舌打ちに怯えたのでしょう。

 かわいそうに。

 ただでさえ、あの男に蔑ろにされているミフィ。

 母様はミフィが一歳になる前に、亡くなりました。

 あの男はそれ以降から母様の不貞を疑い。

 幼いミフィに蔑んだような目を向けるようになり、結果として。

 この子は親からの愛情を失いました。

 私とて初めは少し、疑っていたのです。

 ですが。

 親に愛をもらえない、こんな哀れな子を見捨てられますか……?

 この子の寂しげな、小さな小さな背中を、抱きしめずにいられますか……?

 こんなにも可愛い、天使の様な子を、蔑むことが出来るでしょうか……?

 私には、できません。

 半分しか血がつながっていなくても、他人でも。

 こんなに純粋で、可愛い。

 たった一人の妹を……見捨てるなんて、できなかったのです。

 ……初めは同情でした。

 でも、今は違います。

 私はこの子がとても大切なのです。

 この子が恥ずかしい思いをせず、手本となれる立派な姉だと思ってもらえるようなりたい。

 そう、常々思っております。

 ですから。

 この子は、ミフィはこんなどろどろとした貴族の中に居てはいけない。

 だってこの子は、青い空と緑の草原が、良く似合う子ですもの。

 私はそっとミフィの頭を撫で。

 どこかへ行こうとしている男の用を向いた。

「父様――いえ、ローダン伯。私はミフィを連れこの家を出ていきます。もうあなたの様な方はうんざりです。さようなら。もう二度とお会いすることのないことを、お祈り申し上げます」

 私はそれだけ言って、ミフィの部屋に移動しました。

 もちろん荷物をまとめるためです。

「ミフィ。大切なモノはある?」

「ねこさん」

 ミフィはそう言って、抱きしめていたぬいぐるみを突き出しました。

 このぬいぐるみは、私が初めてこの子に買い与えたぬいぐるみ。

 それ以降からは、そのぬいぐるみを抱きしめたまま、離そうとしないのです。

 ほかに何か欲しいモノはないの、と問うたこともありましたが、この子は首を横に振るばかり。

 そして、「ねこさん、いるからいい」というのです。

「あぁ、その猫さんね。それだけかしら……?」

「ん……」

 小さくうなずくミフィ。

 本来この年頃の子は活発で、笑顔が絶えないというのに、この子の中にあるものは不安ばかり。

 その不安をこの家が起こしていることは間違いないのです。

 だって、町に連れ出した時。

 この子の目はとても輝いていたのです。

 私はこの時。

 薄暗い屋敷での生活が、この子の本来の明るさを殺していた事を知りました。

 でも、ミフィの暗い顔を見るのはこれでおしまい。

 そう考えると、もやもやとしたものが晴れたきがしました。

「そう。分かったわ」

「…………おねぇさま、は……?」

 ミフィは抱いている猫のぬいぐるみの頭に、口元に当て言いました。

 けれどその声は小さく、くぐもっていて、私は聞き取れず、問い返す。

「え? なぁに、ミフィ?」

「たい、せつな、もの……?」

 今度はぬいぐるみの頭から口元を上げて言ってくれました。

 ……大切なモノ、ね。

 そうね。

 そう言ったものはもう店の奥に仕舞っているし。

 店はこの屋敷の自室の扉と直接つながっているいるの。

 だから、この屋敷の自室には、何もないわ。

「お姉様は大丈夫よ、ミフィ。行きましょうか」

 私はミフィに手を差し出すと、ミフィはその手を握ってくれました。

 なので私は、自室の前に移る。

 と、そこにはこの屋敷の、年老いた家令が居た。

「お嬢様。誠に出て行かれるのでございますか?」

「えぇ。もう、あの男には愛想が付きました。ごめんなさいね。さようなら」

 そう言うと、家令はすこし悲しそうにしていましたが、微笑み。

「いってらっしゃいませ」

 といった。

 もう、戻ってくる気はないのに。

 そう思ったけれど、『この家令はそのことを分かって言っている』、そんな気がしました。

 だから、微笑むだけにとどめ。

 自室の扉を開けて、店に移りました。

 私はその後直ぐ。

 屋敷の自室と店を繋ぐ術式を解いた。

 これでここから屋敷に行くことも、屋敷からこちらに来ることもできない。

 ましてや私たちがこの場にいることを探知することも……。

 だって、そう言った類のモノから、探知を避ける術式を張っていますの。

「おねぇさま、ここどこ?」

 きょろきょろと辺りを見回すミフィ。

 何処か分からなくて、不安といった様子です。

「私たちのお家よ。ミフィ」

「おう、ち……?」

 コテンと小首をかしげ、不思議そうな様子。

 すこし安心させましょう。

「えぇ。もう、あのお家に帰らなくていいの」

「……ほんと?」

 ミフィに表情が、ぱぁっと喜びに変わりました。

 やはり、私の選択は間違いではなかったようです。

「えぇ。もちろんよ。お屋敷と比べると小さいけれどね」

 今私たちが居る場所は、リビング。

 廊下に出て右が、店舗兼玄関。

 左には階段。

 お風呂とお手洗いはリビングを通って、階段のした辺り。

 キッチンはリビングに。

 二階は部屋が二部屋あるだけです。

 全体的に、一般家庭程の広さですね。

 で、今私たちが居る場所はリビング。

 この家を伯爵邸と比べると、サロンより少し小さいくらいですね。

 ……もう少し広いほうが良かったかしら?

 でも、私がこのくらいの頃は、広すぎると何処か怖い印象を受けたので、ほどほどをえらんだのです。

 間違っても。

 師のように、ボロボロでガタガタ、部屋はリビング一室。

 お風呂とお手洗いは……。

 失礼。

 とにかく、野生児の様な生活だけは何としてもさけたかったのです。

 さて。

 緊張のミフィの返答は……。

「ううん。これならおねぇさま、すぐあえる」

「ミフィ……。そうね、すぐに会えるわ」

 よかった。

 気に入ってくれたみたい。

 本当によかったわ。

 



 ―――――――――

 

 ――――――

 

 


 こうして、私たちが平穏に暮らし初め。

 十年目を迎え。

 ミフィは今日。

 十六歳になりました。

 十年も、たったのです。

 ちらほらとあの男が接触してこようとしましたが、完全に無視しましたわ。

 あんな男と血がつながっていると考えるだけでおぞましい。、

 まったく。

 さて、私はこの十年間。

 貴族としてのマナーをミフィにさりげなく教え。

 もし、ミフィが伯爵家に戻っても良いよう、育てました。

 ミフィは伯爵家を出たのが三歳だったということと、あの屋敷での扱いから、自分が貴族だということを知りません。

 私も、言えませんでした。

 だってあの子には、好きな人と幸せになってほしいの。

 そして、好きなことを見つけて生きて欲しい。

 ……私の自己満足だって、わかっています。

 でも、またあの豪華で大きく、冷たい檻に閉じ込められる必要はない。

 私はそう思いますし、あの子の。

 ミフィの幸せだけを、私は願っております。

『なんなのよこれぇええぇえええ?!』

 二階から聞こえた絶叫。 

 え、何……?

 どういうことかしら?

 って、あら?

 今の声は…………っ?!

「ミフィ?! どうしたの! 何があったの!!」

 この時私は店番中だったのですが、慌てて階段を駆け上がり、ミフィの部屋をあけました。

 するとそこには、ネグリジェ姿で姿見の前に立ち、両手で顔をおさえている、混乱した様子のミフィ。

 どうしたのかしら?

 私には昨日と変わらないように見えるのけれど……。

「ミフィ、どうしたの? 大声を出すなんて、何かあったの?」

 そっとミフィの肩に手を置くと、ミフィはこれで私に気づいたのか、アメジストの瞳が私を映しました。

 それから、ミフィの表情は驚愕に変ったのです。

「あ、悪女! どうしてこんな所に!」

「…………………………え………?」

 今。

 ミフィはなんと?

 ……あの、可愛い妹が。

 甘えん坊で、泣き虫で、可愛くて、優しいあの子が。

 私……を、あ。

 あ、ああ、あく、じょ……?

 ……………………。

 …………う、そ……。

 そんな、こと……。

 ………………み、ミフィが……言うわけ――――。

「あれ? 伯爵家じゃない? おかしいなぁ……話、違うんだけど。でもまぁ。これだけ可愛いんだもの、男を手玉にとって逆ハー作ろっと!」

 ……明らかに昨日までと口調が違うわ。

 ど、どど、どうして……?

 あ。

 あぁ、そうよ。

 か、かかか確認を。

 確認しなくちゃ。

「……み、ミフィ? ほ、本当に、ミ、フィ……よ、ね?」

「……………………………あ、あんたまだ居たの? ふふ。そうよ。私がミフェイアよ」

 え?

 ちょっと待ってくださいな。

 私の妹は。

 ミフィはそんな口調で話したり、笑ったり、しませんこと、よ……?

 …………でも。

「……どういう、こと…………?」

 私には、分からないわ。

 ミフィ……。

 可愛いあなたの身に何が起こったの……?

 お姉様は、どうしたらいいの?

 ……分からない、わ…………。


 ―――――――――

 

 ――――――


 ―――― 

  

 

「ん……あ、れ……?」

 ふと気が付いて目を開けたら、見慣れた部屋の天井。

 窓の外は日が昇ったばかりで薄暗い……。

 ……さっきのは、なんだったのかしら…………?

「まさか、夢……?」

 でも、あんなに現実的な夢は初めてですわ。

 まさか。

 …………丸一日たっていたり、しませんよね……?

 と、とりあえず。

 店に置いている日付表示板を確認に行きましょう。

 そう思って店に下りてみると、日付は夢で見た秋の46日でした。

 ……細工されていたらいけませんね。

 私は町の広場に向かい、広場中央に設置されている魔力掲示板を確認しました。

 これもかわらず秋の46日。

 ミフィの誕生日を示しておりました。

 でも、私はどうしても信じられなくて、加盟している組合のホールに向かうことにします。

 あぁ。

 その組合はここからだと少し遠いので、転移します。

 ……はい。

 到着です。

 時刻は早朝。

 本来なら開いてなどいない時刻ですが、緊急事態ですもの。

 組合長は見逃してくださいますわ。

 さて、ここの魔力掲示板は………………秋の46日。

 ……やっぱり、私が見たものは夢だったのかしら…………?

 ………………そうね、そうよね。

 ミフィが私にあんなこと言うはずがありませんわよね。

 ……あら?

 私、なんと言われたのでしょうか……? 

 すごく傷ついたのと、困惑したことは覚えているのですが……。

 …………忘れてしまいました。

 こんなこと、今までなかったのですが……。

 不思議なこともあるものですね。

 まぁ、忘れてしまったことは仕方ありませんわ。

 もう帰って開店の支度をしませんと。

 開店時間に間に合わなくなってしまいますもの。


 ――転移。

 目的地、自宅・店舗。

 魔術を発生させ、自宅に着きました。

 すると、店の扉を叩く音と、『すみません』と聞こえ。

 振り帰りました。

 そこに居たのは、見知らぬ男。

 男は私と目があったのを確認し、手に持っていた紙を広げ、私に見せてきました。

 そこには、あの忌々しい下衆――――。

 いえ。

 見慣れた伯爵家の印が、押されていたのです……。

 激しいめまいを感じ、倒れそうになるのを傍にあるカウンターに手をついて、抑えました。

 だけれど……そんなはず……。

 だって私は店舗や外に出る際は姿を変えて。

 あぁ、もちろんミフィもです。

 それで、探知を避ける術式も綻びがないかを常に確認し、新たに術を開発しては上乗せして……。

 消息を完全に立ったはずです。

 ですから、私たちと関係のない、ふらりとやってきた者だけを相手に商売をしておりますの。

 ……念には念を入れておりました。

 それなのに、見つかるなんて……。

 …………ですが、見つかってしまったのならば……仕方ありません。

 私はその場を動かず、男が立っている入り口の扉の鍵を開け、扉を開きました。

「失礼いたします。セフィニエラ・サティ・ローダン様ですね」

 男は入ってくるとそう言いました。

 伯爵家の書状と良い、私の名まで……。

 これは確実にあの男の仕業ね。

「いいえ。私はセフィニエラ・サティ・ルフェイドですわ」

 私は当たり前のような口ぶりで男に告げる。

 ちなみに『ルフェイド』は、母様の姓ですの。

 それに、『ローダン』なんて。

 とっくの昔に捨てましたわ……。

「…………お迎えにあがりました」

 礼をとる男。

 実に不愉快ですわ。

 もちろん。

 この男を雇った男が、ですけれど……。

「あら……。誰を……?」

 私はわざと冷たい声音を男にぶつけた。

 おまけに少し魔力を垂れ流してみます。

 大抵はこれで顔色を変えるのですが、男は顔色一つ変えずに言ったわ。

「貴女様と妹君を、でございます」

「……そう。おかしなことをおっしゃるのねぇ……。私は――いいえ。私たちはあなたの捜している方とは……。違いましてよ…………?」

 さぁ。

 帰ってくださいな。

 今なら、命だけは見逃してあげるから……。

「お姉様やめてください!」

「?! ミフィ……。…………どうしたの? 珍しいのね。こんなに朝早くに」

 私は自宅玄関のところに手ぶらで立っているミフィに問う。

 でも、ミフィがどこか変なの……。

「ぇ……? あ、あぁ、目、目が覚めちゃって」

「そう……。ところでミフィ、具合でも悪いの? 口調が変よ……?」

「?! そ、そんなこと。な、ないですわよ! ほ、ほほほ」

 ……私の心は目の前のミフィに対し、不信感が募るいっぽうです。

 その不信感を煽る、せわしなく動くアメジストの瞳。

 まったく私の目を見ようとしない態度。

 …………昨日までのあの子は、しっかり目を見て話す子だったし、嘘も言わなかった。

 だって、あの子は私に嘘をつくのが下手で、無意識のうちに俯くんです。

 色々と話をしていたら、私に嘘をつくのは嫌だと言ってくれました。

 だから私はミフィに嘘を絶対に付きませんし、ミフィも『絶対に嘘を付かない』と約束してくれたんです。

 ただの口約束。

 でも、ミフィはとても真面目で、絶対にそれを破ることはありませんでした。

 なのに今、この子は……。

「やっぱり変よ……? 大丈夫?」

「だ、大丈夫よ!」

 やっぱり目をそらす。

 認めなくはないけれど、この子は嘘をついているわ……。

 そして、体に不調は無い。

 では何故、この子は昨日までと態度も、雰囲気も、話し方さえも違うの……?

 おかしいわ。

「ミフィ――」

「私がミフェイアですわ」

 私の話を遮り、男と話すミフィ。

 …………やっぱり、変だわ……。

「……然様でございますが、ミフェイア様。お迎えに上がりました」

「はーい」

 ミフィはそんな返事をして、男に近づいていき、表に止めてあった馬車に乗り込みました。

 …………って、え?

 『乗り込んだ』?

 え……?

 どういう、こと……?

「セフィニエラ様。どうぞこちらへ」

 男が優しく微笑み。

 そう声をかけて来た。

 でも私はそれどころではない。

 だって、あのミフィが。

 伯爵家の人間だって教えてもいないのに。

 警戒することもなく……。

「…………そんな……こと…………」

「セフィニエラ様……?」

 怪訝そうな男の声音。

 そんなものはどうでもよかった。

 ただ、ミフィが、あのミフィが……。

 自ら伯爵家に戻るなんて……。

「…………信じられない……」

 ……でも。

 本当は帰りたかったのかもしれない。

 だって、絵本で出てくるお城にあこがれていたから……。

 ……私があの子の幸せのためにと、考えて起こした行動は、あの子の幸せを遠ざけていたのかしら……?

 …………もし、そうだとしたら。

 私は……。

 私は………………っあの子を、不幸にしていたことに、なる……。

「セフィニエラではありますが、私の姓はローダンではなく、ルフェイドです。お引き取り下さい」

「……ですが――」

「お引き取り下さいっ!」

 私は扉を開け、男を魔術を使って追い出す。

 そしてすぐに扉を閉めて鍵をかけ、家に完全不可視の術式を発動させて、不可侵の術も発動。

 これで誰もこの家を見ることも、この家に入ることもできなくなりました。

 私はこれだけではなく、さらに空間を捻じ曲げる術式を発動。

 この術式はあるものをないものとし、その存在丸ごと見えなくするのと同時に、空間を繋ぎ合わせ、それを隠すものです。

 私が一番頑張って習得した術式でもあり、今まで誰にもこの術を破られたことはありません。

 ………………私、最低……。

 自分勝手な思い込みを、ミフィに、あの子に押し付けてっ……!

 あの子が当然として受けられた、伯爵家令嬢という肩書すらも取り上げただけでなく。

 あの子の笑顔を守りたいと言っておきながら、私に依存させるよう仕向けて……。 

 ……広い屋敷に、何不自由のない生活。

 私はあの子から、当然の物すべてを奪ってしまった…………。

 …………物を欲しがらなかったあの子。

 私があの子に、生活費と別に渡したお金で買ってくる物は、二人分の食料品。

 二人で着まわせる服。

 何度も『自分用の物を買ってもいいのよ』と、言ったこともあったけれど。

 あの子は。

『あら。だって姉さんと私、体格一緒だもの。だったら二人で着れる方がいいわ。趣味も似ているし、なにより安く済むわ!』

 そう言って、無邪気に笑ったあの子。

 ………………変に節約家な子だったわ……。

 ……いえ。

 家庭的……。

 そう!

 家庭的だったの!!

 そうよ。

 だってまだ十代前半で、ご年配のマダム達と井戸端会議を――。

 いえ。

 なんでもありませんわ。

 決して町の食品を扱っている露店の前で――――。

『奥さん。それならあっちが安かったわ』

『あら、そうなの? あぁそうそう。あれを買うのなら、向こうが安かったわよ』

『まぁ、本当! 助かるわ』

 なんて、どこかのマダム方と話をしていたなんて事…………常にあったけど……。 

 そこは見なかったことにしたわ。

 とにかく、あの子は料理も手芸も何もかも上手で、どこに嫁に出しても恥ずかしくない子だったの。

 それなのにさっきの変わり様は、何……?

 あ。

 そう言えば、あの子。

 私を『お姉様』って言ってなかったかしら?

 ……確か、十年前に『お姉様』呼びをやめて。

 あの子が庶民の子が呼ぶ。

 『お姉ちゃん』呼びに憧れて、『お姉ちゃん』に変わったはず……。

 しかも、それ以来。

 絶対に『お姉様』なんて言わなかったのよ?

 貴族の様な人間を前にしたら顔色を悪くして、逃げ出したりするくらいだったの。

 なのに、今日のあの子はそんな様子はみじんも見せなかった……。

 …………そう言えば、あの猫のぬいぐるみはどうなったのかしら?

 朝に弱いあの子は起きて来ても、ぽやんとしてて、覚醒するまで常に。

 あのぬいぐるみを抱いていたわ。

 ……それなのに、さっき見たあの子は、早朝だというのに抱いていなかった。

 おかしいわ。

 だって、あの子は寝るときにあのぬいぐるみが無いと眠れないのよ?

 一度だけだけれど、あのぬいぐるみをどこに置いたのかを忘れて、真夜中に泣きながら私の寝室に来て、『眠れない』というあの子に添い寝してあげたくらいなの。

 …………無くしたのかしら?

 まさかね。

 なんて思いながら、私はあの子の部屋に向かった。

 そして。

 あの子のお気に入りの、猫のぬいぐるみはベットの上に、うつぶせで放置されていた。

 ……常に布団の中で毛布をかぶっていたはず…………。

 なのに、どうして……?

 もう、分からないわ…………。

 ……私の可愛い天使は、どこに行ってしまったの…………?

 ミフィ……。

 私は、どうしたらいいの?

 訳が分からないわ。

 そう認めたら、頬を雫か滑り落ちた。

「え……?」

 まさか。

 そう思って目元にふれるてみると、濡れていた。

 視界も歪んで……。

 何よ……これ…………。

 なんで、涙なんてっ……。

 もう。

 何もかも…………わからない………………。 

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